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三十三話 卵の大きさ
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「アナ、最近あまり食欲がないようですが、体調が良くないのですか?」
古の皇国を出立して、すでに二つの友好国を巡った。
今はチャロの目的地でもある獣人国に入り、都を目指している。
ロドリゴから大きな馬車を迎えに用意してもらって、バーナビーとアドリアナとチャロは、ゆったりと景色を眺めながら国境沿いの道を進んでいた。
そんな中、バーナビーが心配そうにアドリアナを見ている。
「人族でいうところの月のものだ。爬虫類獣人は、年に一度、無精卵を産む。その日が近づいてきたのだと思う」
「え? お姉さま? その認識、ちょっと違いますよ?」
アドリアナの真向かいに座っていたチャロが、思わずというように座っていたシートから身を乗り出す。
「お姉さまと私は種族が違っても同じ爬虫類なので、無精卵を生む時期に差はあっても、おおよその体の仕組みは違わないはずです。もしかして、今回はいつもより卵が大きくないですか?」
「これまで卵の大きさを気にしたことがない」
「うーん、お姉さまは腹筋がしっかりしているから、お腹の外側から触っても分からないですね」
チャロが実際に、アドリアナの腹を両手で触っている。
卵の殻は柔らかいので、腹筋が無くても内臓と区別がつかないこともあるそうだ。
チャロをうらやましそうに眺めながら、バーナビーがどういうことなのか質問する。
「卵が大きいと、何か問題があるんでしょうか?」
「お姉さまが言うように、無精卵ならばいいのです。人族の月のものと同じで、流れておしまいです。ですが、お姉さまとお義兄さまは、その……新婚ですよね? たくさん愛し合われた結果、いつもより卵が大きくなる、つまり有精卵になる可能性の方が高いと思うんです」
「有精卵、ですか?」
「もし有精卵だった場合、無精卵よりも大きいので、生むときには母体に負担がかかります。また、生んですぐに温度と湿度が保てる孵卵室がないと、卵の中の子どもの生存率が下がります。旅をしている場合ではありません」
「そんなに急に生まれるものなんですか?」
「お姉さまは食欲がないんですよね? そうなってから卵を生むまでは、一か月とかかりません」
ガタンとバーナビーが立ち上がり、すぐに御者に方向転換の指示を出す。
「行先をエイヴリング王国へ。途中、早馬が出せる場所があれば、そこにも立ち寄りたい」
「かしこまりました。今よりも速度を上げますか?」
「いや、あまり揺れるのもよくない、このままで」
座り直したバーナビーは、アドリアナを抱きかかえ自分の太ももの上に座らせた。
「少しはクッションの代わりになるといいのですが」
バーナビーの過保護ここに極まれりだった。
「チャロ、もう少し爬虫類獣人の妊娠と出産について教えてください。私は不勉強すぎました」
「チャロ、私も聞きたい。どうやら大雑把な知識しかなかったようだ」
目の前の新婚夫婦から請われ、チャロはふんすふんすと自分の出番が来たことを喜んだ。
「このタイミングでお姉さまの側にいられたことは、きっと私の運命ですね。持てる全ての知識を、お披露目しますよ!」
そこから、生粋の爬虫類獣人国育ちのチャロが、妊娠と出産の常識から注意点まで、事細かに説明した。
なんとなくしか知らなかったアドリアナと、人族どころか獣人族とも違う未知の生態に興味津々のバーナビーは、熱心に聞き入った。
「握りこぶし大の無精卵と違って、有精卵はそんなに大きいのか?」
「個体差はありますが、だいたい、両手の上に乗るサイズが標準です」
「生まれる種族は分からないんですね? え、卵は二つなんですか?」
