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八、可能性
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終礼後クラスメイト達がそれぞれ帰っていく中、私はまだ机に着き心を決めていた。
"司くんが家族の誰かから暴力を受けている可能性を探す"こと。
手始めに学校帰りに町の図書館に行って、虐待についての本を読んでみることにした。私はこういうことに関して何も知らなさすぎると思ったからだ。たかが図書館に行くだけなのに妙に緊張して息を吐く。
「ひかりちゃん、部活行こ」
知佳ちゃんがひょっこり顔を覗かせた。
「あ!」
しまった、今日は手芸部の日だった。週二回なのによりにもよって今日とはついてない。私が忘れていたことを察したのか知佳ちゃんは心配そうにしている。
「大丈夫? 用事あるなら先生に言っておくよ」
「ううん! 忘れてただけ!」
あははと笑ってごまかして教室を出る。部活に行かず図書館に行くこともできるが、今までの私とは違う行動をとることで、司くんとの秘密を誰かに勘づかれるかもしれない。その確率はなくしたい。いつもの予定はできるだけ変えず合間に調べることにした。
「はい。次、知佳ちゃんの番ね」
交換日記を渡すと、待ってましたと言わんばかりに知佳ちゃんは歓声を上げた。
「初めてやったけど交換日記って楽しいねー」
知佳ちゃんは今すぐ読みたそうにしていたけれど、我慢したのか鞄にしまいながら言う。
「小学校でやらなかった?」
「うちはプロフィール帳が流行ってたから」
「うわぁ、懐かしい!」
十八時。手芸部が終わると、私は学校を出て走り出した。みんなにはお母さんからお使いを頼まれたと嘘をついて一足先に校舎を出た。
図書館が閉まるのは十九時。バスに乗って十五分。あと一時間もない。そわそわとバスを待つ間、ふと考える。冷静に考えてみれば今日じゃなくてもいい。そもそも部活がない日に行けばいいはずだ。だけど "今、司くん
家でどう過ごしてるんだろう?" と考えると焦りが湧き起こる。いても立っても居られなくなる。
図書館に飛び込んだ時には閉館まで残り三十分ほどだった。閉館時間でも思ったより人がいる。
ここは町の図書館にしては大きく、所狭しと幅広い分野の本が並んでおり、絵本から専門書まである。ここならできるだけ多くの情報を得られると期待したのだ。
問題は時間がないというのに、この中から探さなければいけないこと。絶望しかけていると本を検索できるパソコンを見つけた。早速検索してみると "社会・福祉コーナー" にあることが分かった。こういうことは福祉に入るのか。福祉って前に真樹姉ちゃんが仕事するとかなんとか言ってたな。あの番組を観た後に姉ちゃんにとてもそんなことできるとは思えなかった。
目当ての棚に行くと幸い誰もいなかった。こんな場所に制服を着た学生がいたら変に目立ってしまう。とりあえず今日は、何冊かだけ読んで帰ることにする。
棚を覗くと、『家庭内暴力』『虐待』『虐待児童』などの言葉がずらりと並んでいた。改めてはっきりと言葉として見ると、その重さがのしかかる。
専門書は数えきれないほどあった。冊子程度の分厚さでイラストの付きのいかにも初心者向けの本があったので、ひとまず手に取ると
隅に置かれている椅子に腰掛けて読むことにした。
いわゆる親から暴力を受けた虐待児童たちは児童養護施設などに保護されること、国民は身近で虐待を見つけたら通報の義務があること、虐待は立派な犯罪でどれだけの懲役が課せられるのか、虐待問題が起きている親子の間にどう介入するかなど基本的なことを知ることができた。
そしてもう一冊の本を手に取る。こちらは虐待を受けた子供たちの心理が書かれた本だった。きっと私が特に知りたいことがこの本に書かれている。
「閉館です」
遠くから声が聞こえた。勢いよく顔を上げると、少し遠くで図書館の司書が他の利用者に閉館を呼びかけている姿が見えた。
時計を見るとちょうど十九時。やっぱり時間が足りなかったかと思っていると、私のところにも司書がやってきて「閉館です」と言った。
「はい、今出ます」と立ち上がる。
司書は私が持っている本を指さした。どきり、として硬直する。
「借りますか?」
「え?」
「その本、お借りになるなら貸し出しカウンターへどうぞ」
「あ、はい」
私は思わず返事をしていた。
帰りのバスの中、鞄の中を何度も見る。咄嗟に借りてしまった。図書館の人に怪しまれないか心配になったけど、閉館寸前に貸し出しカウンターに押し寄せた人たちの対応に忙しそうだったから大丈夫だろう。
それにしても不思議な気分だ。まさか人生でこういう本を借りるなんて。しかしこれでじっくり可能性を探すことができる。いや、むしろ可能性なんて見つからない方がいいのかもしれないけれど。
