魔法少女じゃなくたって

乃ノ八乃

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魔法少女とヒーローボーイ

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俺はヒーローになりたかった。

子供の頃に憧れて抱いた夢。

大人になるにつれ、戦って解決できる相手や問題なんていないと理解し、みんなが忘れ去っていくもの。

けれど、もし、話し合いも通じないような相手……それも、異形の怪物が目の前に現れたら?

現実に助けてくれるヒーローなんていやしない。

頼るとすれば警察?自衛隊?なんにしても時間が掛かるし、目の前の危機には間に合わない。

だからそうなった時、何のしがらみもなく助けられるような存在になれればそれこそヒーローに――――





「――――そう思ってたんだけどなぁ……」

 土煙と轟音を響かせながら異形の怪物が暴れ回り、この場に似つかわしくないふりふりの衣装を纏った少女がそれと対峙する光景をぼーっと眺めながらそんな事を呟く。

 事の始まりは数年前、突如として現れた異形の怪物……通称〝アンヴィラン〟が猛威を振るい、万単位の死者を出した。

 無論、人類もただやられるわけもなく、軍隊、近代兵器、時には化学兵器までも持ち出して対抗し、何体ものアンヴィランを葬る事に成功する……ただし、その倍以上の被害、損害を出して。

 一体を葬るのに平均十人を犠牲にする戦い。どんどんと広がる被害にじりじり消耗していく人類の前に現れたのがアンヴィランに対抗する超常的存在……それが〝魔法少女〟だった。

 彼女らは〝妖精〟と呼ばれる異世界の存在に見初められて変身し、超人的なパワー、あるいは特殊な能力を用いてアンヴィランと戦う。

 その存在はアニメやゲームの中に出てくる魔法少女そのものと言っていいだろう。

 ともかく、魔法少女の登場によりアンヴィラン退治は人的被害が劇的に抑えられ、今やその存在は当初ほどの脅威ではなくなり、街中で熊に襲われるくらいの感覚になってしまった。

 まあ、街中で熊に襲われるのも十分な大事だが、それでも大勢の人たちにとってそれはテレビの中の他人事、被害よりもどちらかと言えば魔法少女の活躍の方が注目される。

……と、前置きが長くなってしまったが、要するに、今、俺の目の前で戦っているのが街中の熊ことアンヴィランと最早アイドルとなんら変わらない扱いと化した魔法少女だという事だ。

