22 / 62
閑話ーエルヴェ・1
しおりを挟む幼い頃、私は人間に興味がなかった。
とにかく猫が好きだった。猫科ならなんでもよかったのであらゆる種類の猫を集め、猫科の魔獣にまで手を出そうとしてさすがに両親に止められた。
猫はいい。
自由だし気ままだし、触らせてくれない時もあるが気まぐれにしっぽでぽふっと叩かれた時なんて天にも昇る気持ちになる。ひなたぼっこしている姿は天使だし、お日様の匂いのする毛皮に顔を埋めて吸うだけで天国に行けてしまいそうな気がする。
本当に猫はいい。日々の糧だ。
そんな私が、ある時ひとりの少年と出会った。
刹那の、雷が落ちたかのような衝撃を今でも覚えている。
あれは王国各地で流行病が蔓延した時のことだ。私は猫とだけ戯れていたので自主隔離のような状態だったため無事だったが、弟が病にかかった。
その時、薬を提供してくれたのがジラール家だった。
余剰の薬をわけてくれるというので、弟だけでなく領民も死を免れた者が多かった。
我が父は貴族にしては義理堅い性格だった。公爵家として正式に感謝を申し入れるという。馬車3台に山ほど土産の品を詰め込んで、しかも家族全員でジラール領を訪問することになった。
返す返すも私は人間に興味がなかった。
弟が助かったのは身内なので確かにめでたいとは思ったが、顔も知らない貴族に礼を言いに行くなんて、正直面倒だなと思っていた。
しかしそのジラール家で、私は、運命と出会った。
3歳にして予言の力を持つと噂される気品溢れるジラール家長女、アデライード……ではなく、その横に立ってむすっと口を引き結んでいる黒髪の少年に目が釘付けになった。
少しつり気味の大きな目、薄い唇に可愛らしい鼻、つるつるの白い肌にすらりとしなやかな身体つき。かわいい黒猫チャンが擬人化したらこうだろう!!という夢溢れる風貌だった。
かわいい。撫で回したい。イヤがられるに決まっているけれどそれもまたよし。ああでも嫌われたくない。懐かれてみたい。
完全に舞い上がった私は、『私の夢』を詰め込んだ理想の存在が服を着て現われたと思った。
「ヴァンドーム家公子様にご挨拶申し上げます。アデライードでございます」
3歳とは思えない美しい仕草でアデライードが礼をした。
横の少年も「ウォルフハルドと申します」と礼をした。ウォルフハルドといえばジラール家の長男だ。今朝出立前に母に聞いたばかりだが。
確か私とひとつしか違わないはずだが、……なんというか、……その、とても小さい。
身長はこれから伸びるのだろうか。
ミルクはちゃんと飲んでいるか?いや、子猫じゃなかったな。人間だ。
じ、と見下ろしてしまったためか、ウォルフハルドの目が眇められギラリと光った。そんな仕草も警戒して耳を伏せる猫チャンそのものだ。本当にかわいい。撫で回したい。
「エルヴェ・ヴァンドームだ」
こちらのほうが爵位は上とはいえ、礼にきた身だ。きちんと礼をして、挨拶のためアデライードの手を取り甲に口づけた。彼女もにっこりと微笑んでいたので、これは貴族の挨拶としてはありふれたもの……だったはずだ。
「アデラに何をする!!」
ところが横にいた猫チャン……もといウォルフハルドはすぐさまアデライードを抱き寄せて私から引き離した。フー!と威嚇するかのようにこちらを睨み付ける顔が、うっとり見惚れるほど可愛らしい。
なんだなんだ、取ったりしないぞ、と宥めてやりたくなる。むしろ子猫の爪で引っ掻かれたい。
「お兄様、ただの挨拶でしょう?」
「でも、アデラ……」
3歳の妹に撫でられて拗ねているウォルフハルドは、こちらを警戒しつつもすぐに気を落ち着けたようだった。
ああ、アデライードはこの少年をすっかり手懐けているのだ。なんて羨ましい。私もウォルフハルドをよしよししてうっとり額を擦りつけられたい。できればだっこもしたい。嫌がって両手を突っ張ったりして頬に肉球押しつけられたい。
あ、人間だから肉球はないな。
「どうか兄をお許し下さいませ、エルヴェ様」
キラリとした目で私を見るアデライードは、とても挑戦的な様子だった。どうだ、かわいいだろう、と愛猫を自慢されている気持ちになる。
いや、正直羨ましいが。とてもとても羨ましい。これは戦うよりも懐柔するほうが良い。猫好きとして競うのではなく、仲間として共に愛でるのだ。そうさせてくれ。
むしろ頼むからそうさせてください。
「とんでもない。こちらこそ失礼を。アデラ嬢」
にこ、と微笑み返せば私の家族の方がギョッとしていた。なにせ私が人間に笑いかけるなど、家族に対してもほとんどあり得なかったからだ。
だって運命なのだから仕方ない。私はこの猫チャンを生涯愛でると決めたのだ。猫と違って十年、二十年の寿命で死んだりしない。私より長く生きるかも知れないのだから、楽しみで仕方ない。
こうして私は、人間に興味のない猫狂いの貴族令息から、一転。
ウォルフハルド狂いの一人の男となった。
110
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
王様お許しください
nano ひにゃ
BL
魔王様に気に入られる弱小魔物。
気ままに暮らしていた所に突然魔王が城と共に現れ抱かれるようになる。
性描写は予告なく入ります、冒頭からですのでご注意ください。
義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました!
えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。
※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです!
※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる