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九話 最後の夜
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あと数日で療養生活も終わるという頃、国王陛下からの知らせが僕たちの元へ届いた。
どうやら、国王陛下は王太子へ王位を譲渡し、隠居の身になって母を迎えにくるそうだ。
これが転機か。
騎士団長が言っていたことと、国王陛下が言っていたことが繋がる。
おそらく国王陛下はずっと前からこの機を伺っていた。
王太子が成長し、王位を継いでもおかしくない時期まで。
息をひそめて静かに待っていたのだ。
正妃も、念願かなって自分の息子である王太子が国王になれば、もう母に手出しはしないだろう。
輝かしい息子の未来にうっかり瑕疵がつくような行為は控えるはずだ。
ようやく母は安心して暮らせる。
もう家族がバラバラにならなくていいんだ。
母は、国王陛下の手紙を読んで、静かにほほ笑んでいた。
好きあった者同士が紆余曲折を得て一緒になれる。
簡単に言うとそうなるが、二人の間にはたくさんの悲しみが横たわっている。
僕もその一端だ。
恋って深いなと思った。
そして僕はまだ、エーリカに気持ちを告げられないでいた。
◇◆◇
いよいよ国王陛下が来てしまった。
明日には僕たちもここから下山する。
国王陛下はすっかり元気になった母を見て嬉しそうだ。
エーリカにも報酬を弾むと言っていた。
国王陛下と交渉をしたエーリカは始終ご機嫌だ。
どうやら国王陛下に、王都の大通りに面した店を買ってほしいとお願いして、それだけでいいのか?と気前よく受け入れられたらしい。
僕だけが消沈している。
エーリカはそれを母と離れる寂しさだと思ったらしい。
「国王陛下と奥様は、今後は王都の隣の領地で過ごされるそうよ。騎士団がお休みの日には、ヴェルナーも会いに行けるわよ!」
励まされて僕はますますしょんぼりした。
そうじゃないんだ。
僕はあなたのことが――。
今夜しかない。
なんとしてでも決行する。
「エーリカ、最後に星を観に行きませんか」
「そうね、ここの星とも今夜でお別れだものね」
夜になると頂から見る星は満天に散らばり、目の端から端までを埋め尽くす。
僕たちは最小限の灯りだけで、庭を抜け丘を目指す。
いつもここから星を観た。
自分が小さな人間なのだと、思い知らされる数え切れぬほどの星。
そんな星に後押しされて、僕はついに告白をする。
「エーリカ、聞いてください。僕はあなたのことが――」
だけど、エーリカが僕の言葉を遮った。
「待って。その先を聞く前に、私の話を聞いてもらいたいの」
「……はい、なんでしょう?」
僕が押しに弱いのは相変わらずだ。
「私の夢の話はしたよね。奥様の健康回復に寄与したことで、国王陛下から念願だった大店をいただくことになったわ。この話を持ってきてくれたヴェルナーには感謝しかない。小さな薬店の利益を何十年積み立てようと、王都の大通りに店を出すなんて絵空事でしかなかった。だけど今なら叶う。田舎の子たちを呼び寄せて、薬師見習いとして雇って、女性のための薬店を開くことが」
僕はなんとなく、この先が予想できてしまった。
嫌なことほどよく当たるものだ。
「ヴェルナー、あなたが私に思いを寄せているのは分かっていたわ。あなたにとって私が初めての相手だったし、それで勘違いしてしまうのも仕方がないと思うの。だけどよく考えて。私はあなたより4つも年上で、容姿だって釣り合っていない。あなたは庶子だけど、れっきとした国王陛下の息子で、騎士という立派な職にも就いているわ。今のあなたの気持ちは麻疹のようなものなのよ。誰もが熱に浮かされて、これが恋だと思うの。そして冷静になって振り返れば、そのときの自分の青さに気がつくのよ」
僕は夜空の星が映り込むエーリカの瞳を見つめる。
温かくてきれいな人。
心優しくて強い人。
なにが勘違いだって?