「――――ぐっ……げほっ…………」

 そんな事を思い返している内にどうやら戦っていた魔法少女がアンヴィランの攻撃をまともに食らってしまったらしく、いつのまにか劣勢に立たされている。

「あー……こりゃ放っておいたら死ぬなアイツ…………手を出すつもりはなかったが、仕方ないかぁ」

 頭を掻きながら駆け出し、今にも魔法少女へ止めを刺そうとしているアンヴィランへ勢いのままに思いっきりドロップキックを打ち放つ。

「…………え?」

 おそらく、突然現れた魔法少女でもない俺が巨大なアンヴィランを吹き飛ばした事に驚いているのだろう。

 さっきまでアンヴィランと対峙していた魔法少女がぽかんと口を開けてこちらを見上げている。

「……まだ動けるならさっさと逃げろ。悪いが庇ってやれる保証はないからな」
「へ……あ、え、に、逃げろって……そ、それは貴方の方じゃ――――」

 戸惑う魔法少女が何かを言い終えるより早く、吹き飛ばされたアンヴィランが怒り狂った方向を上げて突進してくる。

「……動けないならそのままじっとしてろよ――――でないと死ぬぞ」
「あ、ちょっと待――――」

 魔法少女へ最低限の忠告を残し、突進してくるアンヴィランに向かって駆け出した。

 その辺の建物よりも大きい怪物と一般的な大きさの成人男性……まともにぶつかり合えば一方的な虐殺だ…………まあ、普通なら、という枕詞は付くが。

「っ!!」

 激突し、交錯するその瞬間、勢いを殺さずに腰を落として、アンヴィランの頭と思しき部分目掛け、掌底を振り抜いた。

「は…………?」

 聞こえてきた声は魔法少女のもの。たぶん、今の交錯を俺が制したのが信じられないのだろう。

 とはいえ、そっちにばかり意識を割くわけにはいかない。ただ吹き飛ばしただけでまだあのアンヴィランは生きているのだから。

「ガアァァァァァッ!!」

 再び怒りの咆哮を上げて向かってくるアンヴィラン。どうやら今の一撃も全く効いていないという訳でもなく、先程よりも突進の速度が落ちている。

「……人が集まってきても面倒だし、さっさと終わらせるかぁ」

 片目を瞑って頭を掻いてから軽い調子で踏み込み、加速。アンヴィランの懐まで潜り込むと、掌底を当てた同じ場所目掛けて思いっきり蹴り飛ばした。

 ぐしゃりという嫌な音と共にアンヴィランの顔が砕けて吹き飛び、残った巨体が力なく倒れる。

「まあ、ただでかいだけのアンヴィランならこんなもんよなぁ。っと、あんまり長居するとそれこそ面倒な奴らがくるし、退散退散と」
「ちょ、ま、待って!!」

 急いでこの場を離れようとする俺を動けないでいた魔法少女が慌てて引き留めてくる。

「……何か用かぁ?悪ぃけど、急いでるからそんな質問には答えてやれねぇぞ。ぐずぐずしてると面倒な奴らに見つかっちまう」
「え、そ、その、め、面倒な奴らって――――」
「――――それはもしかして私達の事じゃないわよね?の〝秋内あきないリョウ〟?」

 少し離れたところから聞こえてきた少女の声に思わずげんなりとした表情を浮かべてしまう。

「っあ、貴女は……ティアマジカローネ!?超有名魔法少女がなんで……」
「彼女だけじゃなくてボクもいるよ~魔法少女フューチャエッグ?」
「ポポロンまで……どうしてここに……」

 フューチャーエッグと呼ばれた魔法少女が呆然と疑問を口にするも、もう一人の魔法少女……ティアマジカローネはそれを一切無視して俺の方に鋭い視線を向けてくる。

「……また勝手に魔法少女の仕事を奪って……そんなに死に急ぎたいの?」
「…………はぁ……妖精までセットたぁ、随分な事だな。そう思うんならもっと早く現場に駆けつけてやったらどうだぁ?そこのえーっと、フューチャーエッグ?だっけか。放っておいたら死んでたぞ、そいつ」

 そう指摘するとティアマジカローネはぎりりと歯噛みした後、大きくため息を吐いて口を開いた。

「……つまり人助けのためだったと?もう何度も言ったけれど、貴方は魔法少女じゃない。アンヴィランの攻撃を掠っただけでも死ぬかもしれないのに……一般人がしゃしゃり出て無茶をされるのは私達としても迷惑なのだけれど?」
「はぁ……別に死のうがどうしようが俺の勝手だろ?そもそも今は俺よりもそいつの事を気にしてやれよ。のティアマジカローネ」

 このティアマジカローネという魔法少女はここら一帯の魔法少女のまとめ役だ。

 つまり、こいつにはそこで怪我をしているフューチャーエッグを治療する義務がある。

「――――まあまあ、落ち着きなよ二人共。話についていけないエッグが訳も分からないまま怯えてしまってるだろう?」

 一色触発ともいえる空気の中に割り込んできたのはフューチャーエッグにポポロンと呼ばれていたぷかぷか浮いている白兎のようなマスコット妖精。

 正直、あいつは見た目以上に中身が胡散臭くていまいち好きになれない。

 まあ、それを言ってしまえば、少女を戦いに駆り出そうとする妖精なんて存在自体が胡散臭いのだが。

「えっと、私はその……」
「ごめんねエッグ。新人である君を一人で戦わせて。本当なら誰かベテランを一緒に付き添わせるんだけど、ここに駆けつけられるのが君しかいなくて……ともかく無事で良かったよ」
「……おい、白兎。何、問題なかったみたいな顔をしてるんだ?俺がたまたま近くにいたから無事だっただけで、本来なら殺されてたぞ」

