異世界転移して岩塩を渇望していたらイケメン冒険者がタダでくれたので幸せです

緑虫

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15 空気

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 ユージーンさんがこの家にきて、一ヶ月ほどが経ったある晩のこと。

 僕はお風呂場から出て、リビングに向かっているところだった。

 すると、少し扉が開いたローランさんの部屋から、ユージーンさんとローランさんの会話が聞こえてきた。

「親父。実はさ、そろそろ年一のアカイロアオウミガメの産卵の時期なんだよ。あれは腰が痛くなるけどいい金になるから行こうかと思ってる」

「えっ」という声が出なかったのは、ショックが大き過ぎたせいかもしれない。

 ユージーンさんが、この家から出て行ってしまう。嘘、まだまだ一緒にいられると思っていたのに、なんで急に。

 ……それにしてもそのウミガメって、赤いんだろうか、それとも青いんだろうか。想像がつかない。

 ローランさんが答える。

「あの卵は珍味だもんなあー。土産によろしくな。それにしても、お前にしちゃ随分と地味な仕事じゃないか?」

 これまでユージーンさんは、ギルドに寄せられた依頼の中からモンスター退治を主に引き受けていたそうだ。だけど二人の話しぶりからすると、ウミガメの卵の収獲は地味な作業らしい。確かに戦闘に特化したユージーンさんが受け持つ内容にしては物足りなさそうだ。

 ユージーンさんは、あっけらかんとして答える。

「だってほら、あんまり危ないことはできないだろ」
「あの無鉄砲で唯我独尊のお前が、気遣うようになれる日が来るとはな……」

 しみじみと言ったローランさんに対し、ユージーンさんは「うっせーなあ」と苦笑で返した。気遣う? なんだろう。怪我をしてローランさんに心配をかけないように、とかだろうか? それに唯我独尊って、僕が知っているユージーンさんは思いやりがあって気が利くお兄さんなのに、一体どこに唯我独尊の要素があるんだろう。

 僕の知っている唯我独尊とこの世界の唯我独尊の意味は違うのかな? と心の中で小さく首を傾げた。どういった理由によるのか、何もかもが日本語に翻訳されるので、これまで言葉に不自由を感じたことはない。でも、もしかしたら直訳されていて実際に使われている意味とは違う可能性もあるのかもしれない。

 二人の会話は続く。

「親父! それよりもさ、あれはどうなった? 早くイクトに知らせたいんだけど」

 突然僕の名前が出てきて、心臓が飛び跳ねた。僕に知らせたいこと? 一体何のことだろう、と会話に耳を澄ます。

「ああ、それなんだがな。なんせこの制度はできてまだ十年だろ? 監督者死亡の前例以外なくて、地方の役場じゃ判断できないって保留にされちまってるんだよ」

 監督者の死亡の前例? 判断できない? 本当に何の話だろう。物騒な内容に、風呂上がりだというのに背中にぞくりと怖気が走った。

 ユージーンさんが不満気な声を漏らす。

「ええ!? それじゃあ間に合わない? 他に方法ないの?」
「ひとつはあるが、イクトの意思を確認しないことにはさすがにこの方法はなあ」

 言い渋るローランさん。僕の意思? 監督者と僕の関係と言ったら……え、もしかしてローランさんが僕の監督者から外れるってこと? どうして? なんで? ローランさんの傍にいれば息子であるユージーンさんの近くにいられるって思っていたのに。

 ……もしかして、僕のよこしまな恋心がバレてしまったのか。僕がユージーンさんを好きになってしまったら、ユージーンさんがお嫁さんを迎えて一緒に暮らしたりしにくくなるから……とか?

 ショックだった。ただ想うだけなら許されるんじゃないかと思っていたけど、甘かったのか。

 同性愛者の僕は、誰かを好きになっただけで人の迷惑になるのか――。

 頭が真っ白になる。もうこれ以上は聞いていられなかった。

「え、何なに? 教えろよ親父」
「ぐう……いいか、教えるが、決して無理強いはするんじゃないぞ。こういうのはな、お互いの気持ちと同意ってもんが……」

 足音を立てないよう、静かにその場から離れる。そのまま夜過ごすことが暫くなかった自室に入ると、少し埃くさくなった布団の上にうつ伏せに倒れ込んだ。

 頭の中が、半鐘が鳴っているようにガンガンと響く。実際に聞いたことはないけど、消防車がこれに近い音を鳴らしている時は火事の現場に向かっているって聞いたなあ、なんてどうでもいいことを考えた。

 分かったことは、このままユージーンさんへの恋心を持っていてはいけないということ。ユージーンさんはこちらのことを何も知らない僕に教えてくれていただけなのに、僕は彼の親切を特別だと勘違いしてしまった大馬鹿者なんだ。

 だったら僕がこの先することは、二人に疑われないようにユージーンさんと距離を置くことだろう。

 なんで誘われるがままに一緒の布団で寝ちゃったんだろう。腕の中に包まれながら寝ることが当たり前になってしまったら、なくなる時に辛いのは僕だけだったのに。

 こっちの世界の人たちの距離感の近さを失念していた僕が悪いんだ。

 だから。

「……もう、一緒に寝るのはやめよう。買い出しも、もうひとりで大丈夫だって伝えよう……」

 僕が頼りないから、あまりにもこちらのことに興味がないように見えたから、それで人のいいユージーンさんは手を差し伸べてくれたんだろう。

 でももう、色んなことを知れた。だからきっと、ユージーンさんの助けがなくても色んな人に分からないことは聞いてやっていけるから。

「……ごめんなさい、好きになってごめんなさい」

 頭から布団を被る。やっぱりちょっと埃臭かったので、明日外に干そう。

 今夜限りで、ユージーンさんへの恋心は封印だ。ジメジメした想いは、お日様の光できっと浄化できる筈だから。

「ぐす……うう……っ」

 涙が滲んできてしまい、小さく鼻を啜り上げる。嗚咽が漏れそうになったので、口を手でぎゅっと押さえて必死で堪えた。

 暫くすると、コンコン、というノックがする。キイ、と音を立てて扉が開いた後、ユージーンさんの「イクト? ……あれ、寝ちゃったのか? 昼間歩かせ過ぎちゃったかなあ? ちえっ」という声が聞こえてきたけど、僕は寝たふりを続けた。

 ――結局、どの世界にいても僕はいらない子だったんだ。

 唯一の例外は、母さんだった。でも、僕をありのままに受け入れてくれた母さんはもうどこにもいない。

 やっぱり、目標を持つなんて大それたことを空っぽだった僕が考えたのがいけなかったんだ。

 なら、僕はもう一度からになりたい。ユージーンさんへの恋心をなかったことにして、誰の笑顔も欲しがらない、空気みたいな存在に。

 ……こっちのあの世とあっちのあの世とは、繋がってるのかな。

 僕の異世界転移は、女神様の采配で意味があるもの。そんなの絶対嘘だ。どこの世界にいたって、僕の居場所はもうないじゃないか。

「母さん……会いたいよ……」

 無性に、母さんに会いたかった。
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