僕の青さなら知っている。
僕があなたに釣り合わないんだ。
情けない僕のほうが美しいあなたに――。
「国王陛下が仰っていたわ。ヴェルナーが下っ端の騎士でいたのは、あなたが頭角を現してしまっては、正妃に目をつけられてますます命を狙われるからだって。本来ならばもっと上の役職についていてもおかしくない実力があると褒めておられたわ。ここから戻り次第、騎士団長があなたに相応しい階級をくださるそうよ。だからね、ヴェルナー、あなたはあなたにしか叶えられない夢を追ってほしいの」
エーリカ。
あなたの夢を応援したい。
それが叶いそうな今、僕が邪魔をしてはいけない。
ここであなたに告白をすることが、あなたの夢の足かせになるのなら。
「分かり、ました」
「ヴェルナーはこれからどんどん伸びていくわ。素敵な人とも出会うでしょう。どうか私のことは乗り越えていってほしいの。好きだと思ってくれた気持ちは嬉しかったわ」
僕はこらえきれずに涙をこぼしていた。
こういうところだ、情けないのは。
どうして泣くのを我慢できないのか。
エーリカに気まずい思いをさせるだけなのに。
「私は先に戻っているわね。あまり遅くならないうちにヴェルナーも戻るのよ」
エーリカは心配そうに僕を見て、それから丘を下っていった。
僕はその場に立ち尽くしたまま、嗚咽をあげた。
◇◆◇
夜更けに、泣きはらして真っ赤な瞼をした僕が部屋に戻るところを、国王陛下と母が見ていたのは気づかなかった。
「うん? ヴェルナーの将来性の高さを彼女には説明したつもりだったが、あの様子では告白がうまくいかんかったようだな」
「むしろ余計なことをしてしまったのではないの? エーリカは男性の職位の高さに惹かれるような俗な女性ではないわよ」
「そうだったか、しまったな」
「ただでさえエーリカは4つ年上だし、自分はヴェルにふさわしくないと思っていそうだもの。そこにヴェルの職位が上がるなんて、さらに壁を造る行為だわ」
「完全に私の失策だ。女性とは職位の高い男性に惹かれるものだと、当たり前のように思っていた」
「あなたの周りはそんな女性ばかりだものね」
「君を除いてな」
「エーリカもそうよ」
「ヴェルナーには騎士団長補佐になってもらうつもりだったんだ。そしてゆくゆくは、副団長から団長へと……」
「それはあなたとヨーナスの計画でしょ。ヴェルの意見はどこにもないじゃない」
「これには王太子の意見も入っているのだ。確かにヴェルナーの意見は入っていないが」
「王太子殿下?どうして王太子殿下がヴェルを騎士団長にしたいの?」
「あやつはヴェルナーを心配しているのだ。生まれながらに王位継承権を奪われた弟を不憫に思っている。せめて騎士団長くらいの地位はあってもいいのではないかと言っていた。まあ、自分の手元に弟を匿っておきたいのだろう。あやつは真正のブラコンだ」
「まあ、小さい頃はよく遊んでくれたけど、今でも気にかけてくださっているのね」
「そうなんだ。母親である正妃とはまるで似ても似つかぬ、穏やかで実にいい男に育った」
「ふふ、あなたの血が濃かったのね」
「外見も私にそっくりなんだ」
「それで、ヴェルの意見はどうするの?」
「痛いところを突く。先ほどの泣き顔を見たか? あれが私の失策のせいだと思うと胸が痛む。これ以上の失策は重ねられん。ヴェルナーには幸せな未来を歩んでほしい」
「つまり?」
「騎士団長と王太子にはヴェルナーを諦めてもらう。ヴェルナーの欲しいものは一貫してひとつだ。私が君を諦められなかったように、きっとヴェルナーも薬師の彼女を諦められないだろう。もう一度、ヴェルナーには告白できるチャンスを作るよ。そのあとはヴェルナーと彼女次第だが」
「私はうまくいくような気がするわ。だってお似合いの二人なんですもの」
「そうだな。苦労ばかりかけてしまった息子だ。こんな親の七光り程度では償えないほどの寂しさと悲しさを背負わせてしまった。これがせめてもの罪滅ぼしになってくれればいいが」
どうやら、国王陛下は王太子へ王位を譲渡し、隠居の身になって母を迎えにくるそうだ。
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正妃も、念願かなって自分の息子である王太子が国王になれば、もう母に手出しはしないだろう。
輝かしい息子の未来にうっかり瑕疵がつくような行為は控えるはずだ。
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母は、国王陛下の手紙を読んで、静かにほほ笑んでいた。
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簡単に言うとそうなるが、二人の間にはたくさんの悲しみが横たわっている。
僕もその一端だ。
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そして僕はまだ、エーリカに気持ちを告げられないでいた。
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いよいよ国王陛下が来てしまった。
