孤独な王子は部族の青年の献身で愛を知る

緑虫

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5 急襲

 異変が起きたのは、その日の夜のことだった。

 太陽が水平線の向こう側へ消えた頃から、次第に生温かい風が吹き始めていた。船員が「今夜は部屋の外に出ないように」とわざわざ言いに来たということは、恐らくこの後海が荒れるのだろう。

 ひと月に満たない往路では一度も嵐に遭わないこともあるが、時期によっては幾度も遭遇することもあるのだと、知らせに来てくれた気の良い船員が教えてくれた。特に今航海している付近は、雨季になると天候が荒れやすいのだそうだ。

「ジュ・アルズに近いせいもあります。あそこは雨季は特に嵐が多いので。かなり揺れると思いますので、早々に寝てしまうことをおすすめしますよ」

 そう言い残すと、船員は笑顔で去っていった。

「そうか、ジュ・アルズ……そういう航路だったものな」

 誰もいなくなったディーウィット専用の船室で、ディーウィットは独りごちる。

 現在、帝国は広大な大陸のほぼ全てを支配しているが、大陸には元は複数の国家が存在していた。

 歴史書によれば、国家間の争いが常に絶えず、大地の荒れ具合はそれは酷い有様だったという。そんな時、嘆き苦しむ民を憐れみ立ち上がったのが、現皇帝の祖父で帝国の始祖となった男だ。男は大陸の統一を図り、長い戦乱の時を経て、現在の平和を勝ち取る。

 その際、大陸の南半分を支配していた原住民族の地、ジュ・アルズも、帝国の属国として取り込まれた。

 ジュ・アルズの殆どは密林で占められており、元々国らしい国は存在していなかったそうだ。有事の際は点在する部族の長たちが集まり力を合わせることで、辛うじて首長たちによる連合国家の体を成していたという。

 ジュ・アルズは、原住民族の言葉で【太陽の大地】という意味があった。太陽とは、神のことを指す。彼らの一番の願いは、神があらせられる大地が守られることにあった。

 中には「未開の地」だの「野蛮な民族」だのと言う者もいるが、ジュ・アルズがもたらす潤沢な資源は、豊かな自然により守られているものも多い。

 その為、ジュ・アルズ連合国家は帝国と手を組む際、基本帝国側の人間の立ち入りは許可制とした。過度に干渉しない気の良い隣人である限りは属国の立場に甘んじ、有事の際は協力を惜しまないという協定を結ぶに至ったのだ。協定が結ばれてから半世紀以上が経つが、盟約は守られ続けている。

 祖国と帝国を結ぶこの定期船は、最初にそのジュ・アルズの港に寄り、そこから徐々に北上していき、最終的に皇都にほど近い帝国の表玄関となる港町に入港する。そして再び海を渡り、アーベライン王国へと赴くのだ。

 つまり、この船は雨量の多いジュ・アルズ近郊の海まで来ているということになる。要は、嵐に向かって突き進んでいるということだ。

「……言われた通りさっさと寝るか」

 ディーウィットは、あまり寝付きはよくない方だ。つい余計なことを考えてしまい、気付けば朝を迎えていることも多い。祖国にいる間は政務のことが終始頭の中に渦巻いており、祖国を離れた今は帝国で自分がどのように扱われるのかといった考えても詮ないことを考えてしまっていた。

 ならば考えられないほど体力を使おうと思おうにも、船内では本を読んだりすること以外、することもない。一度、船員に何か手伝うことはないかと尋ねた。すると「勘弁して下さい」と非常に恐縮されてしまって以降、尋ねることは控えている。

 寝付きが悪い自覚のあるディーウィットが大きく揺れ始める前に寝るには、寝酒が手っ取り早い。顔を顰めながら、部屋に用意されている葡萄酒に手を伸ばした。

「……あまり飲みたくはないのだがな」

 ほぼ嗜むことのない酒だが、以前アルフォンスに勧められて飲んだ時は酷い姿を晒した。器一杯分しか飲まなかったが、次第に全身から熱を発し、頭がフワフワしてきて倒れそうになってしまったのだ。

 アルフォンスに慌てて抱き止められなければ、そのまま床に顔面をぶつけていたことだろう。なお、アルフォンスは酒に強いと聞いていたが、その時は顔から首まで真っ赤になっていた。だから本当はそこまで強くなく、飲んだことのなかったディーウィットに付き合ってくれたのだろうと思っている。

「殿下は今後絶対飲まないようにお願い致します」と言われてしまい、ディーウィットは大いに反省した。以降、一滴たりと酒を口にはしていない。

 万が一のことがあったら、酩酊した状態では何もできない。波に呑まれでもしたら、ひとたまりもないだろうことは容易に想像できた。だが、大揺れの中シラフの状態で寝られる気は全くしない。

「……少しだけにしよう」

 ディーウィットは器にほんの少量を注ぎ入れると、一気に口に含み飲み込んだ。ごくん、と喉が音を立てて水分を胃袋に流し込んでいく。焼け付くような刺激を感じ、暫し淡い痛みにじっと耐えた。
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