石炭と水晶

小稲荷一照

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棄民の歌

ローゼンヘン工業 共和国協定千四百四十二年冬

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 ひどく忙しない計画日程に電話事業計画主任ミカカはかなり苛立っていた。
 軍都からの兵站本部からの使者は本部予算で設備を購入できることが決まったから、予てからの希望通り兵站本部への電話設備工事を施工して欲しい。
 というものだった。
 はっきり言えばミカカは軍都での電話設備敷設計画について殆ど忘れていた。
 その後縮小案での見積もり請求も受けたが、研究だろうと考えていた。
 だが社主直々に呼び出され、ハシサともども会社の計画辞令で準備について確認された。
 二人が把握している限りで問題があるようならば、辞令はこの場で破棄すると言われ、計画に目を通した二人は飛行船の利用が可能なのかをまず確認した。
 あの機械の効力は遠目からでも一瞬で直感できる。
 鉄道を間近で見ていれば全く対極の目的を持って作られた機械であることは彼らにはわかっていたし面倒そのものがあるとしても、出荷から設置までの道中の移動こそが最大の障害である大型の精密機械にとって、移動の時間を最低限に圧縮することは危険を最小限に圧縮することでもあると二人は考えていた。
 社主の答えは却下だった。
 既に工事を始めているダラスミールを拠点とした工事は陸路による物資の搬送が十分でなく、今しばらく空からの物資搬送に頼る必要がある。
 工事開始以前にこの計画実施の依頼が軍からもたらされていれば、当然に飛行船の利用をおこなうべき案件であったが、今となっては飛行船を止めることは工事全体を止めることになり、落盤を含む現場の危険にも繋がる。来年夏頃には一本目のトンネルの打通がダラスミールまでおこなわれ飛行船ステアの手が空くが、そこまではミョルナへの脆弱な陸路を支えるためにステアを他に回せない。
 輸送を夏まで先延ばしにすることは。という当然の問いには、もともとの計画には飛行船は含まれていなかった。それにジューム藩王国が無条件に船舶の往来を認めることは珍しい。
 という社主の答が帰ってきた。
 もともとの計画云々は、陸路で燃料をどこかに運ぶ手間を含めた運行費を考えても出来上がってしまった飛行船のほうが安いはずで、二人は単に面倒を言うなという代りであると理解して眉を顰めたが、ジューム藩王国の件は興味が無いわけではなかった。
 二人にとっては時代錯誤に気取ったタダビトの立て籠りくらいにも思っていたが、それがエルベ川と南街道の要衝を抑えている事実については様々な計画の障害でもあった。
 交易の拠点ではあるが異国でもあり、現地調査は様々に派遣されていたが、地図や測量は発見され次第に追放か処刑で今のところ殉職者は出ていないが、帝国の非公然の友邦で準戦時下であることもあってピリピリした雰囲気でもあるという。
 少なくともハシサは職掌上エルベ川の水運については実施実績の必要を認めていたが、できれば相手の無理な注文に折れる形で乗りたかった。そうでもしないとジューム藩王国の見るからに厄介そうな政治と直に付き合うことになる。
 ハシサはこの機会にやってみる、というのは様々に良い機会だと考えていた。とくにプリマベラの姉妹船が三隻揃った後に大量に作られているハルカゼ型と動力付きの艀のおかげで、プリマベラ型のどれかをローテーションから手放してもザブバル川とチョロス川を利用した水運計画に穴があかないという点が素晴らしかった。
 プリマベラ型は航続力や積載には優れていたが、石炭動力船で石炭粉砕機やら自動給炭機やらを積んでいたおかげで全体に重く大きく手間がかかることがそろそろ目立つようになり始めていた。
 日用運荷は川船としては軽快なハルカゼ型と動力付きの艀の組み合わせで十分に事が足り、数を揃えられ手軽な分だけ素晴らしいとさえ言えた。ハルカゼ型の同時大量就航にはハルカゼ型の操作の単純さが大きく関係していて、自動車とおなじ感覚で基本的な操作が可能という点が大きかった。
 とはいえ、共和国の多くの街で石炭以外の燃料を探すことは難しく、海往く船としてプリマベラ型の価値を失わせるものではない。とくにユンブリエルから後ろの舟は石炭重油兼燃釜になっていて、重油の着火にガスバーナーを使い更にその火を石炭に回すという方法は出力の立ち上がりは緩やかであるものの、とりあえず動く分にはこれまでより早く、石炭の安定燃焼が始まってからは重油を使う必要もない構造になっていた。
 もちろんこれまでどおり石炭だけで窯に火を回すこともできるが、一旦利便に慣れれば後戻りはしたくない種類の作業だった。
 ハシサの気軽そうな表情に反してミカカは多少気がかりもあったが、計画に異を唱えるほどの根拠を示せるわけでもなかった。強いてあげれば、幾度か人材募集で足を向けた軍都の水運事情や思いの外入り組んだ大本営の建屋に面倒を感じたが、電話設備工事の前提として住民の協力は必要不可欠であったから、そこを指摘するのはスジも違った。
 どういう計画であるにせよ、ミカカの初動の漏れ遅れがすべての遅れに繋がるという一番槍の責任については感じていた。
 とりあえず、自分の部署に電話をして幾つかの日程確認と車輌機材の予定をおさえミカカは計画辞令を受けることにした。
 しかし、どういう意味においても綱渡りの連続で、後で陸送で送るべき部品のリストが伸びるたびにミカカは計画の日程に疑いを抱くようになっていた。


