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22話 愛の結晶【完】
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「ここに、精液が溜まっているだけなんじゃない?」
スライムが自分の大きくなった腹を指さす。
そのたびに勇者は全否定した。
「そんな描写は、エロ漫画の中だけで十分だ! 絶対に、俺とお前の愛の結晶が、生まれてくる……っ!!」
それからというもの、勇者はかいがいしくスライムの体を慮った。
「体を冷やしてはいけない。もっと毛皮にくるまって」
「毛皮なんかより、あんたの方が温かいわ」
「っ……! 今、その台詞は危険だ! 生まれるまで、交わるのは我慢しないといけないのに!」
勇者はゴロゴロ転がり悶え苦しんだ後、もっと栄養をつけろ、と右手でシコシコしてスライムに精液を飲ませた。
間違った知識しかない勇者によって、妊婦に認定されたスライムは、おかしな生活を送る羽目になる。
それが、5年ほど続いたある日――。
「なんだか変だわ」
スライムがお腹をさする。
「ここに、別の生き物がいる気がする」
「俺たちの赤ちゃんだ!」
「今にも出てきそうよ」
「何だってええええっ!!!」
ヒッヒッフーと唱える勇者の隣で、スライムはあっさりと何かを産んだ。
それは勇者の髪色によく似た、黒いスライムだった。
ころんと転がる小さなスライムを、勇者が両手で受け止める。
「やったああああ! 俺たちの愛の結晶だあああ!」
「あら、本当に?」
男泣きする勇者と、ピンク色の丸い形に戻ったスライム。
それを取り囲む返り咲いた四天王たちとコボルト。
魔王城はこれからも、ますます賑やかになりそうだった。
◇◆◇◆
「王様、また失敗です」
勇者が王国を旅立って、しばらくしてからのことだった。
どうせあの勇者は、あっけなく魔物にやられる。
そう判断した王様は、すぐにも次の勇者を召喚するよう神官へ命じた。
「あれから何度も儀式を行っていますが、誰もこちらの世界へ飛んできません」
この報告を受けるのは、もう何度目になるか。
神官の顔色も優れない。
立て続けの儀式に、疲労困憊しているのだろう。
「う~む、原因は何なのか……」
頭を抱える王様に、神官がひとつの可能性を示す。
「もしかしたら、あの勇者こそ真の勇者で、魔王を倒す器の持ち主だったのではないでしょうか」
外見は冴えなかった。
これまでの勇者と比べても、それは否定のしようがない事実だ。
だが、人間には聖力が見えない。
どの勇者が本当に強いのか、誰も分からないのだ。
「あんな弱そうな勇者に、魔王が倒せるはずがない。きっと雪山にすら、近づけぬだろう」
王様は断言するが、神官はそうは思わない。
神官は誰よりも長く、あの勇者と話をした。
(どこか厭世観の漂う男だった。何ものにも縛られず、自由を愛する気風は、これまでの勇者たちには無かったものだ)
どちらかというと、我先にと動く、強欲な勇者が多かった。
そんな中で、あの飄々とした勇者は、異彩を放っていたのだ。
報告を終えた神官は、王様の前を辞した。
「まさか……そんなはずはない」
神官が去ってから、急に不安になり、王様は独り言ちる。
王国にある古い伝承には、真の勇者が魔王を倒した暁には、それを王族に迎え入れよとある。
そうして引き継がれた勇者の血は、大いなる繁栄をもたらすとされているのだ。
「適齢期の女性の王族は、姫しかおらぬ」
しかし姫君は、神官に熱を上げている。
つい先日、泣いて強請られた王様は、二人の結婚を許可したばかりだ。
「やはり、あの者は真の勇者などではない」
王様は首をゆっくり横に振った。
そうでなければ、犠牲になるだろう姫君が可哀そうだ。
「勇者を召喚し過ぎたのかもしれん。数十年ほど期間を置けば、なんとかなるだろう」
その頃には、王様は退位している。
もう自分の責任ではない。
「ああ、フッと心が軽くなった」
魔王や魔物との戦いは、ここ数年の話ではない。
何百年も前から始まっているのだ。
「これからも、どうせ何百年と続くのだろう。その中で、数十年ほど勇者がいなくても、大したことじゃない」
無責任な王様のせいで、この問題は先送りされた。
だが、どれだけ待とうが、もう二度と勇者は召喚されなかった。
桁違いの聖力を持った真の勇者は、魔王の器だったピンク色のスライムと出会い、仲間と認めて力を分け与えてしまう。
さらには夫婦となり、二人の力を受け継ぐ子どもまで、生まれてしまった。
やがて魔物たちが王国に侵入し、少しずつ人の土地が乗っ取られていくことを、今はまだ誰も知らない。
スライムが自分の大きくなった腹を指さす。
そのたびに勇者は全否定した。
「そんな描写は、エロ漫画の中だけで十分だ! 絶対に、俺とお前の愛の結晶が、生まれてくる……っ!!」
それからというもの、勇者はかいがいしくスライムの体を慮った。
「体を冷やしてはいけない。もっと毛皮にくるまって」
「毛皮なんかより、あんたの方が温かいわ」
「っ……! 今、その台詞は危険だ! 生まれるまで、交わるのは我慢しないといけないのに!」
勇者はゴロゴロ転がり悶え苦しんだ後、もっと栄養をつけろ、と右手でシコシコしてスライムに精液を飲ませた。
間違った知識しかない勇者によって、妊婦に認定されたスライムは、おかしな生活を送る羽目になる。
それが、5年ほど続いたある日――。
「なんだか変だわ」
スライムがお腹をさする。
「ここに、別の生き物がいる気がする」
「俺たちの赤ちゃんだ!」
「今にも出てきそうよ」
「何だってええええっ!!!」
ヒッヒッフーと唱える勇者の隣で、スライムはあっさりと何かを産んだ。
それは勇者の髪色によく似た、黒いスライムだった。
ころんと転がる小さなスライムを、勇者が両手で受け止める。
「やったああああ! 俺たちの愛の結晶だあああ!」
「あら、本当に?」
男泣きする勇者と、ピンク色の丸い形に戻ったスライム。
それを取り囲む返り咲いた四天王たちとコボルト。
魔王城はこれからも、ますます賑やかになりそうだった。
◇◆◇◆
「王様、また失敗です」
勇者が王国を旅立って、しばらくしてからのことだった。
どうせあの勇者は、あっけなく魔物にやられる。
そう判断した王様は、すぐにも次の勇者を召喚するよう神官へ命じた。
「あれから何度も儀式を行っていますが、誰もこちらの世界へ飛んできません」
この報告を受けるのは、もう何度目になるか。
神官の顔色も優れない。
立て続けの儀式に、疲労困憊しているのだろう。
「う~む、原因は何なのか……」
頭を抱える王様に、神官がひとつの可能性を示す。
「もしかしたら、あの勇者こそ真の勇者で、魔王を倒す器の持ち主だったのではないでしょうか」
外見は冴えなかった。
これまでの勇者と比べても、それは否定のしようがない事実だ。
だが、人間には聖力が見えない。
どの勇者が本当に強いのか、誰も分からないのだ。
「あんな弱そうな勇者に、魔王が倒せるはずがない。きっと雪山にすら、近づけぬだろう」
王様は断言するが、神官はそうは思わない。
神官は誰よりも長く、あの勇者と話をした。
(どこか厭世観の漂う男だった。何ものにも縛られず、自由を愛する気風は、これまでの勇者たちには無かったものだ)
どちらかというと、我先にと動く、強欲な勇者が多かった。
そんな中で、あの飄々とした勇者は、異彩を放っていたのだ。
報告を終えた神官は、王様の前を辞した。
「まさか……そんなはずはない」
神官が去ってから、急に不安になり、王様は独り言ちる。
王国にある古い伝承には、真の勇者が魔王を倒した暁には、それを王族に迎え入れよとある。
そうして引き継がれた勇者の血は、大いなる繁栄をもたらすとされているのだ。
「適齢期の女性の王族は、姫しかおらぬ」
しかし姫君は、神官に熱を上げている。
つい先日、泣いて強請られた王様は、二人の結婚を許可したばかりだ。
「やはり、あの者は真の勇者などではない」
王様は首をゆっくり横に振った。
そうでなければ、犠牲になるだろう姫君が可哀そうだ。
「勇者を召喚し過ぎたのかもしれん。数十年ほど期間を置けば、なんとかなるだろう」
その頃には、王様は退位している。
もう自分の責任ではない。
「ああ、フッと心が軽くなった」
魔王や魔物との戦いは、ここ数年の話ではない。
何百年も前から始まっているのだ。
「これからも、どうせ何百年と続くのだろう。その中で、数十年ほど勇者がいなくても、大したことじゃない」
無責任な王様のせいで、この問題は先送りされた。
だが、どれだけ待とうが、もう二度と勇者は召喚されなかった。
桁違いの聖力を持った真の勇者は、魔王の器だったピンク色のスライムと出会い、仲間と認めて力を分け与えてしまう。
さらには夫婦となり、二人の力を受け継ぐ子どもまで、生まれてしまった。
やがて魔物たちが王国に侵入し、少しずつ人の土地が乗っ取られていくことを、今はまだ誰も知らない。
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