上 下
3 / 9

三話 兎はバイトをする

しおりを挟む
 晃兎から、ヒートが始まったと連絡があった。

 俺が到着するまでに、自分でこすり過ぎたのだろう。

 晃兎の細い陰茎は真っ赤になっていた。

 それでもまだこすろうとするので、俺はそれを口中に含んでゆっくり舐めてやった。

 すぐに腰をビクつかせ、晃兎はイッた。

 シーツは晃兎のお尻から垂れる体液で、ぐしょぐしょだ。



「どうする? シーツを替えるか?」

「いやだ、待てない……入れて」



 いつもは礼儀正しいしゃべりかたをするのに、こういうときだけ甘えたしゃべりかたをする晃兎が可愛い。

 俺はぞんぶんに晃兎の穴をほじってやり、晃兎のヒートが治まるまで付き合った。

 真っ最中は、思考能力が停止している晃兎だが、ある程度満足して落ち着くと恥じらう。

 それに俺は興奮して、また盛ってしまうのだが。

 

 俺には気がかりなことがある。

 それはいつまでたっても、晃兎がこのマンションにあまり私物を増やさないことだ。

 俺の家に住み着いた大雅は、すっかり俺の家を自分好みに改装してしまったというのに。

 どこかよそよそしい晃兎。

 いつか、いなくなる気がしてならない。

 番のアルファに捨てられたオメガの中には、死を選ぶ者もいるという。

 ヒートに耐えられなくなってか、会えないアルファが恋しすぎてか。

 そんなことは絶対にさせない。

 晃兎がいなくなるのは耐えられない。

 やっぱり俺はおかしい。

 大雅のことは相変わらず大切にしたいと思うのに。

 こんなにも晃兎のことが心配だ。

 これは同情だろうか?

 捨てようとした俺がいうのもおかしいが、見向きもされなくなったオメガは惨めだ。

 そんなオメガにかける哀れみなのだろうか?

 月に一度しか会わない晃兎。

 それはヒートのとき以外も、晃兎からあの匂いがするからだ。

 腐り落ちた果実から漂う、狂おしい甘い匂い。

 あの匂いを嗅いでしまったら、ヒートでなくとも抱いてしまう。

 それでは大雅への不貞の理由にならない。

 あくまでも俺は、晃兎のヒートを治めるために抱いている。

 そういう設定なんだ。

 大雅は嫉妬深い。

 晃兎のことは絶対にバレてはいけない。

 

