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ローゼンヘン工業
フラム-ゲリエ鉄道工区 共和国協定千四百三十八年朔風払葉
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勢いと雰囲気で一気に雇うことになったローゼンヘン工業の千八百人ほどのうちで、二年目にもなると三四百人くらいは何に使えるとか使えないとか、そういう評価もできるようになっていたが、マジンの中で顔と名前が一致するのはせいぜい八百というところで、未だに大部分は名前と顔がかなり怪しい感じだった。
早くもこれでは流石にこれはいけない、と六百人ほどが作業しているフラム側の工事にマジンも同道して現場の様子を視察してみた。
現場は丘陵の開削と整地の最終段階で、来月オゥロゥがザブバル川に鉄橋の基部を持ち込むのと同時期に丘の上に鉄橋端基部を組み付ける工事が始まる。
対岸の丘ではフラム側の工事を地元の人夫がおこなっているが、見た目今ひとつ進みがよくない様子だという話になっていた。
こちら側は土木機械を合わせて十五も持ち込んでいて、人手も非番を宛てて回せるほどだが、対岸は複線が揃って丘まで這い上がっても橋がかけられないんじゃないか、と腐れ野側の現場の者達は自慢半分心配半分だった。
マジンが季節ごとに持ち込む新しい機械類については、覚えた頃に新しいのが来るのはめまぐるしくてついていけないという口と、新しい物が来るのを楽しみにしているという口とが多く、文句も多いがないとあるじゃぜんぜん違う、と機械そのものの威力は喜んでくれている様子だった。
入浴の義務化については、意外と疑問を持っている者たちが多い。
入浴そのものの効果については疑問を持っていないが、他人と一緒の湯に浸かることの奇怪さや、ほとんど毎日風呂桶をバラして組み立ててを繰り返している贅沢に馴染めない者もいるらしい。二十キュビット四方の組み立て式浴槽が二組あって、三交代で全員が入れるようになっているが、もっとゆっくり入りたいという希望もあった。湯が熱いの温いのというのも多かった。亜人種の中には毛の脂が抜けて困る、というちょっと対策を考えたほうがいい話もでた。
風呂と洗濯は労務管理上重要な要素だと考えていたので、そこを譲る気はなかった。だがタダビトの中にも意外と風呂嫌いが多いことには驚いていた。
業務手帳の中には食事と入浴と洗濯の項目があって、毎日下着を洗濯に出しているか、非番の日に作業着を出しているかの確認がある。報告で聞いてはいたが、意外と満了出来ない者が多いようだった。
一部は食事を満了していない者もいる。
食事を満了していない、というのも問題を感じるが、非番で外出という理由らしきモノがある以外にも偶にあるという。
割当区画が設営地から遠いとかそういう理由で食事の問題が発生することがあるらしい。
機械化で作業が高速化した分、作業計画と進捗の食い違いが幾つかの部署で起きると、雪崩のようになし崩しにそういうことが起きている。
整備や生活雑務というもので配置調整をおこなってもいるが、ともかくも整地造成は元の地形や天候の影響が大きく、計画もそれほどに細かくできるわけもなく、基礎工事の遅れだけは計画に大きく影響することから、人員を大きく割いていることが却って計画進捗を読みにくくしていた。
計画を前倒すように配置された人員は、ときに二リーグほども線路の先頭の飯場から離れていて、それはそれで大したものだったが、造成未完了の道を往復するのは徒歩ということになり、造成が追いついてくる間の二三日の昼飯は屑焼きの火に晒した缶詰と茶で我慢するしかなかった。
また、天候や時刻によっては飯場まで戻るよりも、現場の資材で小屋を作って夜明かしした方が楽だという判断にも結びつく。
昼飯を抜くことの多い連中は現場でも優秀なものが多く目端が利くが、倉庫からちょろまかすことも多いので、扱いは難しいが大事に扱って欲しいとガーティルーは説明した。
要は程度次第である、ということで現場を止めないように他人様に迷惑を書けない程度に留めろ、というしかない問題だった。
とはいえ、規則を遵守しない者が増えていて、無法なそれが必要と認めるべき状況にあるということは、実害は小さくとも大きな多くの問題を孕んでいた。
缶詰肉は備品や人数が増えるに従って整備された警務班が注目している備品の一つだった。
値段は大したことないものだったが、ほとんど確実に部内はもちろん市井でも交換換金ができるという意味では煙草や酒よりもよほど信用がある。
奇妙なことというべきなのか、或いは当然の自由の発露というべきなのか、窃盗などの犯罪行為に加担している者は開放奴隷よりはそうでない亜人やタダビトのほうが断然に多かったし、それなりに有能な人物の方が多かった。
現場では弁済をさせ禁錮にしていたが、そういう連中が未熟で杜撰な現場管理計画の穴を埋めていた事実もある。
義賊気取りの鼻持ちならなさを埋めるための仕組みづくりが必要だった。
持ち回りでおこなっている炊事係と洗濯係を専任の技術職として認め、手当を積み警務班の監督権を与えると、とたんに無軌道な物品の流出は減った。炊事係が毎日の洗濯袋に缶詰を入れて自室などの隠し場所に持ち込む、という手口がなくなったことが大きかった。
とは云え新たな手口が新たに生まれるだろうことは当然に予測できる。
炊事と洗濯は機械があっても人手の必要な作業で、毎日千以上の被服の洗濯と三十ストンの食事と数千の洗い物と残飯はそれぞれ五人十人で回るようなものではなかった。
人の出入りが当然に多く、相応に隙もあった。町までの距離は近いが、道のりは険しくというよりも人家に出ることもままならない状況で、不満のタネがあればそれをシノギに、目端の利く連中が退屈しのぎの悪さを思いつかないわけもなかった。
給食の改善努力も必要だった。
作業中に酒を出すことは危険すぎたが、夕食や非番であれば酒は多少増えた。
デンプンを取るのにも面倒な屑芋を発酵させ蒸留して、骸炭と焼き残った被筒で濾過する安酒だが、度数は高く少ない量で酔えることであっという間に面倒を減らしてくれた。デンプンも糖もアルコールもこの先いくらでも必要になる物資だ。
風紀上の面倒はでたが、そちらのほうが義賊気取りのコソ泥よりは管理上よほどマシだった。
だがもちろん事前計画と現場作業のズレと、それによって引き起こされる待遇と管理の悪化は別の改善策が必要でもある。
当初、マジン自身が数百人かそこらの顔を覚えられればいいと云うつもりの現場視察だったが、組織上のテコ入れをする必要に迫られ、小さくない投資をすることになった有意義な視察になってしまった。
家伝の家人領民のいないマジンにとって、労務に従事する人間の数を揃えるために必要なモノを揃え、作業のやり方と事業の意味を教えた、という以上のことをしていなかった組織であったから、社会規範という意味での組織化は積極的におこなっていなかった。
これまでの一年は事業の物珍しさと未来への希望で前向きに抑えこまれていた様々が、人間の順応力と投資の不十分によって問題が表面化し始めていた。
多くの元老が、奴隷を求め或いは領民や亜人の権利を抑圧しようと権威や暴力の形で体制を様々に整えようとする理由根拠を、マジン自身が初めて垣間見たということである。
元老ゲリエ卿などと呼ばれていても、つまりはポッと出の風来坊がならず者の大将を気取っていたわけで、最初の形が組織だった犯罪の形でなくてよかった、としか言えないが、問題が公大事にならないうちに現場の仕事ぶりを見たことは、今後加速してゆく未来がほぼ必然のローゼンヘン工業にとってこれも良かった。
とは云えこの後、共和国全土を覆うことになるだろう鉄道事業やその周辺事業を鑑み慮りとしたときに、必然として物理的に統制の届かない組織が発生し、その統制のための暴力を手元に置くことが必要になることは明らかだった。
既にマジンの構想を上回って人々がそれぞれに動き始めている現実を示したとも云え、暴力だけでは欲得だけでは或いは崇高な理念だけでは人々を縛ることは難しい未来の覚悟を早急に見据える必要があった。
ローゼンヘン工業の小規模ながら爆発的な成長はマジン個人の構想を上回り始めていたことを示す契機だった。
統治の重要性を自覚するべき局面に来たということである。
しかしあくまで、ローゼンヘン工業はゲリエ卿というよりもマジン個人に所属する組織であった。
戦争で儲けやがって、という言葉をやっかみ以上の意味を持って語られるのは、マジン個人にとっては心外だった。
小銃も鉄道も機関車も元々戦争とは関係のない、謂わば趣味の工作の必要の延長で作っていたもので、それを大掛かりに世間に出す必要に迫られたのは言ってしまえば、ただの痴話げんかの一幕でしかなかった。
戦争のおかげで、わずか一年半あまり二年足らずの間にデカートとヴィンゼとフラムを一気に繋ぐ事ができたという主張も、あまり意味の有るものではなかった。
鉄道建設を主宰するゲリエ卿はデカート州の元老であり、デカート州の発展のために州内の土地の利用について采配する権限を与えられており、その権限において自由に振る舞っただけでもある。
結局、鉄道は物資輸送のための手段に過ぎず、必要な物を必要な量運び、手に入れるためだけの設備にすぎない。どれだけ大掛かりで大掛かり故に他の用途に転用できるとしても、それは本当の意味で大したことではなかった。
鉄道が戦争のために作られたというならば、それは事実誤認であって、良人との痴話喧嘩のためだけに建設された施設である、といっても良かった。
当初、鉄道はあまり営利を目的としていなかった。
基本的に鉄道はローゼンヘン工業の私有財産を移送するための施設だった。
徐々に広がり始めていた物流拠点と拡大する事業に対応するために、人員と物資の移動をおこなうための装置群として鉄道は運用が始まったところだったが、市井の人々に未だそれほど多くの移動の需要があったわけではない。
まして鉄道がつないでいる拠点の色気のなさを考えれば、そうそう用のある土地というわけではなく、便が良いというわけでもなかった。
だが、それでも駅の一つである狼虎庵は町役場に歩いて行ける距離であったし、工事中の飯場の駅や精肉所の周辺に農地農園がないわけでもなかった。
鉄道は最低朝昼晩の三便が走っていたし、ヴィンゼ港と精肉所の間は家畜用の臨時便も走っていた。
鉄道の運転手も駅員も員数外については無頓着で、貨車に余裕が有るときには馬のボロを残さないというならば、という条件で馬ごと載せてやるのが常だったから、ヴィンゼの人々にとって鉄道は奇妙で物珍しい気晴らしの乗り物にすぐになりおおせた。狼虎庵の辺りは未だに少なくない商隊が出入りする都合で農地が様々な店に成り代わる繁華街になり始めていたが、そこに鉄道駅が出来たことで人の流れが変わった。
最初は大きな変化というわけではなかった。
家畜を肉にしたい人たちが狼虎庵を訪れたり、解体された精肉を直接市場で売りたい人たちがやってきたり、ソイルから船で麦や野菜果物を持ち込んで来る者がいたり、という程度だった。だが、ヴィンゼの町で流れ者以外で訪ねてくる者達といえばせいぜいがローゼンヘン館を目当てにする者たちばかりであったし、そもそも肉を商いにできるほどヴィンゼは大きな街ではなかった。
酒場の品書きに品目がいくらか増え、出てくるものもだいぶマシになった。
戦争景気はヴィンゼにも訪れていた。
ヴィンゼの街の規模ではどれほどの税金を収めているのか、かなり怪しいものでそういう意味でヴィンゼはほぼ一方的な戦争受益を受けていたはずで、それを口にする者がいないわけではないが、町の東側に突然にしてできた二千人ほどの町並みよりも未だ小さなヴィンゼの町が、鉄道が通ったくらいで今日明日に豊かな街にかわるというわけではなさそうだった。
ローゼンヘン館の工員によって一夜にして町の住人がふえていたが、彼らの殆どは飯場で完結した生活を送っていて、町中をうろつくでもなく新しい家が目立って増えるわけでもない。
そのことはセゼンヌにとってひどく奇妙に感じられ、幾度か直接マジンに愚痴も言った。
基本的に巨大な事業の殆どはヴィンゼの外側でおこなわれていて、デカート州の徴税官も足を向けたこともないような土地でおこなわれていた。
新しく増えた者達はほぼすべてがマジンの私有地内で生活していて、税金はローゼンヘン工業を通じて支払われているから、税収は増えていても人口がどれだけ増えたかという印象は町役場の辺りでは目立ったものにならない。
ヴィンゼの町は千人足らずの住民を相手にするので一杯いっぱいの作りで、他所者を広く大きく受け付けるような作りにはなっていない。
街中をうろついても腰を下ろせるような気の利いた店が幾つもあるわけではなかったし、歴史や伝統を感じさせる史跡があるというわけでもなかった。
酒場と雑貨屋と食料品店が多少ふえたのが関の山で、町の自慢が発電所と電話局と精肉所、あと狼虎庵ということであれば、なにやら面白みを感じろという方が難題ですらあった。
マジンは自らの事業が寸断されるのを嫌って地道に土地の測量と登記を続けていたが、ほとんどの土地は人界からたっぷり十リーグは離れていて、誰もいつけないような荒野だった。
その荒野を横断して年の瀬にはローゼンヘン館からフラムまで線路が二組繋がるはずだった。
元老院議員ピエゾ・ロンパル卿をローゼンヘン館に迎えたのは鉄橋工事が一段落してフラム側に工作機械がひとまず渡り終えたころだった。
早くもこれでは流石にこれはいけない、と六百人ほどが作業しているフラム側の工事にマジンも同道して現場の様子を視察してみた。
現場は丘陵の開削と整地の最終段階で、来月オゥロゥがザブバル川に鉄橋の基部を持ち込むのと同時期に丘の上に鉄橋端基部を組み付ける工事が始まる。
対岸の丘ではフラム側の工事を地元の人夫がおこなっているが、見た目今ひとつ進みがよくない様子だという話になっていた。
こちら側は土木機械を合わせて十五も持ち込んでいて、人手も非番を宛てて回せるほどだが、対岸は複線が揃って丘まで這い上がっても橋がかけられないんじゃないか、と腐れ野側の現場の者達は自慢半分心配半分だった。
マジンが季節ごとに持ち込む新しい機械類については、覚えた頃に新しいのが来るのはめまぐるしくてついていけないという口と、新しい物が来るのを楽しみにしているという口とが多く、文句も多いがないとあるじゃぜんぜん違う、と機械そのものの威力は喜んでくれている様子だった。
入浴の義務化については、意外と疑問を持っている者たちが多い。
入浴そのものの効果については疑問を持っていないが、他人と一緒の湯に浸かることの奇怪さや、ほとんど毎日風呂桶をバラして組み立ててを繰り返している贅沢に馴染めない者もいるらしい。二十キュビット四方の組み立て式浴槽が二組あって、三交代で全員が入れるようになっているが、もっとゆっくり入りたいという希望もあった。湯が熱いの温いのというのも多かった。亜人種の中には毛の脂が抜けて困る、というちょっと対策を考えたほうがいい話もでた。
風呂と洗濯は労務管理上重要な要素だと考えていたので、そこを譲る気はなかった。だがタダビトの中にも意外と風呂嫌いが多いことには驚いていた。
業務手帳の中には食事と入浴と洗濯の項目があって、毎日下着を洗濯に出しているか、非番の日に作業着を出しているかの確認がある。報告で聞いてはいたが、意外と満了出来ない者が多いようだった。
一部は食事を満了していない者もいる。
食事を満了していない、というのも問題を感じるが、非番で外出という理由らしきモノがある以外にも偶にあるという。
割当区画が設営地から遠いとかそういう理由で食事の問題が発生することがあるらしい。
機械化で作業が高速化した分、作業計画と進捗の食い違いが幾つかの部署で起きると、雪崩のようになし崩しにそういうことが起きている。
整備や生活雑務というもので配置調整をおこなってもいるが、ともかくも整地造成は元の地形や天候の影響が大きく、計画もそれほどに細かくできるわけもなく、基礎工事の遅れだけは計画に大きく影響することから、人員を大きく割いていることが却って計画進捗を読みにくくしていた。
計画を前倒すように配置された人員は、ときに二リーグほども線路の先頭の飯場から離れていて、それはそれで大したものだったが、造成未完了の道を往復するのは徒歩ということになり、造成が追いついてくる間の二三日の昼飯は屑焼きの火に晒した缶詰と茶で我慢するしかなかった。
また、天候や時刻によっては飯場まで戻るよりも、現場の資材で小屋を作って夜明かしした方が楽だという判断にも結びつく。
昼飯を抜くことの多い連中は現場でも優秀なものが多く目端が利くが、倉庫からちょろまかすことも多いので、扱いは難しいが大事に扱って欲しいとガーティルーは説明した。
要は程度次第である、ということで現場を止めないように他人様に迷惑を書けない程度に留めろ、というしかない問題だった。
とはいえ、規則を遵守しない者が増えていて、無法なそれが必要と認めるべき状況にあるということは、実害は小さくとも大きな多くの問題を孕んでいた。
缶詰肉は備品や人数が増えるに従って整備された警務班が注目している備品の一つだった。
値段は大したことないものだったが、ほとんど確実に部内はもちろん市井でも交換換金ができるという意味では煙草や酒よりもよほど信用がある。
奇妙なことというべきなのか、或いは当然の自由の発露というべきなのか、窃盗などの犯罪行為に加担している者は開放奴隷よりはそうでない亜人やタダビトのほうが断然に多かったし、それなりに有能な人物の方が多かった。
現場では弁済をさせ禁錮にしていたが、そういう連中が未熟で杜撰な現場管理計画の穴を埋めていた事実もある。
義賊気取りの鼻持ちならなさを埋めるための仕組みづくりが必要だった。
持ち回りでおこなっている炊事係と洗濯係を専任の技術職として認め、手当を積み警務班の監督権を与えると、とたんに無軌道な物品の流出は減った。炊事係が毎日の洗濯袋に缶詰を入れて自室などの隠し場所に持ち込む、という手口がなくなったことが大きかった。
とは云え新たな手口が新たに生まれるだろうことは当然に予測できる。
炊事と洗濯は機械があっても人手の必要な作業で、毎日千以上の被服の洗濯と三十ストンの食事と数千の洗い物と残飯はそれぞれ五人十人で回るようなものではなかった。
人の出入りが当然に多く、相応に隙もあった。町までの距離は近いが、道のりは険しくというよりも人家に出ることもままならない状況で、不満のタネがあればそれをシノギに、目端の利く連中が退屈しのぎの悪さを思いつかないわけもなかった。
給食の改善努力も必要だった。
作業中に酒を出すことは危険すぎたが、夕食や非番であれば酒は多少増えた。
デンプンを取るのにも面倒な屑芋を発酵させ蒸留して、骸炭と焼き残った被筒で濾過する安酒だが、度数は高く少ない量で酔えることであっという間に面倒を減らしてくれた。デンプンも糖もアルコールもこの先いくらでも必要になる物資だ。
風紀上の面倒はでたが、そちらのほうが義賊気取りのコソ泥よりは管理上よほどマシだった。
だがもちろん事前計画と現場作業のズレと、それによって引き起こされる待遇と管理の悪化は別の改善策が必要でもある。
当初、マジン自身が数百人かそこらの顔を覚えられればいいと云うつもりの現場視察だったが、組織上のテコ入れをする必要に迫られ、小さくない投資をすることになった有意義な視察になってしまった。
家伝の家人領民のいないマジンにとって、労務に従事する人間の数を揃えるために必要なモノを揃え、作業のやり方と事業の意味を教えた、という以上のことをしていなかった組織であったから、社会規範という意味での組織化は積極的におこなっていなかった。
これまでの一年は事業の物珍しさと未来への希望で前向きに抑えこまれていた様々が、人間の順応力と投資の不十分によって問題が表面化し始めていた。
多くの元老が、奴隷を求め或いは領民や亜人の権利を抑圧しようと権威や暴力の形で体制を様々に整えようとする理由根拠を、マジン自身が初めて垣間見たということである。
元老ゲリエ卿などと呼ばれていても、つまりはポッと出の風来坊がならず者の大将を気取っていたわけで、最初の形が組織だった犯罪の形でなくてよかった、としか言えないが、問題が公大事にならないうちに現場の仕事ぶりを見たことは、今後加速してゆく未来がほぼ必然のローゼンヘン工業にとってこれも良かった。
とは云えこの後、共和国全土を覆うことになるだろう鉄道事業やその周辺事業を鑑み慮りとしたときに、必然として物理的に統制の届かない組織が発生し、その統制のための暴力を手元に置くことが必要になることは明らかだった。
既にマジンの構想を上回って人々がそれぞれに動き始めている現実を示したとも云え、暴力だけでは欲得だけでは或いは崇高な理念だけでは人々を縛ることは難しい未来の覚悟を早急に見据える必要があった。
ローゼンヘン工業の小規模ながら爆発的な成長はマジン個人の構想を上回り始めていたことを示す契機だった。
統治の重要性を自覚するべき局面に来たということである。
しかしあくまで、ローゼンヘン工業はゲリエ卿というよりもマジン個人に所属する組織であった。
戦争で儲けやがって、という言葉をやっかみ以上の意味を持って語られるのは、マジン個人にとっては心外だった。
小銃も鉄道も機関車も元々戦争とは関係のない、謂わば趣味の工作の必要の延長で作っていたもので、それを大掛かりに世間に出す必要に迫られたのは言ってしまえば、ただの痴話げんかの一幕でしかなかった。
戦争のおかげで、わずか一年半あまり二年足らずの間にデカートとヴィンゼとフラムを一気に繋ぐ事ができたという主張も、あまり意味の有るものではなかった。
鉄道建設を主宰するゲリエ卿はデカート州の元老であり、デカート州の発展のために州内の土地の利用について采配する権限を与えられており、その権限において自由に振る舞っただけでもある。
結局、鉄道は物資輸送のための手段に過ぎず、必要な物を必要な量運び、手に入れるためだけの設備にすぎない。どれだけ大掛かりで大掛かり故に他の用途に転用できるとしても、それは本当の意味で大したことではなかった。
鉄道が戦争のために作られたというならば、それは事実誤認であって、良人との痴話喧嘩のためだけに建設された施設である、といっても良かった。
当初、鉄道はあまり営利を目的としていなかった。
基本的に鉄道はローゼンヘン工業の私有財産を移送するための施設だった。
徐々に広がり始めていた物流拠点と拡大する事業に対応するために、人員と物資の移動をおこなうための装置群として鉄道は運用が始まったところだったが、市井の人々に未だそれほど多くの移動の需要があったわけではない。
まして鉄道がつないでいる拠点の色気のなさを考えれば、そうそう用のある土地というわけではなく、便が良いというわけでもなかった。
だが、それでも駅の一つである狼虎庵は町役場に歩いて行ける距離であったし、工事中の飯場の駅や精肉所の周辺に農地農園がないわけでもなかった。
鉄道は最低朝昼晩の三便が走っていたし、ヴィンゼ港と精肉所の間は家畜用の臨時便も走っていた。
鉄道の運転手も駅員も員数外については無頓着で、貨車に余裕が有るときには馬のボロを残さないというならば、という条件で馬ごと載せてやるのが常だったから、ヴィンゼの人々にとって鉄道は奇妙で物珍しい気晴らしの乗り物にすぐになりおおせた。狼虎庵の辺りは未だに少なくない商隊が出入りする都合で農地が様々な店に成り代わる繁華街になり始めていたが、そこに鉄道駅が出来たことで人の流れが変わった。
最初は大きな変化というわけではなかった。
家畜を肉にしたい人たちが狼虎庵を訪れたり、解体された精肉を直接市場で売りたい人たちがやってきたり、ソイルから船で麦や野菜果物を持ち込んで来る者がいたり、という程度だった。だが、ヴィンゼの町で流れ者以外で訪ねてくる者達といえばせいぜいがローゼンヘン館を目当てにする者たちばかりであったし、そもそも肉を商いにできるほどヴィンゼは大きな街ではなかった。
酒場の品書きに品目がいくらか増え、出てくるものもだいぶマシになった。
戦争景気はヴィンゼにも訪れていた。
ヴィンゼの街の規模ではどれほどの税金を収めているのか、かなり怪しいものでそういう意味でヴィンゼはほぼ一方的な戦争受益を受けていたはずで、それを口にする者がいないわけではないが、町の東側に突然にしてできた二千人ほどの町並みよりも未だ小さなヴィンゼの町が、鉄道が通ったくらいで今日明日に豊かな街にかわるというわけではなさそうだった。
ローゼンヘン館の工員によって一夜にして町の住人がふえていたが、彼らの殆どは飯場で完結した生活を送っていて、町中をうろつくでもなく新しい家が目立って増えるわけでもない。
そのことはセゼンヌにとってひどく奇妙に感じられ、幾度か直接マジンに愚痴も言った。
基本的に巨大な事業の殆どはヴィンゼの外側でおこなわれていて、デカート州の徴税官も足を向けたこともないような土地でおこなわれていた。
新しく増えた者達はほぼすべてがマジンの私有地内で生活していて、税金はローゼンヘン工業を通じて支払われているから、税収は増えていても人口がどれだけ増えたかという印象は町役場の辺りでは目立ったものにならない。
ヴィンゼの町は千人足らずの住民を相手にするので一杯いっぱいの作りで、他所者を広く大きく受け付けるような作りにはなっていない。
街中をうろついても腰を下ろせるような気の利いた店が幾つもあるわけではなかったし、歴史や伝統を感じさせる史跡があるというわけでもなかった。
酒場と雑貨屋と食料品店が多少ふえたのが関の山で、町の自慢が発電所と電話局と精肉所、あと狼虎庵ということであれば、なにやら面白みを感じろという方が難題ですらあった。
マジンは自らの事業が寸断されるのを嫌って地道に土地の測量と登記を続けていたが、ほとんどの土地は人界からたっぷり十リーグは離れていて、誰もいつけないような荒野だった。
その荒野を横断して年の瀬にはローゼンヘン館からフラムまで線路が二組繋がるはずだった。
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