孤独な王子は部族の青年の献身で愛を知る

緑虫

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7 漂着

 ザザン……という波の音が聞こえると共に、徐々に覚醒してくる。

 瞼の向こう側に、ジリジリとした太陽の存在を感じた。日差しが熱く、直接晒された肌が痛い。服と髪の毛がべったりと肌に貼り付く不快感に耐え切れず、ディーウィットは薄っすらと瞼を開いた。

 はじめは焦点が合わず、繰り返し幾度も瞬きをしている内に、自分が白い砂浜の上に寝ていることを知る。

「こ、ここは……ゲホッ!」

 声を発した途端、胃の中身が逆流してきた。その場で、胃の中に入り込んでいた海水を幾度も嘔吐する。

「ぐ……っ」

 海水は全て吐き出されたのか、嗚咽と共に胃液が最後に上がってきて、食道と喉がビリビリと痛んだ。鼻が痛み、涙が止まらない。起き上がって顔を洗いたい。肘を立てて上半身を起こしたが、目眩がしてそのまま横倒しになってしまった。

 ズシャ、と熱を帯びた砂の上に、身体が倒れ込む。

「はあ……っ、はあ……っ」

 なんとか呼吸を整えようとしたが、うまくいかない。船酔いの延長のような目眩が延々と続くせいで、瞼を開いていることすら拷問のようだ。

 胸元に手をやると、アルフォンスからもらった『夜の光石』の首飾りがあるのが確認できた。

 なくさないでよかった、と安堵する。心の拠り所となりつつあった首飾りがそこにあるだけで、絶望的な状況の中でもなんとか気力を保つことができそうだった。

 だが、身体は未だ自由が利かない。仕方ないので手負いの獣のようにひたすらじっとしていると、やがて少しずつ呼吸が落ち着いてくるのが分かった。閉じていた瞼を再び開いていく。視界は揺らいではいるが、寝そべっているせいか、先程よりはマシに思えた。

 砂の地面の向こうには、見事に真っ直ぐな水平線が見える。嵐が去った後だからだろうか、海上に浮かぶ入道雲の流れはかなり早い。

 塩分を含んだ唾を呑み込み、喉を潤す。

「ここはどこだ……」

 発せられた声は、海水のせいか嘔吐のせいかは分からないが、酷く嗄れていた。

 起き上がるのは当面無理そうだったので、寝転んだまま身体の向きを変える。すると振り返った先にあったのは、青々とした緑の塊――密林だった。

「まさか……ジュ・アルズ……?」

 船が航海していた場所と目の前の豊かな自然から、そう考えるのが自然だろう。まだ頭がよく働いていなかったディーウィットだったが、記憶を遡っていく内に、自分が置かれている状況が非常に拙いものであることに気付き始める。

 デアーグの代わりとして皇配という人質になるべく帝都を目指していたというのに、邪な考えを持った護衛の兵士の手から逃れようとして、落水してしまった。

 このことは、アーベライン王家だけでなく、帝国にも報告がいってしまうだろう。なんせ親書を携えた使者は、ディーウィットが乗っていた定期船の一本前のものに乗っている。恐らく今頃はもう帝都に着いているだろうから、ディーウィットが到着しなければ明らかにおかしいと思われてしまう。

「どうしよう……」

 皇帝はいつまでも来ないディーウィットを不審に思う筈だ。アーベライン王家は知らぬ存ぜぬでのらりくらりと躱そうとするかもしれないが、もしディーウィットの代わりにデアーグを寄越せと言われたら、今度こそ回避できなくなる。

 デアーグが帝都に赴くことになったら、王家の皆は怒り狂うだろう。それがどう国民に影響するかと考えるだけで、頭が痛くなった。

「アルフォンス、すまない……」

 暴走するであろう王家を押し留めるのは臣下の役目だ。だが、下手をしたら己の国力を図り間違えて帝国に喧嘩すら売りかねない王家に対し、諌めることができる者はそう数多くは残っていない。

 忠臣は、王家や佞臣が罪を捏造してほぼ放逐してしまったから。

 ディーウィットは深呼吸を繰り返し、震えそうになる気持ちを落ち着かせた。アーベライン王国の平和を保つ為には、ディーウィットが早々に皇都に到着し、無事な姿を見せる他ない。

 ジュ・アルズには、原住民族が存在している。彼らは帝国人の無許可立ち入りは禁じているが、漂着した他国の人間を追い払うほど非情ではないだろう。

 ディーウィットはパン、と両頬を思い切り叩き、気合を入れた。

「――よし。まずは住民を見つけよう! そしてなんとしてでも協力を得て、速やかに帝国に赴くぞ!」

 ディーウィットは目標を定めると、まずは体力温存の為、日陰へと避難することにしたのだった。
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