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しおりを挟む「アーノルド、レフをどう思う?」
「……どう、と仰られますと?」
「──可愛い、とか思わないか」
「……」
執務室で昼食代わりの丸いパンを囓りながら、俺は執事のアーノルドに話しかけていた。濃厚なチーズとハムを挟んだ丸いパンは、フカフカしていて美味い。野菜の代わりに切った果物が添えられている。栄養バランスもそこそこ良さそうな感じだ。ただちょっと塩分が心配かなってくらい。オジサンは高血圧気味だけどルシェールは若いから大丈夫だよね。
「レフは閣下のSubでございますので」
このセリフ、お前のモンにそんな感想いだかないよ、というのと、あんなゴリマッチョに可愛いとかどういうこと?の二つの意味がありそうだな。
とりあえずそんなもんかーと納得して俺は食事に専念した。レフは使いに出しているのでいないが、執事が持ってきた昼食はレフの作ったものだった。
実は遠征期間中ずっとレフの手料理を食べていたから、慣れちゃったんだよね。たまに無性に食べたくなるから、屋敷に帰ってもこうして頼んで作ってもらっていた。あ、これがまさか胃袋を掴まれるとかいうやつかな。流石有能なレフ、料理も出来ちゃう。
――それよりなにより、毎日、レフが可愛い。
最近感情を少しずつ表に出すから余計に可愛い。俺のそばからほとんど離れないし、おはようからおやすみまでずっと世話されている。執事の仕事は流石に奪わないけど、それ以外はなんでもこなすからすごい。
ケアは普通Domの俺がする側だと思うんだけど、これは奉仕だからとレフは譲らなかった。大型犬がわふわふついてまわって新聞とか取ってくれるのに似てる。かわいい。
それでこの可愛さは俺の惚れた弱みなのか、一般的なものなのか、まったく自信がなくなってしまった。
だからアーノルドに聞いてみたけど、うん、正気を疑われるレベルなのはわかった。
「他のDomにも聞いてみたい……かな」
「閣下」
「うん?」
「閣下はレフがSubだから愛でるのですか、レフだから愛でるのですか」
「……」
「閣下は帝国の星、素晴らしき武人であらせられます。しかしDomとしての経験は未だ浅く、幼い。言動にはお気をつけください」
「……まるで子供扱いだな」
「失礼ながらお二人の御年齢でプレイが初めてのDomもSubも普通はおりません」
容赦がない。浮かれてアーノルドに洗いざらい喋ったことをちょっと後悔した。だって誰にもレフのことが相談できないんだから仕方ないじゃないか。……うーん、誰かDomSub関係に詳しい人とかいないかな。テオドール叔父上はパートナーいないしなあ。
「性教育用の子供用絵本をご用意いたしました。貴族の令嬢たちが使うものです。これをもってレフと話されませ」
アーノルドは俺の皿を下げるのと同時に資料と絵本と紅茶を置いて、執務室を出て行った。
絵本……は少し放っておいて、資料を手に取る。レフが乱用していた薬の成分をまとめたものだ。使い過ぎれば死に至るケースもあると言う、強力な薬だった。心配で資料を持ってくるように言ってしまったけど、どうだろう。
良く読んでみると薬草や漢方薬よりも魔法薬に近いみたいだ。普通に材料を混ぜるのではなく錬金術のようなものを使って生成している。それ故に効果が強く、副作用もまた強い、て感じかな。
主人のDomに捨てられ精神を病んだ者や、酷く痛めつけられサブドロップをし続けるSubに処方されるらしい。それで薬を服用して感情をそぎ落としたSubって……考えると胸が痛いな。
前世、現代オジサンだった頃。家族──二つ上の兄が、日常的に頭痛薬を飲み続けてこんな風になっていた。
酷い頭痛が薬で消えた、その感覚が次も薬に手を伸ばす理由になる。そして薬に身体が慣れてしまうと効きにくくなり、量を勝手に増やすに至るんだ。
増やして、きかなくなって、また増やして……。そんな事を続けているうちに薬の量は常軌を逸した数になっている。
兄は、頭痛薬だけが問題ではなかったけれど、次第に部屋から出てこなくなった。食事も一人でとるし家族から距離を置いて、そしていつの間にか学校にも行かなくなった。
明確な挫折とか、兄にそういう事件があったわけじゃない。俺が子供の頃は勉強も教えてくれたし、一緒に公園のアスレチックで遊んだりもした。だけどいつの間にか、兄は塾に行くようになって離れてしまって、そして家では机に向かう背中しか見なくなった。
もう少し、会話しようと試みていたら結果は違ったんだろうか。俺があの年齢で死んだ後、兄はどうなったんだろう。ルシェールに転生してから、前世のことをゆっくり思い返す余裕なんかほとんどなかったけど。
今になって、ふと気持ちがざわつくようになってしまった。――これは、一種の郷愁、だろうか?
