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5 万事休す
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結界陣を展開すると、青い光の半球が二人を包む。
その場に座り込むと、キリルは久々に心からゆったりとした気分になった。
立ったままのルスランに、声を掛ける。
「……ルスラン、最期くらい、楽しい話をしようよ」
「……ああ、そうだな」
ルスランはぽつりと答えると、キリルの向かいに胡座を掻いて座った。キリルから目を逸らし、ボソリと呟く。
「その……ごめん、エリザベータを守れなくて」
「え? なんで?」
何故自分が謝られるのか。キリルは本当に理解ができずに、思わず聞き返した。
すると、ルスランの方が不思議そうな顔になる。
「なんでって、エリザベータはお前の恋人だったんだろう? キリルからはあんまりそんな感じは伝わらなかったけど、キリルは照れ屋だからってエリザベータが……」
あの女、そんな嘘を周りに言っていたのか。エリザベータはもう死人なのに、キリルはカチンときて怒ってしまった。
「嘘だ、そんなの違うよ! 俺は……!」
ルスランの唖然とした表情を見て、サーッと冷めていく。
拙い、死んだばかりのルスランの想い人のことを、悪様に罵るところだった。折角最期の時を楽しい会話で過ごす予定が、これじゃ台無しだ。
キリルは慌てて口をギュッとつぐむと、膝を抱えてそれ以上余計なことを言わなくて済むよう、顔を伏せた。
気まずい沈黙が場を支配する。
すると、サラ、とキリルの前髪を掻き分ける手があった。目線を上げると、ルスランがキリルの顔を覗き込んでいるのが見える。
「……なんか、事情があるのか?」
普段は無愛想なルスランの意外なほどに優しい声色に、キリルはついガバッと顔を上げてしまった。ルスランの真っ直ぐな眼差しに、すぐに捕らえられる。
……駄目だ。エリザベータを愛していたルスランに、本当のことを知られて幻滅させたくないのに。
「うう……っ」
「言えよ、キリル。俺はキリルを責めたりなんかしないから」
「ルスラン……ッ」
ひとり抱えていることにとうとう耐え切れなくなったキリルは、堰を切ったように、これまでエリザベータにされたことを洗いざらいぶち撒けた。
「違うんだ、恋人っていうのは、エリザベータが吐いた嘘なんだ……!」
「どうしてエリザベータはそんな嘘を?」
「エリザベータは、俺にずっと執着していて……!」
ルスランは幾度も頷きながら、同情的な眼差しでキリルの話を最後まで聞いてくれた。キリルはずっと誰にも言えなかった秘密を吐き出すことができて嬉しくて胸を震わせていたけど、ふと我に返る。
しまった。ルスランは、エリザベータに惚れていたのに。そのエリザベータが自分とあれこれしていたなんて、知りたくなかった筈なのに――。
高揚していた気持ちが、急に萎んだ。
「ルスラン……君の好きだった人を侮辱したように感じさせてしまったら、本当に済まない……」
するとルスランは、思いもよらない言葉を口にした。
「はあ? 好き? 何言ってんだ? 俺は別にエリザベータのことは普通に仲間とは思ってたけど、正直女おんなしていて、ちょっと……いや大分苦手だったぞ?」
キリルはその言葉に愕然とする。
「え……でもだって、しょっちゅうエリザベータといたじゃないか……! それに後で言い過ぎたって謝ったり……!」
キリルの言葉に、ルスランは照れ臭そうな上目遣いでキリルを見た。
「お前、あれ見てたのか? くそ、恥ずかしいな」
「え、恥ずかしい?」
きょとんとして問い返すと、ルスランは顔を心なしか赤く染めながら、それでも教えてくれた。
「いや……お前がエリザベータといるとなんか元気ないから、それで……」
「……俺、の為?」
ルスランはこくりと頷く。
「俺の目からは仲がいいとは思えなかったけど、エリザベータとは恋人同士だって聞いてただろ? 俺はエリザベータについきつく当たってたから、キリルの恋人なのに悪いことしたなっていつも後で思ってさ。その、ええと……キリルに嫌われるのは、嫌、だし」
「……ルスラン?」
どういうことだろう? キリルにはルスランが語る言葉の意味が理解できていなかった。ルスランははにかみながら続ける。
「でさ、お前さ、いつも辛そうな顔をしているから……。心配で、俺で何か力になれないかと思ってた。エリザベータにお前に何かあったのか聞きたかったんだけど、はぐらかされてばかりで、それで」
「……え?」
つまり――お互いに勘違いしていた、ということ?
