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九話 紫紺の瞳①
吐息が掠め、柔らかい何かが唇の端に触れた。ビクッと震えたオレの動きを見て、怯えたように身体を引きかけたライオネルのシャツを、片手で掴んで引き留める。
「……」
「ネロ……?」
ぎゅう、と握り締めた手が離せない。
ベッドに座った姿勢だと、跪いたライオネルの顔はオレと同じくらいの高さにあった。視線がこんな風に真正面から交差するのは初めてだ。
顎に触れていたライオネルの指が、もう一度しっかりとオレの頬を包み込んだ。引き寄せられてこちらからも顔を近付けたら、もう一度唇が触れた。
今度はちゃんと、唇だった。
食むようにオレの唇をはさみ、何度も角度を変えて触れてくる。唇に少し隙間ができるとくすぐったい息が触れた。そしてまた、その息さえ奪うように口付けられる。
抵抗もせず何をやってるんだ、と思うのに確かに心地良さも感じていた。心と乖離した身体が手懐けられていくような感じがする。
息を止めて目を瞑っていたら苦しくなって、は、と小さく息を吐くとそのまま唇を割られた。
「っん、……ぅ、……」
大きな手に首の後ろを支えられて、唇がより深く合わさった。
開いた唇から濡れた舌が入り込んできて思わず身体が後ろへ逃げる。ベッドの上をずりさがろうとしたら身を寄せてきたライオネルに腰を抱かれた。全然大きさの違う身体が密着して、服越しに擦れ合う。
ドッ、と激しく心臓が跳ねた。大きな鼓動が胸の中心をざわつかせて、むず痒いような痺れが襲い息が苦しい。
ベッドの端に座ってたのに、いつの間にかライオネルに覆い被さるみたいにして、身体を抱き上げられていた。逞しい肩に置いた手は、震えて力が入らない。
ちゅく、と絡んだ舌から濡れた音が立った。
逃げる舌もまたライオネルに捕まり、強く吸い上げられて痺れている。ん、ん、と小さく呻きながら身体を引こうとするのに力が抜けて上手く動けなかった。その間にライオネルは「もっと」と求めるように口付けを深くする。
じわっと視界が濡れて景色が歪んでいった。
「……ンッ、……は、……」
息をするだけで精一杯で、腰を支えられてなきゃそのままぐったり倒れてたかもしれない。ライオネルは執拗にオレの舌に追い縋り、舐めて擦って、唾液を吸い上げた。
淫らで濡れた音が立つたび、その音にまで耳を犯されているようで、ビクビクと身体が震えてしまう。
「――は、」
ようやくライオネルの唇が一度離れた。乱れたお互いの吐息が唇に触れてくすぐったい。
銀糸のつうっと繋がった形の良い唇が遠ざかる。
オレははあはあと息を乱して脱力していた。身体の中で暴れる初めての感覚にあてられて、頬が熱い。
視界が悪く何度か瞬きすると涙の粒が散った。
それで目の前の相手の顔は鮮明に見えるようになったが、ライオネルの表情は……欲に濡れて見たこともないほど艶めいていた。
――ゾクリ、と背が震えるほど強い瞳が向けられている。
今にも食らい付いてきそうなギラギラとした視線だ。ライオネルは清廉潔白な聖騎士の顔をかなぐり捨てていた。
左右色の違う瞳は熱っぽく潤んでいる。荒い息をつく濡れた唇が、そこからわずかに覗く舌が、オレの腰に触れる手のひらの熱までも、全てでオレを欲していた。
欲情、している。あのライオネルが? オレの身体を、むさぼり食いたいとでもいうように。
「……すまない」
突然、ライオネルは身体を離した。
もう一度「すまなかった」と低く呻くような声を絞り出し、オレをベッドに座らせる。
ギリッと奥歯を噛み締める音がしたと思ったら、ライオネルは振り切るように部屋を出て行ってしまった。
オレだけがぽつんと部屋に残される。
「なん、……え、なんっだ、アレ……どういう」
そ、そういえば片付ける用があるとか言ってたよな。さすがにあのまま、いきなり押し倒されたりはしないよな。そうだよな。
ばふっと柔らかいベッドに転がり、遅れてきた動揺と混乱にシーツの上でのたうち回る。
今も、好き勝手貪られた唇が甘く痺れていた。触ると唇が少し腫れぼったい。
ライオネルの唇は柔らかかった。口付けそのものがオレは初めてだから、誰の唇でもまあ柔らかいと思うのかもしれないが。でも特別柔らかくてしっとりしていたような気がする。
そんな感触をしてるくせに口付けは途中から荒っぽくなって、気持ち良いのに苦しくて堪らなかった。おあつらえ向きここにはベッドもあって、押し倒されていたらオレはどうしていただろう。
あいつ、それが目的でオレをこの部屋に連れてきたのか?
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