「――閣下、……閣下?」
ハッ、と我に返ると執務室の戸をレフが開けたところだった。呼びかけたのに返事がなかったから今開けた、って感じだ。入れ、と指示を出すとレフは三人の護衛騎士を伴って部屋に入ってきた。
実はNormalの騎士を三人、雇用することにした。
Subの騎士もほとんど再契約となったけれど、まだ近くに配置する気分になれなかったからだ。一人だとレフの負担が大きくなるし彼には俺の身の回りの世話もあるので、専業の者をつけることにした。
誰かいないかと聞いたら、王都にいた時のレフの同期を三人紹介された。本当はこの中から一人か二人選ぶ予定だったんだけど、経歴書を見たら面白くてつい全員に決めてしまった。それぞれ得意なことがあるようで、役に立ちそうだと思ったからだ。
「帝国の輝ける新星、ヴォリス大公閣下にお目にかかります。レン・ハワードと申します」
「麗しき午後です、大公閣下。ミュゼ・ラークスと申します」
「……アダム・ベレフキンです」
ぱっと見た感じ、壁、だった。レンからアダムに向かって身長が上がっていく。アダムの横にいるレフで傾斜の頂点だな。うん、でも全員ルシェールより大きいわ。この世界の人々みんな巨人なの?それにびっくりするくらい顔が良い。この部屋の中の顔面偏差値が高すぎて引くレベル。
「契約書には先に目を通させました。こちらに、あとはサインだけです」
「……では、内容に問題なければここでサインを」
レフが三枚の契約書を俺の机に並べた。俺はあらかじめ置いてあったペンとインクを横に置き、三人を促した。挨拶と同じ順番でレンからサインをしていく。
この中では一番背の低いレンだけど、ルシェールと同じくらいだ。赤茶けた髪に褐色肌、明るい茶色の目をしていて一番活発そうに見える。
次にサインしたミュゼは、穏やかそうな感じ。淡い茶色の髪を背中あたりまで伸ばして紐でまとめていて、すっきりした顔立ちの美人さんだ。
最後のアダムは、レフに身長は届かないものの身体の分厚さでは勝っているように見える。タンク役なのかな、無口な熊さんって感じだ。でもキリッとした眉をしていて顔立ちは結構良い。
こんな見目の良いのが同期で共同生活をしてるなんて、騎士団はどんなところなんだろう。腐男子的には生態が知りたい。切実に知りたい。古き良き寄宿学校BLみたいなのは起きないの?