「バイトをしたい?」

「うん。結局、どこからも内定をもらえずに卒業してしまったから」

「生活費は渡しているだろう?」

「お金の問題ではないんだ。その……ずっとマンションにこもっているのも、なんだし」



 そうだった。

 ツッキーは就職が決まって、この春から地元に帰る。

 そうなると晃兎はひとりぼっちだ。

 一か月に一度しか訪れない俺を、この部屋で待ち続けるのはきついだろう。



「わかった。なるべく安全なところを選んで欲しい。心配なんだ」

「ふふ、わかってる。神弥さんが心配性なことは」



 柔らかく笑う晃兎が可愛くて。

 俺はつい抱き寄せてしまった。

 運命の番は別にいるのに。

 大雅、すまない。

 大雅のことは、大切にしている。

 欲しいものがあれば買ってやるし、したいことがあればさせてやる。

 どこかに行きたいと言われれば、忙しくても時間を作って連れて行った。

 ベッドの中でもたっぷり愛して、もう止めてと言われるまで攻める。

 そんな大雅との生活に満足しているはずだ。

 だが、ここで晃兎を抱くことでしか、得られない何かがある。

 これが一体なんなのか、俺は分からなかった。



 ◇◆◇



 いつか、神弥さんには見向きもされなくなるだろう。

 なぜなら神弥さんは、本当の運命の番を見つけたからだ。

 私はただの番で、ヒートが来たときだけ、お情けで抱いてもらっている。

 なんて惨めな存在だろう。

 神弥さんが抱いてくれなければ、薬も効かず性欲を持て余し、私は狂うかもしれない。

 そうなる前に自分の意志で、消えたい。

 そう思ってこのマンションには、私物を増やさないようにしている。

 いつでもいなくなれるように。

 神弥さんが運命の番と毎日のように愛し合っている間、私はひとりだ。

 待っている時間は私を苦しめる。

 心配性の神弥さんに、駄目もとでバイトをしてもいいか聞いてみた。

 あっさりと承諾を得られて、やっぱり私がただの番だからだと思った。

 アルファは運命の番をなによりも大切にする。

 神弥さんだってそうだ。

 家に囲い込んで、なるべく外には出さない。

 そうやって護られるのが運命の番だ。

 私とは違う。

 バイトをしたって、買い物に行ったって、何とも思われない。

 誰にも見せたくなくて、隠しておきたい運命の番とは、違うんだ。

 つらい。

 悲しい。

 寂しい。

 本当ならば私にも、運命の番がいたのだろうが。

 うなじを噛まれた私には、もうそれも分からない。

 私を大切にしてくれるはずだった運命の番は、今どこにいるのだろう。

 もう神弥さんしか欲しくない私は、どうしたらいいのだろう。



 買い物に行っていた近所のスーパーの中にある、お惣菜屋さんでバイトをし始めた。

 大学時代は自炊をしていたので、少しは料理の心得があったからだ。

 玉子焼きを巻くのが上手だと、パートさんに褒められた。

 嬉しかった。

 私がここにいてもいいんだと思った。

 大学入試に落ちて一浪したときも、面接で何度も履歴書をつき返されたときも、自分の存在意義を見失いそうになった。

 私は誰からも必要とされていないのではないかと。

 落ち込んでいるときに神弥さんから求められて、私は天にも昇る気持ちだった。

 大峰HDの副社長という立派な肩書だけでなく、鍛えられた長躯、ジェントルな仕種、あふれる強者のオーラと魅力的な大人の色気、神弥さんの何もかもが光って見えた。

 運命の番と言われたときは、まさかと思った。

 うなじを噛みたいと願われて、拒むはずもなかった。

 少しでも神弥さんとのつながりが持てるなら、なんだっていいと思っていたから。

 それが今では私の足かせとなり、逃げられない檻となった。

 もし過去に戻ったら、私は神弥さんにうなじを噛むことを許すだろうか?



 今日もバイトが終わり、家路を急ぐ。

 もう春だというのに、夜はまだ寒い。

 曇天の向こうに、細い三日月が見えた。

 売れ残りの塩サバと高野豆腐の入ったパックが、左手に下げた袋の中で、ガサガサと音を立てた。

 もうすぐマンションに着く。

 エントランスの暖色系の灯りを見ると、いつもホッとした。

 だが、そこに誰かがいる。

 仁王立ちして私を睨んでいるようだ。

 背丈は私よりも少し低い。

 瞳の美しい子だ。

 温かそうなダウンジャケットとデニム、顔の下半分はスヌードに埋まっている。

 高校生かな?

 カードキーを落としてマンションに入れないとか?

 それなら私と一緒に中に入って、常駐している管理人さんに対応してもらおうか?

 いろいろ考えていた私だったが、それは無用の長物だった。

 ツカツカと歩いてこられて、ドンと肩を押された。

 

「いつまで僕の番にたかってんの? もう十分にお金はもらったんでしょ?」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

真面目系眼鏡女子は、軽薄騎士の求愛から逃げ出したい。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,431pt お気に入り:246

真夏の夜の夢~結~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:17

冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,101pt お気に入り:179

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:53

ロリコンな俺の記憶

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:6,162pt お気に入り:16

番から逃げる事にしました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:30,499pt お気に入り:2,293

猫奴隷の日常

BL / 連載中 24h.ポイント:1,620pt お気に入り:794

処理中です...