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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女
第82話 異常な死体と不穏の種
しおりを挟むウィルソンとの待ち合わせであるお店へ向かう途中、謎の人だかりを見つけた私達は興味本位で近くにいた人に何があったのかを尋ねてみた。
「――死体……ですか?」
「ああ、そこの路地裏で男の死体が発見されてな。それ自体が騒ぎの元ではあるんだが、なんでもその殺され方が異常だったらしい」
近くにいたその人の話によると、発見されたのは少し前、なんでも酔っ払いが吐きそうになって路地裏に駆け込んだところで、大量の血だまりと死体を見つけて衛兵所に駆け込んだらしい。
衛兵たちも最初は酔っ払いの戯言かと半信半疑で現場を向かったものの、実際に死体を見つけて大慌てで応援を呼びに行っている間に騒ぎが大きくなり、ここまで詳細が広がったようだ。
「それで、その異常な殺され方っていうのは……」
「……男の直接的な死因は首元の裂傷らしいんだが、それがな、何か凄い力で嚙み千切られたような傷口だったんだと」
「噛み千切られたって……」
もしそれが本当ならおおよそ人間業じゃない。無抵抗な相手ならともかく、殺されまいと必死になっている男の首元に噛みついて食い千切るのは不可能だろう。
「十中八九、魔物の仕業だろうが、街中でそれが出たとなったら大問題だからな。見つかるまで衛兵達は大忙しだろうな」
周囲に魔物が生息する関係上、この街は高い外壁に覆われている。
外からの出入りをする門には常に衛兵が常駐しており、魔物はもちろん、不審な人物も見流さないような仕組みになっているので、その監視の目を搔い潜って侵入するのは難しい。
ましてそれが魔物ならなおさら、気付かれずに侵入するような知能は持ち合わせていない筈だ。
「ま、しばらくは人通りの少ない場所を控えて、なるべく外出しないようにした方が賢明かもな。嬢ちゃんたちも気を付けた方がいいぜ」
「……そうですね、ありがとうございます」
色々と教えてくれた野次馬の男に礼を言って別れ、再び待ち合わせの場所へと向かう。
「……それにしても街中に魔物なんて今まで聞いた事ないよ」
歩きながらサーニャがさっきの騒ぎについて口にする。
まだ二回しかこの街に来たことのない私と違って、おそらく何度も足を運んだ事のあるであろうサーニャが聞いた事はないというのならやはり、知能の低い魔物の侵入は容易ではないのだろう。
「……話を聞いた限りだと実際に犯人を見た人はいないみたいですし、魔物の仕業に見せかけた誰かの犯行かもしれませんよ」
傷口が人間業じゃないからと、魔物の仕業を勘ぐっていたが、絶対に偽装できないという訳でもない。
私は知らないが、そういう傷口を再現するような魔法がないとも限らないし、獣のような姿に化けられる魔法だってあるかもしれない。
「うーん、確かにその可能性もあるか……もしくは…………」
「誰かが魔物を街中に解き放ったか、ですね」
もう一つの可能性、それは魔法やギーアの一件で使われた玉のようなもので魔物を街中に持ち込んで放ち、犯行の後で再びしまったというもの。
これなら警備を掻い潜れるし、被害者を襲った後、犯人が見つからないのも説明がつく。
「だとしたら犯人は被害者を狙って殺したのかな?」
「どうでしょう……無差別の可能性もあると思いますけど……まあ、その辺を調べるのは衛兵の仕事ですから私達がここで考えても仕方ないですよ」
本格的に調べるというのなら別だが、ただの興味本位なら衛兵に任せてしまった方がいい。
もし、魔物の所在や犯人が判明して衛兵の手に負えなかった場合はおそらくギルドの方に依頼が回ってくるだろうから、関わるつもりならその時でも遅くはない筈だ。
「んー……まあ、そうだね。実際に狙われたない限りは対処のしようがないし、ルーコちゃんの言う通り考えてもしょうがないか」
私の言葉にサーニャが頷き、この話題は一旦、終わりになった。
「――着いたよ。ほらあそこ」
そこから少し歩いたところで目的地に到着したらしく、サーニャがそう言って指をさす。
「ここが待ち合わせ場所ですか……あ」
サーニャの指さす方向に目をやり、店の外観を眺めていると、視界に見覚えのある禿頭が入ってきた。
「――おう、遅かったな。二人共」
「すいません、その、遅れちゃって……」
「ウィルソンさん、先に着いてたんですね」
どうやら私達が寄り道をしている間にウィルソンさんの方が先に着いてしまっていたらしい。
