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俺のことを春香ちゃんに相談していた――?
ぽかんとして、聞き返す。
「俺の相談て……何を相談してたんだ?」
日向を見ると、目線を泳がせて身体の前で指をモゾモゾ絡ませているじゃないか。……いやマジで、一体俺の何を話してたんだ。俄然気になるんだけど。
「いやその……なんていうか、井出と話をできなくなったことについて、どうすればいいのか、とか」
「え……っ」
俺が日向を認識できなくなってしまったことが、そんなにも日向を悩ませていたのか。「ちょっと縁遠くなっちゃったな」程度で考えていたんだろうと漠然と考えていただけに、日向の言葉は衝撃だった。だって――相手は俺だぞ?
じわり、と嬉しさが込み上げてくる。
「あっ、あのさ……っ」
もっと詳しく知りたくて身を乗り出した、その時。店員のお姉さんがやって、「ご注文はお決まりですか?」とにこやかな笑顔で聞いてきた。慌ててメニューを覗き込む。
「は、はい! 決まりましたっ」
俺と日向はそれぞれ自分のものを注文すると、お姉さんが背中を向けたのを確認してから向き直る。
「あの、俺のこと、春香ちゃんに相談するほど悩んでたの……?」
「……ん。重かったらごめん」
少し上目遣いでこちらを見ている日向の姿を見て、ナニコレと思った。凹んだシェパードがいるぞ。可愛いんだけど。眉間に皺は寄ってるけど。
ニヤけてしまいそうな頬を必死で引き締めて、身体の前で手をぶんぶん振った。
「いや、重いとかそういうのはないよ!? むしろ、俺ってほら、ぼっちな人間だろ!? 俺みたいなつまんない奴のことで悩ませたのが申し訳なかったなっていうかっ」
「井出はつまんない奴じゃない。申し訳なくもない」
即座に返ってきた言葉に、どういう表情をしていいのか分からなくなった。日向の言葉も好意も、くすぐったすぎる。こんなことって、現実にあるんだ。信じられなかった。
「ありがと……。あ、ちなみにさ、春香ちゃんは俺のことをなんて言ってたの?」
俺がひとりで勝手に春香ちゃんに失恋してから、二週間。その日の夜は、さすがに色んなことが重なりすぎて、キャパオーバーになって泣きまくった。だけど毎日日向が隣にいてくれている間に、いつの間にか失恋の痛みが殆どなくなっていた。
恋に破れてぽっかり空いた心の穴に、日向がすっぽり、というよりもむしろギュムッと突っ込んできたと表現するのが正しい気がする。言うならば、流星の如く現れて、そのまま隕石がぶつかってきたみたいなインパクトの強さだった。
春香ちゃんに抱いた恋心はもしかして、俺の寂しさを埋めたいが為のものだったんじゃないか。そんな風に自分の恋心が本物かどうだったかを疑ってしまうほどに、それまで春香ちゃんのことで占められていた俺の心の中は、今や日向一色に塗り替わっていたんだ。
これまでちゃんと友達と呼べる相手がいなかった俺にとって、日向という新しい友達と笑い合う毎日は新鮮そのもので、日向と過ごす時間が狂おしくなるほど楽しくて、本当に夢みたいだと思った。
少し前までと変わらない同じ一日な筈なのに、日向が隣にいるだけで、世界はこんなにも眩くて愉快なものなんだと知った。泣きたいほどに鮮やかで、自分がこんなに楽しくていいのかと不安を覚えるほどだった。
なのにその上、日向がそんなにも俺とのことを考えてくれていたなんて、凄い。もしかして俺は、明日死ぬんじゃないか。
歓喜の嵐が心の中に吹き荒れているなど知りもしない日向が、ボソボソと続ける。
「……三年生になって、井出と一緒のクラスになれたけど、結局うまく話しかけられなくて……井出からも話しかけてもらえなくて、悩んでたんだ」
「そうだったんだ……」
覚えてなかったし、日向にいつも睨まれてたしな。
「そうしたら、同じ高校に入ってきた春香が、『だったら自分がそいつがどんな奴か確かめてやる!』と言って……」
「え、それってまさか」
驚いた顔で日向を見上げた。
「春香は物凄い運動音痴だから、元々運動部じゃなくて文化部に入るつもりだったんだ。だけどひとりじゃ不安だと思っていた時に、中学からの同級生の二人が『なら一緒に入る』と言ってくれて……それで三人で映画研究部に入ったと言ってた」
