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閑話―オーギュスト・3
しおりを挟む「このままでは、きっと私は、取り返しの付かない事をしてしまう。今のうちに去勢しておくべきだ。幸い私は第二王子だし、子供は望まれていない」
「……。んん、殿下。まずは何があってそう結論付けたのか、順を追って説明して頂けますか?」
私は今見てきた事を全て説明し、ウォルフハルドに対してあってはならない欲を抱いた事も告白した。
私は彼の犬なのだから、支配されるべき者が、主を白濁で汚したいなどと思って良いわけがない。
だから早めに去勢すべきなのだと結論づける。
するとエルヴェは一度かけていた眼鏡を外してキュッと布で丁寧に拭き、再びかけた。これは気を落ち着ける時のエルヴェのクセだ。
「殿下。まずはおめでとうございます。殿下がそのように他人に興味をもち、あまつさえ欲を抱いたという事実に安堵しております。これまで幼少の頃から仕えて参りましたが、そのように人間らしい感情を殿下が持つまでに至ったとは。大変喜ばしいことだと思います。宰相閣下もお喜びになるでしょう」
キリッとした真面目な顔でそう言ったエルヴェは、それから表情を緩め紫の目を細めてにっこり笑った。
「……そしてこれは私の個人的な意見ですが、去勢は必要ないかと思われます」
「そうだろうか」
「勿論です。主従に関して、犬が主に欲情してはいけないという法はありませんので」
「……そうだろうか?」
「そうです。それを踏まえてウォルフハルド様への対処法ですが、まずはお嫌なのかそうでないのか意志を確かめるところからいたしましょう」
ふむ、と私は頷いてエルヴェの言葉に耳を傾けた。こうして物事に対し傾向と対策を練る時の彼は、とてもいきいきとしている。この手並みに私は何度も助けられてきた。
「私はどうすればいいだろうか」
「ウォルフハルド様はとても気まぐれで自由ですから、正面からいっては驚いて逃げてしまうでしょう。警戒させてもいけません。このところ念入りに毛繕……んん、サロンで親睦を深めていましたから、他人のいないところで対話するところからはじめましょう。まずは向こうが自由に逃げられる距離で、そうっと抱き締めるところから」
「……ふむ」
「抵抗がなければ、耳元を優しく撫でるとかキスをして身体を擦り付けるように。これで逃げなければ次の段階です」
ふむふむ、と頷きながら手順を記憶していく。エルヴェが言うには、驚かせたり機嫌を損ねたりして逃げられないよう、常に様子を窺いながらするといいと。
「ここで素直に『一緒に居たい』『テントに来て欲しい』などと言ってみます。了承を得たならすぐ抱っこです」
「……抱っこ」
「横抱きはいけません。周囲が見えるよう、縦に抱きましょう。少し警戒が弱まります。抱っこが嫌がられなければ完全に絆されています。そのまま連れてきてください」
「テントに連れてくればいいんだな」
「はい。そして此処でもできるグルーミング方法……じゃない、えー……親睦の深め方を考えましょうか」
ウォルフハルドが私のテントに来る。
ソワソワとしてしまう私にエルヴェはきっちり手順を説明してくれた。
『触れてくるようならウォルフハルド様の好きにさせること、優しく見守ること』
『こちらからは無理に触らない』
『向こうから身体を擦り付けてきたら動いて良い合図。触ってよろしいという指示と考える』
『可愛い声で鳴いていたらたくさん撫でてキスすること』
注意事項はたくさんあった。そのどれもが、ウォルフハルドの性格を考慮したもので、エルヴェは本当に賢いし気が利くのだなと思う。
「……私が暴走したら殴ってでも止めてくれ、エルヴェ」
「殿下、怖がらずとも大丈夫ですよ。忍耐強さでは殿下の右に出る者はまずおりません。それに、ウォルフハルド様はたっぷり殿下を可愛がってくださるはずですから、きっとお互い満足のいく結果となるでしょう」
さあ少しでも眠って下さい、と横になるよう促されて灯りが消された。
夜も更けて、もう数時間も経てば空が白んでくるだろう。ウォルフハルドを誘うとすれば、明日の訓練が終わった後か。
あの黒く艶のある瞳に私が映る、そしてあの痺れるほど支配力に満ちた声が私を呼ぶ、その時を心待ちにしながら、私は目を閉じた。
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