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閑話①【冬青】-02
しおりを挟むきぬは毎日意識のない妖狐の子どもに薬を飲ませ、包帯を変えて傷に軟膏を塗って看病した。
俺は仕事を終えて屋敷に戻ると夜通し彼の手を握り、祈りながら力を注いだ。
本来なら、他の家門に助けを求めるべきだったんだろう。
俺達だけでは限界があったし、そんな意地で『半神』を命の危険に晒すことは許されない。
もう一日目覚めなかったら、碧の家へ助けを求めよう。
槐様に全て打ち明けて助けを乞おう。
そうきぬと約束したその日の昼、ようやく妖狐の子どもは目を覚ました。
きぬの呼ぶ声を聞いてバタバタと走って行った先に、目覚めた彼がいた。
ふわふわした銀髪を頬にまといつかせ、大きな金の目を見開いて俺を見上げていた。
歓喜に涙ぐみそうになるのをなんとか押さえて、二言三言言葉を交わすとその場はきぬに任せて仕事に戻った。
退魔師としての仕事は毎日のように舞い込んでくる。
それを捌くのは黄の家の仕事だ。
仏事や術事は碧、財物の管理は紫、そして退魔の実働部隊は黄が担っていた。
その家門の頭として、仕事を疎かにするわけにはいかない。
弟も虎視眈々と俺に成り代わろうとしているところだしな。
しかし奇妙なことがあった。
あれほどクズノハの絵姿と似ているのだから、彼は妖狐に違いないし血縁である可能性ももちろん高い。
しかし弱っていることを差し引いても妖力がまるで感じられなかった。
その身体に流れているはずの生命力そのものがぴたりと流れを止めているようだった。
そんなことが可能なのだろうか。それでは生きていながら仮死状態ではないのか。妖魔として生活していたのなら随分と不便だっただろう。
俺はその時の違和感にもう少し注意深くなるべきだった。
判っていればもう少しやりようもあっただろうに。
それを反省したのは、ハルの力が戻って妖力の訓練を始めた頃だった。
「ちょうちょ」
「これは伝令蝶という。言葉を託して、渡したい相手を頭に浮かべる。そうすると、飛んで行く」
「……ちょうちょ」
「ハル? 聞いてるか」
ひら、ひら、と飛ぶ半透明の蝶を見てうずうずしているハルは、完全に狩猟本能を抑えきれない子狐だった。俺もあまり術の教え方が上手いほうではないから、ハルが集中できないでいるともうほぼ成果がない。
「ハル、……」
伝令蝶に手を伸ばして、追いかけているハルの様子を見ながら苦笑する。これはきぬと槐様が話していた事だが、『ハルの時間は母親の死んだ六歳で止まっているのではないか』という仮説があった。
身体ももちろん栄養不足で育ちが悪かったから十歳くらいに見えるが、六歳で母親を失ってから酷い虐待を受けていたからか精神面がまるで育っていないようだった。
触れてくる大人と言えば口淫をさせる大人の男か、蔑んで頬が腫れるほど叩いてくる女か、はやしたてて小突いて苛めてくる同世代しかいなかったのだ。それも仕方の無いことだろう。
しかし六歳か……と思うと俺も流石に罪悪感があった。
身体は十七を過ぎたと聞いているが、それは妖魔の年齢だからあまりあてにはならないな。いや、クズノハの消えた後の三百年を考えれば、本来ならハルは三百歳だ。
そうは思っていても、この幼い表情や言動を見てしまうと、俺は幼子になんてことをしたんだろうと後ろめたくなった。ハルのこの細腰で、よく耐えられたものだと思う。
「冬青、ちょうちょやって」
「うん。じゃあハルに伝言だ」
「……ん?」
指先ですうっと空を撫で、黒と黄色のアゲハ蝶を作り上げる。そこに言葉を吹き込み、フウ、と息吹を与えて飛び立たせた。
そのアゲハはヒラヒラとハルの傍を飛び回り、ちょん、と額に落ち着いてフッと消えた。
俺が送った言葉が届けられた証拠だ。
ハルは自分の額を片手で押えたまま、顔を真っ赤に火照らせている。そんな顔をすると急に年頃の子どもみたいになるのだから不思議だ。
幼児と思春期を凄い速度で行き来しているように見える。
俺の心臓が保つようにハルにはもう少し手加減してもらわないといけないな。可愛すぎて毎秒惚れ込んでいる。
「ハル」
「う゛う゛……冬青」
「うん?」
「だっこして」
ねだって伸ばされる腕にこちらからも手を差し伸べて、掬い上げるように抱き締めた。
そのまま畳の上に胡座をかいて、向き合う姿勢でハルの顔を覗き込む。
真っ赤に染まった頬と、首筋と、鎖骨のあたりが露わになって一瞬くらりとした。色香だけで俺を昏倒させる事ができるんだからハルは凄い。
「口吸い、も、して」
「うん。それから?」
「んっ、……ぁ、ふ、……んんっ」
首の後ろにハルの腕が回ってくる。ギュッと抱き締められるとハルの匂いがした。
うっすら汗の混じったような子狐の甘い匂い。
むしゃぶりつきたくなるほど俺を興奮させるくせに、庇護欲も刺激してくるんだからたちが悪い。可愛がって愛したくて、堪らなくなった。
ちゅ、ちゅ、とやんわり唇を吸って舌を絡めていたら、『んんっ』とハルが不満げな声を上げた。
金の目で俺をじろっと睨んでくる。
「もっと!」
「もっとたくさん?」
「冬青でいっぱいになる、くるしくてきもちいいの、して欲しい」
畳の上に押し倒して、細い腰をぐっと引き寄せながら小さな唇を貪る。
俺の舌を無理に押し込むと小さな口はすぐいっぱいになってしまうし、唇の端は切れるんじゃないかって心配になった。
でも手加減するとすぐにバレて、こうやって怒りながらねだってくる。
それも可愛い。ねだられたい気持ちも少し、いや半分くらいはある。
そうやって毎日デレデレとハルを可愛がってばかりいるから、術の練習が進まないのだ。
『お前は全く教師に向いていませんね冬青』
と冷たい目をした槐様に、翌日からハルを『術の練習』と称して連れ去られるとは。
俺はこの時、幸福感でいっぱいになってハルと口付けしていたので、おもってもいなかった。
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