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よくある話だと思ってた

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 悪役令嬢が猫になってしまい、仲の悪かった婚約者の王子に拾われ、なんやかんやあってお互いの誤解に気づいたところで変身が解けてハピエン♡
 そんな小説の世界に紛れ込んでる俺。
 王子の役目を担っているようだが、その正体は転生した社畜リーマンだ。
 そしてさっき拾ったコイツがおそらく悪役令嬢なんだと思うが、なんで猫じゃないんだよ。
 どこで間違えてきたんだよ。
 悪役令嬢よ、自分の姿を鏡で見てきたか?
 猫だと思ってるだろう?
 だからそんなことしてるんだろう?
 全然似合ってないからな!
 お前、どこからどう見ても『百獣の王』だから!
 王子の俺より偉いってどういうことだよ。
 やめろやめろ、俺の顔を舐めるな!
 お前の舌は簡単に肉をこそげ取る威力があるんだぞ。
 もっと弁えろ!
 猫じゃらしを持ってきて遊んでポーズをしてるが、お前に飛び掛かられたら俺は死ぬ自信がある。
 こんな庶民の皆さまの度肝を抜くような存在を、野放しにはできないから王城まで連れて帰ってきたけど、どうすりゃいいんだよ。
 小説で変身が解けるのはどのタイミングだったっけ?
 そうだ、お互いの誤解を解くんだ。
 この作者はもっと『なんやかんや』の部分を詳細に書け!
 実行部隊になんの指示も与えないまま戦場に送りだす総帥がいるか!
 いや、いるわ。
 俺の上司がそうだったわ。
 ……嫌なこと思い出しちまった。
 もうあっちの世界で俺は死んでるんだ。
 こっちの世界に早く馴染まなきゃな。
 だが百獣の王はないだろ、常識的に考えて!
 ここで憤っていても仕方ないな。
 俺はヘソ天して猫じゃらしを咥えて待っている百獣の王に近づく。
「おい、悪役令嬢。お前もいつまでもこんな姿でいたくはないだろう? ここは協力してお互いの誤解ってやつを解こうじゃないか」
「グオオオウッ!」
「吠えるな! ビックリして寿命が縮まっただろ!」
「グオ~」
「お、なんだ意外と意思疎通はできるのか? それなら話が早い」
 どっこいしょと百獣の王の横に座る俺。
「まずは俺の誤解から解こう。こうして猫になったつもりで俺の元へ来たということは、俺のことは嫌いではないんだな?」
「グオ~」
「俺はお前から嫌われていると思っていたよ。ツンとした物言い、キツい眼差し、線を引いたような距離感。とても好かれているとは思えなかったからな」
「だからといって、婚約者のお前に黙って隣国の王女を夜会でエスコートしたのは良くなかったな。まさかあんなに盛大に泣かれてしまうとは……」
「これまでお前がしっかりと被ってきた貴族令嬢としての仮面を、夜会に参加していた多くの貴族たちの前で剥がしてしまった俺の罪は重い。反省している」
 百獣の王の立派な前足をつかって、顔を覆う悪役令嬢。
 もしかしてまた泣いているのだろうか。
「本当に悪かった。隣国は今、第一王子と第二王子の間で、王位継承権が争われている。第二王子と同腹の王女を俺に近づけ、あわよくば我が国の後ろ盾を得ようと考えたんだろう。俺とお前が仲良しでないことは、向こうはお見通しだったわけだ」
 左前足を下げて、片目でチラリと俺の顔を伺う百獣の王の仕草は、猫だったら可愛かったのかもしれない。
「だがあくまでも賓客としてもてなしただけだ。我が国は隣国の揉め事に首を突っ込むつもりはない。早々にお帰り願うためにも夜会でのエスコートは必要だったんだ」
 そう、あのワガママ王女は帰国する前に俺とダンスを踊りたいと言い出したんだよな。
 さっさと帰ってもらうためにさっさと夜会を開いて、さっさとエスコートしてさっさと踊ろうとしていたら。
 大粒の涙を惜しげもなくこぼし、眉をこれでもかと垂れさせ、唇をわななかせて「ふえ~ん」と泣いてしまったのだ!
 あんなに取り澄ましていた悪役令嬢が、だ。
 俺はふさふさしている百獣の王のたてがみに手を突っ込み、ヨシヨシと撫でてやる。
 しかし、なんで雄でもないのにたてがみがあるんだ?
 雌であることはヘソ天している腹部で確認済みだ。
 そこを見たことは秘密だがな!
「これでお前の誤解は解けたか?俺の婚約者はお前で、隣国の王女はすでに出国済みだ。何も心配することはないんだ」
 百獣の王はゴロリと寝返りをうつ。
 待て待て待て!
 俺の両足を立派な前足の爪で押さえ込むんじゃない。
 猫が膝乗りしてくるのとは訳が違うんだぞ!
「グオ?」
 本当に?とでも聞いているのだろうな。
「本当だ。来月、式を挙げれば名実ともに俺たちは夫婦になる。お互い誤解があったかもしれないが、今からでもやり直せるはずだ。なあ、悪役令嬢?」
 俺は凛々しい百獣の王の瞳を覗き込む。
 王に相応しい黄金の輝き。
 なんだよ、俺よりカッコイイな。
 完全にキャスティング間違ってるぞ、これ!
「だから変身を解いてくれないか?このままではウエディングドレスが着られないぞ?」
 百獣の王は嬉しそうに喉を鳴らす。
 それが唸り声にしか聞こえなくても俺はもう怖くない。
「それともおとぎ話のように、王子様のキスがなければ変身は解けないか?」
 喉をかいてやりながら、ゴツい牙の並ぶ百獣の王の口に唇を寄せる。
 顔を傾け、もう少しで触れると思ったその時に――。
「っきゃあああぁ!!」
 決して百獣の王には出せない声が辺りに響く。
 マウントされていたはずの俺の上には、真っ赤に頬を染めた悪役令嬢がいた。
 全裸で!!
 もう一度言う。
 全裸で!!!!
 なんだよ、ラッキー☆すけべまであるのかよ、この小説!
 ターゲット層はどこだよ!
 すぐさま王子様らしい外套を脱いだ俺は、それで悪役令嬢を優しく包み込む。
 そして先程は出来なかったキスを、悪役令嬢の小さな唇に贈るのだった。

 その後、俺たちは無事に夫婦となり、王と王妃になってからも二人で国をよく治めたが、時々王妃が百獣の王の姿になって王の命を狙う刺客をやっつけるなんて番外編はあの小説にはなかったと思うんだが!?
 そこんとこ、どうなんだ作者!?
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