 口八丁で煙に撒こうとしている白兎に対して誤魔化すなよと詰めるも、奴は胡散臭い笑みと言葉を返してくる。

「もちろん、君の活躍は分かっているよ、ありがとうリョウ。でも、マジカローネのいう事も一理あると思うんだ。だからやっぱり君も魔法――――」
「断る。俺がなりたいのは魔法少女アイドルじゃなくてヒーローなんだよ。何が悲しくてあんなフリフリな格好をせにゃならんのだ。何度誘われたって嫌だね、絶対」

 別に魔法少女という存在がヒーロー足り得ないとまで言うつもりはないが、現状、魔法少女の扱いは完全にアイドルだ。

 なにせ、人気の高い魔法少女はグッズ展開にアニメ、果てにはライブやテレビ出演まであるのだから。

「……へぇ、私達の在り方に文句があるみたいね。喧嘩を売っているのかしら?」
「いちいち突っ掛ってくんなよ。別に文句はねぇし、もういいだろ。俺はそろそろいくぞ」
「あ、あの!ちょっと待ってください!!」

 これ以上、この場にいたところで絡まれるだけだと判断してさっさと去ろうと踵を返したその時、状況についていけてなかったフューチャーエッグが大きな声で引き留めてくる。

「……なんだ?」
「そ、その、た、助けてくれてありがとうございました!正直、話にはついていけませんけど、それでもきちんとお礼は言わないとって思って…………」

 飛んできたのは予想外な感謝の言葉。あそこの捻くれている奴と違って眩しいと思えるくらい真っ直ぐな言葉を前に毒気を抜かれ、何処となく気まずく、無意識に頬を掻く。

「…………そうか、まあ、そういう事なら素直に受け取っておく。でも、今回みたいに運の良く誰かが助けてくれる事なんて早々ないからな。別に戦うなとまでは言わねぇけど、もっと自分の命を大切にしろよ」
「…………どの口がそれを言うのかしら?ああ、それとも自虐?随分と見事なブーメランね」
「……はぁ、せっかく悪くねぇ気分だったのに……減らず口を叩いてる暇があるなら今後の新人教育対策でも考えたらどうだ?まあ、俺には関係ねぇ話だけど…………じゃあな」

 ため息を吐き、言いたい事だけを言いつつ、手をひらひらさせてからその場を後にする。

 去っていく後ろで奴がぎゃあぎゃあ何か叫んでいたけど、知ったこっちゃない。

……あれが魔法少女として大人気なんだってんだから、世も末だなぁ。

 メディアでは最早、魔法少女の活躍をスターの如く報じ、特撮やヒーローものは一部のマニアにしか見られなくなるくらい人気がなくなってしまった。

……いくら強くても、どれだけアンヴィランを倒しても、魔法少女じゃないと認められない……まあ、別にちやほやされたい訳でもねぇからいいけど。

 屋根伝いに移動しながら追ってこない事を確認し、そんな他愛のない考えが浮かぶ。

「…………くだんねぇな。今更、そんなこと考えても始まんねぇし、仕方ねぇ……まぁ、なるようになるか」

 人の見ていないところで地面に着地し、誰に聞かせるでもなく、独り言ちる。

 色々と考え、愚痴のようなものを浮かべてはみたものの、つまるところ、ヒーローになりたいという俺の願望は〝アンヴィラン〟という敵を前に叶う可能性を見せ、〝魔法少女〟の登場によって再び潰えてしまったのだった。




 次の日、相も変わらずメディアは魔法少女の活躍を報じている中、俺は特に目的もなく街をぷらぷらしていた。

「ふわぁ……どこもかしこも魔法少女、魔法少女って、よくもまあ、飽きないもんだなぁ……ん?」

 欠伸を噛み殺し、眠たい目を擦りながらどこかで朝ご飯でも食べようかと考えていた矢先、後ろの方からなにやら視線を感じて振り返ると、中学生くらいの女の子が目を見開いているのが視界に入る。

