4 / 36
一話-04
しおりを挟む布団の中に入っては夜まで寝てしまう。腹が苦しいくらいなので散歩はしたい。
半寝入り状態のオレの主張をどうにかくみ取って、きぬは掛け布団の上に丸くなったオレに黒の単衣をかけてくれた。
大きな、いい匂いのする黒の単衣。
誰の匂いだろう。知りもしないのに何故だか心地良くて、意識は泥のように沈んでいく。
「ハル様、これからはどうか、お腹いっぱい食べて元気になられませ」
きぬが柔らかい手で頭を撫でてくれる感覚が、眠りに落ちていく前の最後の記憶だった。
屋敷の庭は、広かった。
夕刻前に目覚めてから、きぬに椿の着物をぐいぐい強引に着せられた。そして赤い鼻緒の草履を渡され、いまは玉砂利の上をざくざくと歩いている。
困った。オレは死のうと思っていたので、ここで腹一杯ご飯を食べて懐柔されている場合ではないのだ。寝起きでぼうっとしていたせいか抵抗したり逃げたりするのを忘れていた。
妖狐である母譲りの銀の髪と、お月様のような金の瞳。それをきぬはとても気に入っているようで、綺麗だ綺麗だと褒めてくれる。顔は見られた物でなくとも、里でも髪と目の美しさだけは認められていたので、きぬもそう言ってくれて嬉しい。
「……だから、駄目なんだって」
自分への戒めに、口に出してしまった。
きぬがどれだけ可愛がってくれるとしても、所詮は人間なのだ。もしかしたら今のこの待遇も、あとで見返りを求められるのかも知れない。目玉をくり抜かれるとか、殺して髪を切られるとか。
人間を信用するな、あれは邪悪な生き物だ、と妖魔の里ではずっと聞かされてきた。
妖魔の子供達が物心ついてから最初に受ける教育が、それだ。オレも例外ではなく、学ぶときにはいつも引き合いに出され蔑まれて、お前は邪悪だ邪悪だと非難された。何もしていなくとも、人間はただ邪悪で生きている価値のない生き物なのだろう。オレがそうであるように。
ざり、じゃり、と足元の石が耳障りな音を立てる。
オレはとても単純だから、初めてのことに混乱していた。今までに向けられたことのない笑みと共に綺麗だ綺麗だと褒められてなにくれとなく世話をやかれるなんて、里では考えられないことだ。
経験がないから、対処法も判らない。
こうなれば、もう敵前逃亡しか道はない。ここではどうせ柱に頭をぶつけても死ねないだろうし、池に落ちたとしてもすぐ救い出されてしまうだろう。
逃げなければ。
この心地良い空間は、オレを駄目にする。
鋭く磨いてきた感覚を鈍らせ、警戒の心を緩ませ、あらゆる危険に対し身構えていた防衛本能を取り払ってしまう。そんなことになったら、オレはどうしたらいい。
オレは死にたいのだ。
死ぬまでこのオレを守りきって死にたい。オレを失わないように、奪われないように、そのために早く死にたいと思っている。
未来に守れる保証が、ひとつもないからだ。オレを奪われたら、ここに残された記憶さえも失ってしまいそうで怖い。
ふら、と足元が傾いで玉砂利が大きな音を立てた。
足を取られて膝を突くと、踏ん張りが利かず足がズブズブと埋まっていくかのようで身動きがとれなくなる。片手をついて立ち上がろうとした瞬間、突然腕をぐいっと持ち上げられた。オレは宙吊りのような体勢で玉砂利から離された。草履を履いた足が、浮いている。
「なんだ、兄貴が拾ってきた妖魔だというからどれだけ強いのかと思えば」
「……」
「見た目だけか。まあ愛玩するにはいいかもしれないが」
「……」
「おい喋れないのか?本当に愛玩人形なのかお前」
204
あなたにおすすめの小説
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる