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開戦
軍都 共和国協定千四百三十七年霞始靆
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外からは厳しく武張った印象の軍都だったが、町の中は馬車の流れもほどほどにあり、子供の姿も多く見られた。
軍人が軍服のまま多く見られることを除けば、これまで通ったどの町よりも活気があるようにさえ見える。
軍都は概ね審議会・評議会を支える官僚や地方議員を支える公務員と軍人とそれを支える軍属と軍都の維持雑役を支える公務員、更に物流を融通する商人という構造になっていた。もちろん例外も多くいるわけだが、様々な理由で物価の高いこの町でほんとうの意味で無任所を許された者は極めて少ないし、人足日雇い或いは水商売の類を生業としている者たちも憲兵と呼ばれる軍の治安組織に寄って管理されていた。
軍都は建前上、町ではなく軍総司令部と議事堂を支援する軍の居留地ということになっている。そのため、警察や司法というものは独立して存在しておらず、軍に優先される建前の各地方自治体出張所の中は軍都の法とは別にあり、共和国の協定に抵触しない限りは憲兵による勾留やその後の審問・軍法裁判というものは適応されなかった。
そのために多くの自治体の公務員は自分の自治体出張所の中に居室を持っていた。
そういう閉鎖的で面倒くさくも感じる軍都ではあったが、物価の高さや生鮮食料の不足というわかりやすい例外を除けば、豊かであるとも言えた。
最終的に軍という形で消費に供される全ての経済活動は、最終生産量という意味では無に帰すはずであるが、流通規模が大きく税金という形で或いは永遠存続を前提にした信用という形で担保され、共和国協定の一翼を支える共和国中央銀行が本部を置き貨幣生産と流通を管理安定させ、実際には活動に応じた相応の資金を人々の生活に与えていた。物価は極めて高値であるものの安定しており、軍は常に労働力を求めており、職にありつけないほどの者は街を離れ或いは徴兵され、結果として貧困層は問題に出来ないほどに少なかった。
一方で笑ったまま目の座った殺し屋を思わせる各地方自治体から送り込まれた審議会・評議会のお歴々は他所の土地の富裕層を不正に満足させるほどには甘くなく、地元の有力者であっても自治体そのものに火の粉がかかるようなわかりやすい優遇は出来なかった。
軍都は図らずも地方組織の表に出来ない不和と緊張を経済安定の支えにしてした。
そういう中でも気取った気晴らしのための店もあり、町の中で居場所を見つければかなり居心地が良いということはリザの見解だった。
リザは軍都に戻るとまず養育院に立ち寄った。養育院は巨大な療養院のような学舎のような建物であったが、中は子供の甘いにおいとクレゾールの匂いでいっぱいだった。大雑把に一万人くらいの子供たちが生活している。
如何にも子供好き好かれる雰囲気の女性職員は、軍服のままのリザが訪れても全く違和感なくそのまま子供を抱え預かると、別室の療養院の診察室ような整った部屋でエリスの身長や体重を測り、触診や喉の奥、目の状態などを探るように診断した。
エリスはなれた様子でマジンが抱き上げた時よりもよほどおとなしく医師に接していた。
その後、女性職員はエリスを抱いたままふたりを事務員に引き継いだ。
リザは慣れた様子で、行ってきます、の挨拶でエリスと別れ、マジンはなにが起こったか、あとになって、これが彼女が軍務に就く、ということなのだろうとようやく気がついた。
リザはマジンの様子から、なにか言いたいのかという顔をしてみせたが、とくにマジンが口を開かずいると、あなたには事務手続きがある。と告げた。
遺言連絡先と後見人としての指名の手続きだった。これまで空白だったリザが戦死或いは軍籍の喪失等で養育院の利用権限を失った場合に連絡が行くということだった。一年の猶予期間を経て提携の施設に預けられるが、それ以前に引き取りが可能ならば遺言とともに親権を移譲する代理人手続きもおこなう。という流れらしい。共和国の端まで連絡をして、やってくるとすれば半年はゆうにかかる上に旅の空であればそれも叶わないわけだが、それでも最低限の配慮を組織設計に組み込んだ対応といえた。
それだけ片親の軍人の子供というものは多く、その不慮の戦死或いは行方不明は少なくない、ということだった。
リザは子供を預けると、その足で司令部に出頭するということで別れた。
キトゥス・ホテルは軍都の中ではそれらしくもないというか、優美さを目指した建物だった。車止めに至るまでの門内はよく手入れされた緑の木々で満ち、冬の終わりを告げる椿が彩りを添えていた。
屋根の上の荷物は全く少なくない荷物であったが、ドアボーイが手際よく荷物を革張りの台車に載せ替えてくれた。しかし、そういう躾のいい宿のフットマンでも馬のない機関車の扱いはわからず、セントーラを先導して馬車小屋に案内するだけだった。
冬の風を除け、建物の中に入ると全く贅沢な天井までの吹き抜けの作りはどこかの宮殿といったほうが良い広さと高さを持った玄関で、二階にある張り出しや更にその上の高さは本当に見たことのない贅沢な作りになっていた。
「ようこそおいでくださいました。ご芳名を頂戴してもよろしいでしょうか、お客様」
デカートではよほどの店でもなかなか着ないだろうと云うような艶のある仕立ての揃いを着た受付の男は四十絡みのしっかりとした体格の男だった。
「ゲリエ、という。デカートから宿泊の問い合わせとしたと家令から聞いているが、車を止めにいっているんだ。ちょっと待たせてくれるか」
そういうとボーイと目を合わせるようにした受付の男は悲しそうに目を伏せた。
「申し訳ございません。当宿が早々に不調法をいたしましたようで。お気を悪くなさらないようご寛恕いただければ幸いでございます」
「気にしないでくれ。ウチのは少し扱いが特殊だから、宿泊中も人が触れないことだけを気にかけてくれればいい。手入れはいらない」
「ありがとうございます。お車の件、承りました。それで、ゲリエ様でございますね。改めさせていただいてよろしいでしょうか」
「ゲリエ・マキシマジン。ヴィンゼから来た」
しばらく手元の台帳を眺める素振りを見せたが、僅かな時間だった。
「承っております。ところで、ゲリエ様。つかぬことを伺いますが、太陽金貨はお持ちでしょうか」
顔を上げて男は尋ねた。
「持ってきている。こちらの支払いがそれほどとは思わなかったが、何枚必要なんだ」
ここで使うような種類のものだとは思わなかったが、マジンは素直に答えた。
「一年もご逗留いただけば、そのようにもなりましょうが、ひとつきでは流石にそこまではいただけません。ご連絡いただきましてこちらで用意いたしました部屋にとある仕掛けがございまして、その鍵が太陽金貨になっております」
「そういうことなら、逗留の期間もわからないことだし、先に預けておこう」
そう言って、ゲリエは太陽金貨をカウンターの上においた。
中央に金剛石をはめ込んだ一年のそれぞれの月を守護する神聖獣が彫刻された太陽金貨は百万タレルの貨幣価値を持つ金貨で厚みのある刻印を職人が彫刻したもので、単に貨幣というよりは美術品のようになっていて、異国では実際に美術品として扱われることもある。刻まれた年度によって守護する獣が変わるために十二種類のデザインがある。雄牛が守護星のその貨幣はいつのものだかは分からないが、たまたま今年の守護獣の貨幣だった。
「これは素晴らしい。今年のものとは。――御家中の方がお見えになったようです。全く当宿の不調法でお手間をお掛けして申し訳ございません。――ユースフ。ご案内なさい。獣の間だ」
カウンターの男は小箱に預けた太陽金貨を入れ、ボーイに渡した。
玄関とは違う通路からセントーラが現れた。
「敷地の深いところに停めてまいりましたので、少々手間取りました」
セントーラの言葉に頷くと一行は案内された通路を追った。渡り廊下をくるりとめぐったそこは部屋というよりは離れだった。建物は見えるが巧妙に庭木が立っており窓は見えないという、ひどく計算された作りの庭はもちろん、常緑の生け垣を抜けるときらびやかですらある、大きな透明ガラスを贅沢に使ったテラスとその奥に巨大な大理石の一枚板を壁に使った建物があった。
大理石自体は珍しいものではないが壁一面に使えるものの大きさを運ぶのは困難で、豪華というよりは輸送の人足の心臓を考えれば気の毒ですらある建物だった。
その建物の大きさも常識的な一軒家としても大きく小さな講堂と言っても通用するような大きさだった。近寄ってみると呆れることに扉や敷居などの細工物を除いてひとつの巨大な石の塊を削りだしたもののようであり、元からこの巨石があったのでなければ人力で運ぶのは困難というよりもバカバカしい種類の代物であった。
乳色の壁にそこばかりは存在を誇示するような黒檀の扉には神聖獣が二重に取り巻いた彫刻が刻まれ金の握りはヒトの右腕の彫刻がなされていた。扉の中央には丸く奥行きがある刻があり、荷物を運んでくれた案内の若者が預かっていた太陽金貨を説明に従って、マジンが扉のくぼみに填め込むと右手の彫刻が動いた。ぎょっと一歩退いたマジンの目の前で、扉のくぼみだった部分がクルリと回転し巨大な目玉がマジンを見つめた。
それはおそらくはマジンが作りセラムに贈った義眼と同様の細工物であろうと思えたが、その巨大な目玉が扉の手とマジンの顔の間を視線を走らせるように瞳を動かし往復させた仕掛けについてはマジンは理解できなかった。単なる影の動きと言うには動きが滑らかで繰り返されていた。