「閣下、今日はこの屋敷内の防犯状況などの説明や案内だけで、明日からの勤務になりますが宜しいですか」
「ああ。そうだな、使用人の食堂や居住区域も案内してやってくれ」
「かしこまりました」
全員が一礼して出ていくのを見送り、最後にチラとこちらを見たレフに目を細めて微笑みかけておく。
終わったら戻って来いという合図だ。
レフは青い瞳の中に一瞬だけ感情を燃え上がらせ、すぐに顔を伏せて部屋を出て行った。
『……すっっごい美形。大公閣下間近で見たの初めてだわ』
『本当に実在したんだ大公閣下。神話の世界だと思ってた』
『繊細な魔道具か神殿の神像のようだった』
『……皆。閣下はとても耳がよろしいのでここで騒ぐな、進め』
同期チームのワヤワヤした会話が聞こえてくる。かわいい。まだ二十代だし若者って感じだよなあ。オジサンは微笑ましくなってしまうよ。
思えば、記憶の中を探ってもルシェールが誰か年齢の近い者と談笑しているところなんて全く出て来なかった。閉じ込められるように育ったテオドールの家の中では、その使用人との交流しかない。剣術・魔術・学問は専門家に教えを受けたから一対一で大人相手だ。
そんなびっくりするほど寂しい幼少時代を過ごしたというのに、テオドールが戦場に出た15歳と同じ年齢になると、ルシェールはすぐさま叔父の後を追いかけてしまった。
兵士達は勿論、ルシェールを貴族の子息として扱った。気軽に話す相手なんかいなかっただろう。紺青騎士団の面々は年上の兄貴達みたいなかんじで、可愛がってはくれたが気持ちには距離があった。
転生オジサン的な気持ちで言うと、これはさぞ寂しかっただろうに、と思うんだけど。
ルシェールの中にそういう感情はまるで見当たらない。あるべき経験がないから、ソレがないことを喪失とは思わないってやつだ。
幼子の時に母親や兄弟達と離されて、ポツンと叔父の家にやられて、乳母や使用人達はいたけれど家族との触れあいはほとんどなかった。テオドールは大半を戦場で過ごしていたから、たまに帰って来るお兄さん扱い以上にはならなかっただろう。
こんな……こんな育ち方をしたのにルシェールは本当にいい子でオジサン泣きそう。
戦争を終わらせたい一心で常に前線に立ち、戦では何度も勝利を収めたし敵に襲われた砦があれば単騎でも乗り込んでいって若い騎士や見習い達を助けた。英雄っていうのは、生まれた時から英雄なのかな。でも真っ直ぐに育つことが約束されてるからって、ろくに愛情という水もあげないで育てるのはちょっとオジサン納得できないな!!
まあ、幸いなことにこれからルシェールには転生オジサンがついているし、レフという可愛いSubも近くにいるし。
ルシェールが幸せに暮らしてくれるんなら、オジサンはなんでもいいです。
あ、当初の目的は平凡な伴侶を娶って田舎で隠居、だったけど。それも幸せだと思うから諦めてはいないよ。妻である必要はないかなパートナーでもいいかなーとは思っているけど。
さて、どのあたりまで叶うかなあ。
「閣下」
考え事をしながら書類を片付けていたら、側でレフの声がして顔を上げた。もう日暮れの時間になっていたのか、窓からの夕焼けに照らされたレフが、側に立って紅茶のカップを差し出していた。音も立てずにそれは執務机に置かれる。
「あの三人は」
「各自、部屋に到着した荷物を片付けに行きました。あとは他の使用人でも案内できます」
「食事とか、一緒にしてこなくていいのか。久しぶりなんだろう」
「……閣下は私が向こうにいた方が良かったのでしょうか」
珍しく、拗ねたような物言いだった。レフが俺の側に跪くので、椅子を引いて膝の上を軽く叩き促してやる。レフはルシェールの筋肉質な太腿に頬を乗せて、ほうと小さくため息をついた。すり、と頭をすり寄せてくるのが完全に犬だ。かわいい。
こういう仕草を俺が『可愛い』と思っているのをレフは知っているらしく、あざとくも見せつけてくるから始末に負えない。そういうころも悔しいくらい可愛い。
今も膝の上からチラと青い瞳で見つめてきて、窺うように目を細めている。コマンドを待っているのが判って、俺はゴクリと喉を動かした。
あの約束を決めた日から、毎日、他愛もないコマンドでくっついたり撫でたり抱き締めたり、とスキンシップをくり返している。色っぽいことにならないのは俺がそこで無言のストップをかけてしまうからだ。レフのことを『可愛い可愛い』と撫でくり回しているだけで満足してしまう、それも問題だった。
アーノルドが言う、子供扱いというのも実は正しかった。性的な戯れが混じっても当たり前の関係なのに、それをしてないんだから。
でも今日は新しいコマンドを、試してみようと思う。いやだったら拒んで構わないと言ってあるので、本当に試しだよ。
「レフ、……――俺に口づけて」
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