今の私は心に芽生えた疑惑への確信がほしかった。
司くんは"そう"なのか、"そうじゃない"のか。
"司くんが家族の誰かから暴力を受けている可能性を探す"こと。
手始めに学校帰りに町の図書館に行って、虐待についての本を読んでみることにした。私はこういうことに関して何も知らなさすぎると思ったからだ。たかが図書館に行くだけなのに妙に緊張して息を吐く。
「ひかりちゃん、部活行こ」
知佳ちゃんがひょっこり顔を覗かせた。
「あ!」
しまった、今日は手芸部の日だった。週二回なのによりにもよって今日とはついてない。私が忘れていたことを察したのか知佳ちゃんは心配そうにしている。
「大丈夫? 用事あるなら先生に言っておくよ」
「ううん! 忘れてただけ!」
あははと笑ってごまかして教室を出る。部活に行かず図書館に行くこともできるが、今までの私とは違う行動をとることで、司くんとの秘密を誰かに勘づかれるかもしれない。その確率はなくしたい。いつもの予定はできるだけ変えず合間に調べることにした。
「はい。次、知佳ちゃんの番ね」
交換日記を渡すと、待ってましたと言わんばかりに知佳ちゃんは歓声を上げた。
「初めてやったけど交換日記って楽しいねー」
知佳ちゃんは今すぐ読みたそうにしていたけれど、我慢したのか鞄にしまいながら言う。
「小学校でやらなかった?」
「うちはプロフィール帳が流行ってたから」
「うわぁ、懐かしい!」
十八時。手芸部が終わると、私は学校を出て走り出した。みんなにはお母さんからお使いを頼まれたと嘘をついて一足先に校舎を出た。
図書館が閉まるのは十九時。バスに乗って十五分。あと一時間もない。そわそわとバスを待つ間、ふと考える。冷静に考えてみれば今日じゃなくてもいい。そもそも部活がない日に行けばいいはずだ。だけど "今、司くん
家でどう過ごしてるんだろう?" と考えると焦りが湧き起こる。いても立っても居られなくなる。
図書館に飛び込んだ時には閉館まで残り三十分ほどだった。閉館時間でも思ったより人がいる。
ここは町の図書館にしては大きく、所狭しと幅広い分野の本が並んでおり、絵本から専門書まである。ここならできるだけ多くの情報を得られると期待したのだ。
問題は時間がないというのに、この中から探さなければいけないこと。絶望しかけていると本を検索できるパソコンを見つけた。早速検索してみると "社会・福祉コーナー" にあることが分かった。こういうことは福祉に入るのか。福祉って前に真樹姉ちゃんが仕事するとかなんとか言ってたな。あの番組を観た後に姉ちゃんにとてもそんなことできるとは思えなかった。
目当ての棚に行くと幸い誰もいなかった。こんな場所に制服を着た学生がいたら変に目立ってしまう。とりあえず今日は、何冊かだけ読んで帰ることにする。
棚を覗くと、『家庭内暴力』『虐待』『虐待児童』などの言葉がずらりと並んでいた。改めてはっきりと言葉として見ると、その重さがのしかかる。
専門書は数えきれないほどあった。冊子程度の分厚さでイラストの付きのいかにも初心者向けの本があったので、ひとまず手に取ると
隅に置かれている椅子に腰掛けて読むことにした。
いわゆる親から暴力を受けた虐待児童たちは児童養護施設などに保護されること、国民は身近で虐待を見つけたら通報の義務があること、虐待は立派な犯罪でどれだけの懲役が課せられるのか、虐待問題が起きている親子の間にどう介入するかなど基本的なことを知ることができた。
そしてもう一冊の本を手に取る。こちらは虐待を受けた子供たちの心理が書かれた本だった。きっと私が特に知りたいことがこの本に書かれている。
「閉館です」
遠くから声が聞こえた。勢いよく顔を上げると、少し遠くで図書館の司書が他の利用者に閉館を呼びかけている姿が見えた。
時計を見るとちょうど十九時。やっぱり時間が足りなかったかと思っていると、私のところにも司書がやってきて「閉館です」と言った。
「はい、今出ます」と立ち上がる。
司書は私が持っている本を指さした。どきり、として硬直する。
「借りますか?」
「え?」
「その本、お借りになるなら貸し出しカウンターへどうぞ」
「あ、はい」
私は思わず返事をしていた。
帰りのバスの中、鞄の中を何度も見る。咄嗟に借りてしまった。図書館の人に怪しまれないか心配になったけど、閉館寸前に貸し出しカウンターに押し寄せた人たちの対応に忙しそうだったから大丈夫だろう。
それにしても不思議な気分だ。まさか人生でこういう本を借りるなんて。しかしこれでじっくり可能性を探すことができる。いや、むしろ可能性なんて見つからない方がいいのかもしれないけれど。
今の私は心に芽生えた疑惑への確信がほしかった。
司くんは"そう"なのか、"そうじゃない"のか。
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