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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女
第92話 死闘の終幕と終わらない悲劇
しおりを挟む風の弓矢が霧散して宙に消え、全身をどっと疲労が襲う。
「これで……ようやく終わった…………」
崩壊していく化け物を目にしながら私は魔力集点を解き、大きく息を吐き出した。
貫通しているとはいえ私の風矢によって空いた穴はほんの小さなもの、もし少しでも撃ち抜く位置がずれていたら核を破壊する事はできなかっただろう。
「っ……そうだ、早くエリンさんとブレリオさんを――――」
疲労と魔力集点の反動、そして何より張り詰めていた緊張の糸が切れた事による気の緩みからそのまま意識を失いそうになる。
「っまだ倒れるわけにはいかない。もう少し……もう少しだけ持って…………」
倒れそうになる寸前のところでどうにか耐え、疲労困憊の身体を引きずって倒れているエリンの元に向かう。
どうにか倒れているエリンの元へ辿り着き、怪我の状態を確認する。
「……あの化け物にやられた傷もだけど、なにより内側からの傷が酷い」
おそらくエリンの放ったあの技は身体に相当の負担を強いるのだろう。それを傷ついた身体……それも二度使ったのだからここまで酷いのもしかないのかもしれない。でも――――
「……いくら何でもこれは酷過ぎる。内側で爆発でも起こらない限りこうはならない」
あまりの酷さ、歪さに一瞬、傷や疲労を忘れてそんな感想を漏らしてしまう。
「うぅ……ルーコ……ちゃん?」
「っエリンさん、意識が戻って……!」
エリンの意識が戻った事に気付き、慌てて抱きかかえようとするも、彼女はそれを血だらけの手で制し、辺りを見回した。
「わ、たしは……大……丈夫……だから……ルーコ……ちゃんは…………」
途切れ途切れの言葉でそうと訴えてくるエリンに思わず大丈夫なわけないでしょうと叫び返しそうになったその瞬間、唐突に乾いた拍手の音が辺りへ響く。
「――――中々に面白かった。実験ついでとはいえ、あれはいくつか町を滅ぼすものだと思っていたが、まさかこうも早くやられるとは……」
「っ!?」
拍手が止み、見知らぬその声を辿って化け物だった肉塊の奥に目を向けると、外套を頭から被った背の高い男が立っていた。
「怪我で引退したとはいえ流石は〝拳王〟といったところか。いや、直接止めを刺したのはそこの小さな同胞だったな。正確に核の位置を見極めた目と技量は中々……まあ、それを為せたのは周囲の協力あってこそだが」
誰に聞かせるでもなく、まるで私達を称賛するかのように語る男の言葉にはどこか空寒さが含まれており、それが不気味さをより一層際立てている。
「……待ってください。今、同胞っていいましたか?」
言動から男が化け物と関係している事は分かったが、それ以前に私にとって聞き逃せないその単語をそのまま問い返した。
「ん、ああ、言ったが別にありえない事でもないだろう。数は少なくとも世界に点在しているのだから」
私の問いに対して男はつまらなそうにそう答える。
人間の町に初めて来た時、多少の視線こそあったが、特に珍しいがられる事もなかった。だから私が住んでた集落以外にもエルフがいて外の世界に出てきているであろう事は予想はついていた、だが…………
「……確かにそれ自体はおかしくはありません。けれど今の状況的にその化け物と貴方が関係している事は明白、それが自分と同じエルフとくれば何も思わない方が無理だと思いますが」
得体のしれない謎の男を相手にそう言葉を返しながら頭の中で様々な可能性を模索するが、どれも状況から言って最悪なものばかりで、すぐに考えをどうこの場を切り抜けるかに切り替える。
