【3/11書籍発売】麗しの大公閣下は今日も憂鬱です。

天城

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「持っている薬を全て出せ」
「……」

 来客も用事を済ませて帰り、執務室に戻ってきた俺は精一杯威厳を醸し出し、ギリギリ頑張って険しそうな顔をして、レフに言った。
 無言で少しの間俯いていた彼は、おもむろに服のポケットを探る。
 
 コト、と小さな薬瓶が俺の執務机に置かれた。
 思ったよりも小さなもので、金平糖みたいな大きさの薬がギュウギュウに入っている。なるほどこれで十日分、と思って見ていたらまた服を探ったレフがコトリと小瓶を出した。
 
 コト、コトン、コツ、コト……。

 いや、多いわ!!
 軍服ってポケットが多いんだね、なんて感心している場合じゃない。あらゆる服の隙間から出るわ出るわ、薬瓶が小さいからってよくこんなに隠してたな!?呆れを通りこして感心してしまう。
 
「いくつ常備してたんだ」
「……持てるだけ、持っておりました。いつ必要になるか判らないもので」
「そんなに飲んで良いものじゃないんだろう?」
「そう、ですね……医者はそう言います」
「お前に不調はなかったのか」
「副作用はむしろ、私には有り難いものでしたので、不便はありませんでした」

 副作用?こっちの薬草とかでも、薬だからやっぱり副作用があるんだろうな。毒と薬は紙一重というし。漢方薬にも副作用はあるっていうしね。一般的な副作用というと、頭痛とか倦怠感とかかな。
 レフをジッと見上げて説明するように促すと、彼は小瓶をひとつ、カタンと倒した。

「――まず、感情の起伏がなくなります」
「……」
「Subの衝動は個人差があり精神的な部分が強く出ます。ですから、その精神自体を揺らがないようにする、それがこの薬の主な効果です。この薬はサブドロップも防ぐことが可能だと言われています」
「それが好都合だったと?」
「はい」

 曇りのない目でしっかり肯定するレフに、俺は絶句した。『はあぁ……』と魂が抜ける勢いで溜めていた息を吐き出す。
 でもこれ、俺が叱れる立場じゃないんだよな。こんなに抑制剤を飲んでたから、レフはルシェールに本能剥き出しの視線を向けてこなかったわけでしょう。
 何よりそれを喜んでたのはルシェールだ。だから俺は叱れない。
 なら、これからどうするかって話だけど。薬の量は減らしていくしかないよね。流石に体に悪いよ。

「レフ、……」

 呼びかけると、伏せられていた青い瞳がスッとこちらを向いた。
 乱用しなくなったとはいえ朝は薬を飲んだんだろう、その瞳からは昨夜の熱がすっかり抜けている。

 今までレフのことを無口で無表情で気配を殺すのが上手いと思っていたけど、違った。薬の効果で感情そのものを削ぎ落としていたんだ。何にも感じなくして、仕事として俺の世話をして、それだけでいいって?レフの献身はあまりにも自虐的だ。Subの尽くし方が物凄い振れ幅で襲いかかってきた感じ。そういうのは絶対にダメだって。なんとかしないと。
 
 ……そう考えるけど、言いようのない無力感が襲ってくる。これはルシェールの感情かな。
 ルシェールにとって初めて触れ合ったSubはそれだけでも特別だ。そんなレフに、無茶をさせてたのが自分だと思うと、頭を抱えたくなる。のん気にレフの態度に喜んでた過去の俺が、酷く滑稽で情けないと思った。
 いやいやルシェールも後ろ向きだな、ここは年の功のオジサンに任せよう。過ぎた事は仕方ないよ。今からでも遅くないから対策しよう。
 取り返しの付かないコトなんか、ちゃんと生きてる限り、無いんだから。

「レフ、俺は毎日一度、お前にコマンドを使っていいか」
「……は、」
「何を言うかはその時で違うと思う。嫌なら拒否してくれても構わない。……俺と、プレイをしてくれ」