中居役の従者がポケットの中から鍵を取り出し右手にかけると、扉は音もなく開いた。
マジンはあまりのことに我が目を疑ったが、娘達も何かを言おうとした姿勢のままで口を開き、お互いに目を合わせてなんと言ったものか言葉を探しているようだった。
あまりに明白な魔法の実用だ。と云うべきなのか、高度なからくりなのだ。と理解すべきなのか、つまりはどちらでもあるということが正しいのだろうが、まぁそういうことだった。
「ユースフ。ひとつ確認したいのだが、これは魔法なのだろうか」
荷を載せた台車を押すユースフは器用に台車に体重をかけまた押し上げることで荷物を離れの建物の段差を乗り越え、既に戸口の内側で部屋のうちを指し示すように手を広げて待っていたが、先にマジンは質問をしてしまった。
「申し訳ございません。私にはわかりかねます。当宿自慢の獣の間は様々に便利ではございます。宿泊中どなたも怪我や病気をなさったことがないという、縁起の良い部屋でございますが、浅学な私にはどういった細工をなされているかは存じ上げません」
おそらく自身も驚き幾度か客の驚きを見たであろうユースフはあまり感情をみせることなく微笑んだままそう言った。
「参りましょう。旦那様」
セントーラに促されマジンは不思議な建物に踏み入れた。
部屋の中身も立派なものだった。玄関に隣接した左側に応接室。右に遊戯室と兼ねられた図書室。一番奥は広い居間。左に日当たりの良いテラスに通じる食卓。右手には寝室に繋がって浴室と厠。二階に寝室が二つと中間に外から見えた膨らみを持った談話室。二階の寝室には一階と同じく中から繋がった浴室と厠がついていた。
子供たちは小さな桶が張り出している壁についた管を見て直感的にローゼンヘン館の蛇口を連想した。壁には鏡がかかっておりちょっとした棚も脇にある。操作方法が回転ネジ式ではなく上下式であることを除けば同じようなものであるらしい。
「水が出た」
「ご存知でしたか」
驚いた様子のユースフにアルジェンとアウルムは正直に首を振った。
「お風呂の扱いをお教えいたします」
そう言ってユースフは浴室の使い方を教え始めた。
それほどに難しい方法ではなかったが、ローゼンヘン館のそれを更に数段洗練させたような作りで、ひとつわかれば二つ三つと想像できるような作りになっていて、この建物の設計の素晴らしさを感じられた。
「太陽金貨は戸口の仕掛けに使うだけだろうか」
マジンが尋ねるとユースフは微笑んで頷いた。
「もう一つございます。二階の談話室で扱えます」
そういうとユースフは一同を談話室に導いた。談話室と云うにはやや広い部屋には真ん中には丸い机が置かれその周りに椅子が並んでいた。
ユースフが机の真ん中のくぼみに太陽金貨をはめ込むと滑るように暗幕が閉じ天井に星空が映しだされた。ユースフが金貨の向きを変えてゆくと、それに従い星空も相を変えていった。
「これは戸口の仕掛けよりも気が利いているな」
「私もそう思います」
マジンの言葉にユースフも微笑んでいった。
「これで案内は全てかな」
「いえ。もう一つございます。灯りのことでございます」
「ほう」
「各部屋の灯りは手を二回叩いていただければ付き、また二回叩いていただければ消えます」
「アウルム、やってご覧」
何かそわそわと尻尾を揺らしていたアウルムに言うと嬉しそうに二回叩いた。
すると星空が消え、明かりがついた。
「暗幕はそのままなのだな」
「太陽金貨を外していただければ開きますし、或いはご自身で開いていただいても大丈夫です」
言われてマジンは一面を手で開き、その後に太陽金貨をその手にとると、暗幕が開いた。
灯りはそのままだった。
アウルムが慌てて二回手を叩くと灯りが消えた。
「どこが光っているんだ。天井全体か」
「申し訳ございません。詳しいことは存じ上げません」
「他にはまだあるのかな」
「玄関も二回手を叩くと灯りが点き消えるは同様ですが、三回手を叩いていただければ、私共の方で鈴が鳴ります。御用の際にはご利用ください」
「その際にはユースフくんが来るのかね」
「そのようにお望みでしたら」
「そのように願おう」
そう言ってマジンはユースフに金貨を手渡した。
「承りました」
ユースフは会釈をした。
「お食事は本館の食堂にいらしても結構ですし、お申し付けいただければ離れのどちらかにもお運びもいたします」
「こちらの雰囲気も知りたいし食堂のほうが良いが、娘達が不快な思いをしないですむだろうか」
「我が宿の評判に代えましてもそのようなことはない様に致します」
「それならば夜は食堂で」
「お荷物はどちらかへお運びいたしましょうか」
「いや、今はいい。とりあえず台車は片付けてくれて構わないから、荷をおろしてくれればそれでいい」
「かしこまりました」
「セントーラ。とりあえず荷物を頼む。ボクは少し一周りしてくる。……その際の離れの鍵はどうすればいいだろう」
「こちらを皆様に」
そういうと鎖が通った小さな護符をユースフは四本まとめてマジンに渡した。
「――こちらを戸口の柄に触れさせていただければ、鍵は開きます」
「太陽金貨はいらないのか」
「扉はお客様の顔を覚えたので旦那様の顔を見れば戸口が勝手に開くのですが、荷物がないようならば手で開いたほうが早いかと思います」
「なるほど」
「こちらの鍵はなくされましたら、フロントにお申し付けください。すぐに対応いたします。永の逗留ではよくあることですのでご遠慮なさらずお願い致します。或いは私共にお預けいただければ、それでも結構でございます」
云われて手首に下げた鍵のような護符を眺めると左右に親指のある六本指の手の彫刻だった。
「こちらの手の由来は何かあるのかね」
「獣神の手、と呼ばれておりますが、あいにく信心や伝承といったものに縁がございませんで、ご容赦いただけますれば、又聞きによりますとこの地にいた古い土地神が六本指の五つの腕を持っていたとかそういう話ですが、それ以上は存じ上げません」
ユースフはそう言って頭を下げ荷物を下ろすと離れを辞した。
「十二の神獣なのに、神様は五本腕で指は六本なのか。どんなふうに生えてるんだ」
ユースフの要領を得ないもののなにやら神話めいた物語があることに手の中の太陽金貨を弄びながらマジンが口にした。
「両手両足が腕の形してて尻尾のとこにも腕が生えてる。で、頭の他に肩のところに三つづつ目玉が付いてる。はず」
アウルムが首を傾げるように説明した。
「アウルムが言っているのがどんなかわかんないけど、わたしも多分そう思う」
アルジェンも要領を得ないまま妹の説明に同意した。
「なんかの本で読んだのか」
マジンにとっては、二人の娘のどこからか仕入れてくる奇妙なインスピレーションは興味が尽きないものが多かった。立体織機や光画機・洗濯機・縫製機などの機械類でもそうだったし、無線電話の配線の計算方法もデカートの史料館を訪れた折、数学の理論書からそれらしいものを見つけてきていた。
「うーん」
「覚えてないけど、そういう本じゃないと思う。アウルムが見つけてきた本だったらそういう話して他のとこも読んでると思うけど、なにと一緒だったのか全然覚えていない」
アウルムが詰まったのにアルジェンが説明した。
「神獣のお話は色々読んだけど、龍ってやつがもうとっくにいなくなってる以外はみんな普通の動物だし、そういうのとは違うと思う」
アウルムの主張は実に理にかなっていた。
「腕が五本って言っても立って歩くと使えるのは三本か」
マジンの言葉にアルジェンは首を振った。
「浮くの。で、指先で地面を弾くみたいにして滑る」
アルジェンが奇妙なことを言い出した。
「飛ぶのか」
「飛ぶっていうか、空中を魚みたいに浮かぶの」
「水素詰めた風船みたいなのか」
「似てるけど、なんかこう自分でどこ行くか、どれくらい動くか決められるんだけど、面倒くさいから指先でツーってっ感じ」
アルジェンが綺麗な長い指を歩くように動かす。
「見えない尻尾でお猿みたいにどこかに引っかかってる感じの気がした」
アウルムの印象は少し違うようだったが、やはり浮いている感じか。
「羽根が生えているわけじゃないのか」
「毛はない、ような気がする。でも、金髪の細い短い毛が生えてるのかな」
「父様の腕くらいうっすら生えている。多分全身そんな感じ」
獣神に対してふたりには奇妙にはっきりした共通のインスピレーションがあるようだった。
「ふむ。見たことない生き物だ。痩せてるのか、太ってるのか」
「手足は長いけど、太ってるって感じじゃなくて、父様とかみたいな感じ」
「神獣はサルが基本なのかな」
「六本指のサルかなぁ。よくわかんない」
二人の中でもかなりモヤモヤした様子であった。
「ふむ。で、お前たちはどうする。街の様子があまり良くわからないから、出かけるならセントーラと一緒にしろよ」
「父様は」
「その辺の店を見て歩いてくる。地図あれば欲しいしな」
「私たちはさっきの星少し見てから考える。それにあんまり食事まで時間ないんじゃないかな」
アルジェンが注意を促した。
「それは帳場で聞いてみるよ」
そう言ってマジンは一人で軍都のまちなかに繰り出してみることにした。
今はそれと見える位置に段平を挿していないマジンの身なりはこの辺りでもそれほど目立つものとも思えなかったが、服の仕立ての様式がデカートとは少し違うようで、他の州に来たという実感があった。
