死にたがりの半妖が溺愛されて幸せになるまで。

天城

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一話-01

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 はあ、はあ、と息を切らせながら獣道をひた走る。
 フクロウの声も聞こえない闇の中を、勘だけを頼りに進んだ。

「もっと本気で逃げろ!もう追いつくぞいいのか!」
「今日こそ、その金の目玉をくりぬくぞ!」
「汚らわしい半妖の目玉も、色だけは月のように美しいのだ。お館様に献上しよう!」

 後ろからは絶え間なくはやし立てる声、声、声。
 脅し、嘲り、ただ嬲る事を愉悦とする歪んだ妖魔達の声がぴったりと離れずついてくる。

 はあ、はあ、と響く自分の息遣いだけに集中してなるべく耳を塞いだ。
 もう少しで川に出るはずで、そこに飛び込めば追っ手は巻ける。流れが速いからあっという間に流されてしまうだろうし、後ろの者達は飛び込んでまでは追ってこないだろう。

「あいつ川に逃げるぞ!」
「上流に追い立てろ!」
「ダメだもう川に近づき過ぎて……」

 
 ひゅん、と風を切る音がした。すぐ近くで小枝が切り裂かれ、木の葉が散る。カマイタチだ。

 左に行きたいのにそれを阻むように空気の刃が近くの木々を細切れにした。仕方なく走る方向を幾分右へとずらしていく。足にぐんと負担がかかり、こちらの道には傾斜があるのが判る。真っ直ぐ走るよりずっと息がきれた。

 苦しい。肺が潰れそうだ。
 息を吸い続けているのに、いつ吐いたのか判らない。カラカラに干からびた喉が痛みを訴えてきて、なだめるようにつばを飲み込んだ。ごくりと喉は動くけれど、痛みは消えない。
 その程度でどうにかなるものじゃなかった。

 ふと、耳に水の流れる音が近づいてきた。

 川だ。萎えかけていた足が少しだけ力を取り戻す。茂みを抜けて川に飛び込もうと姿勢を低くしたところで、急に後ろから首を掴まれた。

 ぐう、と喉から変な音が漏れる。

 後ろから笑い声が聞こえて、口々に何かはやしたてている。
 息が出来なくて、耳がぼわっとして水の中にいるみたいだった。
 追いかけてきた妖魔達に取り囲まれているのは判る。しかしそれだけではなく、着物の合わせに手を入れられた。裾からも足首に手がかかる。ぞわっ、と身の毛のよだつような恐ろしい感覚があった。

 遮二無二手を振り回し足をばたつかせて、周囲にいる者を引っ掻いて蹴飛ばす。

「――ッ!!」

 
 怒りの声と唸りが聞こえたのと同時に、身体がふわっと浮いた感じがした。

 そのまま胃がヒュッとせり上がるような感覚と共に、落ちていく。
 川があると思った方向に、水がない。

 まだない、まだかまだか、と焦るうちにどんどん落下していった。

「馬鹿、手を離すな!!」

 最後に見えたのは、燃えるような赤い髪の鬼の子だ。焦ったように崖の縁から下を覗き込んできたから、見えた。

 妖魔の里で頭領をやっている鬼の、一人息子。幼い頃から半妖は自身のオモチャだと言って憚らない、傲慢で横暴で暴君そのもの、大嫌いな幼馴染だ。

 まさか遊んでいてオモチャを壊してしまうとは。

 村八分にしてはいるが殺す許可は出ていないはずだ。その半妖を崖から突き落としたとしたら、頭領の息子とて咎は免れないだろう。
 目障りだが半分でも妖魔の血をひく者を殺すなら、冤罪裁判にでもかけて堂々と『処刑』しなければならないのだ。

 しかし今、崖から落されたことでその未来はなくなってしまった。
 焦ってこちらを見るその表情は青ざめていて、ざまあみろと思った。

 ああ死に際にいいものをみた。

 そう思った瞬間にざぶんと水に落ちる感覚があった。
 その勢いのまま沈み、どん、と背中に川底の岩がぶつかる。肺に残っていた空気まで吐き出してしまった。痛い、と思うが水の冷たさでそれさえ麻痺してしまう。ごぼ、と水が鼻や口から入ってくる。

 川の流れは思ったよりもずっと速かった。数日前に大雨が降った後だからか。

 木の葉が滝壺に巻き込まれていくかのように、オレは濁流に乗って流されていった。






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