「あ……あ…………!?」
「……なんだ?」

 生憎と中学生の知り合いは……いない事もないが、少なくともこの少女には見覚えがない。

 にもかかわらず、その反応という事は向こうはこちらを知っているのだろう。

「あの!あ、貴方は昨日の…………」
「昨日?一体何の――――」
「わ、私っは、魔法少女のフューチャーエッグですっ!」
「へ?フューチャー……ああ、昨日の魔法少女か」

 そう言えばそんな名前だったなと思いつつも、その魔法少女が一体何の用だと首を傾げていると、少女はそれをどう捉えたのか、ひょこひょこと近付いてくる。

「す、すいませんっ!わ、私、玉子たまこまこって言います。その、この近くの中学に通ってて……その、それで、貴方の姿を見つけて……えっと…………」
「あー……分かったから落ち着けって。つーか、まあ、その、おいそれと他人に正体を明かすなよ。俺がどうってわけじゃねぇけど、魔法少女なんて一種のアイドルみたいになってんだから、何に利用されるか分かったもんじゃねぇぞ?」
「へ、あ、す、すいません!その、私、まだ、その辺りに疎くて……」
「いや、別に責めてるわけじゃ……はぁ……まあ、いいや。で、何か用か?」

 小さく溜息を吐き、そう問い返す。この辺りは人の往来が少ないとはいえ、朝の通勤、通学の時間帯……中学性の少女を相手に長々立ち話なんてしていたら不審がられて通報されてしまう。

 別に警察くらいなら撒けなくはないが、そうなると後々面倒くさい。なら早々に話を切り上げてこの場を立ち去るべきだろう。

「え、えっと……その、用とかじゃなくて……せ、せっかくですから歩きながらお話を聞いてみたくて…………」
「話ぃ?別にそんな……あー……いや、分かった、分かった。で、何が聞きたいんだ?」

 話す事なんてないと続けようと思ったが、今にも泣き出しそうな様子の少女……玉子を前に日和り、なし崩し的に要求を呑むことに。

 ひとまず、この場に止まったままはまずいので歩き出すと、玉子は恐る恐る、ぽつりぽつりと口を開いた。

「その、私、本当に魔法少女になったばかりで……一人で戦うのは昨日の戦いが初めてだったんです……でも、一人じゃアンヴィランを相手に何もできなくて……せっかくみんなを守れる魔法少女になったのに……」

 出てきた言葉は後悔……というより、自分の無力さを呪ったもの。ほぼ初対面みたいな俺にこんな話をしてきたのはたぶん、他に話せる相手がいなかったのかもしれない。

「……普通はそんなもんだろ。いくら力を貰ったからってこれまで平和に過ごしてきた子供がいきなり戦える方がどうかしてる。むしろ、お前は自分がまともだった事を喜ぶべきだと思うぞ」
「…………でも……私はみんなを守れる強い魔法少女になりたいんです……どうしたら貴方みたいに強くなれますか?」

 中身のない慰めの言葉を並べ立てる俺に対し、玉子は唇を噛みながらも、真っすぐこちらを見つめてそう問うてくる。

「俺みたいに、ねぇ……そう言われても、あんまり参考にはならねぇと思うが……まあ、いいか。ただただ滅茶苦茶に鍛えた、以上だな」
「……え?それだけ、ですか?もっと、こう、なにか特別な――――」
「そんなもんあるわけねぇだろ。ただひたすらに鍛える……ああ、後は武術とか、剣術とか、まあ、使えそうな技術は学んだりもしたか」
「…………鍛えるだけ……だとしたらどれだけ……ううん、それよりも……そうまでして強くなったのは一体何のためですか?」

