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8.人見知りぼっち令嬢、蚊帳の外のまま怯える。
しおりを挟む「……サージュ・リエールよ。証拠の提示がなければレイネ・シュトラウゼンの提言通り、この場を解散とするが、よいか?」
「そ、それは……」
陛下の問いかけにサージュ嬢は冷や汗を浮かべながら言葉を詰まらせる。
このままでは自分達が罪に問われるのに、それを覆す証拠がないのだから彼女の反応は当然と言えるだろう。
「……クッ、クク……ハハハハ」
解散の空気がひしひしと漂い始める中、突如としてカイゼン殿下が狂ったように笑い始めた。
『ひっ…………』
「カ、カイゼン殿下……?」
元のレイネは怯え、殿下とグルになっていた筈のサージュ嬢でさえ、困惑の視線を向けている。
「……カイゼンよ、何がそんなに可笑しい?」
「ククク……これが笑わずにいられるか。ずっとオドオド、ビクビクして碌に喋る事すらできなかったはずの木偶の坊が、この土壇場……俺が王になるための転換点でいきなり噛みついてきたんだからな」
豹変した自らの息子の言葉に陛下は目を細め、数段、低い声で問いを重ねる。
「……余の聞き違えでなければ今、王になるためと聞こえたのだが?」
「クハッ、とうとう耳まで耄碌したか?まあ、どうせ今日までの命だ。何の問題もない――――」
陛下の問いに不遜な物言いで返した殿下が手を挙げたその瞬間、謁見の間の入り口が開け放たれ、武装した黒ずくめの集団が入り込んできた。
「謁見中だぞ!侵入者を排除しろ!!」
突然、現れた侵入者に対して陛下の護衛である騎士達が反応し、ざわつく重役達を下がらせて、排除しようと試みる。
「――――やれ」
黒ずくめの集団の一人が号令を出し、謁見の間での斬り合いが始まった。
「一体何が……」
怯える重役の一人が理解の追いつかない状況を前に呆然と呟くと、それに気付いた殿下が口の端を吊り上げ、狂気染みた笑みでその疑問に答える。
「ククッ……俺は今、気分が良い。状況が理解できない憐れな老害共にも懇切丁寧に教えてやろう」
そう言い、自慢げに自らの目的を語り始める殿下。
今回の婚約破棄の一件、元々は殿下が陛下の面子を潰すために仕組んだという事やレイネの性格から罪を認めさせ、陛下と繋がりの強いシュトラウゼン家を貶める目的があった事、そしてそこから信用問題に発展させ、陛下が後継候補に推している第一王子の失墜を目論んだ事など、到底話す必要があるとは思えない事まで明かした。
「そ、そんな……で、では殿下は私を利用したのですか?」
全ての事情を聞いたサージュ嬢が信じられないと言った表情で殿下に問いを投げかける。
正直、レイネ?からすれば殿下に取り入ろうとしたお前がそれを言うのか、とツッコみたいところだ。
「……そんなわけないだろう。確かに婚約破棄をするために必要だったのは認めるが、誰でも良かったわけじゃない。サージュ……愛しているからこそ君を選んだんだ」
「殿下……」
怒号と金属音が響く謁見の間で、場違いなやり取りをしている二人に陛下を含めた重役たちは唖然としてその様子を見つめていた。
「――――くだらない恋愛ごっこは他所でやってもらえますかね」
そんな中で一人、それを冷ややかな目で見つめていたレイネ?がそう吐き捨てる。
「……何だと?」
「だってそうでしょう?愛があるから選んだと言いますけど、サージュ嬢にはそこまでの愛はないでしょうし、殿下だって目的を優先していたのですから、ごっこと言って差し支えないと思いますが」
「な、そんな事……」
「あると思いますよ。まあ、もし、このクーデターもどきが失敗して殿下が捕まった時に自分が罪を背負う覚悟で寄り添えるというなら別ですが」
あえて煽るような口調で意見を封殺すると、サージュ嬢は一瞬の逡巡の後、顔を真っ赤にして声を上げた。
「っ舐めないでください!たとえどんな立場になろうと、私は殿下に寄り添いますわ!」
「……その言葉忘れないでくださいよ?」
感情に任せてか、はたまた成功すると見越してかは分からないが、ともかくこれでサージュ嬢の逃げ道はなくなった。
後は黒ずくめの集団が鎮圧されてくれればそれで全てに決着がつくだろう。