春といっても道中雪が残りまだ風が緩まない時期で多くの者がオーバーコートを着ているとはいえ見る者が見れば背中や脇の膨らみからそれなりの武装をしていることはわかるし、マジン自身も隠してはいない。段平を挿していないのは長時間機関車の運転座席に収まっていたために荷物とひとくくりにしていたためだが、人の胴を貫ける長さの刃物がないわけではない。
しかしそういったモノが必要な町中の雰囲気ではなかった。
これだけ町中に軍服の連中が闊歩していれば、関係ない連中は萎縮もしようが、どう見ても武装をしていない身なりの良い者の一人歩きも多かった。
武装をたまたましていないとか、従僕がたまたまいないとかそういう風でもなく、それを気にする様子でもない光景は、デカートではあまりみない。
もちろん町中でそれとわかるほどに武装しているものはデカートでも多くはない。腰に長物を挿すなど田舎者丸出しであるが、それでも肩や腰に猟銃や段平といったわかりやすい武装をしているものの姿を見かけるものであるし、ここまでの道のりの町でも程度の差こそあれ見かけたし、咎められもしていない。
軍都にはそういうわかりやすく武装した私人が極めて少ない。
街で見かける亜人も身なりは様々だが一人歩きが目立ち、用人というよりは個人として家をなしている様子でもあった。
これが憲兵隊の巡察の成果なのか。
共和国は国家と言っても単なる共同体、それも帝国というわかりやすい敵に対抗することを目的とした自治抵抗組織としての野合であって、理念なり利益なり実力根拠なりの圧倒的な軸となる根拠があって成立した組織ではない。
そのために軍都の地方政府の代表団の間では極めて陰惨な泥仕合も繰り広げられているというのは当然の一面であったが、それも不定期に憲兵隊の報告として議会で投げ込まれない程度の範囲にしないと、利益を求めての行動にはつながらない。
憲兵隊の活動がそれなりに実績を積み重ねた結果として、あからさまに何者かの意図のあるナニカを除けば軍都の治安は優れて安定していた。
軍都にはまともな意味での一般市民は極めて少なく、糸をたどればどこかの公機関につながっており、そこの利害関係を追跡することができる程度に憲兵隊の実績は積み重ねられていた。
おそらくは個人的に無能や腐敗はあるが、論理的な追跡が可能な兆候が公組織にはつきもので、国内公組織の暴走と衝突を抑止するという憲兵隊の根本的な成立経緯と目的は今のところ果たされていた。
各地方自治体の持つ司法の持つ検察、行政の持つ警察、と並ぶほどに軍都の憲兵隊は地域に根を下ろすことに成功していた。町中に各自治体の出張所の玄関が見える位置に小さな番所が必ず置かれ、二三人の憲兵が詰め、一日四回人員が交代し、交代の前後で巡回をおこない街を回る。憲兵本部は九千人強の人員のうち千五百名ほどを常時警ら巡回に配している。
表向き、各地方からの訪問の多い自治体出張所の案内便宜を図るためということで、実際に町中の地図や店舗・催事の案内・手続き官庁や代書の案内など、全く軍や治安とは関係ないことまで扱い軍都都民の日常を助ける窓口として機能しており、いわゆる憲兵というものから感じられる印象とは異なる面もあったが、合法的な情報収集活動の基本は現地市民との信頼醸成と日常会話であるという原則から徹底されていることであった。
マジンは当初、襟章以外略綬もなにもつけていない彼らが憲兵であるとはわからなかった。各地の自治体の警備兵だろうと思っていた。だが、奇妙に町中の地理に明るく商店主と雑談し、あまつさえ幾度かマジンに気軽に無責任な挨拶をするに至って、ようやく彼らが憲兵隊の巡察であることがわかった。
町中の商店の雰囲気は事前に聞いていたとおり、パン屋やお菓子屋の類は見かけるが、野菜・果物の類は安くないというよりも文字通り一桁悪くすると二桁値段が違っていた。その分色艶の良い物がそろっていたが、デカートあたりのまちなかで半タレルどころか百ミルで幾つか買えるような野菜果物が一タレルしていたりする。
銃砲店も物価は高かった。
だが、升や天秤が充実していて動きも細工も上等だった。
何より特徴的な店舗は書店の数が多く、各地の出版書籍を扱っていることだった。もちろん安くはないが、デカートで見かけたことのある農業雑誌が店頭に出ていたので少し驚いた。
軍人の懐事情は悪くないようで、銃砲店であまり歳のいっていない軍人が友人とふたりで拳銃をその場で選んであまり悩まず買っていった。
後装銃はやはり普及が始まっているようだったが、銃はともかく銃弾がひどく高価で一発二タレルしていた。
常識的な感覚では使い物にならないが、このままの値段でも普段使いとは別に用心金に準備するのも悪くない。例えば賞金稼ぎや大きめの商隊や駅馬車の定期便であれば、必要に応じて買うだろう。
腕の良い職人でも真鍮板を薬莢の形に叩き丸め貼り付けるとなれば一日数百というところだろう。
雷汞を注ぎ硬め、火薬を定量注ぎ、弾丸を込め、かしめる。
深絞りに適した真鍮の配合とそれなりの工具がなければこうなる、という作りの装薬だった。
職業選択の自由ない奴隷労働としての職工は共和国でもあり得るが、少なくとも熟練工を必要とし人力にこだわる限り、共和国ではこれ以上安くなることはない。
正直、使い捨ての民芸品・細工物としてはよく出来ている。鑞付けされているから繰り返し使うことは考えていないだろうが、それも仕方がない。
しかし、軍隊で兵隊が糸目をつけずに撃ち散らかすにはあまりに高価だ。
モイヤーとガーティルーが使っている半ば使い捨ての青銅製のリボルバーシリンダーよりも高価というのは正直どうかと思う。
そう思えば興味が湧いてきて、二十発入りの一箱を買い求めた。正札には五十タレルとなっていて百発入りよりも多少割高だと感じていたが、実はこれは軍人価格で軍人でない個人が買おうとすると一ダカートになるという。
軍人が優遇されているという話は聞いていたが、いきなり現実を突きつけられた印象でマジンはのけぞった。
「あんた、旅行者かい。どこから来なすった」
む、と唸ったマジンに店主が問いかけた。
「デカートだ」
「公証持ってるかね」
「まさか弾買うだけで必要なのかね。土地家じゃあるまいし」
「ウチじゃいらないんだがね。デカートはどうだか知らないが、公館に行けば商品割引券が手に入るところもある」
「ありがたい知恵を頂戴したと、そこは本当に感謝しているんだが、そこまで行って戻って来いってのか」
「別にそこまでは言っていない。ただ、珍しい物の土産を買おうってなら使いもしない銃弾じゃなくてもいいだろうと思って、余計なことを言ったまでだ」
店主が面倒くさそうに言った。
「どうしてそう言える。ボクが持ってるかも知れないじゃないか」
「ウチでもまだ十丁、国でも千は出てるはずのない銃を持っているんだとすりゃ、まぁそれはそれで、他所で弾を買ったほうが安いのは間違いないよ」
店主は弾丸を売りたくないと言っているよりは他所で買った方が安いと忠告をしたいようだった。
「――まぁ、あんたくらいの歳だと、銃に憧れて先に弾丸だけ買うって話もあるけど、あんたはそういう風には見えない。そういうあんたが百発入りじゃなくて二十発入りなんて半端な数を手に入れるってことは、土産用だろ。自分用か他人用か知らんがね」
「だったらなんだってんだい」
「バラの弾を同じ値段で売ってやるよ。一発五タレルだ」
カネに困っているわけではないが、たしかに使いみちのない弾をむやみに手に入れても仕方なくはあるのだが、箱に印刷されているだろう工房の名前には興味があった。
「箱がつくならその値段でいい」
「箱なんか何にするんだ。紙袋くらいはオマケで準備してやるよ」
「工房の名前と住所地くらい書いてあるだろ」
「ん、ああ。紙切れくらいやるから、写せよ。字読めんなら書けるんだろ」
「そら、まぁ。で、銃の方はあるの?」
「コイツだ」
そう言って棚から展示用の銃を店主は取り出した。
マスケットよりも精悍な印象、まっすぐに伸びた銃身と装填金具がスラリと銃の稜線を作り、最近のマスケットにも通じる長く伸びた肩当てが細く長くスッキリした印象を与える。
「ロタール鉄工。アミザム、ジルベ通り。アミザムってのは遠いのか」
「近くはない。が、数十リーグ、馬車で三日四日ってところか。途中ミニアーって小さな町があるが街道沿いに川を登って最初の大きな街だ」
弾丸の製造元を走り書きをするマジンに店主は応えた。
「銃の使い勝手は」
そう言いながらマジンは銃を受け取り眺める。
銃身にはまっすぐ三本の刻みが入っていた。口径は三十シリカ。
「悪く無い。弾丸は銃によって多少癖はあるが毎回変わるってことはない。口径の割に威力も高い。ただ弾が高いのと手入れを真面目にしないと不発ってかまっすぐ飛ばなくなる」
「手入れは簡単なのか」
「鉛が溝に張り付くんだ。抑え紙をいらなくする代わりに弾丸が真ん丸じゃなくてスカートみたいになっている。ま、このおかげで毎回曲がる向きが変わるってことはなくなってるんだが、代わりに溝に鉛が張り付く。一回一回は大した量じゃないんだが、それでもマメに掃除をしてやらないと耳糞みたいな鉛カスが付いていることがある。マメにやってるつもりでも爪垢くらいは溜まってゆくしな」
「溝が三本走っているな。ここに貯まるのか」
掻き溝が下に一本ではなく上に一本左右に一本づつ三角形をなすように切られていた。
どうやらライフリングというよりは銃弾を支えるようなつもりでレールのように銃身本体とは別の材料で作られている。どれだけ滑らかに精度が出ているかは怪しいが、少なくとも見た目十分でなかなか大した製造技術だと唸らざるをえない。
「理屈はよくわからんが、ともかく掃除をよほどまじめにやらないと、割とすぐに妙な癖がつく」
「薬莢の撃ち殻の使い回しは出来るのか」
「できなくはない。が、中で裂けて引っかかることが起きる。ウチにも何丁か持ち込まれた。……まさか本当に持っていたのか」
手慣れた感じで装桿を操り薬室を覗きこむようにするマジンを見て店主はそう言った。
「いや。似たようなのは扱ったことがあるが、この型のは初めてだ」
マジンは銃に満足してカウンターに置くと店主は銃を戻した。
「まぁ、いい。で、まだ弾はいるのか」
「二発くれ」
「毎度有難う」
ふと気になっていたことを訪ねてみることにした。
「答えにくいことなら別にいいんだが、道すがら亜人が揉めているところを見かけたらどうすればいいんだろう」
「なんだい、どこかで見かけたのか」
「まぁね」
曖昧に言ったマジンに店主は鼻を鳴らした。
「ここんとこ減ってたんだけどなぁ。田舎者共め、戦争のせいで、またはしゃぎだしたか」
言葉を濁すマジンに店主は憤るように言った。
「様子もわからんし面倒だったんでその場は素通りしたんだが、まぁ気にはなってね」
「だいたいそれで正解だ。警邏の憲兵に出会ったら教えてやるくらいでいいと思う。こういう街なんで、何軒かは亜人が店を持っていたりするんだがね。そういうのも気に入らないっておのぼりの連中もいるんだよ」
「多いのか」
店主が面白いことを言ったような気がしてマジンは聞きとがめた。
「多いっていうか。ディクスとかクレゾンとかあの辺の連中は、悪さするわけでもなくても尻尾や角が生えている連中が言葉でやり取りできるってのだけで気に入らないってのも多いらしい。そこそこ便利だと思うんだけどね。ま、他所じゃ肌の色が白い黒いとか髪が赤いとか髭のあるなしでも結婚や商売に差し支えるって話も聞くから、わからんってほどでもないんだが、近所ではしゃがれると迷惑だ」
店主の言葉も興味が惹かれたが、マジンの質問は別だった。
「ああ、そっちもだが、亜人の店というやつだ」
「ん。ああ。この町には百軒かもっとかあるよ」
「亜人に公証が出るのか」
デカートでも雇われの亜人の店長はいるが、不動産のやり取りに公証が必要で亜人には公証の権利がない。
「店出すだけならいらないんだ。軍が区割りを管理しているからな。よほど古くから居着いているか、よほどに太いコネがなければ土地持ちはいない。だいたいは各自治体向けに割り振られた土地をつかって自治体の連中がやっていたりするんだが、だいたいそういう店の配置や傾向は地区にかたよるんで、軍に申請をするといくらか使ってない部屋や区画を使って店舗を借りられるんだ。軍では名前や犯罪関与やら店舗売上なんかでは分類管理するけど、それ以上の事はしない。町には税金って概念も薄いよ。基本的には下水道管理費と地代やらその他様々な管理費だな。あと名義の又貸しなんかは罰金が課せられるから、そう云う罰金のたぐいだ」
「この店だとどれくらいかかるんだ」
「なんだ。あんた、戦争で恩赦狙おうって賞金首を狩りに来た賞金稼ぎじゃなかったのか」
オヤというように店主が言った。
「そう見えたか」
「見えたね。そんだけ上等の生地使って、そんな実用一点張りな外套、目立ってしょうがないよ」
「デカートあたりだと外套の形はまぁだいたいこんなもんなんだが。商いに足を運ぶことが増えるのが間違いないんで、拠点を構えたいと思っていたんだが、今の話を聞くと安くはなさそうだな」
言い訳混じりにマジンは話を振る。
「ま、安くはないね。品が動くものならまぁいいが、腐りもんだと出が読めなくて、ゴミの廃棄にもカネがかかるから、読み切れないとあっさりコケる」
「この街はゴミも有料か」
「そうさ。井戸にもカネがかかる。月三タレルだから、綺麗に使ってますねって管理のオバちゃんの足代とご愛想に消えてるんだろうが、まぁともかくなんやかんやとカネがかかるよ」
驚くマジンに店主が笑い話のように聞かせた。
「銃なんてそんなに稼げるほど数出るものなのか」
「そら軍都ってぐらいだから、軍人さんが買ってってくださるよ。と言いたいところだが、ま、お察しのとおりだ。将校さんの武器つうてもそんなに銃なんか買い換えるもんじゃないし、兵隊はなおのことだ。ただまぁ、旅の客が飛び込みで足りないものを買いに来たり、ってのは多い。あとは組合が軍と軍需品協定を結んでいるから、倉庫代と輸送費が他所より少し安いから、多少は助かっているのかな。あんたみたいに雑談のネタに銃弾を買おうって客は少ないけど戦争のせいで却って暇なくらいだから、それはいい」
「戦争か。どうなっているんだ」
「さあ。軍記物だと、一軍風より疾く切り返し、とかあるけど、現実十人百人を超えれば馬車より早く動けるわけもないし、しばらくこのままじゃないかね」
「客筋に動きとかはないのか」
「さぁ。むこうも軍務の話はしないし、こっちも配達するような店じゃないしね。ただ、療養院やらがある辺りは帰還兵が増えてて騒ぎも増えてるって話だったが、あんたの様子だと船や駅馬車じゃなさそうだし、自前で来たのか。ま、そういう話が聞きたいなら、なおのこと地元の役所の出張所に顔を出したほうがいい」
銃砲店の店主がそういうのを、いい話を聞けた、と散策を打ち切り、宿に帰り預けておいた部屋の鍵を受け取ろうとすると来客があリ娘の許しを得て離れに通したという。
戻ってみるとリザがエリスを抱えてやってきていた。
半ばあのままエリスとは会えないものと勝手に理解していたマジンはひどく驚いたが、そのことをそのまま話すとリザはケラケラと笑った。
誰でもいつでもというわけではないが、エリスは監禁されているわけではなく、保護者の登録がある人間であれば同伴して外出することもできるという。
係官の認証が必要だから、顔に馴染みのないマジンは様々に手間取るが、顔なじみのリザであれば、おおまかな手続きは署名と大雑把な目的地と予定を書くだけで終わりだという。
軍務の方も無任所である彼女は休暇からの帰還の報告をしたその場で大尉の辞令を受けたものの、幾つかの挨拶を済ませるとそれ以上の軍務に関する進展もなく文字通り、暇だったから遊びにやってきたらしい。食事ができるということだったので、食堂に出るつもりだったが、離で食事をすることに変更して、食事と離乳食の追加を頼んだ。
「あなたの趣味、と聞きたいところだけど、これはセントーラね。アナタがこんなの知ってるわけないもの。ま、謎の錬金術士を気取るにはこれくらい撒き金を使って見せてもいいのかもしれないわ。どうせ、カネなんて石と土地買うくらいしか使いみち思いつかないんでしょ。お屋敷のヒトのお給金もなんかいい加減に決めているみたいだし」
「リザ。言いたいことはわかるが、それじゃ、まるでボクの女房みたいじゃないか」
マジンの少し皮肉げな言葉にリザは眉を跳ねて口元を笑いに歪めた。
「そうね。言い過ぎたわ。あまりにすごい部屋だったんで驚いちゃった。こんなこと言いたかったんじゃないの。悪くない思いつきだと思ったのは本当よ。大抵の軍人はこういうのに反感を持つけど、同時にしっかり覚えるわ。敵愾心は軍人が善しにつけ悪しきにつけ最後までよりどころにするものだから、人当たりのよい平均的な人格よりも奇矯なところがある人物のほうが重用される。と云うのは間違いないわ」
「あまり褒められている気はしないな」
「褒めてはいないわ。単に戦術的には効果があるって中短期的な一般論の話だもの」
「中長期的にはどうなるっていうんだ」
「一般論の話で言えば、人別調査が色々なところから進むでしょうね。デカートなんて軍の出張所も軍人会の他には早馬の詰め所より小さな組織だから、大した情報が上がっているわけじゃないけど、それでもデカートの新聞は六誌全部調べて治安情報や物流の傾向などは調べているわ。そういう一般情報だけじゃなく、あなた個人の資料箱が準備される。すでに機関車の私の報告の中での付帯項目で色々書いたから、古い新聞記事やヴィンゼやデカートでの業績なんかは一昨年辺りくらいのところまでは調べがあるはず。新しいものや表に出てないものは当然いっぱいあるけど、蒸気圧機関が地元の工房を使ったあなたの試験だっていうことくらいはわかっているわ。あとはそうね。人力の二輪車とか光画写真屋、あと石鹸みたいな燃料売ってるでしょ。まだ情報って言っても大した量じゃないけど、そのうち何かで取り調べられるようなことがあれば、出生や来歴まで調べられることになるわよ」
「取り調べなんてそんなもんじゃないのか」
「ま、そうね。時間がかかるか短いかだけの違いだけど、あなたくらい実績があって謎の人物だと掘り返す方も手応えがあって充実感を楽しめるかもしれないわね」
不吉な言い様だったが、軍当局の気分のわかるリザの意見だった。
「まぁいいや。わかったよ。この後ボクはあちこちから注目され面倒に巻き込まれるとして、原因はお前が百万丁の銃を準備してくれといったことに由来すると理解すればいいんだな」
「あと二億発の銃弾ね。上手くゆくなら銃弾はこのあとしばらく発注が散発的に定期的にゆく。兆ってあんまり個人は使わない数字だけど、そういうつもりでいたほうがいいと思うわ」
優雅な部屋の日暮れ時にあまりふさわしくない内容の会話であることをマジンは自覚してはいた。
「流石に一丁で百万発は打てないぞ」
「あらそう。そしたらどこかで銃を足してもらわなくちゃ」
買い物のついでを頼むようなリザの言葉はあまりに軽い。
「で、明日の予定は」
「明日は一日私と付き合ってもらうわ。官庁街デート。明後日はみんなで学校見学。そのあと二日はみんなで博物館にでもゆきましょう。結構広いわよ。本当に古い展示品はあまりないけどね」
そのあと、博物館の話が延々と続いた。
軍人が軍服のまま多く見られることを除けば、これまで通ったどの町よりも活気があるようにさえ見える。
軍都は概ね審議会・評議会を支える官僚や地方議員を支える公務員と軍人とそれを支える軍属と軍都の維持雑役を支える公務員、更に物流を融通する商人という構造になっていた。もちろん例外も多くいるわけだが、様々な理由で物価の高いこの町でほんとうの意味で無任所を許された者は極めて少ないし、人足日雇い或いは水商売の類を生業としている者たちも憲兵と呼ばれる軍の治安組織に寄って管理されていた。
軍都は建前上、町ではなく軍総司令部と議事堂を支援する軍の居留地ということになっている。そのため、警察や司法というものは独立して存在しておらず、軍に優先される建前の各地方自治体出張所の中は軍都の法とは別にあり、共和国の協定に抵触しない限りは憲兵による勾留やその後の審問・軍法裁判というものは適応されなかった。
そのために多くの自治体の公務員は自分の自治体出張所の中に居室を持っていた。
そういう閉鎖的で面倒くさくも感じる軍都ではあったが、物価の高さや生鮮食料の不足というわかりやすい例外を除けば、豊かであるとも言えた。
最終的に軍という形で消費に供される全ての経済活動は、最終生産量という意味では無に帰すはずであるが、流通規模が大きく税金という形で或いは永遠存続を前提にした信用という形で担保され、共和国協定の一翼を支える共和国中央銀行が本部を置き貨幣生産と流通を管理安定させ、実際には活動に応じた相応の資金を人々の生活に与えていた。物価は極めて高値であるものの安定しており、軍は常に労働力を求めており、職にありつけないほどの者は街を離れ或いは徴兵され、結果として貧困層は問題に出来ないほどに少なかった。
一方で笑ったまま目の座った殺し屋を思わせる各地方自治体から送り込まれた審議会・評議会のお歴々は他所の土地の富裕層を不正に満足させるほどには甘くなく、地元の有力者であっても自治体そのものに火の粉がかかるようなわかりやすい優遇は出来なかった。
軍都は図らずも地方組織の表に出来ない不和と緊張を経済安定の支えにしてした。
そういう中でも気取った気晴らしのための店もあり、町の中で居場所を見つければかなり居心地が良いということはリザの見解だった。
リザは軍都に戻るとまず養育院に立ち寄った。養育院は巨大な療養院のような学舎のような建物であったが、中は子供の甘いにおいとクレゾールの匂いでいっぱいだった。大雑把に一万人くらいの子供たちが生活している。
如何にも子供好き好かれる雰囲気の女性職員は、軍服のままのリザが訪れても全く違和感なくそのまま子供を抱え預かると、別室の療養院の診察室ような整った部屋でエリスの身長や体重を測り、触診や喉の奥、目の状態などを探るように診断した。
エリスはなれた様子でマジンが抱き上げた時よりもよほどおとなしく医師に接していた。
その後、女性職員はエリスを抱いたままふたりを事務員に引き継いだ。
リザは慣れた様子で、行ってきます、の挨拶でエリスと別れ、マジンはなにが起こったか、あとになって、これが彼女が軍務に就く、ということなのだろうとようやく気がついた。
リザはマジンの様子から、なにか言いたいのかという顔をしてみせたが、とくにマジンが口を開かずいると、あなたには事務手続きがある。と告げた。
遺言連絡先と後見人としての指名の手続きだった。これまで空白だったリザが戦死或いは軍籍の喪失等で養育院の利用権限を失った場合に連絡が行くということだった。一年の猶予期間を経て提携の施設に預けられるが、それ以前に引き取りが可能ならば遺言とともに親権を移譲する代理人手続きもおこなう。という流れらしい。共和国の端まで連絡をして、やってくるとすれば半年はゆうにかかる上に旅の空であればそれも叶わないわけだが、それでも最低限の配慮を組織設計に組み込んだ対応といえた。
それだけ片親の軍人の子供というものは多く、その不慮の戦死或いは行方不明は少なくない、ということだった。
リザは子供を預けると、その足で司令部に出頭するということで別れた。
キトゥス・ホテルは軍都の中ではそれらしくもないというか、優美さを目指した建物だった。車止めに至るまでの門内はよく手入れされた緑の木々で満ち、冬の終わりを告げる椿が彩りを添えていた。
屋根の上の荷物は全く少なくない荷物であったが、ドアボーイが手際よく荷物を革張りの台車に載せ替えてくれた。しかし、そういう躾のいい宿のフットマンでも馬のない機関車の扱いはわからず、セントーラを先導して馬車小屋に案内するだけだった。
冬の風を除け、建物の中に入ると全く贅沢な天井までの吹き抜けの作りはどこかの宮殿といったほうが良い広さと高さを持った玄関で、二階にある張り出しや更にその上の高さは本当に見たことのない贅沢な作りになっていた。
「ようこそおいでくださいました。ご芳名を頂戴してもよろしいでしょうか、お客様」
デカートではよほどの店でもなかなか着ないだろうと云うような艶のある仕立ての揃いを着た受付の男は四十絡みのしっかりとした体格の男だった。
「ゲリエ、という。デカートから宿泊の問い合わせとしたと家令から聞いているが、車を止めにいっているんだ。ちょっと待たせてくれるか」
そういうとボーイと目を合わせるようにした受付の男は悲しそうに目を伏せた。
「申し訳ございません。当宿が早々に不調法をいたしましたようで。お気を悪くなさらないようご寛恕いただければ幸いでございます」
「気にしないでくれ。ウチのは少し扱いが特殊だから、宿泊中も人が触れないことだけを気にかけてくれればいい。手入れはいらない」
「ありがとうございます。お車の件、承りました。それで、ゲリエ様でございますね。改めさせていただいてよろしいでしょうか」
「ゲリエ・マキシマジン。ヴィンゼから来た」
しばらく手元の台帳を眺める素振りを見せたが、僅かな時間だった。
「承っております。ところで、ゲリエ様。つかぬことを伺いますが、太陽金貨はお持ちでしょうか」
顔を上げて男は尋ねた。
「持ってきている。こちらの支払いがそれほどとは思わなかったが、何枚必要なんだ」
ここで使うような種類のものだとは思わなかったが、マジンは素直に答えた。
「一年もご逗留いただけば、そのようにもなりましょうが、ひとつきでは流石にそこまではいただけません。ご連絡いただきましてこちらで用意いたしました部屋にとある仕掛けがございまして、その鍵が太陽金貨になっております」
「そういうことなら、逗留の期間もわからないことだし、先に預けておこう」
そう言って、ゲリエは太陽金貨をカウンターの上においた。
中央に金剛石をはめ込んだ一年のそれぞれの月を守護する神聖獣が彫刻された太陽金貨は百万タレルの貨幣価値を持つ金貨で厚みのある刻印を職人が彫刻したもので、単に貨幣というよりは美術品のようになっていて、異国では実際に美術品として扱われることもある。刻まれた年度によって守護する獣が変わるために十二種類のデザインがある。雄牛が守護星のその貨幣はいつのものだかは分からないが、たまたま今年の守護獣の貨幣だった。
「これは素晴らしい。今年のものとは。――御家中の方がお見えになったようです。全く当宿の不調法でお手間をお掛けして申し訳ございません。――ユースフ。ご案内なさい。獣の間だ」
カウンターの男は小箱に預けた太陽金貨を入れ、ボーイに渡した。
玄関とは違う通路からセントーラが現れた。
「敷地の深いところに停めてまいりましたので、少々手間取りました」
セントーラの言葉に頷くと一行は案内された通路を追った。渡り廊下をくるりとめぐったそこは部屋というよりは離れだった。建物は見えるが巧妙に庭木が立っており窓は見えないという、ひどく計算された作りの庭はもちろん、常緑の生け垣を抜けるときらびやかですらある、大きな透明ガラスを贅沢に使ったテラスとその奥に巨大な大理石の一枚板を壁に使った建物があった。
大理石自体は珍しいものではないが壁一面に使えるものの大きさを運ぶのは困難で、豪華というよりは輸送の人足の心臓を考えれば気の毒ですらある建物だった。
その建物の大きさも常識的な一軒家としても大きく小さな講堂と言っても通用するような大きさだった。近寄ってみると呆れることに扉や敷居などの細工物を除いてひとつの巨大な石の塊を削りだしたもののようであり、元からこの巨石があったのでなければ人力で運ぶのは困難というよりもバカバカしい種類の代物であった。
乳色の壁にそこばかりは存在を誇示するような黒檀の扉には神聖獣が二重に取り巻いた彫刻が刻まれ金の握りはヒトの右腕の彫刻がなされていた。扉の中央には丸く奥行きがある刻があり、荷物を運んでくれた案内の若者が預かっていた太陽金貨を説明に従って、マジンが扉のくぼみに填め込むと右手の彫刻が動いた。ぎょっと一歩退いたマジンの目の前で、扉のくぼみだった部分がクルリと回転し巨大な目玉がマジンを見つめた。
それはおそらくはマジンが作りセラムに贈った義眼と同様の細工物であろうと思えたが、その巨大な目玉が扉の手とマジンの顔の間を視線を走らせるように瞳を動かし往復させた仕掛けについてはマジンは理解できなかった。単なる影の動きと言うには動きが滑らかで繰り返されていた。
中居役の従者がポケットの中から鍵を取り出し右手にかけると、扉は音もなく開いた。
マジンはあまりのことに我が目を疑ったが、娘達も何かを言おうとした姿勢のままで口を開き、お互いに目を合わせてなんと言ったものか言葉を探しているようだった。
あまりに明白な魔法の実用だ。と云うべきなのか、高度なからくりなのだ。と理解すべきなのか、つまりはどちらでもあるということが正しいのだろうが、まぁそういうことだった。
「ユースフ。ひとつ確認したいのだが、これは魔法なのだろうか」
荷を載せた台車を押すユースフは器用に台車に体重をかけまた押し上げることで荷物を離れの建物の段差を乗り越え、既に戸口の内側で部屋のうちを指し示すように手を広げて待っていたが、先にマジンは質問をしてしまった。
「申し訳ございません。私にはわかりかねます。当宿自慢の獣の間は様々に便利ではございます。宿泊中どなたも怪我や病気をなさったことがないという、縁起の良い部屋でございますが、浅学な私にはどういった細工をなされているかは存じ上げません」
おそらく自身も驚き幾度か客の驚きを見たであろうユースフはあまり感情をみせることなく微笑んだままそう言った。
「参りましょう。旦那様」
セントーラに促されマジンは不思議な建物に踏み入れた。
部屋の中身も立派なものだった。玄関に隣接した左側に応接室。右に遊戯室と兼ねられた図書室。一番奥は広い居間。左に日当たりの良いテラスに通じる食卓。右手には寝室に繋がって浴室と厠。二階に寝室が二つと中間に外から見えた膨らみを持った談話室。二階の寝室には一階と同じく中から繋がった浴室と厠がついていた。
子供たちは小さな桶が張り出している壁についた管を見て直感的にローゼンヘン館の蛇口を連想した。壁には鏡がかかっておりちょっとした棚も脇にある。操作方法が回転ネジ式ではなく上下式であることを除けば同じようなものであるらしい。
「水が出た」
「ご存知でしたか」
驚いた様子のユースフにアルジェンとアウルムは正直に首を振った。
「お風呂の扱いをお教えいたします」
そう言ってユースフは浴室の使い方を教え始めた。
それほどに難しい方法ではなかったが、ローゼンヘン館のそれを更に数段洗練させたような作りで、ひとつわかれば二つ三つと想像できるような作りになっていて、この建物の設計の素晴らしさを感じられた。
「太陽金貨は戸口の仕掛けに使うだけだろうか」
マジンが尋ねるとユースフは微笑んで頷いた。
「もう一つございます。二階の談話室で扱えます」
そういうとユースフは一同を談話室に導いた。談話室と云うにはやや広い部屋には真ん中には丸い机が置かれその周りに椅子が並んでいた。
ユースフが机の真ん中のくぼみに太陽金貨をはめ込むと滑るように暗幕が閉じ天井に星空が映しだされた。ユースフが金貨の向きを変えてゆくと、それに従い星空も相を変えていった。
「これは戸口の仕掛けよりも気が利いているな」
「私もそう思います」
マジンの言葉にユースフも微笑んでいった。
「これで案内は全てかな」
「いえ。もう一つございます。灯りのことでございます」
「ほう」
「各部屋の灯りは手を二回叩いていただければ付き、また二回叩いていただければ消えます」
「アウルム、やってご覧」
何かそわそわと尻尾を揺らしていたアウルムに言うと嬉しそうに二回叩いた。
すると星空が消え、明かりがついた。
「暗幕はそのままなのだな」
「太陽金貨を外していただければ開きますし、或いはご自身で開いていただいても大丈夫です」
言われてマジンは一面を手で開き、その後に太陽金貨をその手にとると、暗幕が開いた。
灯りはそのままだった。
アウルムが慌てて二回手を叩くと灯りが消えた。
「どこが光っているんだ。天井全体か」
「申し訳ございません。詳しいことは存じ上げません」
「他にはまだあるのかな」
「玄関も二回手を叩くと灯りが点き消えるは同様ですが、三回手を叩いていただければ、私共の方で鈴が鳴ります。御用の際にはご利用ください」
「その際にはユースフくんが来るのかね」
「そのようにお望みでしたら」
「そのように願おう」
そう言ってマジンはユースフに金貨を手渡した。
「承りました」
ユースフは会釈をした。
「お食事は本館の食堂にいらしても結構ですし、お申し付けいただければ離れのどちらかにもお運びもいたします」
「こちらの雰囲気も知りたいし食堂のほうが良いが、娘達が不快な思いをしないですむだろうか」
「我が宿の評判に代えましてもそのようなことはない様に致します」
「それならば夜は食堂で」
「お荷物はどちらかへお運びいたしましょうか」
「いや、今はいい。とりあえず台車は片付けてくれて構わないから、荷をおろしてくれればそれでいい」
「かしこまりました」
「セントーラ。とりあえず荷物を頼む。ボクは少し一周りしてくる。……その際の離れの鍵はどうすればいいだろう」
「こちらを皆様に」
そういうと鎖が通った小さな護符をユースフは四本まとめてマジンに渡した。
「――こちらを戸口の柄に触れさせていただければ、鍵は開きます」
「太陽金貨はいらないのか」
「扉はお客様の顔を覚えたので旦那様の顔を見れば戸口が勝手に開くのですが、荷物がないようならば手で開いたほうが早いかと思います」
「なるほど」
「こちらの鍵はなくされましたら、フロントにお申し付けください。すぐに対応いたします。永の逗留ではよくあることですのでご遠慮なさらずお願い致します。或いは私共にお預けいただければ、それでも結構でございます」
云われて手首に下げた鍵のような護符を眺めると左右に親指のある六本指の手の彫刻だった。
「こちらの手の由来は何かあるのかね」
「獣神の手、と呼ばれておりますが、あいにく信心や伝承といったものに縁がございませんで、ご容赦いただけますれば、又聞きによりますとこの地にいた古い土地神が六本指の五つの腕を持っていたとかそういう話ですが、それ以上は存じ上げません」
ユースフはそう言って頭を下げ荷物を下ろすと離れを辞した。
「十二の神獣なのに、神様は五本腕で指は六本なのか。どんなふうに生えてるんだ」
ユースフの要領を得ないもののなにやら神話めいた物語があることに手の中の太陽金貨を弄びながらマジンが口にした。
「両手両足が腕の形してて尻尾のとこにも腕が生えてる。で、頭の他に肩のところに三つづつ目玉が付いてる。はず」
アウルムが首を傾げるように説明した。
「アウルムが言っているのがどんなかわかんないけど、わたしも多分そう思う」
アルジェンも要領を得ないまま妹の説明に同意した。
「なんかの本で読んだのか」
マジンにとっては、二人の娘のどこからか仕入れてくる奇妙なインスピレーションは興味が尽きないものが多かった。立体織機や光画機・洗濯機・縫製機などの機械類でもそうだったし、無線電話の配線の計算方法もデカートの史料館を訪れた折、数学の理論書からそれらしいものを見つけてきていた。
「うーん」
「覚えてないけど、そういう本じゃないと思う。アウルムが見つけてきた本だったらそういう話して他のとこも読んでると思うけど、なにと一緒だったのか全然覚えていない」
アウルムが詰まったのにアルジェンが説明した。
「神獣のお話は色々読んだけど、龍ってやつがもうとっくにいなくなってる以外はみんな普通の動物だし、そういうのとは違うと思う」
アウルムの主張は実に理にかなっていた。
「腕が五本って言っても立って歩くと使えるのは三本か」
マジンの言葉にアルジェンは首を振った。
「浮くの。で、指先で地面を弾くみたいにして滑る」
アルジェンが奇妙なことを言い出した。
「飛ぶのか」
「飛ぶっていうか、空中を魚みたいに浮かぶの」
「水素詰めた風船みたいなのか」
「似てるけど、なんかこう自分でどこ行くか、どれくらい動くか決められるんだけど、面倒くさいから指先でツーってっ感じ」
アルジェンが綺麗な長い指を歩くように動かす。
「見えない尻尾でお猿みたいにどこかに引っかかってる感じの気がした」
アウルムの印象は少し違うようだったが、やはり浮いている感じか。
「羽根が生えているわけじゃないのか」
「毛はない、ような気がする。でも、金髪の細い短い毛が生えてるのかな」
「父様の腕くらいうっすら生えている。多分全身そんな感じ」
獣神に対してふたりには奇妙にはっきりした共通のインスピレーションがあるようだった。
「ふむ。見たことない生き物だ。痩せてるのか、太ってるのか」
「手足は長いけど、太ってるって感じじゃなくて、父様とかみたいな感じ」
「神獣はサルが基本なのかな」
「六本指のサルかなぁ。よくわかんない」
二人の中でもかなりモヤモヤした様子であった。
「ふむ。で、お前たちはどうする。街の様子があまり良くわからないから、出かけるならセントーラと一緒にしろよ」
「父様は」
「その辺の店を見て歩いてくる。地図あれば欲しいしな」
「私たちはさっきの星少し見てから考える。それにあんまり食事まで時間ないんじゃないかな」
アルジェンが注意を促した。
「それは帳場で聞いてみるよ」
そう言ってマジンは一人で軍都のまちなかに繰り出してみることにした。
今はそれと見える位置に段平を挿していないマジンの身なりはこの辺りでもそれほど目立つものとも思えなかったが、服の仕立ての様式がデカートとは少し違うようで、他の州に来たという実感があった。
春といっても道中雪が残りまだ風が緩まない時期で多くの者がオーバーコートを着ているとはいえ見る者が見れば背中や脇の膨らみからそれなりの武装をしていることはわかるし、マジン自身も隠してはいない。段平を挿していないのは長時間機関車の運転座席に収まっていたために荷物とひとくくりにしていたためだが、人の胴を貫ける長さの刃物がないわけではない。
しかしそういったモノが必要な町中の雰囲気ではなかった。
これだけ町中に軍服の連中が闊歩していれば、関係ない連中は萎縮もしようが、どう見ても武装をしていない身なりの良い者の一人歩きも多かった。
武装をたまたましていないとか、従僕がたまたまいないとかそういう風でもなく、それを気にする様子でもない光景は、デカートではあまりみない。
もちろん町中でそれとわかるほどに武装しているものはデカートでも多くはない。腰に長物を挿すなど田舎者丸出しであるが、それでも肩や腰に猟銃や段平といったわかりやすい武装をしているものの姿を見かけるものであるし、ここまでの道のりの町でも程度の差こそあれ見かけたし、咎められもしていない。
軍都にはそういうわかりやすく武装した私人が極めて少ない。
街で見かける亜人も身なりは様々だが一人歩きが目立ち、用人というよりは個人として家をなしている様子でもあった。
これが憲兵隊の巡察の成果なのか。
共和国は国家と言っても単なる共同体、それも帝国というわかりやすい敵に対抗することを目的とした自治抵抗組織としての野合であって、理念なり利益なり実力根拠なりの圧倒的な軸となる根拠があって成立した組織ではない。
そのために軍都の地方政府の代表団の間では極めて陰惨な泥仕合も繰り広げられているというのは当然の一面であったが、それも不定期に憲兵隊の報告として議会で投げ込まれない程度の範囲にしないと、利益を求めての行動にはつながらない。
憲兵隊の活動がそれなりに実績を積み重ねた結果として、あからさまに何者かの意図のあるナニカを除けば軍都の治安は優れて安定していた。
軍都にはまともな意味での一般市民は極めて少なく、糸をたどればどこかの公機関につながっており、そこの利害関係を追跡することができる程度に憲兵隊の実績は積み重ねられていた。
おそらくは個人的に無能や腐敗はあるが、論理的な追跡が可能な兆候が公組織にはつきもので、国内公組織の暴走と衝突を抑止するという憲兵隊の根本的な成立経緯と目的は今のところ果たされていた。
各地方自治体の持つ司法の持つ検察、行政の持つ警察、と並ぶほどに軍都の憲兵隊は地域に根を下ろすことに成功していた。町中に各自治体の出張所の玄関が見える位置に小さな番所が必ず置かれ、二三人の憲兵が詰め、一日四回人員が交代し、交代の前後で巡回をおこない街を回る。憲兵本部は九千人強の人員のうち千五百名ほどを常時警ら巡回に配している。
表向き、各地方からの訪問の多い自治体出張所の案内便宜を図るためということで、実際に町中の地図や店舗・催事の案内・手続き官庁や代書の案内など、全く軍や治安とは関係ないことまで扱い軍都都民の日常を助ける窓口として機能しており、いわゆる憲兵というものから感じられる印象とは異なる面もあったが、合法的な情報収集活動の基本は現地市民との信頼醸成と日常会話であるという原則から徹底されていることであった。
マジンは当初、襟章以外略綬もなにもつけていない彼らが憲兵であるとはわからなかった。各地の自治体の警備兵だろうと思っていた。だが、奇妙に町中の地理に明るく商店主と雑談し、あまつさえ幾度かマジンに気軽に無責任な挨拶をするに至って、ようやく彼らが憲兵隊の巡察であることがわかった。
町中の商店の雰囲気は事前に聞いていたとおり、パン屋やお菓子屋の類は見かけるが、野菜・果物の類は安くないというよりも文字通り一桁悪くすると二桁値段が違っていた。その分色艶の良い物がそろっていたが、デカートあたりのまちなかで半タレルどころか百ミルで幾つか買えるような野菜果物が一タレルしていたりする。
銃砲店も物価は高かった。
だが、升や天秤が充実していて動きも細工も上等だった。
何より特徴的な店舗は書店の数が多く、各地の出版書籍を扱っていることだった。もちろん安くはないが、デカートで見かけたことのある農業雑誌が店頭に出ていたので少し驚いた。
軍人の懐事情は悪くないようで、銃砲店であまり歳のいっていない軍人が友人とふたりで拳銃をその場で選んであまり悩まず買っていった。
後装銃はやはり普及が始まっているようだったが、銃はともかく銃弾がひどく高価で一発二タレルしていた。
常識的な感覚では使い物にならないが、このままの値段でも普段使いとは別に用心金に準備するのも悪くない。例えば賞金稼ぎや大きめの商隊や駅馬車の定期便であれば、必要に応じて買うだろう。
腕の良い職人でも真鍮板を薬莢の形に叩き丸め貼り付けるとなれば一日数百というところだろう。
雷汞を注ぎ硬め、火薬を定量注ぎ、弾丸を込め、かしめる。
深絞りに適した真鍮の配合とそれなりの工具がなければこうなる、という作りの装薬だった。
職業選択の自由ない奴隷労働としての職工は共和国でもあり得るが、少なくとも熟練工を必要とし人力にこだわる限り、共和国ではこれ以上安くなることはない。
正直、使い捨ての民芸品・細工物としてはよく出来ている。鑞付けされているから繰り返し使うことは考えていないだろうが、それも仕方がない。
しかし、軍隊で兵隊が糸目をつけずに撃ち散らかすにはあまりに高価だ。
モイヤーとガーティルーが使っている半ば使い捨ての青銅製のリボルバーシリンダーよりも高価というのは正直どうかと思う。
そう思えば興味が湧いてきて、二十発入りの一箱を買い求めた。正札には五十タレルとなっていて百発入りよりも多少割高だと感じていたが、実はこれは軍人価格で軍人でない個人が買おうとすると一ダカートになるという。
軍人が優遇されているという話は聞いていたが、いきなり現実を突きつけられた印象でマジンはのけぞった。
「あんた、旅行者かい。どこから来なすった」
む、と唸ったマジンに店主が問いかけた。
「デカートだ」
「公証持ってるかね」
「まさか弾買うだけで必要なのかね。土地家じゃあるまいし」
「ウチじゃいらないんだがね。デカートはどうだか知らないが、公館に行けば商品割引券が手に入るところもある」
「ありがたい知恵を頂戴したと、そこは本当に感謝しているんだが、そこまで行って戻って来いってのか」
「別にそこまでは言っていない。ただ、珍しい物の土産を買おうってなら使いもしない銃弾じゃなくてもいいだろうと思って、余計なことを言ったまでだ」
店主が面倒くさそうに言った。
「どうしてそう言える。ボクが持ってるかも知れないじゃないか」
「ウチでもまだ十丁、国でも千は出てるはずのない銃を持っているんだとすりゃ、まぁそれはそれで、他所で弾を買ったほうが安いのは間違いないよ」
店主は弾丸を売りたくないと言っているよりは他所で買った方が安いと忠告をしたいようだった。
「――まぁ、あんたくらいの歳だと、銃に憧れて先に弾丸だけ買うって話もあるけど、あんたはそういう風には見えない。そういうあんたが百発入りじゃなくて二十発入りなんて半端な数を手に入れるってことは、土産用だろ。自分用か他人用か知らんがね」
「だったらなんだってんだい」
「バラの弾を同じ値段で売ってやるよ。一発五タレルだ」
カネに困っているわけではないが、たしかに使いみちのない弾をむやみに手に入れても仕方なくはあるのだが、箱に印刷されているだろう工房の名前には興味があった。
「箱がつくならその値段でいい」
「箱なんか何にするんだ。紙袋くらいはオマケで準備してやるよ」
「工房の名前と住所地くらい書いてあるだろ」
「ん、ああ。紙切れくらいやるから、写せよ。字読めんなら書けるんだろ」
「そら、まぁ。で、銃の方はあるの?」
「コイツだ」
そう言って棚から展示用の銃を店主は取り出した。
マスケットよりも精悍な印象、まっすぐに伸びた銃身と装填金具がスラリと銃の稜線を作り、最近のマスケットにも通じる長く伸びた肩当てが細く長くスッキリした印象を与える。
「ロタール鉄工。アミザム、ジルベ通り。アミザムってのは遠いのか」
「近くはない。が、数十リーグ、馬車で三日四日ってところか。途中ミニアーって小さな町があるが街道沿いに川を登って最初の大きな街だ」
弾丸の製造元を走り書きをするマジンに店主は応えた。
「銃の使い勝手は」
そう言いながらマジンは銃を受け取り眺める。
銃身にはまっすぐ三本の刻みが入っていた。口径は三十シリカ。
「悪く無い。弾丸は銃によって多少癖はあるが毎回変わるってことはない。口径の割に威力も高い。ただ弾が高いのと手入れを真面目にしないと不発ってかまっすぐ飛ばなくなる」
「手入れは簡単なのか」
「鉛が溝に張り付くんだ。抑え紙をいらなくする代わりに弾丸が真ん丸じゃなくてスカートみたいになっている。ま、このおかげで毎回曲がる向きが変わるってことはなくなってるんだが、代わりに溝に鉛が張り付く。一回一回は大した量じゃないんだが、それでもマメに掃除をしてやらないと耳糞みたいな鉛カスが付いていることがある。マメにやってるつもりでも爪垢くらいは溜まってゆくしな」
「溝が三本走っているな。ここに貯まるのか」
掻き溝が下に一本ではなく上に一本左右に一本づつ三角形をなすように切られていた。
どうやらライフリングというよりは銃弾を支えるようなつもりでレールのように銃身本体とは別の材料で作られている。どれだけ滑らかに精度が出ているかは怪しいが、少なくとも見た目十分でなかなか大した製造技術だと唸らざるをえない。
「理屈はよくわからんが、ともかく掃除をよほどまじめにやらないと、割とすぐに妙な癖がつく」
「薬莢の撃ち殻の使い回しは出来るのか」
「できなくはない。が、中で裂けて引っかかることが起きる。ウチにも何丁か持ち込まれた。……まさか本当に持っていたのか」
手慣れた感じで装桿を操り薬室を覗きこむようにするマジンを見て店主はそう言った。
「いや。似たようなのは扱ったことがあるが、この型のは初めてだ」
マジンは銃に満足してカウンターに置くと店主は銃を戻した。
「まぁ、いい。で、まだ弾はいるのか」
「二発くれ」
「毎度有難う」
ふと気になっていたことを訪ねてみることにした。
「答えにくいことなら別にいいんだが、道すがら亜人が揉めているところを見かけたらどうすればいいんだろう」
「なんだい、どこかで見かけたのか」
「まぁね」
曖昧に言ったマジンに店主は鼻を鳴らした。
「ここんとこ減ってたんだけどなぁ。田舎者共め、戦争のせいで、またはしゃぎだしたか」
言葉を濁すマジンに店主は憤るように言った。
「様子もわからんし面倒だったんでその場は素通りしたんだが、まぁ気にはなってね」
「だいたいそれで正解だ。警邏の憲兵に出会ったら教えてやるくらいでいいと思う。こういう街なんで、何軒かは亜人が店を持っていたりするんだがね。そういうのも気に入らないっておのぼりの連中もいるんだよ」
「多いのか」
店主が面白いことを言ったような気がしてマジンは聞きとがめた。
「多いっていうか。ディクスとかクレゾンとかあの辺の連中は、悪さするわけでもなくても尻尾や角が生えている連中が言葉でやり取りできるってのだけで気に入らないってのも多いらしい。そこそこ便利だと思うんだけどね。ま、他所じゃ肌の色が白い黒いとか髪が赤いとか髭のあるなしでも結婚や商売に差し支えるって話も聞くから、わからんってほどでもないんだが、近所ではしゃがれると迷惑だ」
店主の言葉も興味が惹かれたが、マジンの質問は別だった。
「ああ、そっちもだが、亜人の店というやつだ」
「ん。ああ。この町には百軒かもっとかあるよ」
「亜人に公証が出るのか」
デカートでも雇われの亜人の店長はいるが、不動産のやり取りに公証が必要で亜人には公証の権利がない。
「店出すだけならいらないんだ。軍が区割りを管理しているからな。よほど古くから居着いているか、よほどに太いコネがなければ土地持ちはいない。だいたいは各自治体向けに割り振られた土地をつかって自治体の連中がやっていたりするんだが、だいたいそういう店の配置や傾向は地区にかたよるんで、軍に申請をするといくらか使ってない部屋や区画を使って店舗を借りられるんだ。軍では名前や犯罪関与やら店舗売上なんかでは分類管理するけど、それ以上の事はしない。町には税金って概念も薄いよ。基本的には下水道管理費と地代やらその他様々な管理費だな。あと名義の又貸しなんかは罰金が課せられるから、そう云う罰金のたぐいだ」
「この店だとどれくらいかかるんだ」
「なんだ。あんた、戦争で恩赦狙おうって賞金首を狩りに来た賞金稼ぎじゃなかったのか」
オヤというように店主が言った。
「そう見えたか」
「見えたね。そんだけ上等の生地使って、そんな実用一点張りな外套、目立ってしょうがないよ」
「デカートあたりだと外套の形はまぁだいたいこんなもんなんだが。商いに足を運ぶことが増えるのが間違いないんで、拠点を構えたいと思っていたんだが、今の話を聞くと安くはなさそうだな」
言い訳混じりにマジンは話を振る。
「ま、安くはないね。品が動くものならまぁいいが、腐りもんだと出が読めなくて、ゴミの廃棄にもカネがかかるから、読み切れないとあっさりコケる」
「この街はゴミも有料か」
「そうさ。井戸にもカネがかかる。月三タレルだから、綺麗に使ってますねって管理のオバちゃんの足代とご愛想に消えてるんだろうが、まぁともかくなんやかんやとカネがかかるよ」
驚くマジンに店主が笑い話のように聞かせた。
「銃なんてそんなに稼げるほど数出るものなのか」
「そら軍都ってぐらいだから、軍人さんが買ってってくださるよ。と言いたいところだが、ま、お察しのとおりだ。将校さんの武器つうてもそんなに銃なんか買い換えるもんじゃないし、兵隊はなおのことだ。ただまぁ、旅の客が飛び込みで足りないものを買いに来たり、ってのは多い。あとは組合が軍と軍需品協定を結んでいるから、倉庫代と輸送費が他所より少し安いから、多少は助かっているのかな。あんたみたいに雑談のネタに銃弾を買おうって客は少ないけど戦争のせいで却って暇なくらいだから、それはいい」
「戦争か。どうなっているんだ」
「さあ。軍記物だと、一軍風より疾く切り返し、とかあるけど、現実十人百人を超えれば馬車より早く動けるわけもないし、しばらくこのままじゃないかね」
「客筋に動きとかはないのか」
「さぁ。むこうも軍務の話はしないし、こっちも配達するような店じゃないしね。ただ、療養院やらがある辺りは帰還兵が増えてて騒ぎも増えてるって話だったが、あんたの様子だと船や駅馬車じゃなさそうだし、自前で来たのか。ま、そういう話が聞きたいなら、なおのこと地元の役所の出張所に顔を出したほうがいい」
銃砲店の店主がそういうのを、いい話を聞けた、と散策を打ち切り、宿に帰り預けておいた部屋の鍵を受け取ろうとすると来客があリ娘の許しを得て離れに通したという。
戻ってみるとリザがエリスを抱えてやってきていた。
半ばあのままエリスとは会えないものと勝手に理解していたマジンはひどく驚いたが、そのことをそのまま話すとリザはケラケラと笑った。
誰でもいつでもというわけではないが、エリスは監禁されているわけではなく、保護者の登録がある人間であれば同伴して外出することもできるという。
係官の認証が必要だから、顔に馴染みのないマジンは様々に手間取るが、顔なじみのリザであれば、おおまかな手続きは署名と大雑把な目的地と予定を書くだけで終わりだという。
軍務の方も無任所である彼女は休暇からの帰還の報告をしたその場で大尉の辞令を受けたものの、幾つかの挨拶を済ませるとそれ以上の軍務に関する進展もなく文字通り、暇だったから遊びにやってきたらしい。食事ができるということだったので、食堂に出るつもりだったが、離で食事をすることに変更して、食事と離乳食の追加を頼んだ。
「あなたの趣味、と聞きたいところだけど、これはセントーラね。アナタがこんなの知ってるわけないもの。ま、謎の錬金術士を気取るにはこれくらい撒き金を使って見せてもいいのかもしれないわ。どうせ、カネなんて石と土地買うくらいしか使いみち思いつかないんでしょ。お屋敷のヒトのお給金もなんかいい加減に決めているみたいだし」
「リザ。言いたいことはわかるが、それじゃ、まるでボクの女房みたいじゃないか」
マジンの少し皮肉げな言葉にリザは眉を跳ねて口元を笑いに歪めた。
「そうね。言い過ぎたわ。あまりにすごい部屋だったんで驚いちゃった。こんなこと言いたかったんじゃないの。悪くない思いつきだと思ったのは本当よ。大抵の軍人はこういうのに反感を持つけど、同時にしっかり覚えるわ。敵愾心は軍人が善しにつけ悪しきにつけ最後までよりどころにするものだから、人当たりのよい平均的な人格よりも奇矯なところがある人物のほうが重用される。と云うのは間違いないわ」
「あまり褒められている気はしないな」
「褒めてはいないわ。単に戦術的には効果があるって中短期的な一般論の話だもの」
「中長期的にはどうなるっていうんだ」
「一般論の話で言えば、人別調査が色々なところから進むでしょうね。デカートなんて軍の出張所も軍人会の他には早馬の詰め所より小さな組織だから、大した情報が上がっているわけじゃないけど、それでもデカートの新聞は六誌全部調べて治安情報や物流の傾向などは調べているわ。そういう一般情報だけじゃなく、あなた個人の資料箱が準備される。すでに機関車の私の報告の中での付帯項目で色々書いたから、古い新聞記事やヴィンゼやデカートでの業績なんかは一昨年辺りくらいのところまでは調べがあるはず。新しいものや表に出てないものは当然いっぱいあるけど、蒸気圧機関が地元の工房を使ったあなたの試験だっていうことくらいはわかっているわ。あとはそうね。人力の二輪車とか光画写真屋、あと石鹸みたいな燃料売ってるでしょ。まだ情報って言っても大した量じゃないけど、そのうち何かで取り調べられるようなことがあれば、出生や来歴まで調べられることになるわよ」
「取り調べなんてそんなもんじゃないのか」
「ま、そうね。時間がかかるか短いかだけの違いだけど、あなたくらい実績があって謎の人物だと掘り返す方も手応えがあって充実感を楽しめるかもしれないわね」
不吉な言い様だったが、軍当局の気分のわかるリザの意見だった。
「まぁいいや。わかったよ。この後ボクはあちこちから注目され面倒に巻き込まれるとして、原因はお前が百万丁の銃を準備してくれといったことに由来すると理解すればいいんだな」
「あと二億発の銃弾ね。上手くゆくなら銃弾はこのあとしばらく発注が散発的に定期的にゆく。兆ってあんまり個人は使わない数字だけど、そういうつもりでいたほうがいいと思うわ」
優雅な部屋の日暮れ時にあまりふさわしくない内容の会話であることをマジンは自覚してはいた。
「流石に一丁で百万発は打てないぞ」
「あらそう。そしたらどこかで銃を足してもらわなくちゃ」
買い物のついでを頼むようなリザの言葉はあまりに軽い。
「で、明日の予定は」
「明日は一日私と付き合ってもらうわ。官庁街デート。明後日はみんなで学校見学。そのあと二日はみんなで博物館にでもゆきましょう。結構広いわよ。本当に古い展示品はあまりないけどね」
そのあと、博物館の話が延々と続いた。
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