世界樹の贄の愛が重すぎる

緑虫

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 噴火からくる地震に驚いて、外に飛び出してきたんだろうか。

 大勢の守り人たちが集会所となっている東屋目指して走る姿が、散見され始める。

 東屋の近くでは篝火も焚かれているらしく、闇の中で明るさを保っている。虚の壁や東屋の柱に揺らめく炎に映り込む影が忙しなく動く様に、何故か心がざわついてきた。

 日頃は静かな『守り人の村』のいつになく騒がしい雰囲気に、僕は呑まれてしまっているんだろうか。

 ワドナンさんの目にも、この状況は異様に映ったらしい。眉間に大きな溝を作りながら、口を不快げに歪ませる。

「あいつら……集まって何やってるんだ?」
「ひとまず、あそこに向かいましょうか!」
「ああ、だな」

 僕とワドナンさんは、とにかく東屋へと向かって走っていった。

 すると、何やら演説しているような大きな声が響いてくる。

 朗々と響く音階は、ワドナンさんの落ち着いた声と、ワドナンさんよりも少しだけ高いユグの声と聞き間違うほどに似ていた。だけど、二人にはない荒々しさが感じられる。僕にも聞き覚えのあるこの声の持ち主に、すぐに思い至った。

 それはワドナンさんも一緒だったらしい。

「あれはファトマじゃないか。一体何を……?」

 ワドナンさんが、思い切り顔を顰めた。この人、実はすごく表情豊かだよね。

「何か話してるみたいですけど……見えないなあ」

 東屋の周辺を取り囲む人だかりの最後尾に到着する。守り人ってこんなにいたのか、と思わず驚いてしまった。いつもどこにいるんだろう。

 東屋で何をしているのかと隙間から覗いてみたけど、守り人の体格は逞しく引き締まっていて、しかも大体みんな僕よりも大分背が高い。ぴょんぴょん飛び跳ねても、集まった守り人たちの緑がかった黒髪の頭しか見えない。

「み、見えません!」

 困り果ててワドナンさんを振り返ると。

 ワドナンさんは、東屋の中心を睨みつけるようにしてじっと凝視していた。

「……ワドナンさん?」
「……待て。あいつが中心にいて何かを訴えているようだ」
「え」

 何十人といる守り人は、みんな東屋の中心に顔を向けている。ざわついている中に感じる、緊迫した雰囲気。本当に、何が起きているんだろうか。

 得体の知れないひやりとしたものを感じて、思わず身体がぶるりと震えるのを止められなかった。

 群衆の中に、ヨルトとドルグもいるだろうか。小さなドルグはともかく、巨人族のヨルトは守り人よりも背が高いから、見つけやすい筈だ。

 諦めちゃ駄目だとぴょんぴょん飛んでみるも、やっぱりみんな背が高くて全然見えない。ああ、もう!

 と、途切れ途切れに、ファトマさんの低くてよく通る声が聞こえてきた。

「……こそ! 守り人……、立ち上……時がきたのだ!」
「あいつ……! 何をやっている!?」

 ワドナンさんが、苛立ちを隠さずに吐き捨てるように言った。

 嫌な予感がしてくる。

「ちょ、ちょっとすみません!」

 無理やり人の壁の間を通ろうとしたけど、ちらりとこちらに一瞥をくれるだけで、守り人はちっとも退いてくれなかった。不親切だなあ!

 すると、ぐい、と二の腕を掴まれて、耳元でワドナンさんが素早く耳打ちする。

「アーウィン、俺の後ろから来い」
「はい!」

 ワドナンさんは、世界樹の声が聞こえないとはいえ、今でも次期族長の立場にある。そんな彼が「通せ」とひと言声をかけた途端、守り人たちの壁がサーッと割れた。……この人たち、僕だから無視したのか。性格悪っ!

 ワドナンさんは姿勢よく堂々と、人の間にできた通路を進んでいく。僕はワドナンさんの背中に隠れるようにしてくっついていった。僕らが通ったすぐ傍から、通路が塞がれていく。

 後ろをちらりと確認してみる。表情の読めない褐色の顔たちが黄色い目で僕を観察するように見ていて、思わず「ヒッ」とワドナンさんの腕を掴んだ。

 ワドナンさんが如何に僕をちゃんとしたひとりの人として扱っていたのか、これだけでも分かる。ユグ、君のお父さんは立派な人だよ……!

