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九話 紫紺の瞳③
バタバタと貴族の邸宅にそぐわない足音がして、部屋にライオネルが飛びこんできた。この早さではバージルに持って行かせた手紙と入れ違いになったな。
ライオネルは距離が近ければ紫色の影の動きでオレの行動まで分かるらしく、すぐに飛んでくる。
初日にオレが目覚めたことに気付いたのもその片目の能力のおかげだったようだ。
「ついてくるなら早くしろ」
短く答え、着ていた上着を脱いでメイドの手から外出着を受け取った。ライオネルはオレを見つめたまま動きを止めていて、次の瞬間ハッと我に返った。
そしてメイドたちに指示を出し、退出させてしまう。ぽつんと部屋に残されたオレは、シャツを脱ぎかけたまま困惑してライオネルを見つめた。
「……何だ?」
「その、……その背中を誰にも、見せないで欲しい」
背中? と不審がって鏡に映してみると、爛れたように皮膚の引き攣れた、赤黒い肌が映っていた。
ああ、なんだこれか。
まあ、胸の方もそれほど代わり映えしない。ガキの頃から治ればまた傷が増え、減ることがなかったせいで打撲や裂傷は醜い傷痕として残った。オレには当たり前過ぎて意識もしていなかったが、確かにメイドが見たら怯えるかもしれないな。
「見苦しいモノ見せるなって? 分かったよ、なるべく気をつける」
「違う! そういう意味では……!」
カツカツと歩み寄ってきたライオネルは珍しく声を荒げていた。そしてそのまま、上半身裸のオレの身体を抱き寄せて、ぎゅうっと腕の中に包み込んでしまう。
背を撫でるライオネルの指先がじんわりと温かくなった。訝しんで見ると、鏡に映るオレの背の傷が僅かに薄くなったような気がする。
なんだ、治癒魔法をかけてるのか? もう痛みなんかないのに。
「これでも最初着替えさせた時、集中的に治したんだ。でも一気には消えなくて、神殿の者に聞いたところこういう古傷は毎日少しずつ治していくしかないと」
「……別に必要ない」
「治したいんだ。お願いだ、どうか拒まないで欲しい」
いつもはオレが眠った後とか、朝寝ぼけているうちに治癒魔法をかけていたらしい。なんでそう易々とオレの部屋に忍び込めるんだこいつは。呆れて物が言えなくなって、仕方なしに治療を受けた。
それが終わるとすぐさま服を着込み、ライオネルの着替えも急かして馬車に乗せた。
そして先日と同じ道を通って昼過ぎには皇宮に到着する。
急いでいても食事を抜いてはいけない、と言われ昼は馬車の中でバージル特製のサンドイッチを食べた。あの執事、過保護過ぎではないだろうか……。
「やあネロ。今日は輝く髪色がとても美しいね。いらっしゃい」
出迎えてくれた皇帝陛下はオレの赤い髪がいたくお気に召したようで、嬉々として撫でている。数日で元に戻るから少しの辛抱だ。
その横でゼファーは黙々と机に本を積み上げ、いくつかの資料を開いていた。
ゼファーは約束通り風呂に入ってるようだし顔に髭もなく、髪は櫛を通して紐でまとめている。着ている服もそこそこ質が良いせいか、まるでどこぞのお貴族サマみたいだ。
「とりあえず簡単なところからいくぞ。まず、闇魔法使いの減少について。この原因が分かった。大前提からになるが、魔力属性は大半が親から子に遺伝する。そしてこの話には東方人との混血問題が関わっていた」
話しはじめたゼファーは声に淀みもなく堂々としていて、貴族もあながち間違いじゃないのかもしれない。
「東方人は気質的に何故か闇属性の魔法使いと懇ろになりやすく、婚姻の割合が他の属性の者より飛び抜けて多かったらしい。しかも東方人は薬草を育てる関係上、山に住む。闇魔法の使い手が東方人と結婚して山に籠もりはじめたせいで、自然と闇魔法使いは街から減っていった。ちなみに東方人は帝国法の適用範囲じゃないから属性判定の義務が生じていない。この話だけだと隠れ闇魔法使いがたくさんいるかのようだが、実は話はそう単純じゃなかった」
ゼファーは古地図を取り出して、いくつかの山の点を指さしオレを見た。
「ネロ、お前が家族と住んでいた村がおそらくこの中にある。どれも病で全滅した村だ。後日一緒に探しに行こう。……彼らの誤算だったのは、東方人は帝国で流行る病に抵抗力が弱いってことだ。住んでた地域が違うんだから仕方ないんだが。これで大半の闇魔法使いが大人も子供もまとめて死んだ。彼らの薬学でも未知の病はどうしようもなかったんだろうな。錬金術師の技術は王都で学問としてまとめられているが、東方人の村については謎なことが多い。これを調べ上げたばあさんってのは凄い人だ。東方人も弱点をさらけ出すのが嫌で隠してたんだろうしな」
ぽんぽん、とゼファーの手がオレの頭を撫でた。灰色の目がじっとオレを見つめ、赤が強く混じるオレの髪をするりと指にからめた。
「お前が生き残った理由はこれだ。東方の血筋と、帝国の血が上手く混ざり合って共存している。せめぎ合い、片方が弱まると補い合い、どちらも消えることなく存在し続けた。それで、お前は闇属性の魔術師として生きてこられたんだ。俺たちがすすめるべき政策は東方人とその血を引く血族の保護、そこから始めてお前みたいな例を増やすことな。……これでますます国から出せなくなっちまったなぁ、ネロ」
あとの魔術書とかは好きに読め、と本と資料を積み上げてゼファーは席を立った。
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