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第四章 魔女のルーコと崩壊への序曲
第159話 思わぬ目覚めと意外な再会
しおりを挟む私が死ぬ時、それはたぶん、自分の力不足を痛感してなお、退かずに進んだ時だ。
それで後悔は色々あっても、全ては弱かった自分のせいだと割り切れる……そう思っていた。
でも、弱さが原因で私以外の誰かが傷つき、命を落とす可能性があると気付いた。
気付いたけれど、その時にはもうすでにどうしようもない状況で、迫る死を受け入れるしかなく、暗転する意識の中で、ただただ謝る事しかできないまま、死んでいくと思っていた。
だから自分が再び目を覚ますだなんて思ってもみなかった。
「――――おや、目が覚めましたか」
覚醒しきらない私の頭に聞き馴染みのない男性の声が響く。
「ぅ……ここは…………ッそうだ!私は確かあの魔物にやられて……あれ?生きてる……?」
状況を思い出してはっとし、慌てて周囲を見渡してから自分の身体をぺたぺたと触るが、致命傷どころか、傷一つない。
服こそ破れていたものの、あの魔物から受けた筈の大きな裂傷は跡形もなく綺麗に消えていた。
「……ふむ、どうやら体に異常はないようですね。やはり治癒魔法一つとっても凄まじい精度のようだ」
声の方向に目を向けると、見慣れない外套を羽織った長身の男性が顎に手を当てながらこちらの方に視線を向けているのが見える。
「えっと……貴方は…………?」
「おや?その反応は予想外ですね。まあ、あの時は一瞬でしたし、ゴタゴタしていましたから覚えられていないのも無理はないですか」
男性の口ぶりから察するに私はこの人と面識があるらしい。言われてみれば見た事があるような気がするけど、ぱっと思い出す事ができない。
でも、確かにこの風貌と口調はどこかで――――ッ!?
引っ掛かりを覚え、記憶を辿り、男性の正体に思い至った瞬間、私は無理矢理、身体を叩き起こして即座に飛び退いて距離を取る。
「っ……どうして貴女がここにいるんです?〝鏡唆の賢者〟ソフニル!!」
目の前の男性の正体……それは街での化け物騒ぎの折、最後の最後に現れた〝死遊の魔女〟ガリストの仲間の一人、〝鏡唆の賢者〟ソフニルだった。
「……ようやく気付きましたか。まあ、言ってしまえば今日一日、貴女方とはずっと一緒にいたのですが」
「何を言って…………」
どうしてという私に質問には答えず、軽い笑みを浮かべたソフニルは肩を竦めると、片手を上げて指をぱちんと弾いた。
「――――これなら分かりやすいでしょう?ルーコさん?」
瞬間、ソフニルの姿が揺らぎ、見る見るうちに別人へと変貌。さっきまで一緒に行動していたニルへと姿を変える。
「なっ……どうして貴方がニルさんの姿に――――」
「おや、まだ気付きませんか。魔法使いのニルというのは冒険者として行動するために作った仮の姿なんですよ。〝鏡唆の賢者〟はそこそこに面が割れていますからね」
驚愕する私にまるで種明かしと言わんばかりにソフニルが言葉を続けた。
「ああ、勘違いされそうなので言っておくと、今回の件で貴女方とかち合ったのは全くの偶然ですよ。私個人としてもあの魔物を倒さなければならない理由があったのでね。だから今、貴女方と事を構えるつもりはありません」
「……その言葉を私に信じろと?」
行動を共にしていたニルの正体を知ったに対する衝撃をまだ呑み込めていない中でどうにか捻り出した言葉だったが、ソフニルはそれに対して余裕ある笑みを返してくる。
「信じる信じないはご自由に。どのみちこちらからは手を出しませんし、そもそも、今の貴女方に私と戦う余力はないでしょう?まあ、それでも向かってくるというなら相手をしますが」
「…………貴方が敵対しないというなら今回の討伐にきた理由を教えてください。拒否するなら無茶だと分かっても戦いますよ」
