【完結】金髪の王子は秘宝と間違われ、蛮族の少女にお持ち帰りされる

鬼ヶ咲あちたん

文字の大きさ
4 / 4

四話 族長の座

しおりを挟む
「ライリーを見つけ、ここに連れてきたのは私だ。私の功だ!」



 熊の毛皮にツェレンが寝転がったせいで、熱い一夜とはならなかった。

 それどころか、私をめぐって次の日から激しい異母兄妹ケンカが勃発することになる。



「族長の座については、一旦脇に置いて考えるんだ。王族の血だぞ? これが部族に流れれば、どれだけ名誉なことか!」

「そんなことは分かっている。だからと言ってライリーに、サラーナとアルタンを押し付けることには反対だ。迷惑だ!」



 ツェレンに難癖をつけているのはバトバヤルだ。

 どうやら私の子を族長にしたいらしい。

 王族と部族の血を継ぐ子こそ、次代の族長にふさわしいと言いたいようだ。

 そして次代の族長を産む腹として、自分の血のつながった姉妹を勧めてくる。



「押し付けるとは言いがかりだな。王子さまだって抱くなら美女がいいはずだ。サラーナとアルタンは、他の部族からも求婚の申し出が後を絶たない、どこに出しても恥ずかしくない美女だ。ちんちくりんで筋肉だるまのお前では、王子さまもその気にならないだろう? こっちは親切で言ってやってるんだぞ!」



 子が生まれ育つまでは代理でバトバヤルが族長を担うというから、ツェレンがうなずくはずがない。

 ツェレンは自分を応援してくれた部族のみんなのために、早く族長になりたい。

 バトバヤルはそれを阻止したい。

 サラーナとアルタンは私の妻になりたい。

 まとまるはずのない話し合いだった。



 今日もバトバヤルとケンカ別れをして、私たちは家に戻る。

 せっかく森で、ツェレンが好きな果物を見つけて採取してきたのに。

 この果物を見たときのニコニコしたツェレンは可愛かった。

 今の吠える熊みたいな顔のツェレンも凛々しくて好きだが。



「ツェレン、このまま話し合いの決着がつかないときは、どうなるんだ?」

「そのときは殴り合いだ。多数決なんて穏便な方法をバトバヤルは選ばない。絶対に自分が勝てる勝負を仕掛けてくる」



 容赦がないな。

 こんなに体格差がある少女を殴るだって?

 ツェレンは女性にしては筋肉がついて、たくましい体をしているものの。

 どんな神経をしているんだ?

 ジェントルマンとして、レディは護るものだと教わった私には衝撃だった。



「ねえ、ツェレン。今こそ君は私の血が欲しいと言うべきじゃないのかい? 王族と部族の血が流れる子を、君が産めば全てが解決するじゃないか」



 それはツェレンに恋焦がれる私にとっても、全てを解決する素晴らしい方法なのだ。

 ぜひ採用してくれないかな。

 期待して待つ私を、ツェレンは恥ずかしそうに見る。



「……知らないんだ。どうしたら子が出来るのか」



 え?

 私の心臓は何度ツェレンに鷲掴みにされればいいのか。



「知らない? 動物の交尾くらいは見たことがあるんじゃない?」

「動物はそれぞれの姿かたちに適応した交尾をするだろう。人間のは知らない……見たことがない」



 そうか。

 ツェレンには母親がいない。

 性を教えてくれる存在として、母親ほどふさわしい役はないだろう。

 もしくは同じ部族の同性だったり。

 こちらはサラーナとアルタンが、要らぬ手を回してそうだな。



「交尾の仕方を知らないから、私の血が欲しいと言わなかったの? 私と交尾すること自体は、嫌ではない?」

「分からない……ライリーと交尾すると考えると、頭が沸騰したみたいになる」



 ツェレンはうつむいて、真っ赤になった顔を隠そうとする。

 これは悪い反応ではないのでは?

 ツェレンも私に好意を抱いてくれているのでは?



「私はツェレンと子を作りたいよ。ツェレンのことが好きだから。ねえ、私が教えてあげると言ったら、ツェレンは私と交尾してくれる?」



 私は必死にツェレンの顔を覗き込み、懇願する。



「ライリーが? 私を好き?」

「そうだよ、ツェレンが好きだよ。ずっとずっと求婚したかった。指輪がないから出来なかったけど」

「指輪がいるのか? ピアスじゃなくて?」



 ん?

 もしかして文化に違いがあるのか?



