有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います

緑虫

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【続編】ヨルゲンxオラフ

21 手すり

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 購買は一階だ。

 大股で廊下を進むと、階段の踊り場に足を踏み入れる。この時俺は、妙な高揚感に包まれていた。

 いつも言い負かされて黙るのは俺。でも今回は父様の話を出したせいか、俺の意見を最後まで言うことができた。こんなことは、普通の人にしてみたらごく些細なことかもしれない。だけど俺にとってはすごく大きな一歩だった。

 身内以外の人間にはっきりと自分の意見を伝えることができたのは、ヨルゲンと過ごすようになってから初めてかもしれない。そしてこうして主張してみせた以上は、ここでしっかり俺にもできるということを証明しなくちゃならないだろう。

 たかが買い物だけど、俺にとってはそれなりに躊躇する行動のひとつだったことは否めない。だからこそ、これまでの半年間はヨルゲンがやってくれるからと甘えていた。

 だけど、今日を境に俺は変わるんだ!

 財布からお金を出す動作が多少ぎこちなくても、硬貨をぶちまけてしまっても、もうめげない。一度や二度の失敗がなんだ。それにここは貴族の子どもが通う場所で、市井じゃない。会計を待たせてしまって舌打ちをする店員なんて、王都と違っていない筈だ。

「見てろよ! 俺だってそれくらいはできるんだからな……!」

 口の中でブツブツ言いながら手すりに手をついて、身体を階段に向けて反転させようとした。だけどいつにない早歩きだったせいか、手がスカッと空振る。

 あっと思った時には俺の足は空を踏み抜き、身体がふわりと宙に浮いていた。

「わ――」

 目測を誤ったんだと気付いた時には、もう遅かった。身体は硬直したまま、自分を助けようと動いてもくれない。

「――っ!」

 落ちる……っ! 恐怖のあまり、咄嗟に目を閉じた。すると次の瞬間、「オラフ!」という切羽詰まった声と共に、腰をぐいっと掴まれる。

「……うわっ!」

 気が付いた時には、俺の身体は床に投げ出されていた。と、仰向けにひっくり返っている俺の前に、影が勢いよく映り込む。

「オラフ! 痛いところはないか!?」

 驚いた。息が吹きかかるほどの近さから俺を覗き込んできたのはヨルゲンだったからだ。

 うわあ……近くで見ると、圧倒的美がとんでもない。肌は染みひとつない滑らかさだし、作り物と言われても納得してしまうほど全てが均等で整っている。

「オラフ! 何か答えてくれ!」

 ヨルゲンは相変わらず表情が変わらないけど、そこはかとなく焦りは伝わってきた。思わず見惚れていたけど、慌てて首を縦に振る。

「えっ、あ、う、うん」
「怪我は! 痛みは!」
「え、と、な、ない……かな?」

 今更ながらに俺は気付いた。俺は床に投げ出されたんじゃない。ヨルゲンが咄嗟に俺を引っ張り戻してくれていて、ヨルゲンに軽々と横抱きにされていることに。

 道理で痛くない筈だよ……。

 だけど、ヨルゲンに横抱きにされているとわかった途端、カアアッと全身が熱くなる。だって、同性の、しかも同級生に抱っこされる男なんて、どう考えても恥ずかしいしかないじゃないか!

 なのに、ヨルゲンが俺から目を逸らしてくれない。逃げられない状況に居た堪れなくなった俺は、目を微妙に逸らしながら言った。

「ヨ、ヨルゲン、ありがと」
「ああ……驚かせるな」

 ヨルゲンの声には、珍しく感情が少し乗っているように聞こえた。ほっとしているような、先程までの詰問するような怖いのじゃない、柔らかさを伴った声色だ。

 でもそうか、と気付く。万が一俺が怪我でもしてしまったら、間違いなくヨルゲンは解雇される。家族の不仲が自分に理由があると知っているヨルゲンにとって、家族の助けになる資金援助を断たれるのは避けたい筈だ。

 つまり、ヨルゲンの一進一退は俺の存在にかかっていると言って過言じゃない。それを実感した今、やはり俺が早くしっかりして独り立ちして、ヨルゲンに奨学金を得る機会を与えなければ、と決意を新たにした。

「もう大丈夫だから、下ろしてほし――」
「駄目だ」

 即座に返ってきた言葉に、思わずヨルゲンの水面のような色の瞳を凝視した。と、ヨルゲンに眼光鋭く覗き返される。眼力が強い。

「え? でも……」

 するとヨルゲンが視線をスッと階段に向ける。ん? なんだろうと思い視線を追うと、とんでもない光景が視界に飛び込んできた。

「え……」

 ……手すりの一部が、それはもう見事にぐしゃっと潰れているじゃないか。そして先のほうまで中が割れてしまっている。あれじゃ、手すりとしては不安しかない。

 直後、俺の脳裏に最初にヨルゲンと会った時に言われた言葉が再生された。

『本当に困った時に売ろうと言っていた時代物の壺も割ったし、修繕にもお金がかかるのに階段の手すりをつい握り潰したりしたこともあった』。

 あの時は「まさかぁ」なんて思っていたし、実際に石を素手で割ったのを見ても、正直実感は湧いていなかった。

「手すりって……握り潰せるんだ……」

 掠れ声で尋ねると、ヨルゲンが真顔のまま頷く。

「俺が一緒に落ちては意味がないから、咄嗟に掴んだ」
「そ、そうだよね……はは……っ」

 どう反応していいかわからずへらりとした笑いを浮かべると、何故かヨルゲンが目を細めながら口を引き絞った。目線は俺から一切外されない。

「……オラフ」
「は、はい」
「インクがないんだったな」
「は、はい」

 やっぱり行くなとか言われてしまうのか。俺にだってできると突き進んだ結果がこれだ。やめろと言われたら、さすがにこれ以上「俺ひとりでやる」とは主張できる状況じゃなかった。

 ビクビクしながらヨルゲンの次の言葉を待っていると、ヨルゲンが口を開く。

「俺がオラフの手すり代わりになる」
「はい?」

 言っている意味がよくわからなくて聞き返した。ヨルゲンが俺をその場に下ろしながら答える。

「オラフは手すりがないと不安だろう。だが手すりは俺が壊してしまった。だから俺がオラフの手すりになる。俺の腕にしっかり掴まってくれ。絶対に落とさないよう細心の注意を払うから」
「へ……」

 ヨルゲンが俺に片腕をスッと差し出してきた。そのまま、じっと俺が反応するのを待っている。

 ……ええー……。腕、掴むの? パーティーにエスコートされる令嬢じゃないか……。

 だけど俺の忌避感なんてちっとも伝わっていないのか、ヨルゲンが腕をグイッと近付けてきた。

「どうした? もし腕だけで不安だということであれば、抱いて下りることもできるが――」

 ヨルゲンが俺を抱き上げる為に屈もうとする気配を察した俺は、パシッと勢いよく片手をヨルゲンの腕に乗せた。

 ヨルゲンは意外なほど頑固だ。自分のことを使用人だと言う割には、俺の言うことをちっとも聞かない。だからこうでもしないと有無を言わさず横抱きで連れて行かれるのは想像に難くなかった。

「い、行こうか!」

 声を上ずらせながら言うと、ヨルゲンが「……ああ」と答えたのだった。
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