「ファトマ! 勝手に何をしている!」

 腹からの大声で、ワドナンさんが東屋の中心に向かって怒鳴った。

 と、それまでざわついていた守り人たちが、シンと静まり返る。守り人たちの視線が、ワドナンさんと一部僕に集まるのが分かった。ひいい。

 ワドナンさんの足が、東屋の一段高くなっている場所の手前で止まる。

 そろりとワドナンさんの腕の横から顔を覗かせて状況を確認してみると、やはり東屋の中心にいたのはファトマさんだった。ファトマさんの隣には、少し緊張した表情のローニャさんと、不安げな様子が隠しきれていないシュバクくんもいる。

 ざっと見渡したところ、ヨルトとドルグの姿はなかった。ファトマさんに呼び出されなくて、虚にいるままなのかもしれない。

「何をしているとは?」

 フフン、とファトマさんがふてぶてしく鼻で笑った。あれ、この親子、もしかして仲悪い? 前回紹介された時は大して何も思わなかったけど、あの時はどちらかというとつれない態度を取っていたのはワドナンさんの方だったような。

「守り人を勝手に集めて何をしている、と聞いている」

 威圧が込められたワドナンさんの言葉にも、ファトマさんは動じる様子は一切見られない。

 と、ファトマさんが憐れむように眉を垂らしつつ、口角をにやりと上げた。うっわー。性格悪そうな笑い方……。

「そうか、父さんはまだ知らないのだな」
「何のことだ。誤魔化さずにきちんと言え」

 ユグの面影がある二人が、火花が散りそうな目つきで睨み合う。

 ファトマさんは隣のローニャさんの腕を掴むと、自分の近くに引き寄せた。スーッと大きく息を吸うと、周りに聞かせるような大声を出す。

「先程長老が、ローニャに遺言を残された!」
「は!? 何を言っているんだお前は! 俺はついさっき長老と言葉を交わしてきたばかりだぞ!」

 即座にワドナンさんが返すと、ファトマさんは更に憐れむような顔になった。ワドナンさんを馬鹿にするような表情に、僕の方が苛ついてくる。

「では、父さんが長老と会われた後のことだろう。たった今さっきの出来事だからな」
「あの後、長老は少し休まれると仰っていた! お前の言葉に信憑性はない!」

 ワドナンさんがきっぱりと言うと、余裕げだったファトマさんのこめかみが、ピクピクと小さく震えた。

 あ、怒ったな、と僕でも分かる。

 そして、ファトマさんはみんなに聞かせるように、大きな声で告げた。

「次期族長である我が父、ワドナンよ! 長きに渡り対応を怠り世界を破滅へと導いた貴方の罪は、非常に重い!」
「ファトマ!?」

 ファトマさんが嘘っぽくも見える慈愛に満ちた眼差しを、何故か涙ぐんでいるローニャさんに向ける。

「今や世界樹の声を明確に聞くことができるのは、我が伴侶であるローニャのみ! よって、次期族長はここにいるローニャとなった!」

 ワドナンさんが目を瞠った。

「待て! 先程俺も会ってきたが、そんなことはひと言も!」

 ワドナンさんがファトマさんに近付こうとすると、ファトマさんの近くにいた屈強な男たちに取り押さえられる。

 ファトマさんは立派な体躯を偉そうに仰け反らせながら、残念そうな表情を作った。

「それは族長候補であった貴方の手前、長老が告げなかっただけだろう。貴方がどう言おうが、確かに先程長老はローニャに跡を継がせ次の族長とすると名言した! この俺が証人だ!」

 すると、オオオッ! と歓声とも非難とも取れるざわめき起こる。

「待て! お前以外に証人はいるのか!?」

 ファトマさんが呆れたように肩を竦める。

「自分の息子を疑うほどに朦朧もうろくしたとは、我が父として情けない」
「お前……っ!」

 ギッとワドナンさんが睨むと、ファトマさんはにやりと笑いながら突然シュバクくんの手首を掴み、引き寄せた。
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