「この部族では求婚するときに相手にピアスを贈るの?」

「そうだ、お互いに揃いのピアスを左耳につける」

「なんだ、そうだったんだ! ピアスならあるよ! ツェレン、私と結婚して!」



 私は食い気味にツェレンに求婚する。

 もう体勢はかなりツェレンを押し倒しつつある。

 ツェレンは目を泳がせ、汗をかき、口を開けたり閉じたりした。

 迷っているんだな。

 もう一押し。

 何かないか、私にアピールできるもの。

 ツェレンが気に入ってくれているもの――そうだ、金髪だ。



「私とツェレンの子は、必ず金髪碧眼で産まれるよ」

「ライリーと、同じ……?」

「そう、王族の血は強いんだ。どうかな? 私はツェレンに産んで欲しい。私の子を――」



 私は待てが出来ない駄犬だ。

 ツェレンのしっとりした唇に、吸い寄せられるように自分の唇を重ねた。

 チュッチュとリップ音をさせて、ツェレンに現実を教える。

 もうツェレンは私の腕の中に囚われて、あとは食べられるのを待つばかりなのだと。

 右手をツェレンの左耳に這わせる。



「ここに、ダイヤモンドのピアスをつけて欲しい。私の誕生石なんだ。きっとツェレンに、よく似合うよ」



 ぎゅっと目を瞑ったツェレンは、コクリと頷いた。

 やった!

 お許しが出た!

 歓喜に尻尾を振りまくり、駄犬は目の前のご馳走に舌舐めずりをする。



「ツェレン、強くて美しい人……愛している」



 その夜のツェレンの初々しさには、感動させられた。

 汚れきった私まで、聖なるなにかに昇華されたほどだ。



 私とツェレンは結ばれて、次の日、ツェレンの左耳には私と同じダイヤモンドのピアスが輝いた。

 それを見て、部族のみんなからはおめでとうと祝われた。

 歯ぎしりをするバトバヤル。

 めげずに夜這いをしてくるサラーナとアルタン。

 熊が可愛く見える鬼の形相で、ツェレンが姉妹の顔面に鉄拳をお見舞いする。



「舐められたら駄目なんだ、こういうのは」



 痛い目に合わせないと、そう言って姉妹に力こぶを見せるツェレン。

 一目散に逃げたサラーナとアルタンは、それからツェレンに出会うたび怯えて踵を返すようになった。

 この様子だと、他の部族に嫁ぐ日も近いかもしれない。

 やがてツェレンが子を孕んだ。

 もう族長の座は決まったようなものだった。

 部族のみんなはツェレンを族長として扱う。

 いくらバトバヤルが威張り散らそうと、それは変わらない。

 ツェレンが私にそっくりな男の子を産む頃には、バトバヤルですらツェレンには逆らえなかった。

 子連れの母熊には、絶対に近づいてはならないって言うよね?

 常に殺気立ち、ほんの少しの刺激でも激昂して突進してくるからだ。

 そんな母性あふれる可愛いツェレンに、今日も私は変わらず恋をしている。



「ツェレン、君の好きな果物を採ってきたよ。たくさん食べてね。ああ、熊を捌くのは私に任せて。もう毛皮のなめし方だって知っているんだから!」



 あれから私も逞しくなった。

 バトバヤルには及ばないが、ツェレンと同じくらいの筋肉はついたのではないか。

 愛する妻と息子のため、狩猟採集生活を完璧にマスターするつもりでいる。

 王子たるもの、家族を飢えさせてはならない。

 ツェレンが初めて私に作ってくれた芋粥も、乾燥芋を作るところから覚えた。

 今では息子の離乳食になっている。



「よく食べるね、美味しいかい? これは君のお母さんとの思い出の味なんだ。お父さんも大好きなんだよ」

「うんぶーっ、ばっばっ!」



 息子から身振り手振りで褒められる。



「ライリー、ありがとう。お陰でぐっすり眠れた」



 奥の寝台から、寝ぐせをつけたツェレンがやってくる。

 まだ母乳も飲んでいる息子に、夜中も授乳しているためツェレンはいつも寝不足なのだ。



「ありがとうはこちらの台詞だよ。あの日、ツェレンは城まで茨を切り開き、囚われていた私を助けてくれた。お陰でこんなにも幸せだ!」



 金髪碧眼の息子を抱いて、同じく金髪碧眼の私が笑うと、ツェレンは眩しそうにする。

 その顔が見たくて実は何度もこれをしている。

 今日もツェレンは強く美しく可愛くて、部族の集落は平和だ。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました

雨宮羽那
恋愛
 結婚して5年。リディアは悩んでいた。  夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。  ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。  どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。  そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。  すると、あら不思議。  いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。 「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」 (誰ですかあなた) ◇◇◇◇ ※全3話。 ※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

処理中です...