 冬になってシャッツドゥン砂漠のデカート領有がようやく決まった。
 いろいろ駆け引きがあった様子だが、アペルディラの抵抗を引き剥がすように大議会での動きがあってアペルディラが折れた。
 その代わり二年でアペルディラまで鉄道を伸ばして欲しい、というものがデンジュウル大議員の希望だった。
 単線であれば一年で引くのもそれほど難しくなく、測量も終わっていたし、主要な土地の買収も終わっていた。
 収容所の騒ぎや配置転換がなければとうの昔に始められていたし、ようやくかという気もするが、組織が大きくなった今だから言えることでもあった。
 ともかくも、工事線を見下ろす丘の上から延々と線路をかけ、丘沿いに峠を目指し大回りに山を下りバイゼロンシェッツンを目指し、マリンカーロイターを目指す線とアペルディラトレドヴィラからアッシュを目指す線とを計画に組み込むようにいうと、マスに、「ロイターは面白い土地ですがあそこもまだ内海です」と指摘された。
 ただ、泥海に比べれば断然海らしい。
 共和国にはまともな地図がないという話は頻繁に出ていてなんでそうなるのかといえばつまりは陸地を仲間内で一周するような余裕が無いからだという話になった。
 ローゼンヘン工業が敷設している鉄道工事に付随する測量隊のようなものは共和国では今まで実は一度も編制されたことのないものであるらしい。
 正確には幾度か編成されたものの、全く個人的な動機と疑問によっておこなわれた冒険旅行で、事業として成果を形に残す努力というものを取っていないということだった。
 例えばローゼンヘン卿の探検とかもそういった例になる。
 それは全く生活には関わりないし、ある程度身分が保証されなければ全くの乞食流民と変わらなくなり、或いは報告をおこなう相手やそれが成果として認められなければ、次の探検への資金にも困ることになる。
「ですからですね。社主にはこの事業を何としても形にしていただきたいわけですよ。なんか、度々投げ出したり誰かに売っちゃったりとか考えている様子ですが。……まぁ、あれです。及ばずながらお力添えさせていただきますので、死んだりやめたりしないで頑張りましょう」
 マスは途中で自分が説教していることに気がついて、だんだん声に勢いがなくなっていた。
 二年以内にアペルディラ到着は、現状既に容易いという。人員の問題は既にほぼ解消していて、南街道の東西への伸長や既にあらかたのところまで迫っているケイチからアッシュの線路それを東にジョートとをつなぐことは容易い。
 この数年やってきてのマスの実感として共和国はお互いの街の位置をきちんと理解していないのではないかという。はっきり言えば街道はどこかの町を目指した道ではなく、なんとなく歩いているうちにたどり着く道なのではないか、というそういう感触にとらわれているという。
「まぁわかりやすいのはローゼンヘン館とフラムですよ。結局途中に何もないという問題があるわけですが、あんなに簡単に施工が終わると思わなかったわけです。社主は知りませんが、少なくとも私らは。……つまりですね。ちょっと、大きな規模で測量したほうがいいんじゃないかと思いまして」
「そんなの簡単だろう。今はもう電話がある。星を狙って時間を測ればいい。ローゼンヘン館と春風荘と狼虎庵の三点は娘達にさんざん記録をとってもらった。まぁ云うほどデカいものではないが、四キュビット径の四分儀だから一分までは読める。館の上にあるのは十キュビット径だから四分の一秒単位までは読めるようにしてある。天文観測はしばらく日課だった。館を手に入れた後、お礼参りの夜襲があるかと思っていたしね。おかげで月とか太陽とかの暦についてだいぶ計算もしてみたよ。月や地球の質量の計算とかあの地球や月の周りを巡っている氷や石塊の星屑とかね。あれだけの星屑は地球の大きさでは維持できないはずだから割と最近に何処かからひっかけてきたのだろうけど、あれだけあれば割りと派手に地上にも落ちているはずだ。
 天体観測は面白いし、拠点座標をきちんと把握しておくのは測量基準点としては大事なことだ。同じことを各地の駅や、あれだったらペロドナー商会にもやらせたらいい」
「その。すでにある拠点もそうなのですが、これからの拠点についてもなんですが、ともかく信用できる時計を作ってください。例の時計電話は助かっているんですが、基地はあれでいいとしてだいたい東西三百リーグで一時間ずれるというのはそれとして、もうちょっとマシな時計が必要です。こっち側から押し出してゆく分には今のままでもまぁいいんですが、計画のネジを巻くにはバラバラとそこらじゅうからやらないとダメそうです」
 聞けば最低三千、理想を言えば全員分というマスの変わらずの豪快なおねだりに流石に少し笑ったが、標準時間と現地時間の最低二つが必要であることを考えれば、冗談というわけではない。
 水晶圧電発信を利用した時計を作ることになった。構造としてはそれほど難しくはない。
 すでに量産を進めている無線通話機の発信部分にモーターを組み込んで一秒なりを作ればよかった。そして、その基準時計は既に存在するのでそこにめがけて調整すればいい。
 欠陥のない人工水晶は既に作れるから基準時計に向けて機構を調整してやればいいだけだった。正直なところを言えば機械時計の蓋をしてしまったら取り返しの付かない緊張感は嫌いではないのだが、数万を短期間に作るとなると同じようにゼンマイと歯車を組み込むにしてもより乱暴な方法で作れる方法が必要だった。
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