「……マジ?」
「うん」
日向はやっぱり眉間に皺を寄せたまま、深く頷いた。
なんてこった。つまりあの三人は、兄思いの春香ちゃんと共に、本当に俺が日向の友達たるに相応しいのかを観察しにきたスパイだったってことか。
驚きすぎて口をあんぐり開けていると、日向がでかい図体を所在なさげに縮こまらせながら説明を続ける。
「実際に映画研究部に入ってみたら、何か行き違いがあったか、本気で同一人物だと思ってないんじゃないかと言われた」
「そ、そうなんだ」
よかった。俺は一年生女子の間で悪役にならずに済んだらしい。これは一年生の面倒を俺に託した山本のお陰もあるだろう。ありがとう、山本。
「春香には、自分から話しかけてみろと背中を押されて」
「うん」
「だからこの間井出が居眠りしてる時、勇気を出して話しかけてみたんだけど……。折角井出がお礼を言って笑いかけてくれたのに、嬉しすぎて何も返せなくて……っ」
悔しそうに唇を噛み締める日向の言葉を聞いて、俺は思わず素っ頓狂な声を出した。
「はあっ!? あれが嬉しい顔だったの!? だって滅茶苦茶睨んでたじゃないか!」
「あれは……っ、井出が俺の方を見てくれたのが嬉しくて、顔を見ていたら返事をするのを忘れて……っ」
なんてこった。あの眼光鋭い睨みには、そういう意味があったのか。
……分かる訳ないって。
「……ふ」
肩が震える。
「井出?」
不安そうな眼差しを俺に向ける日向。だけど「心配するな」と日向を慰めたくても、勝手に出始めた笑いは止まってはくれなかった。
「ふ、ふふふふ……っ、あは、ははははっ!」
「え」
「あんなの、ふはっ、わ、分かる訳ないじゃんっ! あはは……っ! 返事するの忘れるほど嬉しかったの? あれで!? あははははっ!」
「い、井出……?」
日向があまりにも困り果てた様子だったので、懸命に笑いを抑え込む。それでも沸き起こってくる笑いに小さく肩を震わせながら、日向に笑顔を向けて伝えた。
「はは……っ、日向さ。俺のことをそんなに考えてくれて――ありがと」
俺の言葉にハッとした表情を見せた日向は。
「……うん」
ちょっぴり照れ臭そうに小さく笑ったのだった。
ぽかんとして、聞き返す。
「俺の相談て……何を相談してたんだ?」
日向を見ると、目線を泳がせて身体の前で指をモゾモゾ絡ませているじゃないか。……いやマジで、一体俺の何を話してたんだ。俄然気になるんだけど。
「いやその……なんていうか、井出と話をできなくなったことについて、どうすればいいのか、とか」
「え……っ」
俺が日向を認識できなくなってしまったことが、そんなにも日向を悩ませていたのか。「ちょっと縁遠くなっちゃったな」程度で考えていたんだろうと漠然と考えていただけに、日向の言葉は衝撃だった。だって――相手は俺だぞ?
じわり、と嬉しさが込み上げてくる。
「あっ、あのさ……っ」
もっと詳しく知りたくて身を乗り出した、その時。店員のお姉さんがやって、「ご注文はお決まりですか?」とにこやかな笑顔で聞いてきた。慌ててメニューを覗き込む。
「は、はい! 決まりましたっ」
俺と日向はそれぞれ自分のものを注文すると、お姉さんが背中を向けたのを確認してから向き直る。
「あの、俺のこと、春香ちゃんに相談するほど悩んでたの……?」
「……ん。重かったらごめん」
少し上目遣いでこちらを見ている日向の姿を見て、ナニコレと思った。凹んだシェパードがいるぞ。可愛いんだけど。眉間に皺は寄ってるけど。
ニヤけてしまいそうな頬を必死で引き締めて、身体の前で手をぶんぶん振った。
「いや、重いとかそういうのはないよ!? むしろ、俺ってほら、ぼっちな人間だろ!? 俺みたいなつまんない奴のことで悩ませたのが申し訳なかったなっていうかっ」
「井出はつまんない奴じゃない。申し訳なくもない」
即座に返ってきた言葉に、どういう表情をしていいのか分からなくなった。日向の言葉も好意も、くすぐったすぎる。こんなことって、現実にあるんだ。信じられなかった。
「ありがと……。あ、ちなみにさ、春香ちゃんは俺のことをなんて言ってたの?」
俺がひとりで勝手に春香ちゃんに失恋してから、二週間。その日の夜は、さすがに色んなことが重なりすぎて、キャパオーバーになって泣きまくった。だけど毎日日向が隣にいてくれている間に、いつの間にか失恋の痛みが殆どなくなっていた。
