落ちこぼれ精霊術士はドSなお師匠様に執着されてたみたいです

天城

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四章  とある港街の魔術師と弟子

1






 活気に満ちた大通りに荷物を満杯に乗せた馬車が行き交っていた。港街ランドルムはアンセル王国から南に二つ国を跨いだ先にある。
 見上げた空は抜けるように青くて、雲一つなかった。そろそろ昼時だから、急がないと。俺は買い出しの荷物を抱え、早足で路地裏を駆けた。

「聞いた? また北からの荷物が滞ってるって」

「もう海路の荷しか信用できんよ。戦争なんていつまで続くのかね……」

 噂好きのご老人たちが井戸端会議しているのが聞こえてきた。
 俺たちが王国を離れてもう六ヶ月が経過している。
 あれからすぐに勃発した戦争は未だに終結しそうにないらしい。結界を失ったアンセル王国は瞬く間に周囲の国々に征服されたんだけど、でもその後どうやってアンセルの土地を分けるかで、国同士の仲間割れが起きているんだとか。
 まあ、出てきてしまった俺たちには関係のないことだけど。

「おわっ……とっ、とっ……」

 石畳の微妙な段差に足を引っかけ、俺は数歩よろめいた。慌てて体勢を立て直して腕の中の布袋を押さえる。袋には零れんばかりに大量のオレンジが入っていて、下手に揺らすと転がり落ちてしまいそうだった。

「お前、なに買いに行ったんだっけ?」

 師匠の声がして、ひょいと俺の腕から袋が奪われた。振り向くと黒いローブ姿の師匠が呆れた顔をして俺を見下ろしていた。

「昼食のパンを買いに行ったら、おじさんが庭のオレンジたくさん採れたから持ってけって」

「ふーん、それでパンはどうした?」

「オレンジで両手がいっぱいになっちゃったら、あとで焼きたて届けてくれるって」

「……」

 フー、とため息をついた師匠はそのまま歩き出した。その後ろを黒いローブの端を掴んで俺もついていく。
 師匠の出で立ちは、森にいたときとだいぶ変わっていた。髪に編み込む金属の護符やビーズはいまだに残ってるけど、服装が普通のシャツとズボンになり上着として黒いローブを着込んでいる。ちなみに俺もオパール色の髪と瞳のまま、似たような服装をしていた。
 この国だとこれが典型的な魔術師とか精霊術士の服装なんだって。
 森の中で師匠の教えてくれた世界しか知らなかった俺は、王国にある神殿の図書館でアンセルのことを知った。それから国外に出て旅をして、ランドルムに辿り着いてまた新しい知識をたくさん手に入れたんだ。

 ――この港街ランドルムの住民曰く、大昔から『魔術師』は人々に乞われて街に住むことが多い。

 魔術師は工房を持ち、市民に魔道具や魔石を売って利益を得る。魔術師のいる街はとても栄えると昔から語り継がれているらしい。まるで幸運のお守りみたいな言われ方だ。
 師匠と俺はランドルムに来るのに、船を使った。その航海の途中、嵐に遭ったり海賊が出たりしたのを師匠が魔法で退けて、船員にも船旅のお客さんたちにも大絶賛を受けながらこの街に入ったんだ。
 そうしたら、連絡が入っていたのか着港と共にランドルムの領主が待ち構えていて、師匠を館に招いた。一緒だった俺にもご馳走を振る舞ってくれて……支援するからこの街に魔術工房を置かないかと提案された。

『俺は誰かに利用される気はないし、住処を勝手に決められるのも好きじゃねえ』

 怒気を孕んだ師匠の目に見つめられても、ランドルムの領主は動揺を見せなかった。
 領主のヴィセンテ卿は四十路くらいの茶色の髪のおじさんで、柔和な表情をした感じの良い人だ。でも、俺がそう思っても師匠が気に入らないんじゃ仕方ない。

『誤解のないように言っておこう。私は戦争や武力行使に貴方を利用しようとは思っていない。魔獣の被害や他国の侵略に対して協力を仰ぐことはあるかもしれないが、あくまで傭兵のような扱いだ。報酬を支払い、貴方はそれに見合うと思う魔法を使ってくれたらいい。強制も脅しもしないとも。自由を奪うようなことは絶対にしないと約束しよう』

 ヴィセンテ卿は決して強引な人ではなかった。だからなのか、師匠は少し考え込んでいた。
 実は俺たち、アンセル王国を出るときに持ち出した路銀がほぼ底を尽きてたんだ。
 森では自給自足に近くてあんまり現金が必要ではなかったから、油断していた。一度家に帰って荷物をまとめてから出てきたものの、かき集めたお金は船旅の運賃と途中の宿代だけで吹っ飛んでしまった。
 野宿は別に苦ではないし、野生の動物を狩る技術もあるんだけど、それでもこまごまとお金は必要になる。

『ちなみに工房用の物件はこちらで借り上げて手配する。初期費用として現金も渡そう。……これくらいでどうかね』

 領主がポンとテーブルに置いた布袋には、金貨がかなりの数入っているように見えた。チラと横目で見ると、師匠は口をへの字に曲げて唸っていたがやっと決心したように頷いた。

『――わかった。この街にしばらく滞在する』

『おお! 助かるよ。魔術師の作る魔道具や魔石は街の発展に役立つし……あっ、きみたちの無理ない範囲でいい。作成した分は一定金額でちゃんと買い上げるからね。これが契約書だ。よく読んでサインを頼むよ。魔石等の買い取り値段に不満があればいつでも値上げ交渉に応じよう。その代わり、毎度品質はちゃんと確かめてから買い上げるからね。まとまった数を持ってきてくれれば、さらに買い取り価格を上げるから――』

 俺たちはヴィセンテ卿のよく回る口に圧倒され、呆気にとられていた。師匠は『契約』という言葉に少し神経質になっていたけど、書面を見るに魔術的な拘束力はなんにもない。
 領主からは、理由なく反故にすると一応法律で裁かれるよと言われた。ふん、と鼻で笑って師匠はそこにサインをした。

 ――『ゲニウス・シルバヌス』と。

 その後の領主の大興奮と、止まらない魔術師語りについては、ちょっとお腹いっぱい過ぎて思い出したくない。なんとここでも師匠の名は数百年前から伝説となって語り継がれていて、噂は瞬く間に広がった。今や、ランドルムの全ての住人が師匠のことを知っている。

『ルイス。忘れちゃいけないのは、特殊な環境で生活してきたゲニウスも相当な世間知らずということよ。貴方は絶対にあんな風になっては駄目だからね』

 エレンは早々に居住地が決まって喜びつつも、呆れた顔で師匠を見ていた。
 師匠の魔術工房には、それからパトロンを申し込む貴族の手紙が毎日のように届くようになってしまった。周辺地域だけではなく、かなり遠くの国からもだ。辟易していた俺たちを見かねて、ヴィセンテ卿はそれらの交渉を一手に引き受けてくれた。

 ヴィセンテ卿は俺たちに末永くランドルムにいてほしいから協力は惜しまないと言う。……とはいえ、世話になりっぱなしだ。今となってはすっかり頭の上がらない相手になっていた。

      ‡

「ただいま、エレン」

 魔術工房に入ると、窓辺のクッションで寝ていたエレンが起き上がって伸びをした。ピョンと俺の肩に飛び乗ってくる。










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