15 / 45
15 『ムウェ・ラデの家』
紆余曲折あったものの、キーニの作戦は功を奏し、溜まっていたものはディーウィットの中から無事排出された。
キーニは排泄も補助するつもりだったようだが、ディーウィットは「人としての尊厳を保たせて下さい」と固辞し、ブルブル震える足でなんとかやり切った。これはもう意地だった。
ディーウィットが順調に食事の量を増やしていくと、やがてキーニに支えられながらだが歩けるようにまで回復する。だが外を歩いてみたいというディーウィットの願いには、キーニは頑なに「まだ早い」と表情を硬くして許可してくれなかった。
決して広いとは言えないひと間と身体を清めたり排泄を行う小部屋しかないこの小屋の中だけで過ごしているディーウィットは、次第に閉塞感を覚え始める。せめて外の様子を見てみたいと乞うと、キーニは渋々な様子ながらもディーウィットを横抱きで持ち上げ、窓際まで連れていってくれた。
「キーニ、僕はもう立てますよ」
「無理はさせられない」
「キーニ……」
この男は、ディーウィットをまるで壊れ物のように扱う。大切にされることに慣れていないディーウィットは、優しくされる度にむず痒い気持ちになってしまうのだ。じっと見つめられ居心地が悪くなり、できるだけ自然に視線を窓の外に向けた。
「あまり顔を出すなよ」
「はい。分かりました」
転落を案じているのだろう。素直に従い、少しだけ顔を出すに留めた。外を見て、初めて知る。この小屋は、大木の上に建てられたものだったのだ。
はじめは樹木の上の家に住まう一族なのかと思った。だが、他の家は地面に建てられている光景が眼下に広がっている。褐色肌の人々が喋ったり何かの作業をしている姿も見受けられた。どうやらこの場所だけが特殊なようだ。
だが、これでキーニの言う「まだ早い」の意味を理解した。今のディーウィットの体力では、木の梯子が用意されただけのこの家から出るのは確かに不可能だ。
「キーニはどうやって僕をここまで運んだんです?」
「ディトは軽かったから肩に乗せて登った」
けろりと答えるキーニを見て、ディーウィットは己の貧弱さを恥じた。せめてキーニの半分だけでもこの身体に逞しさが備わっていれば、ここまで面倒をかけることもなかっただろうにと。
ふと疑問に思う。
「あの……もしや僕の風邪がうつる可能性があるから隔離していただけたんですか?」
「ん? どういうことだ」
キーニが不思議そうに小首を傾げた。
「いえ、この場所は他の家とは離れているので」
すると今の今までディーウィットの顔を至近距離から覗き込んでいたキーニが、ふ、と目を逸らした。どうしたのかと不安に思っていると、キーニがボソボソと答える。
「……ここは『ムウェ・ラデの家』と呼ばれている」
「はあ」
またあの『ムウェ・ラデ』だ。そろそろ意味を聞いてもいいだろうか、と改めて尋ねてみることにした。
「あの、僕には『ムウェ・ラデ』の意味が分からないんですが、どういった意味があるんですか?」
「『ムウェ・ラデ』は『ムウェ・ラデ』だ」
キーニの回答はとりつく島もない。やはりジュ・アルズ特有の何かを表す言葉なのか。
「隔離と言えば、そう言えなくもない。新婚夫婦が初夜から数えて三日三晩過ごす為の場所だからな」
「新婚夫婦が? 隔離……あ」
キーニが言葉を濁す意味がようやく分かった。要はここは、新婚夫婦が誰にも邪魔されず愛を交わす為に用意された場所なのだ。恐らく、ディーウィットを看病するのに丁度いい空き家だったのだろう。だがそうなると、俄然『ムウェ・ラデ』の意味が気になってくる。
キーニは顔を逸らしたまま続ける。
「とにかく、ディトはまだ外に出るには早い。分かったな」
キーニはこれ以上この話を続けるつもりはないようだと察したディーウィットは、黙ったまま頷いた。
体調が戻ったところでキーニの助けなしには降りられるとは思えないし、キーニの機嫌を損ねる訳にはいかないから――。
何故自分が己に対し言い訳しているのかも分からないまま、ディーウィットはキーニの逞しい胸板にこめかみを当て体重を預けた。
キーニは排泄も補助するつもりだったようだが、ディーウィットは「人としての尊厳を保たせて下さい」と固辞し、ブルブル震える足でなんとかやり切った。これはもう意地だった。
ディーウィットが順調に食事の量を増やしていくと、やがてキーニに支えられながらだが歩けるようにまで回復する。だが外を歩いてみたいというディーウィットの願いには、キーニは頑なに「まだ早い」と表情を硬くして許可してくれなかった。
決して広いとは言えないひと間と身体を清めたり排泄を行う小部屋しかないこの小屋の中だけで過ごしているディーウィットは、次第に閉塞感を覚え始める。せめて外の様子を見てみたいと乞うと、キーニは渋々な様子ながらもディーウィットを横抱きで持ち上げ、窓際まで連れていってくれた。
「キーニ、僕はもう立てますよ」
「無理はさせられない」
「キーニ……」
この男は、ディーウィットをまるで壊れ物のように扱う。大切にされることに慣れていないディーウィットは、優しくされる度にむず痒い気持ちになってしまうのだ。じっと見つめられ居心地が悪くなり、できるだけ自然に視線を窓の外に向けた。
「あまり顔を出すなよ」
「はい。分かりました」
転落を案じているのだろう。素直に従い、少しだけ顔を出すに留めた。外を見て、初めて知る。この小屋は、大木の上に建てられたものだったのだ。
はじめは樹木の上の家に住まう一族なのかと思った。だが、他の家は地面に建てられている光景が眼下に広がっている。褐色肌の人々が喋ったり何かの作業をしている姿も見受けられた。どうやらこの場所だけが特殊なようだ。
