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18 懇願
キーニは最後まで口を挟まず、ディーウィットの話を聞いてくれた。
「――という訳で、先行している使者はとっくに帝都に到着し、今頃はもう僕が次の定期船に乗っていることを告げていることでしょう。祖国は偽物を寄越した上に途中で落としたと責められれば、今度こそデアーグを差し出さなければならなくなります。帝国は祖国の最大の取引相手ですから」
キーニがディーウィットの長い金髪を指で梳き、優しい指使いで耳にかける。
「ディト。もしその親書の内容が正しいとして、ディトが行ったところで偽物とバレるだろう? むしろ皇帝を謀ろうとしたとして罰せられる可能性だってあるぞ。闇雲に帝都に向かうのは得策ではないと思うが」
「勿論、それは分かっています。罰せられても仕方のないことをしようとしているのですから。……ですが、代わりに弟が行くことになってしまったら、激昂した王家が帝国に戦を仕掛ける可能性すらあるのです。それほどに弟のデアーグは……家族に愛されていますから」
ハッとキーニが呆れたような息を吐いた。
「いくら溺愛しているといえ、仮にも一国の王がそんな無謀な策を取るか? 小国に喧嘩を売られて帝国が黙っている筈がないことくらい、いくら愚王だとて分かるだろうに。たとえ分からずとも、周りが諌めるのが普通だ」
暗闇の中で、ディーウィットは首を横に振る。
「いえ。もう忠臣は殆ど残っていません。王家に都合のいい佞臣ばかりが侍っているのです」
ディーウィットの返事に、キーニが深い溜息を吐いた。
「はあー……。まあ、実の息子を髪と瞳の色だけで差別する王家だものな」
「はい。だから僕はデアーグよりも前に何がなんでも皇帝にお会いし、誠心誠意謝罪しなければならないのです。この命でどうか勘弁していただけないかと。僕は名目だけは一応王子ですから」
「ディト……」
辺りが暗いせいでキーニの表情は見えないのが、逆に助かった。キーニがディーウィットを案じる顔を見てしまったら、決意が揺らいでいたかもしれないから。それほどに、この男はディーウィットの心の中に既に深く入り込んでいた。
家族から親愛を向けられてこなかったディーウィットは、無償の愛を感じたことがなかった。ディーウィットを憐れんだ乳母や忠臣たちはディーウィットを慈しんではくれたが、そこには必ず王族と臣下という超えられない境界線があるのを常に感じていた。
それはアルフォンスも同様だった。彼がディーウィットに全幅の信頼を寄せてくれているのは感じてはいたが、それでも線引きは存在した。ディーウィットは上司であり王族であり、決してアルフォンスと同等の親友や相棒にはなれなかった。
だけど、キーニだけは違った。
ジュ・アルズに流れ着いた異国人など何かしら事情を抱えているのは聞かずとも分かっていただろうに、キーニはあえてディーウィットに事情を語らせなかったのだと思う。まるで幼子を慈しむかのように献身的にディーウィットを看病し、包み込むように守ってくれた。
そこまでしなくともという部分はあったが、それすらもディーウィットにとっては恥ずかしくも嬉しく思えた。何故なら、ディーウィットに対等、いやむしろ庇護者として寄り添ってくれたのは、キーニだけだったからだ。
甘えるな、恩を返せという心の声は、常にディーウィットを責め続ける。だがその声に抗ってでもキーニに寄りかかっていたいと一瞬だけでも願ってしまったのは、自分でも気付かなかった欲しかったものをキーニがこれでもかと与えてくれたからだろう。
だから本当に、暗くて顔が見えなくてよかった。キーニと離れることを考えると心が千切れそうに痛くなり、涙が滲んで仕方ないのだ。泣いてることが伝わらないように細心の注意を払いながら、ディーウィットは乞う。
「ですからキーニ、お願いです。帝都までの行き方を教えてもらえませんか……!」
だが、キーニはにべもなかった。
「無理だ。ひとりで行けるほどジュ・アルズは甘くない」
「キーニ! お願いです! お願いです、お願いしますから……っ」