「――――ハッ、何を言い出すかと思えば、俺が捕まるだと?それは万に一つもあり得ない。外の見張りは俺が別の用を言いつけ退けた。そしてここの戦力程度では俺の私兵は倒せない。お前ら全員を皆殺しにし、第一王子を殺す。念には念を入れてその次にずっと眠ってる第二王子も殺す。そうすれば自動的に玉座は俺のものだ」
「カイゼン……お前、そこまで…………」
高らかに、そして酔っているようにべらべらと喋る殿下の狂気を目の当たりにした陛下と重役たちが言葉を失い、まるで化け物を見るような視線を向けていた。
「……俺にそんな目を向けるなぁ!元はといえばお前が悪いんだろうが!生まれた順で継承権を決め、俺には自分の利益のためにあんな女をあてがい!全てはお前の招いた結果だ!!」
辺り散らかすように喚く殿下の姿からは最早、かつての面影すら感じない。
といってもレイネ?の知る殿下は元のレイネの記憶の中にしかないし、それさえも優しかったというものはなかったが。
「……ずいぶんと身勝手ですね。それがこのクーデターもどきを仕組んだ理由ですか?」
「ハッ、好きに言うがいいさ。そもそもお前が大人しく罪を被っていれば済む話だったんだ。まあ、こちらの方が手っ取り早くはあるがな」
「…………本気で言ってます?それ」
何もかもが穴だらけ、詰めも甘ければ、各所も杜撰、突けば突く程に粗が出そうな計画を前にレイネ?は呆れを通り越して感心さえ覚えた。
「もちろん本気だとも。ああ、心配しなくともお前……いや、君は最後に殺してやるさ。この俺、自ら、な」
「…………おめでたい思考をしてますね。こんなのに何年も付き合わされていたんですか、あの子は」
俯き、他の誰にも意味の伝わらない言葉を呟いたレイネ?はずっと黙ったままの元のレイネの事を想いながら、意を決して顔を上げる。
「……別に私個人は殿下に恨みなんてありませんが、それでも行いに対する報いはきちんと受けてもらいますよ」
「?一体何を――――」
疑問に思った殿下が聞き返してくるよりも速く、レイネ?は動き出し、交戦中の黒ずくめ集団へと狙いを定め、両の腕を振り抜いた。
「なッ……!?」
瞬間、レイネ?の振るった腕……その掌から無数の鎖が飛び出し、この場にいた黒ずくめの集団をほとんど全員、拘束してしまう。
「あれは……まさか…………」
さっきまでの斬り合いはなんだったのかと言いたくなる程の圧倒的な光景を前に陛下が目を見開いて呟く。
「…………これでほぼ全員捕らえました。後は殿下と貴方だけですよ、暗殺者さん」
全員が呆気に取られ、静まり返る中、レイネ?が重役たちの方に向けて一本の鎖を放った。
「――――参りましたね。どうして分かったんです?」
鎖の先、完全に身動きを封じられた男……レイネを襲った暗殺者が観念した様子で前に進み出る。
「どうして、と聞かれてもさあ?としか答えられませんね。この鎖にそういう能力でもあるんじゃないですか」
「……なるほど、まあ、答える義理はありませんか。うん、こりゃどうしようもなさそうですよ。殿下」
レイネ?としては正直に答えたのだが、暗殺者はそう解釈したらしく、降参のポーズをとって今回の首謀者……殿下へと話を振った。
「う、嘘だ……ありえない……こんな、こんな事が…………」
「……ありゃりゃ、こりゃ駄目だ。最後くらい潔いところを見せりゃいいのに」
爪を噛み、ぶつぶつと現実逃避する主人に対し、暗殺者は呆れた顔をして肩を竦める。
「――――反逆者共を全員捕らえろ」
「そ、そんな、で、殿下……殿下ぁっ!!」
陛下の一声で交戦していた騎士達が黒ずくめの集団と暗殺者、そして殿下とサージュ嬢を拘束、全員を無力化した事でこのクーデターもどきは終息していった。
「これで……終わり……あ――――」
『…………え?何――――』
騒動の終わりが見え、安心したのも束の間、鎖での拘束を解いたレイネ?の意識が元のレイネを巻き込んで暗転、事の顛末を見届けることなくレイネ達は王城を後にする事となる。
(そう、だ……俺は――――)
薄れゆく意識の中、全ての記憶を取り戻したレイネ?が全てを悟るも、時すでに遅く、どうしようもないまま暗闇に呑まれ、消えていった。
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