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第三話-1
しおりを挟むはあああ、と深いため息をついて俺は校舎の屋根に座り込んだ。そこでぼんやり夕焼けを眺めて、状況を整理しようと頭を働かせる。
フレデリックの追求を逃れるため、俺は初めて親友に麻痺魔法を使った。最初に少し手加減して弱目にかけたら、床に崩れ落ちつつもがっしり俺の服を掴んでいたのでこれはダメだと更に重ねがけをする羽目になった。
大型魔獣でも卒倒するレベルの魔法にし、気を失ったフレデリックをベッドに寝かせて部屋を出てきた。
昼飯は食いっぱぐれるだろうが、夕方になれば目覚める。特に後遺症もないはずだ。枕元には貰ったばかりのポーションをそのまま置いてきた。
そして俺は部屋に帰ることもできず、こうして建物の上に逃げて夕陽を眺めている。
人ってのはどうしても人間の活動域で探し物をするもんだ。まさか屋根の上にいるなんて思うまい。
空が茜色に染まり始めた頃、フレデリックが目覚めて俺を探し回っていることは、魔力感知でこの学院全体を覆っているのでわかっていた。
ああ、すまない。俺が不甲斐ないばっかりに、フレデリックに不誠実なことばかりしている。
また深いため息をついて項垂れていると、不意に夕日が翳った。
顔を上げると目の前に大きな人影が立っている。逆光で顔がわからない。
おい待て、ここは屋根の上だが?まさかこの学院には屋根のぼりが趣味の人間でもいるのか。
「こんなところで何してんだ」
見上げた先にいる逆光の巨漢が喋った。
聞いたことのあるしわがれ声だった。
元々低い声がドラゴンブレスの高熱で焼かれたとか、酒で焼けただけではとか、なんか色々いわれていたはずだ。今日は鎧もなく詰襟の制服だけだが、騎士団の紋章がその襟に光っていた。
「マグナス団長こそなぜ屋根の上に」
「近くを通りかかったらお前がここで黄昏てたんだよ」
「そのまま通り過ぎてよかったんですよ?」
「おいおいつれねぇこと言うなよ、共闘した仲だろう」
屋根が痛むんじゃないかと思う勢いでドスドス歩いてきたマグナス団長は、俺の横にどっかり腰を下ろした。
夕暮れは空の端を赤々と燃やしていて、同じ色の団長の髪は燃え上がる炎のように見えた。
獅子のたてがみのような癖っ毛に、橙色の瞳をしたこの男は、規格外の大男だ。この年齢の平均身長である俺が、マグナス団長の肩までしかない。
おそらく、ひょいと持ち上げられればまるで大人と子どもだろう。いや、一応まだ大人の庇護下なので子供ではあるんだが。
「そろそろ部屋に帰らんと夕飯の時間に間に合わんぞ」
「そうですね」
「……部屋に帰れない理由でもあるのか」
「まあ、そうですね。魔獣退治はうちの領ではよくやってたんで、野宿は慣れてます」
「おいおい、学院内で野宿とか聞いたことねぇわ」
それでも動こうとしない俺に呆れた視線を投げて、マグナス団長は頭の後ろをガシガシと掻いた。夕日はすっかり山際に沈んで、反対側から濃紺の夜が広がってきている。
さて、学院の敷地内でできれば屋根のあるところを、今のうちに探したほうがいいだろう。そうは思うのだが、億劫で一歩も動けない。
親友に酷いことをしたくないなどと思っておいて、逃げるために状態異常魔法をかけてしまったショックがいまだに抜けていなかった。
「はあ。ったく、魔神級の強さを誇るあのジラール家の公子様が、年頃の坊っちゃんみたいなカオしやがってまあ」
ぺち、と膝を叩いて立ち上がったマグナス団長は、不意に俺を掴んで肩に担ぎ上げてしまった。『ふおっ』とへんな声が漏れたが、暴れる気力もなくてぐたりとされるがままになる。
「よっ、と」
巨漢のわりにマグナス団長は身軽な動きをする。トン、トン、といくつか屋根を経由して地面に降りるとそのままスタスタと歩き出した。
寮と別の方向に進んでいるので、俺は動かないままだ。なんかもう全てが面倒くさくなった。
考えるのを放棄すると、人肌のぬくもりは心地よくて、担がれたまま寝そうだった。今日、睡眠不足なんだよなあ。
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