 参考にならない答えを前に玉子は追及を止め、その理由を尋ねてくる。

「何のため、ねぇ……別にそんな大層な理由はねぇよ。俺はただヒーローになりたかっただけだ」
「ヒーロー……えっとそれは……その…………」
「……馬鹿げてるだろ?いくら鍛えてもそんなものなれるわけねぇのにな。アンヴィランが現れて一瞬、なれるかも、なんて思った事もあったが……ま、それも魔法少女の登場で潰えちまった」

 困ったような表情を浮かべる玉子に俺は肩を竦め、冗談めかしてそう返した。正直、この理由は嘘ではないし、今だってそうありたいとは思っている。

 しかし、世間一般的にヒーローになるなんて理由が馬鹿げて見えるのも分かる。別に俺としては聞かれたから答えただけで、玉子を困らせるつもりはない。

 だからこその返しだったのだが、どうやら玉子はそれが気に入らなかったらしく、さっきまでおどおどしていたのが嘘のように真っすぐこちらを見つめて口を開いた。

「…………馬鹿げてなんかいないですよ。その、いきなりだったので戸惑いましたけど、ヒーローになりたいだってとても素敵で立派な理由だと思います……だから、たとえ冗談でも自分の夢を卑下しないでください!」

 第一印象からこの子はたぶん、人と話すのが苦手で引っ込み思案なんだろうなと勝手に思っていた。でも、それは思い違いだったようだ。

 確かに引っ込み思案なところもあるのだろうが、自分の想い……とでもいうか、芯の部分で許せない事ははっきりと言う性質たちらしい。

「……いや、まあ、あー……悪かったよ。別に卑下してるつもりはなかったんだが、どうにも気に障っちまったみてぇだな」
「い、いえ、わ、私の方こそいきなり大声で生意気な事を言ってすいません!えっと、その、あっ、も、もうすぐ学校なのでこ、この辺で失礼しましゅっ!」

 あわあわと焦ったような動きと早口でそう言い残した玉子は最後に頭を下げ、そのまま勢いよく走っていってしまう。

「…………ハハ、随分とまあ、魔法少女らしからねぇ奴だなぁ……けど、ま、ある意味、魔法少女に相応しいのかもな」

 現状の魔法少女はアイドルと変わらない……けど、本来の在り方はきっとみんなを守りたいという想いを持っている姿が正しい。

 だから弱くても、その志を持った玉子は魔法少女に相応しいと思う。

 まあ、あくまで全部俺の主観で、勝手な理想……誰かに押し付けるつもりなんて毛頭ねぇけどな。





 玉子と別れ、その辺の店で朝食を済ませた矢先、少し離れたところで何かが崩れるような音が響くと共に、獣のような咆哮が木霊した。

「……昨日の今日でまた出たかぁ。この時間帯だし、魔法少女の到着も遅れるよなぁ……仕方ねぇ、急ぐか」

 音のした方に向かって走っていると、次から次にその方向から人が雪崩れ込んでくる。たぶん、暴れるアンヴィランから慌てて逃げてきたのだろう。

「なんで警報もなしでこんな街中にアンヴィランが現れるんだよ!?」
「俺が知るかよ!まあ、たまたま魔法少女が来たから助かったけど」
「ってかあの魔法少女大丈夫か?全然、知らない奴だったけど……」
「どうでもいいだろそんなこと!それよりもっと遠くに逃げるぞ!」

 すれ違い様、逃げてくる集団の会話が耳に入り、すでに魔法少女が戦っている事を知った俺はどこか嫌な予感を覚え、無意識の内に速度を上げてアンヴィランの暴れている現場を目指す。

……あいつは今から学校だと言っていた。なら今の時間は授業中だろう……だから今、戦っているのは別の魔法少女のはずだ。

 まるで自分に言い聞かせるようにそう考えている内にどうやらアンヴィランの暴れている現場が近付いてきたらしく、家屋の倒壊する音と共に怒り狂った咆哮が聞こえる。

「この角を曲がればその先に――――っ!?」

 まず最初に目に入ったのは地面各所に散らばった夥しい血痕の数々、状況を見るに逃げ遅れた人達のものだろう。そこそこ長い間、アンヴィランと戦っているが、ここまで被害が出る事は中々なかった。