 執務机に肘をついたまま、重ねた手に額を押し付け早口でそう言い切った。視界の端に、倒れた薬瓶がある。スッと大きな手がその瓶を摘み上げた。

「……閣下がお望みでしたら」
「望む」
「はい」

 了承してくれてホッとした。それなら次なる策にでないと。提案、問題なければ即実行だ。

「レフ、今日の分だ。練習しよう」
「練習……ですか」
「俺はコマンドの使用に慣れてない。練習も必要だ。……お前に教えて欲しい」
 
 俺が椅子を回して横を向くと、レフがその側で絨毯に片膝をついた。相変わらず気遣わしげに見るくせに、その瞳には一切の思慕の情が排除されている。俺は一度息を吸って、ゆっくり吐いてからジッとレフの瞳を見つめ返した。

「……おいでcome
 
 コマンドを口にしたその瞬間、とろりと青い瞳が熱を帯びた。
 えっちな時のレフの色気が半端ないってのは昨夜知ったけど、今も突然スイッチが入った。これってコマンド効果だったのか。息を呑むほどのレフの変化に、心臓がドクドク忙しなく打ち始める。
 レフは、椅子に座っている俺の足の間に入りこみ、ジッと期待に満ちた視線を向けてきた。そして平坦だった唇が、少しだけ弓なりになる。

「──ッ」

 ぶわ、と込み上げてきたのは『かわいい』っていう感情だった。
 レフは身体も大きいし顔つきも精悍で雄々しい感じだけど。そんな見た目なんか関係なく、俺の中に目覚めたのは『この男を愛でたい』という気持ちだった。

 思えば最初の時から一瞬可愛いと思ったり、髪をくしゃくしゃにしてやりたかったり、それをして幼く見える髪型を見たら悦に入ったりしていた。もう無意識に。
 その衝動にようやく理由がついたんだ。

「レフ、……いいこだ」

 大きな胴体を太腿で挟むみたいにして、レフの頭を腕の中に抱き寄せる。髪もまたくしゃくしゃにしてやりたかったが我慢した。レフが部屋を出た時、執務室で何やってたんだと思われるからね。
 その代わり、レフの頭をナデナデして何度も『いいこ』と囁いた。

「……」
「レフ?」
「私も同じです、閣下」
「うん?」
「騎士団に入る前からSubであることはずっと隠していました。プレイでコマンドを受けるのは……貴方が初めてです」

 深い、青の瞳がゆらゆらと熱を伝わせていく。近づいた俺の顔を至近距離で凝視してくるから、また心臓が跳ねた。そわそわと胸が落ち着かない。
 そのうち、スリ、と頬を擦り寄せられてびっくりした。

「なっ、……なん、……」
「どこまで近付けばよろしいですか」
「え、……」

 相手の身体を抱き込んでたら頬に顔を擦り付けられて、もうレフとの隙間はゼロ距離だ。どこまで、というのはつまり、コマンドの内容を言っているのか。
 命令で『来い』と言って、相手が近づくと褒めてあげてた。つまりレフは褒められたければ距離を縮め続けると?そ、そういう感じなんだ!?程々でいいんだよって、……程度とかも初心者同士話していけばいいか。

「ここまでで良い、レフ。──いいこだ」

 慌てて付け足したように褒めたけど、そんなのでもレフは嬉しそうに目を細めていた。
 大きなクマとかオオカミとかを懐かせてる感じに近いかな。そう思ったら急に可愛さが増して撫でくり回したくなった。ステイステイ。ちょっと待とう、それだと急すぎるからスキンシップは相手の様子をみて程々にね。

 それから例の抑制剤は、レフの手にひと瓶だけ薬を返して、あとは全て執事に預けた。できれば以後、乱用することがないように祈るしかない。
 

 こうして、なんとも慣れない初心者同士のDomSub関係……プレイが、始まったのだった。



      ‡



「──レフ・シュヴェト。26歳。シュヴェト伯爵家次男、王立学園騎士科主席卒業」

 俺が読み上げでいるのは雇用時に提出された経歴書だった。ベッドに寝そべっている俺の足元にはレフが跪いて、桶の湯で俺の足を洗っていた。毎日風呂に入るほどでもないから、今日は足湯にしてみたんだよね。なかなかこれが気持ち良い。水も節約できるし。大公閣下だからってあまり贅沢なのもなあ。