声を震わせながら何度も繰り返し頼み込むことしか、ディーウィットにはできなかった。
「――という訳で、先行している使者はとっくに帝都に到着し、今頃はもう僕が次の定期船に乗っていることを告げていることでしょう。祖国は偽物を寄越した上に途中で落としたと責められれば、今度こそデアーグを差し出さなければならなくなります。帝国は祖国の最大の取引相手ですから」
キーニがディーウィットの長い金髪を指で梳き、優しい指使いで耳にかける。
「ディト。もしその親書の内容が正しいとして、ディトが行ったところで偽物とバレるだろう? むしろ皇帝を謀ろうとしたとして罰せられる可能性だってあるぞ。闇雲に帝都に向かうのは得策ではないと思うが」
「勿論、それは分かっています。罰せられても仕方のないことをしようとしているのですから。……ですが、代わりに弟が行くことになってしまったら、激昂した王家が帝国に戦を仕掛ける可能性すらあるのです。それほどに弟のデアーグは……家族に愛されていますから」
ハッとキーニが呆れたような息を吐いた。
「いくら溺愛しているといえ、仮にも一国の王がそんな無謀な策を取るか? 小国に喧嘩を売られて帝国が黙っている筈がないことくらい、いくら愚王だとて分かるだろうに。たとえ分からずとも、周りが諌めるのが普通だ」
暗闇の中で、ディーウィットは首を横に振る。
「いえ。もう忠臣は殆ど残っていません。王家に都合のいい佞臣ばかりが侍っているのです」
ディーウィットの返事に、キーニが深い溜息を吐いた。
「はあー……。まあ、実の息子を髪と瞳の色だけで差別する王家だものな」
「はい。だから僕はデアーグよりも前に何がなんでも皇帝にお会いし、誠心誠意謝罪しなければならないのです。この命でどうか勘弁していただけないかと。僕は名目だけは一応王子ですから」
「ディト……」
辺りが暗いせいでキーニの表情は見えないのが、逆に助かった。キーニがディーウィットを案じる顔を見てしまったら、決意が揺らいでいたかもしれないから。それほどに、この男はディーウィットの心の中に既に深く入り込んでいた。
家族から親愛を向けられてこなかったディーウィットは、無償の愛を感じたことがなかった。ディーウィットを憐れんだ乳母や忠臣たちはディーウィットを慈しんではくれたが、そこには必ず王族と臣下という超えられない境界線があるのを常に感じていた。
それはアルフォンスも同様だった。彼がディーウィットに全幅の信頼を寄せてくれているのは感じてはいたが、それでも線引きは存在した。ディーウィットは上司であり王族であり、決してアルフォンスと同等の親友や相棒にはなれなかった。
だけど、キーニだけは違った。
ジュ・アルズに流れ着いた異国人など何かしら事情を抱えているのは聞かずとも分かっていただろうに、キーニはあえてディーウィットに事情を語らせなかったのだと思う。まるで幼子を慈しむかのように献身的にディーウィットを看病し、包み込むように守ってくれた。
そこまでしなくともという部分はあったが、それすらもディーウィットにとっては恥ずかしくも嬉しく思えた。何故なら、ディーウィットに対等、いやむしろ庇護者として寄り添ってくれたのは、キーニだけだったからだ。
甘えるな、恩を返せという心の声は、常にディーウィットを責め続ける。だがその声に抗ってでもキーニに寄りかかっていたいと一瞬だけでも願ってしまったのは、自分でも気付かなかった欲しかったものをキーニがこれでもかと与えてくれたからだろう。
だから本当に、暗くて顔が見えなくてよかった。キーニと離れることを考えると心が千切れそうに痛くなり、涙が滲んで仕方ないのだ。泣いてることが伝わらないように細心の注意を払いながら、ディーウィットは乞う。
「ですからキーニ、お願いです。帝都までの行き方を教えてもらえませんか……!」
だが、キーニはにべもなかった。
「無理だ。ひとりで行けるほどジュ・アルズは甘くない」
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