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ミンス
学志館 共和国協定千四百四十三年盛夏
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絵が動く、というのはとてつもなく新鮮な驚きであったのだろう。
光画がつまり影を炙り出しのように写しとったものであるという理解は、デカートの人々の中にはそろそろ定着していたが、動きがそれを連続させたものだという理解は驚きだったようだ。
しかし一方で概念としては古くから学志館所蔵の論文の多くも示唆していたし、実態としてそのように扱うことで多くの物理現象と数学概念を結びつける試みもあった。
またしかし、それを実際に機構として再現可能なほどに精緻に並べあわせることの難しさから、せいぜいが楽器演奏の教本や或いはもっと大掛かりな時計じかけなどで実例も示されてはいたが、或いは目に触れるほどの機会がない者も多い。
今年の学会の論文発表は音の記録と云う話だった。
基本的には音波の根源である波形をどうやって連続的に記録し、また再生するか、と云う技法についての理論背景の説明と実際についてだった。
音が振動であることから運動方程式を構築することができる。
その方程式の時間的な連続体が音の実体で、微少時間で積分することで符号化できる。
機械的にはバネ減衰系を使い共振を利用して必要な周波数要素を強調し切りだす。
と云う話で、振動板に付いた針が溝のついた樹脂板の上を滑るうちに、溝を振動した刻み針が叩くことで音が溝に刻まれたり、電気的な信号として磁気テープの上や回転円板の上に記録されたり、或いは一旦数値化され高速計算器に格納されたりという例を報告した。
機械オルガンやオルゴールとは少し違う、音波そのものの符号化の話であったが、符号化の過程が大きく違う以外は、考え方の基礎としては同じようなものだった。
元来の話で言えばどういう風に現象を信号として受信するか、構成するかという問題でもある。
音波というものの性質を耳の構造だけで捉えれば、それは極めて線形の一次元の波形として扱えるので、記述が耳の数二組あれば音を極めて立体的に表現できる。
多少散漫な話が続いた後に会場に音楽の演奏が響いた。
それは会場に設けられた幾つかの音響箱、スピーカーから聞こえてくるもので四つしかないものの音は四方八方を練り歩くように上から下からも聞こえてくるようだった。
音源の時間位相と出力や周波数をずらせ歪ませることで四つのスピーカーが数千数万の人々の雑踏に変わるさまは理屈の説明があった後でさえ奇妙なものだった。
実際にはこの技術は電探の補完技術としてローゼンヘン工業では使っていた。
特定基地からの発信を複数の基地で測定したり、或いは複数基地の複数信号を受信基地で解析したりという方法で出力の大きさや検出器の性能を補完していた。ある程度解析のコツが必要ではあったが、発信の信号と時間がわかっていれば一つの基地から送受信するよりも却って明晰に像を捕捉できたし、様々な反射が生み出す影を払い落とすことができた。
とくに船上の電探にとっての海面の波が生み出す虚像は厄介で、その色分けをつけるために様々な努力が払われた結果でもある。
これはしかし音を物として保存できるという全くわかりやすい、新たな商品になることを示していた。
娯楽としては儚いその場限りの宿命を持っていた音楽は、その性質上極めて高価なものになるか極めて安価陳腐なものになるかどちらかであったが、物として保存できるとなれば手頃なものが量産できるということでもあった。
それはつまり音楽家という一種の芸術家が、芸術としてではなく稼業として成立しうることを示していた。
それは光画によって絵描きが職人と金持ちの囲われ者の両極端から解放されたのと同じ効果を、音楽に対して与えるはずだった。
先立ってデカートでは絵画に新たな方向性が生まれていた。
幻想と実存に対する追求という形で認識と現象の狭間の錯覚の哲学を模索する幻想主義芸術のような動きにもつながっていた。
これまでの単なる写実ではなく、目が二つあることを活かした光学的な実験であったり、色に対する分析であったり或いは錯覚といった一種何をどう見たらこう見えるのかというような、幻想と写実の入り混じった絵画が年々増えていた。
そう云った幻想的な印象を得るために、首を絞めてみたり毒物を摂ってみたり失血死寸前になってみたりというような、しばしば事故死に至る正気とも思えない絵画の技法への取り組みがあったりもしたが、一般的には安くなり始めたガラスや鏡を使った専用メガネを使うなどの方法で落ち着いていた。
一方で写実の方向性は極めて工芸的な微細を追求するようになり始めてもいた。
技術というものが芸術家に及ぼした危機感は市井の想像以上の衝撃で、彼らの人間性の価値への深刻な挑戦として囚えられていた。
美学というものが哲学の内部から独立を模索するようにもなっていた。
次第にそれは絵画の構図や比率或いは色の分析配置という数学的な理論の裏付けを求めるようにもなり始め、心理学のような軽薄な中に真剣さを孕んだ分野になり始めていた。
その意味を理解しているか否かはともかくとして、デカートの今時の画家の中には分光器を持たない者が居ないような状態でもあった。
音楽を趣味或いは生業とする者達が、この論文発表から受けた衝撃はより一層鮮明であった。
彼らの一部は会場の中で改めて聞く、町中の平凡な雑踏の風景雑音を音楽として認識できてしまう自分自身の感性に衝撃を受けていた。ならば、音楽とはただの雑音なのか、演奏とは工作加工なのか、彼らの根幹は技術や論文の内容から大きく離れて問われることになった。
