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七話 『時戻し』①
「思ったよりデカい建物だな……」
地図の神殿にはそうかからずに着いた。隠蔽の魔法だけ維持して『時戻し』を解除する。
この『時戻し』の闇魔法は、対象以外の時を九割引き戻して再び進める魔法だ。
止めた間のオレの行動と結果は維持したまま時間が戻るので、例えばオレが移動していれば瞬きの間に凄い速さで進んだように見える。おそらくこれは今オレが使える闇魔法の中で一番使い勝手がよく強力な魔法だ。
……実はゼファーに教わった基礎の闇魔法『時戻し』は、半分の時間を戻すものだった。
それで試しに間を刻んでみたところ、九割まで引き戻すことが可能になった。残りの一割は自然の摂理なのか絶対に戻せず、時を逆行させることも出来ない。
こういう風にオレ独自に手を加えた魔法が多いせいで、闇魔法の正道からはだいぶ離れていってる気がするんだよな。皇宮にある資料とやら、早く覗いてみたいものだ。
「大神官様にお目通りをお許し下さい! いらっしゃるなら、どうかひと目!」
不意に大きな声が神殿前の広場から響いた。若い神官に縋りついて叫んでいるのは白髪の爺さんだった。遠方からきたのか旅装束に身を包み、杖を手にしている。
「今日は無理だ、帰りなさい。大神官様はお忙しいのだ。お手を煩わせるな」
明らかに迷惑そうな顔をした神官たちも、人目につく場所では信者を邪険にできないのか押し問答が続いている。ザワザワと野次馬が集まって人垣を作っていた。
その中に、見知った人影が過ぎった気がして足を止める。
「……カキア」
ゾワッと全身が総毛立った。商人のような変装をしているが、そこにいたのは明らかにカキアだった。背の高い、茶髪に灰色目の男だ。注意して視線を巡らせると神殿前広場にはそこかしこに変装した『夜の牙』の連中が紛れていた。どうやら近々この辺りで仕事があるらしい。
それにしてもこいつらお粗末な変装だな。
今まで奴らの変装にはオレが闇魔法の『隠蔽』と『幻惑』を重ねがけしてたから、他人に見破られることはまずなかった。あいつらはそれを自分の実力と勘違いして、今はあんな下手な変装で出歩いているらしい。人相描きでも出回ったら即捕まりそうだ。
これではオレが手を下すまでもなく、自滅で組織が潰れる。そう思って呆れた視線を向けていたら、神官にかじりついて騒いでいた爺さんがよりによって近くにいたカキアの服を掴んだ。
「商売人のお兄さん、アンタだって遠くから大神官様の礼拝を見にきたんだろう? もう一週間もお出にならないなんて、なにかあったに違いない!」
「は? なんだこのジジイ。邪魔だ」
いきなり爺さんに縋られたカキアは、無造作に腕を振って相手を転ばせた。そして躊躇いもなく殴る蹴るの暴行を始める。
パッと広場の石畳に血が飛んだ。周囲の人間はあまりのことに一瞬動けなかったようだが、慌てたようにカキアを止めに入った。神官も驚いて衛兵を呼んでいる。
馬鹿だな、こんなところで騒ぎを起こしたら仕事どころじゃないだろうに。
地面に倒れ込んだ爺さんが全く動かないのが気になって、そろそろと近寄って行く。オレもよくやられたが頭を打ったり内臓を傷つけると老人は命に関わる。服を引っ張って助け起こしてみると、気を失っているが骨や内臓に異常はないようだ。ホッと息をついて血止めの魔法をかけておいた。
「……オイ、お前」
不意に肩を掴まれて、ひやりと冷たい手に心臓を掴まれたような気がした。見上げると、息を切らせたカキアが人々を振り切ってオレの肩を掴んでいた。
オレ自身も『隠蔽』の魔法をかけていたが、『夜の牙』の構成員たちは日常的に闇魔法に慣らしていたせいで、この『隠蔽』をある程度看破できる。魔法のかかった仲間を認識するためだ。
しかし勘の鈍いカキアに見つかると思わなかった。
「ずいぶんといい身なりしてるじゃねぇか。男娼にでもなったのか?」
手首を強く引かれ、吊り上げられるようにして立たされた。オレが今着ているのはライオネルの古着で、貴族の服は生地からして庶民とは全く違う。
娼館の派手さばかりの粗悪な服とは違うのに、相変わらず目の利かない奴だ。
そうこうしている内に衛兵の増援がやって来た。カキアの手下も辺りを囲むように集まっていたが、どう考えても分が悪いだろう。このまま一網打尽に捕まっちまえばいいのにと思うが、その場合オレも道連れだ。
こいつらはオレを仲間だと言うだろうし、オレには身分を証明する物なんか何もない。
「チッ、おいてめぇ、お得意の闇魔法でなんとかしろよッ!」
カキアが小声で無茶を言う。魔法があれば何でも出来ると思ってんのかこいつは。そんな都合の良い魔法あるわけないだろうが。
「道を開けてくれ! なんの騒ぎだ」
ざわめく広場に聞き慣れた声が響いた。暗い雲を貫く陽光のようなそのライオネルの声がして、冷えていた心臓に再び熱が戻ってくる。
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