明日には僕たちもここから下山する。
国王陛下はすっかり元気になった母を見て嬉しそうだ。
エーリカにも報酬を弾むと言っていた。
国王陛下と交渉をしたエーリカは始終ご機嫌だ。
どうやら国王陛下に、王都の大通りに面した店を買ってほしいとお願いして、それだけでいいのか?と気前よく受け入れられたらしい。
僕だけが消沈している。
エーリカはそれを母と離れる寂しさだと思ったらしい。
「国王陛下と奥様は、今後は王都の隣の領地で過ごされるそうよ。騎士団がお休みの日には、ヴェルナーも会いに行けるわよ!」
励まされて僕はますますしょんぼりした。
そうじゃないんだ。
僕はあなたのことが――。
今夜しかない。
なんとしてでも決行する。
「エーリカ、最後に星を観に行きませんか」
「そうね、ここの星とも今夜でお別れだものね」
夜になると頂から見る星は満天に散らばり、目の端から端までを埋め尽くす。
僕たちは最小限の灯りだけで、庭を抜け丘を目指す。
いつもここから星を観た。
自分が小さな人間なのだと、思い知らされる数え切れぬほどの星。
そんな星に後押しされて、僕はついに告白をする。
「エーリカ、聞いてください。僕はあなたのことが――」
だけど、エーリカが僕の言葉を遮った。
「待って。その先を聞く前に、私の話を聞いてもらいたいの」
「……はい、なんでしょう?」
僕が押しに弱いのは相変わらずだ。
「私の夢の話はしたよね。奥様の健康回復に寄与したことで、国王陛下から念願だった大店をいただくことになったわ。この話を持ってきてくれたヴェルナーには感謝しかない。小さな薬店の利益を何十年積み立てようと、王都の大通りに店を出すなんて絵空事でしかなかった。だけど今なら叶う。田舎の子たちを呼び寄せて、薬師見習いとして雇って、女性のための薬店を開くことが」
僕はなんとなく、この先が予想できてしまった。
嫌なことほどよく当たるものだ。
「ヴェルナー、あなたが私に思いを寄せているのは分かっていたわ。あなたにとって私が初めての相手だったし、それで勘違いしてしまうのも仕方がないと思うの。だけどよく考えて。私はあなたより4つも年上で、容姿だって釣り合っていない。あなたは庶子だけど、れっきとした国王陛下の息子で、騎士という立派な職にも就いているわ。今のあなたの気持ちは麻疹のようなものなのよ。誰もが熱に浮かされて、これが恋だと思うの。そして冷静になって振り返れば、そのときの自分の青さに気がつくのよ」
僕は夜空の星が映り込むエーリカの瞳を見つめる。
温かくてきれいな人。
心優しくて強い人。
なにが勘違いだって?
僕の青さなら知っている。
僕があなたに釣り合わないんだ。
情けない僕のほうが美しいあなたに――。
「国王陛下が仰っていたわ。ヴェルナーが下っ端の騎士でいたのは、あなたが頭角を現してしまっては、正妃に目をつけられてますます命を狙われるからだって。本来ならばもっと上の役職についていてもおかしくない実力があると褒めておられたわ。ここから戻り次第、騎士団長があなたに相応しい階級をくださるそうよ。だからね、ヴェルナー、あなたはあなたにしか叶えられない夢を追ってほしいの」
エーリカ。
あなたの夢を応援したい。
それが叶いそうな今、僕が邪魔をしてはいけない。
ここであなたに告白をすることが、あなたの夢の足かせになるのなら。
「分かり、ました」
「ヴェルナーはこれからどんどん伸びていくわ。素敵な人とも出会うでしょう。どうか私のことは乗り越えていってほしいの。好きだと思ってくれた気持ちは嬉しかったわ」
僕はこらえきれずに涙をこぼしていた。
こういうところだ、情けないのは。
どうして泣くのを我慢できないのか。
エーリカに気まずい思いをさせるだけなのに。
「私は先に戻っているわね。あまり遅くならないうちにヴェルナーも戻るのよ」
エーリカは心配そうに僕を見て、それから丘を下っていった。
僕はその場に立ち尽くしたまま、嗚咽をあげた。
◇◆◇
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「うん? ヴェルナーの将来性の高さを彼女には説明したつもりだったが、あの様子では告白がうまくいかんかったようだな」
「むしろ余計なことをしてしまったのではないの? エーリカは男性の職位の高さに惹かれるような俗な女性ではないわよ」
「そうだったか、しまったな」
「ただでさえエーリカは4つ年上だし、自分はヴェルにふさわしくないと思っていそうだもの。そこにヴェルの職位が上がるなんて、さらに壁を造る行為だわ」
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「つまり?」
「騎士団長と王太子にはヴェルナーを諦めてもらう。ヴェルナーの欲しいものは一貫してひとつだ。私が君を諦められなかったように、きっとヴェルナーも薬師の彼女を諦められないだろう。もう一度、ヴェルナーには告白できるチャンスを作るよ。そのあとはヴェルナーと彼女次第だが」
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