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二話-01
しおりを挟む突然腕一本でオレを持ち上げた男は、また黒髪の人間だった。
先程部屋に飛び込んできた大男と似て見えたが、どうにも雰囲気が違うような気がする。話す言葉の端々にオレへの嘲りが見てとれた。人間の中にも汚れた血を感知する者がいるのだろうか。それなら仕方ない、オレは妖魔にも人間にも嫌われる生まれの子どもなのだ。
「それにしても鬼くさいな。そんなに臭いがこびりつくほど何やったんだ。お前、兄貴に拾われる前は鬼の妾かなんかか?」
「……」
「まあ見てくれば悪くないが、身体はガリガリじゃねぇか。抱き心地も悪そうだが……あっちの具合だけすこぶる良いとかか。まあ妖狐ならあり得なくも……」
不意に空を切る音がした。
竜巻のように起きた風があまりに唐突で、まさかカマイタチかと疑った。しかしここは人間の住まう屋敷だ。妖術を使う者がいるはずない。
風に一瞬目を瞑って、開けた時には地に足がついていた。そして傍らにはきぬが立っている。にこにこと先程までと同じように笑っているように見えるが、どことなく雰囲気が違って見えた。ゆら、と立ち上って見えるのは殺気だろうか。
「旦那様のお客様でございます」
「ハッ、妖魔に客もなにもあるもんかよ」
思ったよりも遠くにいたあの黒髪の男が、吐き捨てるように言った。いや、あいつが遠くに行ったんじゃないな。オレが遠ざかったんだ。風が走り抜けたあの瞬間に、きぬがオレをあいつの手から奪い去った。
「……旦那様の、お客様にございますれば」
「っぐ……」
「手出しは無用。規律を守れぬとあらば相応の咎がありましょう」
ふぉん、と再び風を切る音がした。華奢で小さなきぬの手に、薙刀のようなものが握られている。しかしその刃先は反った刀の形ではなく、まるで大斧だった。重量もそれなりにあるだろうに、きぬはびゅんびゅんと風を切ってその大斧を振り回す。
肌を刺す殺気と場の緊張感に、オレは本能的に後ずさった。きぬには近寄れず、かといってあの不穏な黒髪の男もイヤだった。そうしてジリジリと下がりながら、この騒ぎに乗じて逃げてしまうのはどうかと思い当たる。
幸い、対峙しているきぬと黒髪の男はお互いに夢中でオレには気を配っていない。
今のうちだと身を翻した直後、ドン、と壁のようなものにぶつかって跳ね返された。ぺたんと尻餅をついたまま顔をあげると、目の前には雲を突くほどの大男がいた。
長い黒髪をうしろで緩くまとめ、絣の着物に黒い羽織を重ねている。逆光で良く見えないが高い所にある顔はオレに向けて微笑んでいるようだった。
ああ、こいつこそ先程の部屋に飛び込んできた黒髪の大男だ。そう直感的に思った。
「よう、イブキ。こんなところで油売ってるヒマが何処にあるんだ、お前」
「……ッ」
「きぬが言うように、俺の客人だ。何か文句あるんなら俺に直接言ってこい」
「チッ……」
イブキ、と呼ばれた男は舌打ちだけして何の返事もなしに歩いて行ってしまった。その態度にやれやれと肩を竦めた大男は、オレの身体をひょいと持ち上げると縦抱きにしたまま玉砂利の上を歩き始めた。
「きぬ、斧はしまっておけ」
「これは失礼いたしました。何やらいとけないこどもに下世話な戯言を吹き込んでいたようで……」
「あいつにも困ったものだな。俺の物には一度手を出さずにはいられないらしい」
「実力、人格、人脈さえも敵わぬ相手に対しあの態度。愚かの一言ですわ」
きぬの傍らに立った後も、大男は俺を縦抱きにしたまま話し続けている。そろそろ降ろして欲しいんだが。
それに『いとけない子ども』などと聞こえたが、こいつらにオレは幾つに見えているのだろう。もしかして人間と妖魔の年齢は数え方が違うのか。それはあり得るな、山の動物など一年か二年で成体になってしまうのだし。
俺は汚れた血で見すぼらしい身体をしてるから、小さく見えるのも仕方ない。
「あと一年で成体だ」
「……そうなのか」
「あら、あら」
そう、あと一年で十八になるオレは鬼の頭領に裁判にかけられ殺されるはずだった。それより先に何処かで死んでやろうと思っていたんだが。上手くはいかないものだ。
いや、今からでも早く死ねば良い。崖から落ちても死ななかったのがバレたら、かあさまのように連れ戻される。
もう妖魔の里から追っ手がかかっているかもしれない。そうだ自由に動けるうちに、死ななくては。連れ戻されてまたあの里で暮らすくらいならもう一度濁流に飛び込んでもいい。
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