世界樹の贄の愛が重すぎる

緑虫

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42 信じて

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 ワドナンさんの口が薄く開いた。だけど、言葉は出てこない。

 目はあちこちに泳ぎ、どう見てもワドナンさんが動揺しているのが分かった。こういう表情をしていると、すごくユグに似ていて更に親近感が湧く。

「彼には名前がありませんでした。だから僕は彼に世界樹ユグドラシルから取った『ユグ』という名前を付けました」
「……ユグ……」

 掠れ声が、ワドナンさんの口から漏れた。ワドナンさんは、きっと僕がユグにとって敵か味方かを判断しかねているんだと思う。

 ワドナンさんを安心させるべく、僕はにっこりと笑ってみせた。

「ユグはとっても喜んでくれましたよ。それに彼は、怪我をした僕を助けてくれて。とても優しい人です」
「お……俺には四番目の息子など……」

 まあそうくるだろうな、とは予想していた。その場で機転を利かせるのは、僕には難しい。だけど、事前に幾通りもの可能性を予想して対応を考えておけば僕だってちゃんとできる筈だったから、考えうる限り考えた。

 最初にワドナンさんに協力をさせることを約束してもらった時みたいに。

 だけど、一番大事なのは僕の立ち位置をワドナンさんに理解してもらうことだ。

 ヨルトやドルグに比べたら、僕は本当に未熟だ。駆け引きもできないし、思ったことだってみんな顔に出てしまっているんだと思う。

 そんな僕にできることは、僕が心から思っていることを真摯に伝えて信じてもらうことなんじゃないか。

「ワドナンさん。僕はユグの味方です。信じて下さい」
「な、何を言って、」
「ワドナンさんがユグの命を守ろうとしたのは、ちゃんと分かっているつもりです」

 動揺しまくっていたワドナンさんの目が、驚愕からか大きく見開かれ、僕を捉えた。僕は彼の瞳を、真っ直ぐに見つめ返す。

「お前は……何をどこまで……」

 ほら、やっぱりそうだった。ある意味賭けでもあったので、自分の予想が間違っていなかったことに、安堵から膝から崩れ落ちそうになる。頑張って踏ん張ったけど。

「あくまで研究者の視点から、材料を元に冷静に導き出した結論です」
「――だからっ! 何を根拠にそんなことを!」
「ああっ、ワドナンさん、静かにっ」
「……くっ」

 急いでワドナンさんの腕を揺すると、ワドナンさんが慌てたように自分の口を手で押さえた。

「ワドナンさん、僕は世界樹の声が『贄』とどう関係があるのか、突き止めました」
「! お前……っ、『贄』のことまで……!」

 真剣な表情に戻して、こくりと頷いてみせる。

「はい。ユグから聞きました。石盤の在り処を教えてくれたのはユグなんですよ。彼は自分の立場を理解した上で、僕の為ならと協力してくれたんです」
「……う、嘘だ……」

 ワドナンさんが、信じられないとばかりに繰り返し首を小さく横に振った。

 ワドナンさんはもしかしたら、ユグを刺して穴に落としたワドナンさんを筆頭に守り人一族全体を恨んでいると思っていたんじゃないか。ふと気付いた。

「嘘じゃないです。ユグは……寂しそうではあったけど、これまで一度も誰に対しての恨み言を口にしたことはありませんでしたよ」
「ば、馬鹿な! あれだけのことをされたのに!」

 ワドナンさんが、堪らずといった様子で声を荒げる。もう全てを認めたも同然の言葉だった。

「彼は最初、名前をくれた僕への恩返しに僕の調査に協力して、最終的に『贄』であることを全うしようと考えていました」
「な……っ!」

 ワドナンさんの顔が、泣きそうに歪む。僕もつられて泣きそうになってきたけど、必死で堪えた。

 代わりに、ワドナンさんの褐色の二の腕をぎゅっと掴む。

「僕はユグを説得しました。ユグが犠牲にならなくて済む方法を必ず見つけ出してみせるから、そんなことする必要ないって」
「お前……」
「まだ全部の石盤は見つかってませんが、実際に何個か確認したところ、どこにも『贄』の必要性なんて書かれていませんでしたよ」
「ど、どういうことだ……!」

 ワドナンさんが食いついてきた。僕は心の中で祈った。お願い、僕を信じてと。

「どの石盤を見ても、必要なのは守り人の『命の水』であって、『贄』なんてどこにもなかったんですよ。そもそも世界樹は、『贄』なんて最初から求めていなかったんです」

 ワドナンさんの唇が、ふるふると震え始める。

「……お前の説明は回りくどい。はっきり言え」

 僕の話を真剣に聞く気になってくれたのか、ワドナンさんが射抜くような目で僕を真っ直ぐに見た。

 もう少しだ。あとちょっとで、ワドナンさんはきっと僕を信じてくれる筈――。

 祈るような気持ちで、言葉を紡いでいった。

「――はい。『命の水』は、即ち守り人の血です。守り人の血を祭壇に捧げることによって、世界樹の声が聞こえるようになるんです。決して『贄』の命なんかじゃない」
「それは……本当か!?」

 ワドナンさんも、僕の二の腕を掴む。少し痩けた頬は、信じるべきか信じないべきかと表情を定めるのを迷っているように見えた。

「本当です。そもそも古代語がどこにもないあの祭壇は、本当の祭壇が木に埋もれてしまった為に作られた通路でしかないんです。僕はこの目で確かめました。本当の祭壇と、そこに記載されていた古代語を」
「本当の祭壇……? どういうことだ」

 僕の二の腕を掴むワドナンさんの手に、力が籠もる。

「元々は祭壇の穴が本当の祭壇に繋がっていたんです。だけど、木の根が穴の中にまで伸びてきて、ユグは通ることができなかった」
「通ることができなかった!? ならあの子はずっと閉じ込められていたのか!?」

 必死な形相のワドナンさんが、ガクガクと僕を揺さぶった。

「だ、大丈夫ですっ! ユグは横に穴を開けて出られたんですっ!」
「あの子の怪我は!? 身体は無事なのか!」

 ワドナンさんの瞳が、じわりと湿気を帯びてくる。顎も手も、ブルブルと震えていた。

 彼はもう、隠そうとはしていなかった。

「あ、痕は残りましたが、世界樹の実を食べて治したそうですっ、だ、だから今は元気ですっ」

 僕の答えを聞いた途端、ワドナンさんが強張っていた身体の力をフッと抜く。

「……そうか、元気か、そうかあ……っ!」

 ひと筋の透明な水滴が、ワドナンさんの黄金色の瞳からツー、と流れ出た。
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