「爬虫類獣人同士でない場合、人族や獣人族も生まれます。そして基本的に、卵は二つ同時に生みますよ」
時々、感想を挟みながら、新米パパとママはチャロの話に驚愕する。
「雌の気持ち次第で有精卵になるのか? つまり、私がバーニーの子が欲しいと思えば……」
「そうなんです! だからこそ、有精卵なのではないかと疑っているのです。お姉さまとお義兄さまは、心を通わせて体を結ばれたのですよね? だったら自然と、二人の間に赤ちゃんを望むのではないかと思って」
珍しくアドリアナが頬を赤くした。
思い当たる節があるのかもしれない。
あまりのアドリアナの可愛らしさに、バーナビーは目をハートにしてアドリアナの頬にキスをしている。
「私には、ほとんど親の記憶がなく、こんな私では親にはなれないだろうと思っていた。だが、バーニーと出会って、バーニーとだったら、一緒に親になれるかもしれないと、考えを改めた。そして、古の皇国で、父に会った。父の心は温かかった。ぼんやりとだが、父と一緒に過ごした幼い頃のことも、思い出して……これが親なのだと感じた」
アドリアナは、ずっと抱きしめてくれているバーナビーの顔を見る。
「バーニーの子を生みたいと、その時に初めて思った。バーニーと子を育てて、家族になりたいと」
愛らしいアドリアナの告白に、バーナビーはどうにかなってしまいそうだ。
いつも以上にきらめいているアドリアナの金色の瞳を見つめ、バーナビーはアドリアナのためだけの笑みを浮かべる。
「そう思ってもらえて、光栄です。アナの夫であるだけでなく、子ども達の父としても相応しくあれるよう、努めます」
「今でもバーニーは、強い。私なんかよりも、ずっと強い。私はバーニーのそんなところに、惹かれてやまない」
チャロはすごくいい雰囲気の二人を邪魔しないように、必死に空気になろうとしている。
でも二人の熱々なところを見たくて、顔を覆った指の隙間からキョロキョロと薄茶色の瞳がせわしなく動いていた。
「愛しています、アナ」
「バーニー、私もだ」
馬車が早馬のある街に着くまで、バーナビーとアドリアナの間で、性交のように艶めかしい口づけが続いた。
同乗しているチャロの心の中では喝采が沸き、まるで格闘を観戦しているときのように、「いいぞ!」「もっとやれ!」とスタンディングでエールを送り続けていたことは誰も知らない。
早馬を使って、クレイグへ一足先にエイヴリング王国へ帰国する旨を伝え、獣人国の国境を出るところで、ロドリゴへ予定の変更を詫びる書状を記す。
真っすぐ走れば、エイヴリング王国へは一か月もかからない。
なんとかアドリアナの出産を無事に迎えられるよう、バーナビーは最善を尽くした。
そのおかげで、五日後にはエイヴリング王国に到着し、翌日には新居のある王都に辿り着いたのだった。
◇◆◇
「アドリアナが妊娠か。それは仕方がない」
獣人国ではロドリゴが、バーナビーの残していった詫び状を読んでいた。
レオノールが見習い兵士になってからは、ロドリゴの付き人も兼任しているダフネが、ソーサーに乗せたカップを机の上に供しながら首をかしげる。
「なんだか、期待の大型新人を逃した気分でいっぱいなんですよね。私のこうした勘は、よく当たるんです」
本来であれば、アドリアナの書いた推薦状を持ったチャロが面接を受け、レオノールの付き人として獣人国で働くはずだった。
しかし、貴重な爬虫類獣人の妊娠と出産の知識を持つチャロをここで手放すわけにはいかないと、バーナビーはエイヴリング王国への帰路にチャロを同行させている。
それをダフネは敏感に察知したのだろう。
「ダフネの勘では、アドリアナの子はどっちに似ると思う? 父親か母親か?」
おもしろがってロドリゴが質問をする。
それに対して、ダフネは真剣に頭を悩ませ始める。
「アドリアナ隊長のお子は一人ではない気がします。……おそらく双子ですよ! だから、どちらにも似た子がお生まれになるのではないでしょうか?」