光画がつまり影を炙り出しのように写しとったものであるという理解は、デカートの人々の中にはそろそろ定着していたが、動きがそれを連続させたものだという理解は驚きだったようだ。
しかし一方で概念としては古くから学志館所蔵の論文の多くも示唆していたし、実態としてそのように扱うことで多くの物理現象と数学概念を結びつける試みもあった。
またしかし、それを実際に機構として再現可能なほどに精緻に並べあわせることの難しさから、せいぜいが楽器演奏の教本や或いはもっと大掛かりな時計じかけなどで実例も示されてはいたが、或いは目に触れるほどの機会がない者も多い。
今年の学会の論文発表は音の記録と云う話だった。
基本的には音波の根源である波形をどうやって連続的に記録し、また再生するか、と云う技法についての理論背景の説明と実際についてだった。
音が振動であることから運動方程式を構築することができる。
その方程式の時間的な連続体が音の実体で、微少時間で積分することで符号化できる。
機械的にはバネ減衰系を使い共振を利用して必要な周波数要素を強調し切りだす。
と云う話で、振動板に付いた針が溝のついた樹脂板の上を滑るうちに、溝を振動した刻み針が叩くことで音が溝に刻まれたり、電気的な信号として磁気テープの上や回転円板の上に記録されたり、或いは一旦数値化され高速計算器に格納されたりという例を報告した。
機械オルガンやオルゴールとは少し違う、音波そのものの符号化の話であったが、符号化の過程が大きく違う以外は、考え方の基礎としては同じようなものだった。
元来の話で言えばどういう風に現象を信号として受信するか、構成するかという問題でもある。
音波というものの性質を耳の構造だけで捉えれば、それは極めて線形の一次元の波形として扱えるので、記述が耳の数二組あれば音を極めて立体的に表現できる。
多少散漫な話が続いた後に会場に音楽の演奏が響いた。
それは会場に設けられた幾つかの音響箱、スピーカーから聞こえてくるもので四つしかないものの音は四方八方を練り歩くように上から下からも聞こえてくるようだった。
音源の時間位相と出力や周波数をずらせ歪ませることで四つのスピーカーが数千数万の人々の雑踏に変わるさまは理屈の説明があった後でさえ奇妙なものだった。
実際にはこの技術は電探の補完技術としてローゼンヘン工業では使っていた。
特定基地からの発信を複数の基地で測定したり、或いは複数基地の複数信号を受信基地で解析したりという方法で出力の大きさや検出器の性能を補完していた。ある程度解析のコツが必要ではあったが、発信の信号と時間がわかっていれば一つの基地から送受信するよりも却って明晰に像を捕捉できたし、様々な反射が生み出す影を払い落とすことができた。
とくに船上の電探にとっての海面の波が生み出す虚像は厄介で、その色分けをつけるために様々な努力が払われた結果でもある。
これはしかし音を物として保存できるという全くわかりやすい、新たな商品になることを示していた。
娯楽としては儚いその場限りの宿命を持っていた音楽は、その性質上極めて高価なものになるか極めて安価陳腐なものになるかどちらかであったが、物として保存できるとなれば手頃なものが量産できるということでもあった。
それはつまり音楽家という一種の芸術家が、芸術としてではなく稼業として成立しうることを示していた。
それは光画によって絵描きが職人と金持ちの囲われ者の両極端から解放されたのと同じ効果を、音楽に対して与えるはずだった。
先立ってデカートでは絵画に新たな方向性が生まれていた。
幻想と実存に対する追求という形で認識と現象の狭間の錯覚の哲学を模索する幻想主義芸術のような動きにもつながっていた。
これまでの単なる写実ではなく、目が二つあることを活かした光学的な実験であったり、色に対する分析であったり或いは錯覚といった一種何をどう見たらこう見えるのかというような、幻想と写実の入り混じった絵画が年々増えていた。
そう云った幻想的な印象を得るために、首を絞めてみたり毒物を摂ってみたり失血死寸前になってみたりというような、しばしば事故死に至る正気とも思えない絵画の技法への取り組みがあったりもしたが、一般的には安くなり始めたガラスや鏡を使った専用メガネを使うなどの方法で落ち着いていた。
一方で写実の方向性は極めて工芸的な微細を追求するようになり始めてもいた。
技術というものが芸術家に及ぼした危機感は市井の想像以上の衝撃で、彼らの人間性の価値への深刻な挑戦として囚えられていた。
美学というものが哲学の内部から独立を模索するようにもなっていた。
次第にそれは絵画の構図や比率或いは色の分析配置という数学的な理論の裏付けを求めるようにもなり始め、心理学のような軽薄な中に真剣さを孕んだ分野になり始めていた。
その意味を理解しているか否かはともかくとして、デカートの今時の画家の中には分光器を持たない者が居ないような状態でもあった。
音楽を趣味或いは生業とする者達が、この論文発表から受けた衝撃はより一層鮮明であった。
彼らの一部は会場の中で改めて聞く、町中の平凡な雑踏の風景雑音を音楽として認識できてしまう自分自身の感性に衝撃を受けていた。ならば、音楽とはただの雑音なのか、演奏とは工作加工なのか、彼らの根幹は技術や論文の内容から大きく離れて問われることになった。
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