強面な同級生は、俺の横顔が好きらしい

緑虫

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20 あーん

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 運ばれてきたパンケーキに乗せられた生クリームの量は、正に山盛りという表現がぴったりのとんでもないものだった。

「すっごいな……」
「だよね。これがもう一度食べたかった」

 生クリームのサイズ感に驚くと同時に、目の前に置かれたパンケーキを見た瞬間日向の目が輝くのを見て、笑っちゃいけないけど思わず吹き出しそうになってしまった。

「いただきます」

 姿勢よく座っている日向が、行儀よく手を合わせる。

「どうぞ召し上がれ」

 俺が答えると、日向の仏頂面の目元だけが仄かに緩んだ。フォークとナイフを両手に構えると、高級レストランでお上品なステーキでも切るような貫禄で生クリームにナイフを入れる。

 エスプレッソソースがかかった生クリームの塊を、まずはひと口。次いでキャラメルとシナモンがお洒落に散らばされたパンケーキをカットして、形のいい口の中に入れてゆっくり咀嚼した。

 数回咀嚼したところで、日向の目が輝く。余程美味しかったんだろう。口の端が小さく上がっていく様を眺めていると。

 日向の鋭い眼光が、突然俺に向けられた。

「……井出? 食べないの?」
「えっ? あ、食べる食べる!」

 まさか日向の美味しそうに食べる姿に見惚れていましただなんて、言える筈もない。慌てて目線を自分のパンケーキに落とすと、カチャカチャと音を立ててトロピカルフルーツと生クリームのマンゴーソースがけなるパンケーキを雑にカットして、口の中に放り込んだ。

 ……甘い。滅茶苦茶甘いよ、このパンケーキ。でも、生クリームが意外と甘くないのでマッチしている。ただ甘いだけのカロリーモンスターじゃなさそうなところが、女子に人気の秘密なのかもしれない。

 ふと視線を感じ、伏せていた顔を上げる。

 案の定というか、日向が思い切り睨みながら俺を見ていた。だから怖いって。

 だけどこの顔は、あくまで俺を見ようとしているだけだと俺はもう知っている。一瞬だけはどうしてもドキッとするけど、そこは勘弁してほしい。慣れるまでの時間を俺に頂戴。

「どう? マンゴーソースだと大分酸味が強そうだけど」

 日向は俺のパンケーキの味も気になるらしい。とんでもない甘党だな。

「いやあ、パンケーキがあっまいから、丁度いいかな。美味いよ、ひと口食う?」

 俺の言葉に、日向がこくこく頷く。

 すると次の瞬間、日向が上半身を乗り出してきて、ぱかりと口を開けたじゃないか。

 え……っ、これってもしかしなくても、俺があーんしろってこと?

 日向は仏頂面のまま、口を開けて微動だにしない。う、うわあ、どうしよう……。

 周囲から、クスクスという忍び笑いも聞こえてくるような。でも駄目だ! ここで周りを見たら、きっとビビりな俺は勇気がなくなって、日向を傷付けてしまう。

 ――なら、やるべきことはひとつ!

 覚悟を決めると、ホットケーキを四角くカットしていく。その上にナイフでマンゴーソースがかかった生クリームを載せ、更にトロピカルフルーツをひとつ天辺に載せたら、日向あーん用ひと口ホットケーキの出来上がりだ。

 フォークで底を掬い、落とさないように慎重に日向の顔の高さまで掲げる。

 日向は真剣な眼差しでホットケーキを凝視しているままだ。そんなに食べたいんだなあと思うと、また吹き出しそうになってしまった。でも今笑ったら確実に落とすやつだ。だから我慢だぞ、俺。

「はい、日向」
「あ」

 日向が更に前に身を乗り出して、口を大きく開ける。歯並びいいなあ、なんて思いながら日向の口の中に入れた。日向の口がぱくりと閉じると、フォークに付いたソースと生クリームを綺麗に舐め取っていく。

 ……よく考えたらこれ、間接キスだよな。思わずそんなことを考えてしまった瞬間、背中がカアッと熱くなった。ば、馬鹿だな、俺! 同性の友達相手に何が間接キスだよ!

 焦りと照れを誤魔化す為、慌てて自分の皿に目線を落とす。そのままカットして口に含めようと思った、その時。

「――井出」
「え?」

 目の前に突然、フォークに刺さったエスプレッソソースがかかった生クリームがてんこ盛りになっているパンケーキが差し出された。パンケーキの向こうには、俺を睨む日向の顔がある。

「こっちも食べてみて」
「あ、うん」

 条件反射で肯定すると、日向の表情が少しだけ安堵したように緩んだのが分かった。一見強引に見える日向だけど、多分心の中では色々考えて葛藤しているんだろうなあ、なんて考えながら口を大きく開ける。

 日向が切り分けた量は、予想していたよりも多かったらしい。綺麗に口の中に収めることができなくて、唇や口の端に付いた感触があった。

 とりあえず、もぐもぐ咀嚼していく。生クリームは同じ甘さだけど、エスプレッソソースが大分苦いので、甘さをそこまで感じない。大人な感じの味で、これはこれで美味しいかも、なんて考えていたところ。

「井出」
「ん?」

 日向の長い腕がスッと伸びてきたかと思うと、手に握られていたおしぼりで口の横を拭い取られたじゃないか。

「ついてた」
「あ……悪い」

 うわ、友達に拭かれてしまった。恥ずかしすぎる……!
 
 日向はスンとした表情のまま、何でもないといった様子で首を横に振る。だけど俺には恥ずかしさのピークが訪れていて、今日向の顔を見たら叫びだしてしまいそうになってしまっていた。

 バクバクッ! とホットケーキを掻っ込む。

「井出が好きそうでよかった」
「お、おうっ」

 今の食いっぷりのせいで、どうやら日向に俺がホットケーキ好きだと勘違いさせてしまったみたいだ。いや、美味しいんだけど、女子に囲まれている上に、日向にあーんをしたりしてもらったり、更に口許の汚れまで拭き取ってもらってしまった恥ずかしすぎる今の状況が、小心者な俺にはもうキツすぎるんだよ……!

「……また誘っていい?」

 日向のどこか窺うような声色に、やっぱりビビりな俺は「お、おう……!」とつい答えてしまう。しまった、俺! 流れ的に仕方がないとはいえ、この居た堪れない状況をまた経験しに行くつもりか!? 死地に赴く戦士の覚悟がいるぞ! と分かってはいても、日向ががっかりする顔は見たくはない。……次回までに覚悟を決めておこう。

 すると、どこからともなく、「尊死……っ」という囁き声が聞こえてくる。え、まさか? と目線を上げると。

「……わ」

 日頃の仏頂面からは想像もできないような、輝かんばかりの笑みを俺だけに向けている日向の姿があった。
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