だが、これでキーニの言う「まだ早い」の意味を理解した。今のディーウィットの体力では、木の梯子が用意されただけのこの家から出るのは確かに不可能だ。
「キーニはどうやって僕をここまで運んだんです?」
「ディトは軽かったから肩に乗せて登った」
けろりと答えるキーニを見て、ディーウィットは己の貧弱さを恥じた。せめてキーニの半分だけでもこの身体に逞しさが備わっていれば、ここまで面倒をかけることもなかっただろうにと。
ふと疑問に思う。
「あの……もしや僕の風邪がうつる可能性があるから隔離していただけたんですか?」
「ん? どういうことだ」
キーニが不思議そうに小首を傾げた。
「いえ、この場所は他の家とは離れているので」
すると今の今までディーウィットの顔を至近距離から覗き込んでいたキーニが、ふ、と目を逸らした。どうしたのかと不安に思っていると、キーニがボソボソと答える。
「……ここは『ムウェ・ラデの家』と呼ばれている」
「はあ」
またあの『ムウェ・ラデ』だ。そろそろ意味を聞いてもいいだろうか、と改めて尋ねてみることにした。
「あの、僕には『ムウェ・ラデ』の意味が分からないんですが、どういった意味があるんですか?」
「『ムウェ・ラデ』は『ムウェ・ラデ』だ」
キーニの回答はとりつく島もない。やはりジュ・アルズ特有の何かを表す言葉なのか。
「隔離と言えば、そう言えなくもない。新婚夫婦が初夜から数えて三日三晩過ごす為の場所だからな」
「新婚夫婦が? 隔離……あ」
キーニが言葉を濁す意味がようやく分かった。要はここは、新婚夫婦が誰にも邪魔されず愛を交わす為に用意された場所なのだ。恐らく、ディーウィットを看病するのに丁度いい空き家だったのだろう。だがそうなると、俄然『ムウェ・ラデ』の意味が気になってくる。
キーニは顔を逸らしたまま続ける。
「とにかく、ディトはまだ外に出るには早い。分かったな」
キーニはこれ以上この話を続けるつもりはないようだと察したディーウィットは、黙ったまま頷いた。
体調が戻ったところでキーニの助けなしには降りられるとは思えないし、キーニの機嫌を損ねる訳にはいかないから――。
何故自分が己に対し言い訳しているのかも分からないまま、ディーウィットはキーニの逞しい胸板にこめかみを当て体重を預けた。
あなたにおすすめの小説
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
政略結婚のはずが恋して拗れて離縁を申し出る話
藍
BL
聞いたことのない侯爵家から釣書が届いた。僕のことを求めてくれるなら政略結婚でもいいかな。そう考えた伯爵家四男のフィリベルトは『お受けします』と父へ答える。
ところがなかなか侯爵閣下とお会いすることができない。婚姻式の準備は着々と進み、数カ月後ようやく対面してみれば金髪碧眼の美丈夫。徐々に二人の距離は近づいて…いたはずなのに。『え、僕ってばやっぱり政略結婚の代用品!?』政略結婚でもいいと思っていたがいつの間にか恋してしまいやっぱり無理だから離縁しよ!とするフィリベルトの話。
最悪の婚姻から始まるただ一つの愛
統子
BL
最悪の婚姻だった。
皇太子の正室として迎えられながら、
与えられたのは祝福ではなく、冷たい部屋と拒絶だけ。
触れられることすら恐ろしく、
ただ静かに時間が過ぎるのを待つしかなかった。
けれど——
差し出された手は、思っていたものとは違っていた。
無理に触れない。
急がない。
ただ、こちらの様子を確かめるように、少しずつ距離を縮めてくる。
気づけば、隣に座ることが当たり前になり、
言葉を交わす時間が、夜の習慣になっていた。
触れられるたびに怖さは消え、
代わりに残るのは、離れがたい温もり。
これは、最悪の婚姻から始まった関係が、
やがて“ただ一人”へと変わっていく物語。
望まれなかったはずのはじまりが、
いつしか、何よりも大切なものになるまでの——
静かで、優しい、溺れるような愛の記録。
長年仮番として務めてきましたが、王子は正式な番を娶るそうです
けふ
BL
王都を守る巨大結界は、王族の魔力によって維持されている。
第二王子アデルの傍らには、常に一人の騎士がいた。
近衛騎士レオン。
彼は長年、王子の「仮番」として特別な任務を担っている。
しかし王子は、他国の王女との正式な番契約が決まってしまった。
仮番の役目は、そこで終わるはずだった。
だが結界塔で行われる儀式の中で、
二人の関係は次第に変わり始める。
王族と騎士。
主と臣下。
越えてはならない境界を前にしても、
王子は騎士の手を取る。
「共に立て」
※オメガバースではありません
※ふんわり読んでください
※なんでも許せる方向け
※イラストはChatGPTさん
無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました
芳一
BL
無能扱いを受けていた聖職者が、聖女代理として瘴気に塗れた地に赴き諦めたものを色々と取り戻していく話。(あらすじ修正あり)***4話に描写のミスがあったので修正させて頂きました(10月11日)
婚約破棄させた愛し合う2人にザマァされた俺。とその後
結人
BL
王太子妃になるために頑張ってた公爵家の三男アランが愛する2人の愛でザマァされ…溺愛される話。
※男しかいない世界で男同士でも結婚できます。子供はなんかしたら作ることができます。きっと…。
全5話完結。予約更新します。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
※画像はpicrewさんよりお借りしました。
Xアカウント(@wawawa_o_o_)