 しかし、俺がアンヴィランを前に思わず足を止めた理由はそれじゃない。

 確かに凄惨な光景だが、別にこれが初めてという訳でもない。魔法少女見たさにアンヴィランとの戦いに足を踏み入れた野次馬が巻き込まれるのを何回も目にしてきた。

 だからいくら凄惨だろうと、今更、足を止める理由にはならない……筈だった。

「……そりゃねぇだろうよ……くそっ」

 視界に映るのは昨日倒した個体より幾分か大きなアンヴィラン。現状とその威圧感から見るに昨日のアンヴィランの数倍は強いだろう。

 そして、そんなアンヴィランと対峙しているのは満身創痍で今にも事切れてしまいそうな魔法少女フューチャーエッグ……玉子まこだった。

 アンヴィランに食い千切られたの左腕の肘から先がなく、そこから致死量ともいえる血が流れ落ち、魔法少女特有の衣装を濡らしている。

 左腕以外も見るからに重症で、切り傷や打撲痕だらけ、血が入ったのか、あるいは潰れたのか、片目は機能しておらず、お腹の辺りには大きな裂傷も見え、彼女の命がもう風前の灯火だという事を物語っていた。

「ガァァァァァァッッ!!」

 最早、意識があるのかすら分からない瀕死のフューチャーエッグに向かって、アンヴィランが咆哮を上げて襲い掛かる。

「わ、た……し、は……ま……だ…………」

 もうまともに動く事すら叶わないであろうフューチャーエッグに迫るアンヴィランの一撃。

 それはおそらく、いや、確実に、今の彼女では受ける事はおろか、かわす事もできない明確な死だった。

「――――させねぇよ。吹き飛べ化け物」

 致命の一撃が当たる寸前、ぎりぎりのところで割り込んだ俺は勢いのまま、アンヴィランの横っ面に思いっきり蹴りを叩き込み、その巨体を大きく吹き飛ばす。

「あ……な、た……は…………」
「……間に合わなくて悪ぃな。後は任せろ」

 いくら魔法少女がアンヴィランに対抗できる特別な存在であろうと、無敵なわけでも、まして、死なないわけでもない。

「わ……た……し…………み、んな…………まも……れ…………な、く……て…………ま……ほ…………しょ……う…………な……の……に…………」
「……お前は立派な魔法少女だよ。犠牲ばかりじゃない、助けられた人だっていっぱいいる……だから守れなかったなんて言うんじゃねぇ」

 自分の惨状よりも助けられなかった後悔を口にする彼女へ俺はそんな言葉を投げ掛けた。

 傷の深さと失った血液の量を考えれば程なくして彼女の命は尽きる。

 これは避けようのない事実で現実だ。

 メディアでは一切、触れらないが、アンヴィランとの戦いで命を落とす魔法少女は決して少なくない。

 そして、そういう魔法少女は決まって彼女のように強い想いや使命感を背負って戦う人ばかり……生き残るのは端から真面目に戦う気のない打算的なアイドル思考か、誰かを犠牲にした運の良い奴か、はたまた規格外の化け物くらいだろう。

 だから知られていないだけでこれはよくある悲劇……彼女の死が特別なわけじゃない。

「で…………も…………そ…………か…………よ…………か…………った…………あ………………」

 安心したような表情を浮かべながら崩れ落ちるフューチャーエッグを咄嗟に支えるも、その瞬間に変身が解け、彼女は玉子まこの姿へと戻ってしまった。

「っおい、何を満足した顔してんだ……お前はそれでいいのかよ…………」
「…………あ……う……さ……あ…………と…………お…………が………………し…………ご…………め――――――――」

