孤独な王子は部族の青年の献身で愛を知る

緑虫

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8 遭難

 日陰まで這いずって暫く身体を休ませていると、ようやく立ち上がっても目眩がしなくなってきた。

「喉が乾いたな……」

 元々少食なこともあり腹がさほど空かないのは、今は助かった。

「……よし」

 ディーウィットは覚悟を決めると、密林の中に足を踏み入れる。背の高い木々と低い茂みが混在しているが、中は思っていたよりも密集していない。これならなんとか歩けそうだ。

 浜辺で拾っておいた石を片手に、通った場所にある木の幹にバッテンを刻んでいく。目標は原住民族の集落を見つけ助けを求めることだが、辿り着く前に体力を消耗し死んでしまっては元も子もない。水と食料を探し出し、体力を温存しながら集落を探すのだ。

 時折立ち止まっては耳を澄ませ、水音が聞こえないか確認する。だが、聞こえてくるのは葉がざわめく音に鳥や虫の鳴き声ばかりで、聞きたい音は一向に聞こえてこなかった。

 次第に喉の渇きは我慢できないほどになってくる。その時、大きな葉の内側に水が溜まっているのを発見した。昨夜の嵐の時の雨水だろうか。

 雨水は不衛生だ。冷遇されていたとはいえ城に住んでいたディーウィットの身体は、そういったものに全く慣れていない。だが、広がる葉の中心に溜まった水滴を見つけた途端、急激に喉の渇きを感じ、耐えられなくなった。

 葉をそっと両手に持つと、葉先に唇を当て零さないよう口に含む。飲み込むほどの量もなく僅かに口内を潤したに過ぎなかったが、何時間ぶりかに摂取した水の味は甘露に感じられた。

 一旦火が点くと、もう止まらなかった。水滴が残る葉を見つけては口に含みを繰り返していく。途中手に蟻が付いて悲鳴を上げそうになったし、葉の裏にぶにょりとした感触がありひっくり返してみると大きななめくじを掴んでいることに気付いた時は、実際に悲鳴を上げた。

 それでも勇気を振り絞り続けていくと、やがて耐えられなくなるほどの枯渇感から脱するに至る。だがその頃には、遥か高みにある木々の向こう側の空は薄闇に包まれ始めていた。

 しまった、と思った時にはすでに遅く、目印にと付けていたバッテンを目視することも困難になってきている。

「どうしよう……」

 とにかく、休める場所をすぐに探す他ない。ディーウィットは手探りで急に暗くなってきた密林の中を進んでいった。暫く行くと、倒木が横倒しになっている場所を発見する。

 寝そべるのは無理だろうが腰掛けることはできそうだと、ホッと胸を撫で下ろした。

 ◇

 座り込んでいる内に、いつの間にか寝てしまっていたらしい。

 起きたきっかけは、頭頂に落ちてきた大粒の水滴のせいだった。

「えっ」

 上空を仰ぎ見ると、星が瞬いていた場所がみるみる内に黒雲で塗り潰されていっている。

「雨……」

 すると、これまで辛うじて見えていた視界が、恐ろしいほどの闇に変わっていった。

 拙い、と思った時には時すでに遅し。唐突に滝のように降ってきた雨の勢いに、ディーウィットはなすすべもなくその場で膝を抱えるしかなかった。

 皮肉なことに、あんなにも日中欲した水は、顔を上げればいくらでも口の中に注ぎ込まれていく。喉の渇きはすっかり消え去ったが、その代わり体温の急激な低下が酷かった。

 ディーウィットはガクガク震えながら、自分の腕を抱き、できうる限り暖を取る。

 昨夜は船からの落水、今夜は雨の中遭難とは、自分には水難の相でもあるのか。それとも、ここまでの罰を天から与えられるほど酷いことをしたのだろうか。そう考えて、すぐ自嘲気味に笑った。

 そうだった。そもそも、この姿で生まれたこと自体が罪だったではないか。家族から愛されず、自分を助けてくれた臣下は尽く左遷され。

 せめてもの罪滅ぼしのつもりで、自分のせいで蹴落とされていった臣下の為になればと国の為に身を粉にして働いてきた。だというのに、誰からも感謝されず、馬鹿にされる始末だ。

 デアーグの代わりとなることでこの世に生まれてきた罪をようやく償えるかと思いきや、こうして遭難してそれすらも叶わない。

 何ひとつまともに成せないディーウィットには、これは相応しい罰なのかもしれない。遭難し寒さに打ち震える程度で許されるのならば、甘受すべきなのだ。きっと。

 自ら死に向かうことは、ディーウィットには許されていない。なんとしてでも生き抜き、生き恥を晒しても己の生を全うし、恩に報いねばならなかった。

 だからこそ、心が弱っている時は、死は非常に甘美で魅惑的なものに感じられた。生の終わりはきっと、心から安堵できる安らぎを己にもたらすものだろうから。

 許されないものだからこそ、夢でいいから望みたかった。

 穏やかな死を。
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