嫁き遅れた逞しいオメガ、龍人アルファに娶られる

天城

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7話 殿下



 ポカンとして動きを止めた俺に、殿下はすぐさま顔を近付けてきた。そして「失礼」と言って首筋のあたりに顔を埋めると、くんくんと犬のように匂いを嗅ぐ。そのままストンと地面に降ろして貰えた。

「この匂い。やはり間違いなく私の運命だ。……待たせてすまなかった、シャオユエ。やっと迎えに来ることができた。どうか不甲斐ない私を許してくれないか。これからは一生大事にするから」

 そこまで言われればもしやと思う。なにしろ塗籠の中で夢に見たばかりだ。紅玉のような美しい瞳は記憶にあるが、あの時の子は……髪は黒かったように思う。もしやカツラかと髪を掴んで軽く引っ張ってみた。

「こ、こらユエ! 殿下に何をしている!」
「いえ、記憶と髪の色が……」
「あの頃はこの奇抜な色を隠すために染めていたんだ。今はもう、必要ないからしない。いいよ、シャオユエは特別だからたくさん触って良い」

 途端にパッと髪から手を離したら殿下は少し残念そうな顔をしていた。それでも俺の腰を抱き締める腕は全く緩んでいない。隙を見て逃げるのは無理そうだ。

「……それで、迎えに来たというのは」
「うん。嫁に貰いに来た。お義父上にはきちんと挨拶済みだ。さあ、手ぶらでいいから私の宮へ行こう。今すぐ行こう」
「え? え? ち、父上!」

 助けを求めて振り返ると、父は片手で握った手を包み拱手の礼をしていた。この様子だと俺を助ける気はまったくないらしい。

「すまんユエ。この父がロウ将軍の縁談を受けたことで殿下はだいぶお怒りでな。本当にすまんがこのまま行ってくれ。荷物は後で届けさせる。……これ以上、龍の逆鱗に触れるわけにはいかんのだ」
「えっ、龍の……?」

 それはどういうことか、と問い返す前に俺は屋敷から運び出されてしまった。そして外に待っていた馬に乗せられる。
 黒い駿馬は賢そうな顔をしていて、殿下を信頼しているのか俺みたいな荷物を乗せられても大人しくしていた。後ろに殿下が飛び乗ってきて、手綱を掴む。

「さあ戻るぞ! 遅れた者は置いて行く!」

 高らかにそう宣言した彼は馬を走らせ始めた。後ろを何人かの従者が必死に着いてきているが……どう考えても街中で走る速度ではない。待てと言いたいのに舌を噛みそうで、振り落とされないようぎゅっと殿下の上衣を掴むしかなかった。
 それを見て鮮やかな紅色の目を細め、殿下が笑う。

「私の花嫁。やっと、側にいられる」

 耳元を掠めたその声音には抑えきれない喜びが滲んでいるように聞こえた。僅かに震える声にも、俺を抱き締める腕にも、歓喜がありありと感じられる。それが嘘や冗談にはとても思えなくて、俺はつい抵抗するのも忘れ広い胸板に身を預けてしまった。

      ‡

 出戻りオメガの俺が、一夜明けたら王弟殿下の嫁になっていた。
 何の冗談かと思ったが本気らしい。朝に出発し昼頃にティエンユー殿下の宮に着くと俺の部屋はすっかり準備が整えられていた。そこから湯浴みや着替えをさせられ、部屋には食事や酒まで運ばれてきて至れり尽くせりの時間を過ごした。
 日が暮れると、もしや夜は殿下が渡ってくるのだろうかと身構えたが何の先触れもなかった。
 明かりが灯され瀟洒な部屋がよりいっそう特別な空間に見える。
 俺の部屋というには不釣り合いなほど豪華なんだ、この空間は。見上げれば手の込んだ龍の彫り物がさりげなく欄間に飾られているし、焚かれている香木は恐らく商人が胃を痛めそうなほど高価なものだ。黒い影を落とす龍の彫り物をぼんやり見上げながら、俺は窓辺で弱い果実酒をちびちびと飲んでいた。

 側にいた侍女に殿下の行方を聞くと、途端に困った顔をした。聞いてはいけなかったかと口を噤んだが違ったようで「殿下は執務を放り出して出かけたものですから、こってり絞られているところです」と返ってきた。
 袖で隠した彼女の口元は少し震えていたので、笑ってたんだろう。最低限の敬意は払っているもののティエンユー殿下の宮の者はかなり気安いらしい。
 皇宮など足も踏み入れたことのなかった俺にとって、それはありがたいことだった。堅苦しい対応をされてたら緊張で何も喉を通らなかったかもしれない。
 ……いや、それにしても暇だ。なにしに来たんだろう俺は。

「なあ、二胡はないか」
「ございますとも。すぐにお持ちいたします」

 二胡は俺が唯一の趣味としている楽器だ。あまりにも手持ち無沙汰なので聞いてみたら、侍女が素早く部屋を出て行った。


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