 投げ掛けた問いは返ってくることはなく、支えている身体から力が抜け落ち、彼女の目から光が消え、そのまま静かに事切れる。

 最後の最後、言葉にならない言葉で彼女が何を伝えたかったのかは分からない。

 けど、彼女から何かを託されたのだけは確かだ。

 それが何かなんて分からないし、分かったとしてそれに応えられる保証なんてない。

 そもそも、会ってまだ一日……実際に話した時間だけ見てみれば一時間にも満たないだろう。

 でも、その短い間に彼女の想いに触れ、志を眩しいと感じた。

 今更、自分の生き方を変えようとは思わないが、それでも彼女の想いとその志は忘れない。

 彼女が望んでいるかも分からない……勝手な自己満足かもしれないけど、少なくとも、今の俺ができる事なんてそれくらいしかなかった。

「…………別に干渉に浸らせろなんてぇ言わねぇけどよ、少しは空気を読めよ」

 玉子の死なんてお構いなしと言わんばかりに吹き飛ばしたアンヴィランが怒りの咆哮を上げる。もしかしたら、足蹴にされたのが相当頭にきたのかもしれない。

「グガァッァァァァッ!!」
「――――畜生にそんな事を言っても無駄か……悪ぃけど、憂さ晴らしに付き合ってもらうぞ」

 怒りに我を忘れたのか、あるいは元々、そんな知能がないのか、相も変わらず突進してくるアンヴィラン。

 まともに当たれば人間はおろか、建物だって粉々になるであろう威力の突進に対して俺は一歩踏み込み、半身になって構える。

 あと数センチ、一歩間違えれば挽き肉になっていたであろうギリギリの瞬間、足から全身を少しずつ捻り、回転の力をバネにしてアンヴィランの顔面に蹴りを叩き込んだ。

 鈍い音と共に建物を巻き込んで再びアンヴィランが派手に吹き飛ぶが、ここで手を休めるつもりは毛頭ない。

 アンヴィランが吹き飛んだ方向へ力いっぱい踏み込み加速、一歩、一歩毎に速度を増し、一気に間合いを詰める。

「……どうせあれじゃあ死なねぇだろ。まあ、死んでたとしても関係ねぇけど」

 加速した勢いを殺さずに跳躍し回転、全ての力を乗せ、その頭上に踵落としをお見舞いしてやると、アンヴィランは悲鳴混じりの鳴き声を発した。

 そこから間髪入れずに蹴りを二発叩き込み、巨体を浮かせて真正面から思いっきり殴り飛ばす。

「ガッグッ……グァァァァァッッ!!」

 何度も吹き飛ばされ、ボロボロになったアンヴィランは恐怖と怒りの入り混じった半ば自棄になったような咆哮を上げるが、それも聞き飽きたし、これ以上、畜生のワンパターンな突進に付き合ってやる義理もない。

「これで…………終わりにしてやるよ」

 目標を真っすぐ見据えて踏み出し、再び突進を繰り出されるよりも速く、真正面から飛び込んで自らを一筋の矢と化す。

 一瞬の交錯、加速と捻りによる回転を加えて打ち出された掌底はアンヴィランの硬い外皮を貫通して衝撃を伝播させ、断末魔を上げさせる間もなく、その命を容易く刈り取った。

 消えていくアンヴィラン……後に残ったのは犠牲と瓦礫の山、そして凄惨な光景だけ。

「――――その畜生に八つ当たりをして気は済んだのかしら?」
「………………ティアマジカローネ……随分と遅い到着だな。寝坊でもしたのか?」

 辛うじて残った屋根の上、こちらを見下ろすように立っていたマジカローネに対して煽るようにそう返す。

「……そうね。遅きに失した私はそう言われて然るべき……いいわ、貴方の気が済むまで好きにサンドバックでもするといいわ」
「…………今日はあの白兎は一緒じゃねぇのか?」
「分かっているでしょう?ポポロンはに動いているからこの場にはこないわ。まあ、この規模で被害が出た以上は隠しきれないでしょうけど」