恋に破れてぽっかり空いた心の穴に、日向がすっぽり、というよりもむしろギュムッと突っ込んできたと表現するのが正しい気がする。言うならば、流星の如く現れて、そのまま隕石がぶつかってきたみたいなインパクトの強さだった。
春香ちゃんに抱いた恋心はもしかして、俺の寂しさを埋めたいが為のものだったんじゃないか。そんな風に自分の恋心が本物かどうだったかを疑ってしまうほどに、それまで春香ちゃんのことで占められていた俺の心の中は、今や日向一色に塗り替わっていたんだ。
これまでちゃんと友達と呼べる相手がいなかった俺にとって、日向という新しい友達と笑い合う毎日は新鮮そのもので、日向と過ごす時間が狂おしくなるほど楽しくて、本当に夢みたいだと思った。
少し前までと変わらない同じ一日な筈なのに、日向が隣にいるだけで、世界はこんなにも眩くて愉快なものなんだと知った。泣きたいほどに鮮やかで、自分がこんなに楽しくていいのかと不安を覚えるほどだった。
なのにその上、日向がそんなにも俺とのことを考えてくれていたなんて、凄い。もしかして俺は、明日死ぬんじゃないか。
歓喜の嵐が心の中に吹き荒れているなど知りもしない日向が、ボソボソと続ける。
「……三年生になって、井出と一緒のクラスになれたけど、結局うまく話しかけられなくて……井出からも話しかけてもらえなくて、悩んでたんだ」
「そうだったんだ……」
覚えてなかったし、日向にいつも睨まれてたしな。
「そうしたら、同じ高校に入ってきた春香が、『だったら自分がそいつがどんな奴か確かめてやる!』と言って……」
「え、それってまさか」
驚いた顔で日向を見上げた。
「春香は物凄い運動音痴だから、元々運動部じゃなくて文化部に入るつもりだったんだ。だけどひとりじゃ不安だと思っていた時に、中学からの同級生の二人が『なら一緒に入る』と言ってくれて……それで三人で映画研究部に入ったと言ってた」
「……マジ?」
「うん」
日向はやっぱり眉間に皺を寄せたまま、深く頷いた。
なんてこった。つまりあの三人は、兄思いの春香ちゃんと共に、本当に俺が日向の友達たるに相応しいのかを観察しにきたスパイだったってことか。
驚きすぎて口をあんぐり開けていると、日向がでかい図体を所在なさげに縮こまらせながら説明を続ける。
「実際に映画研究部に入ってみたら、何か行き違いがあったか、本気で同一人物だと思ってないんじゃないかと言われた」
「そ、そうなんだ」
よかった。俺は一年生女子の間で悪役にならずに済んだらしい。これは一年生の面倒を俺に託した山本のお陰もあるだろう。ありがとう、山本。
「春香には、自分から話しかけてみろと背中を押されて」
「うん」
「だからこの間井出が居眠りしてる時、勇気を出して話しかけてみたんだけど……。折角井出がお礼を言って笑いかけてくれたのに、嬉しすぎて何も返せなくて……っ」
悔しそうに唇を噛み締める日向の言葉を聞いて、俺は思わず素っ頓狂な声を出した。
「はあっ!? あれが嬉しい顔だったの!? だって滅茶苦茶睨んでたじゃないか!」
「あれは……っ、井出が俺の方を見てくれたのが嬉しくて、顔を見ていたら返事をするのを忘れて……っ」
なんてこった。あの眼光鋭い睨みには、そういう意味があったのか。
……分かる訳ないって。
「……ふ」
肩が震える。
「井出?」
不安そうな眼差しを俺に向ける日向。だけど「心配するな」と日向を慰めたくても、勝手に出始めた笑いは止まってはくれなかった。
「ふ、ふふふふ……っ、あは、ははははっ!」
「え」
「あんなの、ふはっ、わ、分かる訳ないじゃんっ! あはは……っ! 返事するの忘れるほど嬉しかったの? あれで!? あははははっ!」
「い、井出……?」
日向があまりにも困り果てた様子だったので、懸命に笑いを抑え込む。それでも沸き起こってくる笑いに小さく肩を震わせながら、日向に笑顔を向けて伝えた。
「はは……っ、日向さ。俺のことをそんなに考えてくれて――ありがと」
俺の言葉にハッとした表情を見せた日向は。
「……うん」
ちょっぴり照れ臭そうに小さく笑ったのだった。
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