当てずっぽうだと思って聞いていたダフネの勘が、ほぼ真実を突いていることをロドリゴはまだ知らない。
古の皇国を出立して、すでに二つの友好国を巡った。
今はチャロの目的地でもある獣人国に入り、都を目指している。
ロドリゴから大きな馬車を迎えに用意してもらって、バーナビーとアドリアナとチャロは、ゆったりと景色を眺めながら国境沿いの道を進んでいた。
そんな中、バーナビーが心配そうにアドリアナを見ている。
「人族でいうところの月のものだ。爬虫類獣人は、年に一度、無精卵を産む。その日が近づいてきたのだと思う」
「え? お姉さま? その認識、ちょっと違いますよ?」
アドリアナの真向かいに座っていたチャロが、思わずというように座っていたシートから身を乗り出す。
「お姉さまと私は種族が違っても同じ爬虫類なので、無精卵を生む時期に差はあっても、おおよその体の仕組みは違わないはずです。もしかして、今回はいつもより卵が大きくないですか?」
「これまで卵の大きさを気にしたことがない」
「うーん、お姉さまは腹筋がしっかりしているから、お腹の外側から触っても分からないですね」
チャロが実際に、アドリアナの腹を両手で触っている。
卵の殻は柔らかいので、腹筋が無くても内臓と区別がつかないこともあるそうだ。
チャロをうらやましそうに眺めながら、バーナビーがどういうことなのか質問する。
「卵が大きいと、何か問題があるんでしょうか?」
「お姉さまが言うように、無精卵ならばいいのです。人族の月のものと同じで、流れておしまいです。ですが、お姉さまとお義兄さまは、その……新婚ですよね? たくさん愛し合われた結果、いつもより卵が大きくなる、つまり有精卵になる可能性の方が高いと思うんです」
「有精卵、ですか?」
「もし有精卵だった場合、無精卵よりも大きいので、生むときには母体に負担がかかります。また、生んですぐに温度と湿度が保てる孵卵室がないと、卵の中の子どもの生存率が下がります。旅をしている場合ではありません」
「そんなに急に生まれるものなんですか?」
「お姉さまは食欲がないんですよね? そうなってから卵を生むまでは、一か月とかかりません」
ガタンとバーナビーが立ち上がり、すぐに御者に方向転換の指示を出す。
「行先をエイヴリング王国へ。途中、早馬が出せる場所があれば、そこにも立ち寄りたい」
「かしこまりました。今よりも速度を上げますか?」
「いや、あまり揺れるのもよくない、このままで」
座り直したバーナビーは、アドリアナを抱きかかえ自分の太ももの上に座らせた。
「少しはクッションの代わりになるといいのですが」
バーナビーの過保護ここに極まれりだった。
「チャロ、もう少し爬虫類獣人の妊娠と出産について教えてください。私は不勉強すぎました」
「チャロ、私も聞きたい。どうやら大雑把な知識しかなかったようだ」
目の前の新婚夫婦から請われ、チャロはふんすふんすと自分の出番が来たことを喜んだ。
「このタイミングでお姉さまの側にいられたことは、きっと私の運命ですね。持てる全ての知識を、お披露目しますよ!」
そこから、生粋の爬虫類獣人国育ちのチャロが、妊娠と出産の常識から注意点まで、事細かに説明した。
なんとなくしか知らなかったアドリアナと、人族どころか獣人族とも違う未知の生態に興味津々のバーナビーは、熱心に聞き入った。
「握りこぶし大の無精卵と違って、有精卵はそんなに大きいのか?」
「個体差はありますが、だいたい、両手の上に乗るサイズが標準です」
「生まれる種族は分からないんですね? え、卵は二つなんですか?」
「爬虫類獣人同士でない場合、人族や獣人族も生まれます。そして基本的に、卵は二つ同時に生みますよ」
時々、感想を挟みながら、新米パパとママはチャロの話に驚愕する。
「雌の気持ち次第で有精卵になるのか? つまり、私がバーニーの子が欲しいと思えば……」