 隠蔽……あの白兎が胡散臭く、信用できない理由の一つだ。あの白兎は魔法少女のイメージを守るために怪しげな力を使ってアンヴィランによる人的被害をなかったことにする……一般人も魔法少女も関係なしに。

 なかった事にすると言っても犠牲者が蘇るわけじゃない。死因がアンヴィランから何かしらの適当な事故に変わるだけ……本当に反吐が出る。

「……フューチャーエッグは死んだよ。俺が間に合わなかったせいでな」
「そう……でも彼女を殺したのはアンヴィランで、貴方のせいじゃないわ。それに間に合わなかったのは私も同じ。フューチャーエッグはみんなを守って戦い散った……それだけよ」

 目を伏せ、そう口にするティアマジカローネ。たぶん、彼女は仕方のない事だったと慰めているのだろう。

「…………みんな、ね。助けを当然のものと捉えて、助けてくれた相手に悪態を吐き、危ない戦闘の場に野次馬感覚で入ってくる………そんな身勝手な奴らの事か?」

 フューチャーエッグを直接殺したのはあのアンヴィランだ。でも、間接的に彼女を殺したのはそんな奴ら……守るべきみんなとやらだ。

 間に合わなかった俺はその現場を直接見たわけじゃない。しかし、あの状況、あのアンヴィランの強さを考えた場合、フューチャーエッグがあそこまでの重傷を負うとは思えない。

 確かに昨日のアンヴィランの時点で彼女は殺されかけていたし、今回のアンヴィランは数倍強かった……でも、駆けつけるまでの短時間であんなにボロボロになるのはいくら何でもおかしい。

 まして、昨日の今日で失敗を顧みているであろう彼女なら決して無茶をせず、時間を稼ぐ事を徹底していたはずだ。

 にもかかわらず、あんなボロボロになってまで戦ったのはひとえに守るためだろう。

 それが逃げ遅れただけの人なのか、野次馬で寄ってきただけなのかは分からないが、あの血痕の数を考えるに、十中八九、どちらもいた筈だ。

 彼女の想いと志を忘れないと決意はしたものの、そんな考えが頭を過ってしまい、もやもやしたしこりのようなものが心の中に渦巻いていた。

「……言わんとしている事は分からないでもないわ。でも、こんなのは悲劇の内にも入らないありふれた出来事よ。貴方だって分かっているでしょう?」
「…………ああ、お前に言われなくたって分かってるよ。そんなこと――――」
「ならどうするの?諦めて戦いから降りる?それもいいかもしれないわね。元々、一般人が魔法少女の戦いに首を突っ込むのが分不相応だったものね」

 言葉を遮り、マジカローネがまるでこちらを煽るよう矢継ぎ早に詰めてくる。それはいつもの悪態とは違い、どこか怒っているような、あるいは責めているような含みを持たせているような気がした。

「…………ははっ、諦める?俺が?――――そんなわけねぇだろ。守る奴がどうだろうと関係ねぇよ。俺の目的はヒーローになる……ただそれだけだからな」
「……それでこそ〝異常者〟ね。気が済んだのならさっさと失せなさい。早くしないと後処理をする部隊とかち合って面倒な事になるわよ」

 返答に満足したのか、マジカローネは一瞬、口の端を緩めるも、すぐに表情を引き締め、そう忠告してくる。

「……そうだな。じゃあ俺はこの辺で帰るわ――――またな」
「……ええ、また」

 最後にそれだけ言い残し、俺は無事な建物の屋根を伝ってその場を後にした。





 現在、正体不明の怪物〝アンヴィラン〟と人類の救世主〝魔法少女〟との戦いは一種のエンターテインメントと化してしまった。

 人類の敵、アンヴィランを可愛いアイドルのような魔法少女が成敗する……まるで舞台劇のようなその裏で数々の命が散っている事を人々は知らない。

 そしてこの先、誰にも知られず散る命を守るために戦う一人の魔法少女と異常者と呼ばれる青年が、この現状を覆すために奔走した事もまた……誰も知らない――――少なくとも、今はまだ。
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