「二十歳で王都騎士団に所属、辺境伯の有志軍に参加?あの戦争に来てたのか、レフ」
「はい、まだ若輩者でしたので前線ではありませんでしたが」
「ふぅん」

 辺境伯というのは、隣国と国境を接している地域の貴族だ。一番被害を被ったのが辺境だろう。そこに国中から兵を集めて、何度も激しい戦闘があった。
 戦争が終結してから、レフはあちらこちらの騎士団を転々としていたようだ。そして数年前、ヴォリス大公の屋敷の使用人という募集を見つけてここまできた。しかもSub限定。
 ここでどうしてSubであることを公言するような選択をしたのか、理解に苦しむんだけど。だってずっと隠してたんだろう?

「こちらで……使用人にSubだけを集めていると聞いて、私は生まれて初めてSubであることを神に感謝しました」

 それは大げさでは、と笑ってレフを見遣ると、わりと真剣な表情で言っていたので茶化せなくなった。

「……ええと。じゃあ、ここに後でサインか拇印を」

 俺は手にしていた書類をベッドに置いて、レフに言った。

 これは、新しい雇用契約書だ。
 俺の気に入らない一文を、キレイさっぱり削除した内容になっている。
 使用人の仕事に伽なんか含めてたまるかというやつだ。このヴォリス大公家の品格が地に落ちるよ。

 今朝の来客はこういう法律の関わる書類の専門家で、まず最初に結んだ雇用契約を全て解除する書類を作成した。そしてもう一度、新しい内容で契約するという書類を作り直した。これに一人一人、サインか拇印を貰って再契約となるわけだ。
 うちで働いているSub使用人全員の分の書類なので、かなりの枚数になる。
 もちろん新しい雇用契約書の内容では納得出来ないというのであれば、そのまま結ばず退職金を貰って地元に帰ってもいい。

 明日から屋敷内のSub使用人を一人ずつ執務室に呼んで、意思確認をすることにしている。
 今はレフに先に書類を渡しておこうと思って、前の経歴書と新しい契約書を並べて読んでただけだ。経歴書については初めて見る内容もあったから、見て良かったな。

「はい、では」
「うん?」

 湯で濡れた俺の足を布でしっかり拭き、ベッドに乗せてからレフは立ち上がった。腰の後ろに差していたナイフを取り、ピッと親指に傷を付ける。いきなりの流血に『ひっ』と小心者オジサンが悲鳴を上げそうになったところで、契約書に拇印が押された。

 う、わ。血判とか!!止めようよ!そこまでしろって言ってないよ!

「シュヴェト家には竜族の血が混じっているので血判の効力が高いらしいと聞いています」

 なにげに重要そうな内容をさらっと口にしないで欲しい!
 いきなりの流血に青ざめてるオジサンには考える余裕がないよ。

「し、止血……」
「もう止まりました」
「え、早くないか?」
「恐らく薬が切れたからだと思われます」
「……薬って」
「抑制剤です。あれを飲み続けている限り竜の血の恩恵が受けられなくなっていたようなのですが」
「……」
「今朝は一粒しか飲んでいませんから。そろそろ切れたのだと思います。ですので――」

 レフは初めて見る笑顔で俺を見つめ、まるで口説くような低音で囁き、顔を寄せてきた。

「昔は、簡単には死なない竜騎士を王族の近衛騎士にするのが常だったようです。閣下も、どうか肉壁だと思って私をお使いください。……それにもし、閣下がハードなプレイをお望みでも、耐えられると思います」

 あきらかにチート二人目ですね、レフ・シュヴェト。
 竜の血を引いてて再生能力があって竜と喋れて、あげくに竜騎士(予定)なの!?チートでしょうそれ……。
 あとハードプレイとか人聞きの悪いこと言わないで!

 
 ――いやいや待って待って、情報量が多いよ。

 あと顔が近い。レフの顔がいいのは判ったので、ゼロ距離は勘弁して貰えますかね……。
 大公閣下の中身はノミの心臓の異世界オジサン(45)なので、切実に労ってほしいんだ。





 
 
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