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一章 魔術師の森
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しおりを挟む身なりは旅人だろうか。子供用のマントが雨水を弾いていて、防水のしっかりしているちゃんとした旅装束だった。近くの村の子供だったらこんなのは身につけていない。
「師匠は、俺の師匠だよ。……きみは誰? どうしてここに?」
「あのね、ぼくフィル。馬車が横にごろんて倒れたから、ここまで落ちてきたの」
その少年――フィルが指さした先は山の斜面だった。
ここから上は確か、商人の荷馬車がよく通る道だからと結界の外になっている。この子は落下してきたせいで結界を越えちゃったんだろう。
この森の結界は、外部からの攻撃をはね除けるような効果のものではないと聞いていた。
そこに道がある、森がある、という認識を阻害し『そこに行きたい』という気持ちを喪失させてしまう。どちらかといえば精神に作用するものなんだって。
だから近くを通った村人や旅人は、『ここには何もない、行きたいとも思わない』って回れ右するのが普通だった。
でも、不可抗力で滑り落ちてきた場合はこの子みたいになるってことか。そっか、一つ勉強になったな。
「俺はルイスだよ。……ねぇフィル、その馬車はこの上にあるの?」
「うん。あの木のとこに引っかかってる」
「木!?」
フィルがもう一度指さした先は、さっきより少し右側だった。そっちには、確かに崖からにょっきりと木が生えている。
そして今は、その木と斜面の間に挟まれるように、荷馬車が引っかかっていた。
「うわっ、アレ大丈夫? なわけないか、あわわ……」
繋がれた馬も苦しそうにもがいていて、御者台には気を失ったおじさんがぐったりと馬車に凭れていた。このままだと、あの木が馬車の重みにいつまで保つかわからない。
ポッキリ折れたら馬車ごとこっちに滑り落ちてくるだろうし、そうなったら馬もおじさんも怪我をするだろう。フィルは小さくて軽いからコロンと落ちてこれたけど、最悪の場合はあの荷馬車も壊れて使い物にならなくなりそうだった。
「ど、どうしよう……師匠を呼んで……いや、駄目だ。人がいると出てきたくないって言う」
おろおろとその場で右往左往する俺を、フィルはポカンとした顔で見つめていた。フードの下から見える彼の空色の瞳が、小雨降る曇り空のせいかぼやけて見える。
これで「助けてよ!」とか泣きながら訴えられたら俺も追いつめられちゃうけど、この子は状況を理解できてないのか何にも言わない。
だからこそ、俺は俺の意志でどうにかしないといけないんだ。
「――ッ!」
ハッと顔を上げると、斜面の上のほうでミシッと嫌な音がした。
木の根元の土が、少しずつ盛り上がっているのが見える。雨は昨夜も降ったみたいだから、土が軟らかくなってるのかも。折れる前に根こそぎ引っこ抜けてしまう可能性まで出てきた。
どちらにせよ、あの木に荷馬車を支える力はもうなさそうだ。
「フィル……危ないからちょっとの間だけ、あの森の端くらいまで下がって待っててくれる?」
ブルブル震える自分の手をギュッと握りしめた。たぶん今から師匠を呼びに言って説得してたら間に合わない。俺が精霊術で助けないと怪我人が出るし、もしかしたらあのおじさんは頭から落ちて死ぬかもしれないんだ。
ゾッと背に冷たいものが走った。呼吸が浅く、無意識に間隔が短くなっていく。
俺の精霊術は失敗すればいつでも師匠が尻拭いしてくれた。だけど、今回は違う。全ての責任と、その結果が俺の精霊術にかかってるんだ。
「ノーム……!」
祈るような気持ちで俺は精霊に声をかけた。
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