ルスランは、自分を心配してくれていたのだ。心の芯からじんわりとした温かさを感じた。
「ルスラン……ありがとう」
キリルが心からの笑みをルスランに向けると、ルスランはキリルの顔を暫くぼうっと見つめた後、ふい、と目を逸らした。
「お、お礼を言われるほどのことじゃない」
「ふふ、ルスランらしいや」
一見無愛想なルスランは、実はとても優しい人なのだ。嬉しくなって、キリルは笑みをたたえたまま結界陣の外をふと見る。そして、眉間に皺を寄せた。
キリルの表情の変化に、ルスランが気付く。同じように結界陣の外を目を凝らして眺めると、キリルと同じ物を見て同じように顔を顰めた。
「……集まってんな」
「……うん」
結界陣の外に、徐々に魔物が集結し始めていたのだ。まだ互いの距離を測り兼ねているのか、魔物同士の距離は遠い。そこへズシン、ズシンと小ぶりな竜が現れると、魔物同士の戦いが始まった。
キリルが、ひやりとする気持ちを抑えながら囁く。
「獲物を誰が食うかの争奪戦、かな」
この場合、獲物はキリルとルスランだろう。魔物の中で勝ち残ったものが、この餌にありつける。
もう、逃げ場はどこにもない。キリルには戦闘能力は皆無だ。剣士のルスランひとりでは、切り抜けることは難しい。
万事休すだった。
その場に座り込むと、キリルは久々に心からゆったりとした気分になった。
立ったままのルスランに、声を掛ける。
「……ルスラン、最期くらい、楽しい話をしようよ」
「……ああ、そうだな」
ルスランはぽつりと答えると、キリルの向かいに胡座を掻いて座った。キリルから目を逸らし、ボソリと呟く。
「その……ごめん、エリザベータを守れなくて」
「え? なんで?」
何故自分が謝られるのか。キリルは本当に理解ができずに、思わず聞き返した。
すると、ルスランの方が不思議そうな顔になる。
「なんでって、エリザベータはお前の恋人だったんだろう? キリルからはあんまりそんな感じは伝わらなかったけど、キリルは照れ屋だからってエリザベータが……」
あの女、そんな嘘を周りに言っていたのか。エリザベータはもう死人なのに、キリルはカチンときて怒ってしまった。
「嘘だ、そんなの違うよ! 俺は……!」
ルスランの唖然とした表情を見て、サーッと冷めていく。
拙い、死んだばかりのルスランの想い人のことを、悪様に罵るところだった。折角最期の時を楽しい会話で過ごす予定が、これじゃ台無しだ。
キリルは慌てて口をギュッとつぐむと、膝を抱えてそれ以上余計なことを言わなくて済むよう、顔を伏せた。
気まずい沈黙が場を支配する。
すると、サラ、とキリルの前髪を掻き分ける手があった。目線を上げると、ルスランがキリルの顔を覗き込んでいるのが見える。
「……なんか、事情があるのか?」
普段は無愛想なルスランの意外なほどに優しい声色に、キリルはついガバッと顔を上げてしまった。ルスランの真っ直ぐな眼差しに、すぐに捕らえられる。
……駄目だ。エリザベータを愛していたルスランに、本当のことを知られて幻滅させたくないのに。
「うう……っ」
「言えよ、キリル。俺はキリルを責めたりなんかしないから」
「ルスラン……ッ」
ひとり抱えていることにとうとう耐え切れなくなったキリルは、堰を切ったように、これまでエリザベータにされたことを洗いざらいぶち撒けた。
「違うんだ、恋人っていうのは、エリザベータが吐いた嘘なんだ……!」
「どうしてエリザベータはそんな嘘を?」
「エリザベータは、俺にずっと執着していて……!」
ルスランは幾度も頷きながら、同情的な眼差しでキリルの話を最後まで聞いてくれた。キリルはずっと誰にも言えなかった秘密を吐き出すことができて嬉しくて胸を震わせていたけど、ふと我に返る。
しまった。ルスランは、エリザベータに惚れていたのに。そのエリザベータが自分とあれこれしていたなんて、知りたくなかった筈なのに――。
高揚していた気持ちが、急に萎んだ。
「ルスラン……君の好きだった人を侮辱したように感じさせてしまったら、本当に済まない……」
するとルスランは、思いもよらない言葉を口にした。
「はあ? 好き? 何言ってんだ? 俺は別にエリザベータのことは普通に仲間とは思ってたけど、正直女おんなしていて、ちょっと……いや大分苦手だったぞ?」
キリルはその言葉に愕然とする。
「え……でもだって、しょっちゅうエリザベータといたじゃないか……! それに後で言い過ぎたって謝ったり……!」
キリルの言葉に、ルスランは照れ臭そうな上目遣いでキリルを見た。
「お前、あれ見てたのか? くそ、恥ずかしいな」
「え、恥ずかしい?」
きょとんとして問い返すと、ルスランは顔を心なしか赤く染めながら、それでも教えてくれた。
「いや……お前がエリザベータといるとなんか元気ないから、それで……」
「……俺、の為?」
ルスランはこくりと頷く。
「俺の目からは仲がいいとは思えなかったけど、エリザベータとは恋人同士だって聞いてただろ? 俺はエリザベータについきつく当たってたから、キリルの恋人なのに悪いことしたなっていつも後で思ってさ。その、ええと……キリルに嫌われるのは、嫌、だし」
「……ルスラン?」
どういうことだろう? キリルにはルスランが語る言葉の意味が理解できていなかった。ルスランははにかみながら続ける。
「でさ、お前さ、いつも辛そうな顔をしているから……。心配で、俺で何か力になれないかと思ってた。エリザベータにお前に何かあったのか聞きたかったんだけど、はぐらかされてばかりで、それで」
「……え?」
つまり――お互いに勘違いしていた、ということ?
ルスランは、自分を心配してくれていたのだ。心の芯からじんわりとした温かさを感じた。
「ルスラン……ありがとう」
キリルが心からの笑みをルスランに向けると、ルスランはキリルの顔を暫くぼうっと見つめた後、ふい、と目を逸らした。
「お、お礼を言われるほどのことじゃない」
「ふふ、ルスランらしいや」
一見無愛想なルスランは、実はとても優しい人なのだ。嬉しくなって、キリルは笑みをたたえたまま結界陣の外をふと見る。そして、眉間に皺を寄せた。
キリルの表情の変化に、ルスランが気付く。同じように結界陣の外を目を凝らして眺めると、キリルと同じ物を見て同じように顔を顰めた。
「……集まってんな」
「……うん」
結界陣の外に、徐々に魔物が集結し始めていたのだ。まだ互いの距離を測り兼ねているのか、魔物同士の距離は遠い。そこへズシン、ズシンと小ぶりな竜が現れると、魔物同士の戦いが始まった。
キリルが、ひやりとする気持ちを抑えながら囁く。
「獲物を誰が食うかの争奪戦、かな」
この場合、獲物はキリルとルスランだろう。魔物の中で勝ち残ったものが、この餌にありつける。
もう、逃げ場はどこにもない。キリルには戦闘能力は皆無だ。剣士のルスランひとりでは、切り抜けることは難しい。
万事休すだった。
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