「思いのほか買い出しが早く終わってな。ま、そんなに待ってたって訳じゃないから気にしなくても大丈夫だ」
私達が遅刻した事を特に咎める風でもなく、笑いながらそう言ってくれた。
「それより、二人共腹減っただろ?ひとまずここで飯にしようぜ」
「ですね、お腹ぺっこぺこですよ」
「……私もです」
色々と話したい事もあるけど、それは食べながらという事で、私達はウィルソンに促されるまま店内へと入っていく。
「それじゃあまあ、適当に頼んで……っとルーコちゃんの嬢ちゃんはどんな料理かわかんねえか」
「……はい、あの、ですからおすすめの料理があったらそれにしようかと」
他ならぬウィルソンのおすすめなら美味しいのは確実だろうし、何を頼んでも私にとっては初めて食べるものだろうから楽しみな事に変わりはない。
「そうだな、じゃあ嬢ちゃんには俺のおすすめを頼むとして、サーニャはどうする」
「私はいつもので。あ、量は少なめでお願いします」
店員を呼んで料理を頼み終え、届くまでの間、私達はウィルソンにここまであった出来事を掻い摘んで説明した。
「――試験の合格に試験官との再選の約束……おまけにその相手があの〝剛鉄〟で、ここまでの道中に聞いた人間業とは思えない殺され方をした死体の話……お前ら今日半日で色々な話題を作りすぎだろ」
説明を聞き終えたウィルソンが半ば呆れたように頭を掻く。
改めて言われると最後の事件は別として、中々に濃い半日だった気はする。
「ま、何はともかく無事二級に上がれたんなら良かったよ。おめでとさん」
「あ、ありがとうございます」
「ふふん、ルーコちゃんの実力なら当然ですよ」
ウィルソンからの祝いの言葉を照れながらも受け取ると、何故かサーニャが自慢げな顔をして胸を張った。
「どうしてお前がそんなに自慢げなんだ……」
「あはは……」
そんな話をしている内に料理が運ばれてきたため、会話は中断。それぞれ運ばれてきた料理に舌鼓を打った。
料理を食べ終え、満足して店を後にした私達は明日の朝、ゆっくり帰ろうとこの街で一晩過ごす事を決め、その足で宿へと向かう。
宿までの道中で色々な店に寄り道したせいか、着く頃には辺りが薄暗くなり始めており、私の初めての試験を含んだ一日は色々あったが、一応は無事に終わった。
まあ、まさかこの一日が霞むくらいの出来事が次の日に起こるなんてこの時は予想だにしていなかったけれど。
衛兵の詰め所、ここには一時的に身元不明の遺体や事件性のある遺体を保管する場所があり、例の不審な死体もここに運ばれていた。
「うう……何度やってもこの作業ばっかりは慣れないな……」
「……そうだな。と言うか、そもそもそこまで頻度が多いわけじゃないからそうそう慣れるもんでもないだろ」
遺体を運びながら顔をしかめ、会話を交わす衛兵二人。
彼らは遺体の入った袋を台の上に置いて一息つき、確認のために中身を改めようとする。
「うぇぇ……こりゃ酷いな」
「おい、気持ちは分からんでもないが、流石に自重し――――」
あからさまな同僚の反応を窘めようと衛兵の一人がそう言いかけたその瞬間、袋の中から青白い手がばっと伸びてきていきなり腕を掴まれる。
「っ……!?」
「なっ!?」
動く筈のない死体が突如として動き出した事で二人は驚愕の声を上げて手を振り払い、慌てて死体袋から距離を取った。
「ゔ……あぁぁぁ…………」
「ひっ!?」
「な、なんなんだ一体!?」
袋から這いずって出てきた死体はくぐもった唸りと共にゆっくり立ち上がり、ふらふらとした足取りで衛兵たちに近付いてくる。
「う……わぁぁぁぁっ!?」
「ばっ!?ちょっま――――」
恐怖に駆られた衛兵の一人が携えていた剣を抜き、もう一人の静止を振り切って勢いよく斬りかかった。
感情のままに斬りかかった型も何もない一撃ながらも勢いよく振り下ろされた剣は過たず死体を切り裂き、常人なら致命的ともいえる傷を負わせる。
「や、やった――――あ?」
一瞬の喜びも束の間、致命傷を与えた筈の死体が何事もなかったかのように動きだし、斬りかかった衛兵に飛びついてその首元に噛り付いた。
「がぁぁぁぁぁっ!!?」
噛みつかれた衛兵は必死に抵抗するも、死体を振り払う事ができずに肉を齧り取られ、断末魔を上げてそのまま絶命してしまう。
「おいおい……嘘……だろ……」
次は自分の番、早く逃げなければならないと分かっているのに体が動かない。
いや、正確には理解を超えた事態を前に動けないといった方が正しい。
何故ならこちらに向かってきているのは例の死体だけでなく、今しがた殺されたはずの衛兵だったのだから。
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