32 / 36
閑話①【冬青】-01
しおりを挟む目が覚めると腕の中にころんと丸まった子狐がいる。
ふわふわの尻尾を俺に巻き付けて、華奢な腕を精一杯伸ばして抱きついてきて、そのままコトンと眠りに落ちていた。そんないたいけな妖狐の子どもが可愛くないわけないだろう。
可愛いに決まってるし愛おしくて毎日頭の中の許容量がいっぱいになっている。
「……おはよう、そよご」
ぼんやりと開いた瞼の下から、金色の目が覗く。覗き込むとその奥の瞳孔は僅かに緑色がかっていて、それがとろんと弛緩している時は安らいでいる証拠だ。
はじめこの部屋で目覚めた時の彼の目は、緊張していて瞳孔もキュッと縦に鋭く伸びていた。呼吸も浅く、すぐに飛び出せるように四肢にも力が込められていたように思う。
ハルを見つけたあの日、俺はこの屋敷の側面を流れる川を上って、源流に向かっていた。そこで行う修行は黄の家では日常的に行われているものだ。俺は門弟を連れずに一人で行くことも多く、その日も一人で川原を歩いていた。
上流には切り立った崖があり、滝も存在する。そのあたりまでいくと川原に転がる岩はかなり尖っていて大きなものが多かった。
これらの岩を退魔武装で叩き割ったりする修行が数日前に行われたばかりなので、今は川の中まで砕けた石ばかりだ。
その中をザクザクと草履で歩いていたら、川縁にねずみ色の雑巾のようなものが転がっていた。
ふと興味を引かれて近寄ってみなければ、血の匂いにも気付かなかっただろう。
粗末な衣服から覗く細い手足も見落としたままだったに違いない。
人だ、と思い駆け寄って抱き起こしたら、あちこち打撲だらけで既に虫の息だった。
このまま連れて帰るか否かで一瞬手が止まった。
どう見ても人が耐えられる類いの傷ではない。川底に落ちて流されたのか、水に揉まれ岩にぶつかって出来た傷はかなりひどかった。
それより前の古そうな傷や打ち身、元々細い枯れ木のような手足が、まるで幽鬼のようだ。
妖魔の一種だと言われてもきっと納得していただろう。それほど酷い有様だった。
ふと見ると、ねずみ色の髪の隙間から金の目が覗いていた。爛々と輝くその光は、ほんの一瞬だけでスッと閉ざされてしまう。
ただその秒にも満たない間で、俺は魅入られてしまった。腹の奥底から血が沸騰するような興奮が湧き上がって、心臓が早鐘を打った。
思えばあれは、半妖とはいえ妖狐を目の前にして末裔の血が騒いだのだろう。
俺はすぐさま上着を脱いで小さな身体に被せるとそっと抱き締め、全速力で走って屋敷に戻った。
幸い、俺の影であるきぬは薬学に明るいのでなんとか出来るだろうと思って連れ帰った。
俺の抱いてきた生き物にはじめは驚いていたきぬも、消えゆく命を前に問答などしていられないと思ったのかすぐに切り替えてくれた。
大きな盥に水と湯を張り二人がかりでその子を洗う。
ボロボロの衣服はひとまず避けておいて、処分はしなかった。本人にとっては大事なものかも知れないと思ったからだ。
何度洗っても、湯が泥のように濁る。それでも何とか水が透明になるまで髪を洗い、傷を悪化させないよう優しく肌を擦って清めると……現れたのは伝説の妖狐だった。
――俺達の知るクズノハと容姿がそっくりだったからだ。
クズノハの末裔である我が家門には、彼女の絵姿がたくさん残されている。
初代のクズノハの子どもと、その父親はクズノハを溺愛していたらしく評判の絵師がいるとすぐに連れてきてクズノハを描かせた。
白銀の長い髪、きらきらとした髪が縁取る柔らかそうな頬、透き通るような白い肌にぽつんと赤い唇。吊り気味の大きな目は黄金色をしていて、絵には金箔・銀箔がよく使われていた。
妖狐の子どもに浴衣を着せかけながら、きぬは頬を紅潮させていた。
きっとクズノハが連れ去られる時身籠もっていたという最後の子では、と考えたのだ。
純粋な妖魔という気配はしないし、これが半妖というなら納得だと俺も思った。
そうして興奮冷めやらぬ気持ちで見ていたが、彼の容態は予断を許さない状態だった。
俺はきぬが治療をしている間、ずっと妖狐の子どもの手を握って霊力を流し込んでいた。
霊力とは、生命力そのものだ。俺達にとっては術を使うための力だが、妖魔にとっては糧と同じと聞いたことがある。
少しでも元気になればと、夜通し力を注ぎ続けた。
365
あなたにおすすめの小説
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる