石炭と水晶

小稲荷一照

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ローゼンヘン工業

共和国協定千四百三十八年大雪

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 大議会の冬の会期切れ寸前に、デカート州のチルソニアデンジュウル大議員がまたも戦争協力に関する重大な決意を口にした。
 まず、デカート州として二万の戦争捕虜を預かるという内容だった。
 また、前線の労を強いられているドーソンの労の一部を分かつために、更に二万合せて四万の戦争捕虜を預かるとした。
 また更に重ねあわせて後備兵聯隊の駐屯を受け入れると宣言した。
 ギゼンヌ戦域におけるすでに三十万を超える帝国軍捕虜或いは不法居留民の扱いは、早くも再び東部戦線一帯ギゼンヌ周辺の兵站を破綻寸前に追い込んでいた。このまま放置すれば当然に、或いは前線戦区が押し上げられることになっても、同様に生活物資の流通管理が破綻することは目に見えていた。
 それは広域兵站聯隊が法外な速度を以って応急的に月に二千グレノル近い物資を本部から物資を前線に供給する、という小手先の力技では既に問題を解決できないところまで迫っていて、夏秋と馬匹の手配とともに後方から物資糧秣が安定的に送られ始めてきたにも関わらず、備蓄が次第に目減りを始めていた。
 理由は共和国軍人を含めた地域の人口を上回る帝国軍捕虜が、無産のまま拘留されていたからに他ならない。
 しぶしぶ細々と耕作をおこなわせてはいたが、前線近辺での活発な生産活動は捕虜の管理問題を難しくする元だったので、ギゼンヌの民兵組織として警察軍を預かることになったデカート州のマイルズ軍監としてもあまり大きく認めるわけにはいかなかった。
 結果としてギゼンヌの食糧事情と衛生状態が再度悪化をしていた。
 共和国に戦争捕虜を地域に定着させる意志がない以上、すみやかに移送する必要があるのは明らかだったが、各州としても行政管理能力に余裕が有るわけではなかったし、ことによれば州軍を遥かに数で上回る暴徒化する恐れのある者たちを受け入れるということは大きな冒険だった。
 第一、東部国境であるギゼンヌはどこの州にとってもおいそれと協力の約束ができないほどに遠い。
 そういう中でほとんど唐突に、まともな軍備がなかったくせに一万もの義勇兵を前線に送り込んだデカート州が、また再び全く唐突にごくあっさりと州の人口の一割を超えるはずの四万の戦争捕虜を預かると宣言したことは大議会の衝撃だった。
 更に諸州の実務能力が全く不足しているということであれば、改めて規模を拡大して申し出る準備もあると宣言した。
 戦争に対する各州の無能不覚悟を公然と笑ってみせたに他ならないこの発言は、義勇兵出師に際しての発言よりもよほどの衝撃を大議会に与えた。
 後備兵聯隊の駐屯受け入れも、軍の再編成をおこなう上ではどれほど人員規模が大きくとも名目上聯隊ということになっていて、つまりは軍への練兵の協力をおこなうという宣言に他ならなかった。強いてあげれば正規聯隊の新編を求めなかったところが戦後の解体を睨んだところと言えないこともなかったが、軍備予算の縮小要求は平時の大議会での決まり文句のようなものだったから理性的であるとも言えたし、一方で私有地内とは云え既に正規の輜重聯隊がデカートには駐屯基地を構えていたから、実質的には新規師団軍団の編成と予算措置を受け入れる準備があるというに等しかった。人員装備の給与と調達経費はともかく食費等の居留雑費の殆どは地元が習慣上受け入れることになる。
 厳かな顔をして戦況を憂いてみせたデンジュウル大議員の顔を、各州を代表する大議員は憎々しげに睨みつけながら、本邦との連絡をつけるべく伝令を駆けさせることになった。
 デカートが最初に預かる捕虜収容施設は瘴気湿地の北東三十リーグに一リーグほどの囲いを切ってそこに二万五千名を受け入れることになった。デンジュウル議員が約束した四万にはだいぶ少ないが、五百リーグを越える道のりを一息に運べる手段は共和国のどこを探してもないことは誰もが承知していることだった。約束はそれとして、いずれいずれの話になる。管理能力に問題がないようならば、更に三万から五万程度を増やして受け入れたいという目論見もあった。
 軍からは収容施設の管理監督に当たる後備兵聯隊の配備が約束されたが、今のところ到着には至っていない。
 早馬のやり取りで季節をまたぎ、伝わるほどに話が進むには半年はゆうに超える共和国の国情では当然のことでもある。
 司法と行政からは軍の動きの鈍さについてブツブツと文句も出ていたが、行政の警邏課が当面は警備に当たることになった。千人ほどの市民の雇用をおこなって僻地に送るという仕事は全く意気上がらないもので、軍隊のないデカート州でも徴兵かよと皮肉の愚痴も上がったが、捕虜の本格的な受け入れの前には警備の確保は必要なことだった。
 デカート当局ではもちろん軍の動きに不平たらたらだったが、共和国軍の方にしてみれば百年余りも音沙汰なしだった話題を忙しい戦争のさなかに急に振られて、部隊人員の割り振りどころか本部参謀の机もない有様だったので、まずはそこからだった。
 年明け第一陣として三千人が送られてきて、労務として住宅づくりが始められる予定で、それに先立って千五百名ほどが密かに移送されて各地の元老の私邸に引き取られていた。そこで慰撫が上手く行けば、デカート内で定住なり開拓なりを斡旋しようという腹だった。或いは本国との交渉が可能なら如何によっては解放ということもありえた。二十両ばかりの貨物車がデカート内の元老の荘園と前線の捕虜収容所とを数次に渡って往復するように使われた。
 捕虜は必ずしも身一つというわけではなかったから、抱えられるだけの財産を持てることを許されたものは幸運だったといえるし、家族で一緒に動くことができるというのは更に幸運だったはずだ。
 元老の私兵はある意味で司法や行政の邏卒よりもよほど品位に富んでいたし、収容先は概ね元老の荘園の一角であったから、捕虜とはいえ到着後の扱いは悪くなかった。その後の扱いは様々だったが、外出の自由はなく窮屈ではあっても小作よりはマシ、という当然に前線に比べればかなり上等の扱いだったはずだ。
 デカート市の周辺は枯れた土地も多いが、水の便は悪くなく肥の宛てが滞らなければそれなりに収穫が見込める土地も多かった。無論、耕作が楽な土地はすでに粗方が農地になっているから開拓が楽ということはありえないが無為に苦労ばかりがあるわけではない。
 そういう土地に帝国貴族と自称する人々の家族が二三十ばかりの小集団で住むことになった。
 帝国貴族という人々とデカート州の元老という人々の互いの言葉にどれほど真実と嘘とが混じっているかは誰にもわからなかったが、その言葉を無責任となじれるほどの自由は捕虜という立場の人々にはなかった。
 帝国貴族には土地を開拓する自由は皇帝から与えられているが、その待遇を約されてはいない。
 残りの数万はそれほどに良い生活を与えられたわけではない。
 そうであっても次第に囲いに押し込められる捕虜の数が増え、物資の割当が相対的に削られていった前線の収容所に比べれば、少なくとも手足を伸ばしても他の捕虜に当たらない多少の広さがあった。
 ペラスアイレス収容所は、全く広い土地以外は殆ど何もない収容所だった。
 腐れ野棄て土という程度の意味合いであるペラスアイレスと云う地名は、地名として地域の一角を示すというよりはデカートやソイル・フラム等のザブバル川を挟んだ対岸全般をぼんやりと指す言葉である。雰囲気や気分の上ではザブバル川で分かたれた荒涼とした平原を指す。
 その名にふさわしく堅く油膜のような粘土層が地表を覆う土地で、見通しよく平たく、植物がほとんど生えない。苔やカビのような地衣植物は様々にあるが、不定期に降る雨のせいで根付くに至る前に多くは流されてしまう。何事にも例外はあるが、好んで人が棲むという土地ではない。
 とは云え、機械化が進んだローゼンヘン工業が鉄道敷地のそばで運営を整備するとなれば、それほどに問題があるわけではない。食料についても飽食に足るほどに潤沢とはいえないが、備蓄に怯える前線の収容所よりはだいぶマシなはずだった。
 捕虜収容所と定められた土地は硬い層を幾つか掘り抜けば井戸水も出たが、そのまま飲むにはどうにも疑わしいところのある硫黄臭い水でそのまま飲むにはためらわれる種類のものだったので、毎日八千ストンの能力がある水の濾過浄水器をローゼンヘン工業から提供することになった。カシウス湖の鉱滓対策の試験品である浄水器は水を味気ないもののようにしたが、濾された原水の中身を分析してみればあまり味わいたいと思わないほうが体に良いものも多く含まれていた。
 耕作困難なほどに硬い土地と見通しの良い荒野と地形的に隠蔽された監視施設という捕虜収容所の作り自体はそれなりに満足できる構造になっていた。駅も歩いて抜けるには困難な灌木の密生地の向こう側にあって距離はともかく道程は二十リーグほどあったから道具や食料なしに踏破することは難しい地形になっている。
 中間施設として鑑別を期待されての収容施設だったから、あまり苛烈な扱いをする予定はなかったが、解放取引の用なしということであれば強制労働も視野に入れつつという意味で鉄道線に適度に離れた土地という立地が都合は良かった。
 捕虜収容施設までの移動は瘴気湿地の自噴油井までの資材線の途中に駅を設け、そこから十五リーグほど貨物車で移動させる計画に定まると、半月とかからずに捕虜収容所の敷地の整理と行政の希望する設備の工事は終わった。
 鉄線の柵や深い空堀に高い鉄塔など、ちょっとした城塞の基礎のようなものが、あっさりと作られたことはデカート当局には衝撃だったようだが、無理難題という意味では先にロンパル卿が持ち込んだもののほうが遥かに上回っていたし、日常的な鉄道建設事業の資材を転用できる内容でもあった。
 家人を家人として扱う習慣のないマジンとしては、どこのだれとも扱いの知れない者共を自分の家屋敷に住まわせるくらいなら、特に近いとも言えない日帰りで歩いて通うわけにいかない土地の一角に数万の捕虜が囲われていることくらいは大目に見られる。州が警備邏卒を置くというなら、それ以上に文句をつけるつもりもなかったし、カネを払うということであれば、設備の工事くらいは協力もする。
 まっ平らな土地で丘をひとつ二つ超えれば目に入るから勘違いをすることも多いが、鉄道線路から収容所まではデカートの天蓋の外苑からソイルの市場までよりまだ遠い。街道沿いであれば二つ三つの宿場がある距離でもある。
 向こう三軒どころか数十リーグにわたって空白の無人地帯であった瘴気湿地の近くもないが陸続きに奇妙な施設ができることになったことは、マジンにとって不本意ではあったが戦争の成り行きの一ページとして納得せざるを得なかったし、そこよりの適地の推挙をゲリエ卿には是非に、と言われれば言葉に詰まるほどに平らで見通しがよく、隠れるところの少ない荒れ野という意味で見事な選択だと言えた。
 もともと実験線というか個人的な楽しみのための開発線路が奇妙に実用的な意味を持ったことはゲリエ卿にとって不本意ではあったが、鉄道の維持経費が州に転嫁できるという意味では悪い話ばかりでもなかった。
 瘴気湿地の油井はたしかに石油を産したが水混じりのヘドロのようなモノで、その場で燃えるような景気の良い種類の石油ではなかった。
 実験として週に五千グレノルを組み上げて湿地の様子を見てみたが、その程度では十分に広大と見える湿地の岸がどれほど動いたかわからなかった。
 むしろ今は十分な用途がないままだったので、工作実習がてら作らせたばかりの専用の油槽貨車を三百両あまりも満たして退避線路上に放置していることのほうが問題になる。
 工作実習としてそれなりに意味ありげな揃いの容器を作ったり、それにメッキや塗面をなしたりという作業は工員の一年目の連中の資質見極め作業にちょうどよかったりもしたが、社員の労働を私せる立場にあるとしても限度がある。
 殆どの部分は本業で機能を発揮できない自動機関車工房でおこなわれていたから、労働量としては過大というわけではなかったが、ひとまずは納得した形で待避線に十分な編成数が並んだところに、更に追加というわけにもいかなかった。
 ほとんどすべてが社主のお楽しみに繋がっているということは今のところ全ての社員の理解するところだったけれど、そこに機嫌よくつきあっていられるのも徒労感が産まれるまでの事だ。
 五千グレノルという量の油は、大きさの感覚が狂いがちなローゼンヘン館に新しく出来た工房群ではそれほど大きく見えないが、オゥロゥを組み上げた船台の収まった建物よりも容量の上で大きなものだった。そうでなくとも三十づつ連ねた油槽貨車の編成が十二連もあることに驚きとともに疑問を感じない者は少なかったし、その理由を尋ねられて、実験です、という返事で再びの驚きと疑問を感じない者は流石にいなかった。
 ただ、実験でなく本当に生産事業に組み込んで使い始めれば、たかが五千グレノルは石炭以上の速さで使われてゆくのは間違いない。
 湿地の汚泥のような原油は分溜してやれば、燃焼性のガスやナフサ灯油軽油といった燃料油やパラフィン類やナフテン類が相応に回収できた。他にどうやら石油とひとまとめにするには少々質の異なる珪素長鎖が含まれていることがわかった。
 回収できた油は今のところあまり使いみちは見えていなかったが、タイヤの材料に転化する必要はあったし、そのつもりでの油井開発でもある。
 いずれ圧縮熱機関の燃料を灯油なり重油なりに転換すれば、また更に大量に使われることになるが今はまだあくまで実験の材料用途でしかなかった。様々に興味深くはあっても、手も設備もまだ足りていない。
 港の対岸にあったフラムなどからの鉱石貨車などのための待避線の脇に一万グレノルが入る巨大な油槽とガスタンクが十づつ建てられたのはその実験の延長だった。
 マジンは最終的に百万グレノルの油槽を複数建てようと考えていたから、そういう意味ではささやかなものだったが、実のところ今のこの規模の油槽であっても事故が起これば対岸の工房施設を巻き込んだ大火災になることは間違いなかった。
 そうならないための努力や準備は怠りなかったが、そうならないという保証もない。
 実験の最終段階として冬の間に完成した石油蒸留所は、これまでとちょっとばかり違う種類のゴムの材料を生成しはじめた。
 ゴムというのはガラスと似たような物性の状態を示す言葉だったから何種類もあることはわかっていた。やがて瘴気湿地の原油からコールタール由来の成分と同じような高分子材料が見つけ出され、相対量が多いことが幸いして便利な材料と目されることになった。それぞれの施設の距離が離れてしまっていたことはいろいろな意味で残念だったが、年明け早々からゴムタイヤの増産が可能になったことのほうが意味合いとしては大きい。
 貨物自動車の生産を止めていることは、軍や市井の注文を待たせていることが商業上の問題ではあったが、ローゼンヘン工業としては工事用の業務車輌の増産が出来ないことが人員を増やしてゆく上の問題であった。
 荒れ地を牛や馬よりも早く走る金属の板を連ねたベルトで自ら路面を作ってゆく装軌車輌は、工具の自走手段としては使い勝手が良いものだったが、往来の道具としては今ひとつ重かったり危なかったりというところがあった。
 事実上の二輪車である装軌車輌は摩擦の喪失に対して操作上鈍感なところがあって、ぬかるみや石畳などで簡単に左右の調整を失う性質があった。工作作業上では相応に留意するために速度を落としているが、左右二本の軌道の同調で運行している都合、片方が失調した場合に立て直すことが困難で、高速運行をおこなうとその傾向は顕著だった。
 路上を走る上で装軌車輌の接地圧の低さからくる摩擦の小ささは、高速巡航を求められる往来利用では大きな問題だった。
 装輪車もしばしば摩擦の限界を超えて操作の危険に陥っていたが、すべての車輪車軸が破綻する以前にそれぞれの車輪で徴候があり、実態として運転者がそれを関知することはそれほど難しくはない。だが装軌車輌では運行が二本の軌道の同調がほとんど全てであることと、事実上の二輪がそれぞれ大きな動力を扱う動輪であることから、操縦者が摩擦の低さが原因の危険を感じた後に破綻までの時間が短い。
 装軌車は装輪車とは摩擦の使い方が根本的に異なり、誤解を恐れずに説明するなら陸の上を櫂で進む船のような性質をしている。もともと常に滑りながら進むことを前提にした乗り物である。
 未整地であれば全く違う効果と判定があるが、往来が著しく整備され整地なされた舗装路であれば装軌車は運行に相応の慎重さが求められ、結果として装輪車と速度で競うことが難しくなる。
 未整地を走破することを前提にした工作用装軌車輌は平地であれば相応の速度を出すことが可能であるが、水たまりひとつ板キレ一枚が舗装路を氷上と変わらないものにしてしまう。
 それは人口地帯の乗り物としてはひどく危険な側面があった。
 対策として大きさの違う複数種のゴムパッドを準備してもいたが、本質的に重量物を不正地で動かすための工具としての扱いを徹底するほうが、半端な機械機構的な対策を取るよりは確実だった。
 人員を運ぶために架台を座席にした大型の旅客乗用車は牽引貨物車に比べて随分遅れて登場したが、窓がついて専用の座席があるだけで随分と印象が楽な様子で早く作ればよかったという車輌だった。六十名の人員を乗せ二グレノル半の牽引貨車を牽く貨客車は線路工事の班をひとつまるごと資材工具ごと共に運べる決定版とも言える作業車だった。
 小さな鉄道編制のような五十キュビットほどの長大な車体は運転にはやや難もあったが、整地が鉄道工事の基本だったので、扱いきれないというほどの問題はなかった。
 フラムの山間部の工事などでは複線を並べて走らせることが出来ない区間がしばしばあって保線路も車幅を確保できないことも少なくなかったが、三本目四本目の道として車輌用の保線路を先回りして迂回させ、作業基地を造ることは機械工具が一揃えした今たいていそれほど難しくはなかった。
 三十キュビットの長さの半完成品の鉄工部材を日常的に扱えるようになったことで、小さな渓谷を越えることはすでにローゼンヘン工業の鉄道工事にとって難事業とはいえない土木作業になっていた。
 とはいえフラム線の延長は隧道掘削の技術が必要で、今のままだと延々と鉱山地帯を越えるまで鉄橋を築くことになりそうでもあった。
 鉄橋にしても隧道にしても短い区間であれば問題も小さいが山肌というものは概して複雑な堆積をなしているものでそういう不安なものに安全を託す気にはなれない。
「貫くか削るかともかくどうあっても山裾を切る必要があります」
 フラム到着で多少浮かれてもいいはずの泥人形のような茶色く太ったマスという名の鉄道工事計画主任は首をひねるようにそう言った。
 彼は見掛けの風体に似合わず健脚で腰が軽く、現場と本部を往復することを屁とも思わない体力があって、自分で撮ってきた写真を示しながら測量結果と合せて説明をした。
 彼の体格だと乗用車は特注にする必要があったが、二輪車を腿の肉に挟むようにして、犬にまたがるような姿でどんな現場にも向かう。正直何故これほど太っているのか、本人を含め誰にもわからない。
 鉄道線路が一本通るようなトンネルカッター或いはシールドマシンは設計が終わって組み立てが始まっていたが今のところ輸送計画が十分でなかった。それを使いたいという。
 それなりの厚みのある鉄板が薄く見える巨大な円筒とその内部にある土石の掻き出し用の土木機と排土装置を組み合わせた、巨大な寸胴鍋を横倒しにしたような機械は、口で言えばそれほど難しくない構造で現地での組立も可能だったが、それなりに大きく線路一本と言ってもざくりと十八キュビットほどの直径の機械だった。
 先端の掘削部がゆっくりと回転しながら先端部の土砂を崩し外側にあるネジ式の回転装置で鉄の輪っかを穴の中に押し込んでゆきその後ろで杭打ちや網掛けをしてセメントで養生をするという構造になっていた。
 鉱山組合からは荷馬車が通れるような一回り小さなものを求められていたが、あまり小さいと力や強度のある機械を押しこむのが難しく一種の試験機としてつくられていた。もちろん鉱山の穿孔にも使えるがそれよりは山間の細い隧道を拡張整備したいという組合の希望があった。
 山あいの道の狭さはある意味どうしようもないところがあったが、それでも往来を絶やすことは危険というよりも絶望に繋がることだったので、ロンパル卿と数名の鉱山組合理事から引き合いの申し出があった土木工事機材でもある。
 大雑把に高さ幅十二キュビット八キュビットの道というのは鉄道規格として作業上の余裕を見たものであったが、仮に縦横を変えて十二キュビットという幅は四駢以上の貨物馬車にとっては御者の視界を考え、対向の馬車とすれ違うつもりであれば決して広い幅でもない。共和国では荷馬車の寸法は抑え気味にして馬を少なくする傾向にあるが、長駆することが多い軍輜重の大行李では四駢と言うのは割と当たり前で、替え馬の準備が怪しい土地では六駢という御者の腕を試されるような編成もしばしば見られる。
 山間ではいきおい力を求めることになるわけで、そういう意味合いでも軛の数は増えるはずだったから、あまり狭く細い隧道を切ることは意味が無い。
 それに来歴の分からない土地の隧道を直しながら広げるよりは、新しく掘り直したほうが様々に簡単なはずだった。
 試運転としていきなり人目があるだろう現場というのは少々大胆でもあるが、マス鉄道工事計画主任の言いたいこともわかった。
 使いものにならないことがわかるなら早いほうがいい。ということだった。
 体格が良いというよりは太りすぎている鉄道工事計画主任は、福々しい外見に似合わず或いはそれに似合って苛烈なところのある人物で、くどくどと文句を言わない代わりに果断に決断を下す錆び弾とあだ名される人物だった。
 鉄道工事区間のトンネル工事については定期的に可能性について検討されていたものの、小さくもない列車を通らせる線路を含んだ穴を掘る技術、と言うものをどうするかという話題はちょっとした面倒事の一つでもあった。
 それにこれはローゼンヘン工業の体制上の欠点でもあるのだが、新製品の開発はマジンのお楽しみという奇妙な不文律があった。
 いくらかの例外はあるもののマジンが設計を始めるまで、会社の現場からの注文が出ない、という習慣になっていた。
 現場が増え人員が増えるにつれ、いいことよりも面倒な事のほうが増えていたが、一種の現場の意地のような慣習として、ありものの苦情や評判はしても新規の発注はしない、という不文律ができていた。
 それは社主に頼めば何でも出てくるだろう、という一種の信頼感があるとき、つまり働かなくて良い現場を人がいない現場を誰かが社主にうっかり頼んだらそういうものが出来てしまうのか、という怪談じみた究極につながることが想像できたからだった。
 そしてそれは部分的に弾薬工房で出来ていたし、機関車工房でかなりのところに来ていた。辛うじて組立て作業は残っていたが、溶接作業はすぐに機械に取って代わられた。
 屋内仕事の殆どは人員は警報状態を確認するだけの仕事だったし、その復帰もせいぜいボヤの消火やそのゴミの片づけというところまでが面倒で、仕入れと積み込み伝票の確認くらいが人間らしい作業だった。
 考えようによっては、危なくないように確実なように絡繰り仕立ての物理に頼る、という言い方もできるが、働き口職場としてのローゼンヘン工業がなくなるということでもあった。
 割と冗談では済まされない恐怖とやがて至る未来の可能性として、ローゼンヘン工業の従業員の多くは無人化というものを捉えていた。
 当然に馬鹿馬鹿しい妄想とマジンは笑ったが、無人化出来ない理由を考えるに将来にわたって無人化出来ない分野が極端に少ないことにも気がついた。
 今のところ工作分野では人間の感覚器官の優秀さと手足の力強さ繊細さ統合した判断力というものが人員配置の期待される価値であるが、必ずしもそれは人間である必要のないものでもあった。
 感覚器官が必要なら昆虫であっても動物魚類であっても構わないわけだし、無生物でも構わない。他のものでもそうだった。
 一種の機械万能無謬論のような神学論争であるが、原始的な理性主義からの脱却として物質文明の第一歩としては悪くないとも言えた。
 人が人の価値を認めるためには、万能の神を殺す人の絶え間ない決断と意志であるという、狂気の有用性を認め物質文明への対抗をおこなう次の段階が待たれた。
 もちろん未だにそこに至る術があるわけではない。
 だがそうなるだろう、と現場の者たちが思い描けるほどに著しく様々が変化していた。
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