「そうなんです! だからこそ、有精卵なのではないかと疑っているのです。お姉さまとお義兄さまは、心を通わせて体を結ばれたのですよね? だったら自然と、二人の間に赤ちゃんを望むのではないかと思って」
珍しくアドリアナが頬を赤くした。
思い当たる節があるのかもしれない。
あまりのアドリアナの可愛らしさに、バーナビーは目をハートにしてアドリアナの頬にキスをしている。
「私には、ほとんど親の記憶がなく、こんな私では親にはなれないだろうと思っていた。だが、バーニーと出会って、バーニーとだったら、一緒に親になれるかもしれないと、考えを改めた。そして、古の皇国で、父に会った。父の心は温かかった。ぼんやりとだが、父と一緒に過ごした幼い頃のことも、思い出して……これが親なのだと感じた」
アドリアナは、ずっと抱きしめてくれているバーナビーの顔を見る。
「バーニーの子を生みたいと、その時に初めて思った。バーニーと子を育てて、家族になりたいと」
愛らしいアドリアナの告白に、バーナビーはどうにかなってしまいそうだ。
いつも以上にきらめいているアドリアナの金色の瞳を見つめ、バーナビーはアドリアナのためだけの笑みを浮かべる。
「そう思ってもらえて、光栄です。アナの夫であるだけでなく、子ども達の父としても相応しくあれるよう、努めます」
「今でもバーニーは、強い。私なんかよりも、ずっと強い。私はバーニーのそんなところに、惹かれてやまない」
チャロはすごくいい雰囲気の二人を邪魔しないように、必死に空気になろうとしている。
でも二人の熱々なところを見たくて、顔を覆った指の隙間からキョロキョロと薄茶色の瞳がせわしなく動いていた。
「愛しています、アナ」
「バーニー、私もだ」
馬車が早馬のある街に着くまで、バーナビーとアドリアナの間で、性交のように艶めかしい口づけが続いた。
同乗しているチャロの心の中では喝采が沸き、まるで格闘を観戦しているときのように、「いいぞ!」「もっとやれ!」とスタンディングでエールを送り続けていたことは誰も知らない。
早馬を使って、クレイグへ一足先にエイヴリング王国へ帰国する旨を伝え、獣人国の国境を出るところで、ロドリゴへ予定の変更を詫びる書状を記す。
真っすぐ走れば、エイヴリング王国へは一か月もかからない。
なんとかアドリアナの出産を無事に迎えられるよう、バーナビーは最善を尽くした。
そのおかげで、五日後にはエイヴリング王国に到着し、翌日には新居のある王都に辿り着いたのだった。
◇◆◇
「アドリアナが妊娠か。それは仕方がない」
獣人国ではロドリゴが、バーナビーの残していった詫び状を読んでいた。
レオノールが見習い兵士になってからは、ロドリゴの付き人も兼任しているダフネが、ソーサーに乗せたカップを机の上に供しながら首をかしげる。
「なんだか、期待の大型新人を逃した気分でいっぱいなんですよね。私のこうした勘は、よく当たるんです」
本来であれば、アドリアナの書いた推薦状を持ったチャロが面接を受け、レオノールの付き人として獣人国で働くはずだった。
しかし、貴重な爬虫類獣人の妊娠と出産の知識を持つチャロをここで手放すわけにはいかないと、バーナビーはエイヴリング王国への帰路にチャロを同行させている。
それをダフネは敏感に察知したのだろう。
「ダフネの勘では、アドリアナの子はどっちに似ると思う? 父親か母親か?」
おもしろがってロドリゴが質問をする。
それに対して、ダフネは真剣に頭を悩ませ始める。
「アドリアナ隊長のお子は一人ではない気がします。……おそらく双子ですよ! だから、どちらにも似た子がお生まれになるのではないでしょうか?」
当てずっぽうだと思って聞いていたダフネの勘が、ほぼ真実を突いていることをロドリゴはまだ知らない。
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