もっともな意見を突き付けられ、反論は意味がないと悟った私はそれでもこれだけは聞かなければならないという問いをソフニルへと返す。
戦うつもりがなくても、返答によっては…………
もし、仮にソフニル達があの魔物に関わっているのが理由だとしたら、たとえ無茶でも私は戦うという覚悟だった。
「ふむ……別に隠すような事でもないですし、それで貴女の気が済むのでしたら」
一瞬、悩むような素振りを見せたソフニルだったが、すぐに顔を上げて言葉を続ける。
「……まあ、とはいっても、貴女が知りたいのは理由というより今回の件に私達が関わってないかどうかでしょう?それならご安心を。今回、私がここにいるのは個人的な理由です。疑うのは無理もありませんが、あの魔物と組織は無関係ですよ」
「……口だけならなんとでも言えます。貴方達が無関係という証拠はあるんですか?」
聞いた話によればソフニルはとある国の元重鎮……話術で巧みに人を騙すのはお手の物だろう。
「疑り深いですね……魔物という脅威が消えた後でも、こうして貴女方が生きているのが何よりの証拠だと思いますが?」
確かにソフニルの言っている事はもっともだ。魔物を討伐するための戦力として必要だったのなら私達は用済みとして消されていてもなんらおかしくなかった。
「…………そういえばあの魔物は……まさか貴方が倒したんですか?」
「……今更、それを聞きますか。目覚めた瞬間に辺りの様子がおかしい事に気付けたでしょうに」
私の漏らした一言に呆れるソフニル。正直、起きてすぐに自分が死んでいない事や敵であるソフニルが近くにいた事に気を取られてしまい、完全に失念していた。
よくよく周囲を見渡せば地面が抉られて剥き出しになっており、地形が変わっている事にようやく気付いた。
「っ一体誰がこんな…………」
「……本当に覚えてないようですね……まあ、余計な事を口にしてアレの逆鱗に触れるのも馬鹿らしいですし、これ以上の言及はしませんが」
戸惑う私を他所にソフニルは一人納得したように話を終わろうとしているが、こちらとしてもそういう訳にはいかない。
トーラスもウィルソンも戦闘不能、私も意識のない状態で、口振り的にソフニルが倒した訳でもないのなら、あの魔物を倒せる人物はこの場にいなかった事になる。
「あの魔物を倒したのが誰か、貴方は知っているんですよね?ならそれは――――」
「世の中には知らない方が良い事だってある。私が言えるのはそれだけですよ」
ソフニルは聞こうとする私の言葉を遮るようにそう言うと、有無を言わせず、この話を打ち切ってしまう。
……今の反応、倒した誰かを知られたくないというより、私が知ってしまう事を避けているような……ううん、敵であるソフニルがそんな気を遣うわけないだろうし、考え過ぎか。
誰が倒したのかは気になるけれど、これ以上、聞いたとしてもソフニルが答えるとも思えないので、怪我はあれど、パーティが一人も欠ける事なく、魔物という脅威がなくなったのならそれでいいか、と割り切って言及するのを止めた。
「……ひとまず魔物が倒されたのならそれで納得します。今回の件に貴方達が関わっていないのも分かりました。けれど、肝心の理由をまだ聞いてません」
「…………本当に理由を聞いているとは思いませんでしたよ。別にそんな大したものでもないのですが――――」
半ば呆れたように肩を竦めたソフニルがその理由を口にしかけた瞬間、地響きと共に遠くで何かが爆ぜ、この世のものとは思えない咆哮が辺りに響き渡る。
「ッこの音は……!」
「……まさかあれを受けてまだ生きているとは……流石に予想外ですね」
その正体に驚愕と驚嘆の声を上げる私達を他所に咆哮は着実にこちらへと近付いており、戦いがまだ終わっていないという現実を突きつけてくるのだった。
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