「む、そういうものか。まあいい。同胞、お前の言う通り、それは私が実験の一つとして創った魔物……いや、魔物というのは少し語弊があるか。あれは人間を元にした生物兵器だからな」
「は……生物……兵器……?」
衝撃的なその発言に考えていた事が一瞬で吹き飛ぶ。
実験、創った魔物、そして人間を元にした生物兵器、それらはおおよそまともな思考からは出てこない単語だった。
「そう生物兵器だ。魔物を使った実験体は先日、壊されてしまったからな。今度は人間を使ってみようと思ったのだが、想定以上に良いものが作れた。まあ、それも倒されてしまったのだが――――」
悍ましい言葉を吐き続ける男へ突然、光の鎖が巻き付き、その身動きを完全に封じ込める。
「ふむ、これは光の拘束魔法か…………」
「――――動かないで。もし、何か素振りを見せたら締め上げる」
落ち着いた様子で自らの状態を確認する男へ杖を構えたまま歩いてきたサーニャがそう忠告する。
「サーニャさん……!」
「ごめん、ルーコちゃん遅くなった」
鎖が緩まないように杖をしっかり握りしめたサーニャが鋭い視線を向けたまま私の方に歩み寄ってきた。
「――サーニャ!こっちも無事ブレリオの奴を確保したぞ」
「了解、こっちも動きを封じてるから今の内に応急処置をお願い」
いつの間にか残骸の近くにいたウィルソンが倒れているブレリオを抱えてその場を離脱、そのまま私達の後ろまで移動してくる。
「っ……こりゃ酷いな。生きてるのが不思議なくらいだぞ」
応急処置をしようとブレリオの傷の具合を見て驚き、顔を顰めるウィルソン。それもそのはず、ブレリオはあの化け物の攻撃を散々耐えた後、無防備な身体に一撃を受けて風穴をあけられ、その傷をおして戦っていたのだ。この場の誰よりも重傷を負っているのは想像に難くないだろう。
「……どうやら何か誤解があるようだ。私としては特に危害を加えるつもりはない。実験体を壊された事に関して思うところはあるが、それでも面白いものを見させてもらっただけで十分な意義はあったからな」
警戒しながら応急処置をしようとする私達へ男が拘束されたまま平坦な声でそう告げる。
「……明らかに怪しい、それもあの化け物を創ったなんていう貴方のそんな言葉を鵜呑みにしろっていうのは無理があるでしょ」
「ふむ……しかし、いいのか?そちらの男も拳王も応急処置だけでは命を繋げないぞ。私を拘束している場合ではないだろう」
サーニャのいう事はもっともだか、男の言っている事も本当だ。正直、エリンとブレリオの傷は魔法でも治療できるかが怪しいほど酷く、とてもではないが包帯や薬などの応急処置で対応できるものではない。
できるなら専門の機関で治療するか、魔法による応急処置が必要……そしてそれが可能なのはまともに動けるサーニャとウィルソンだった。
「っでも、だからといって……」
「サーニャさん……」
男の言っている事が事実だとサーニャも分かっているらしく、苦悩を孕んだ表情でことばを詰まらせる。
治癒魔法を使えるのは私とエリンさんだけ……せめて少しでも魔力が残っていれば…………。
重症を負った今のエリンに治癒魔法は使えない。だから私がやるしかないのだが、魔力集点の二度に渡る行使で魔力は文字通りのすっからかん、化け物との戦いで全てを使い切ってしまい、それも叶わない。
つまりこの場で取れる行動は一つ、動けるサーニャとウィルソンが二人を治療できる場所まで連れていく事だけだった。
「……サーニャ、悪いが悩んでいる時間はないぞ。このままだと二人共死ぬ」
「っ分かってる!でも……」
ウィルソンの言葉に対して半ば怒鳴るよう返すサーニャ。この状況で命の掛かった選択を迫られているのだ、私だって即決できない。
「————ならボクがその悩みをなくしてあげよう」
「え————」
突然聞こえてきた聞き覚えのない声と共に黒い閃光が走り、血飛沫が空中に飛び散った。
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