孤独な王子は部族の青年の献身で愛を知る

緑虫

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24 旅の始まり

 翌朝、荷物が詰まった革袋と弓矢を背負った旅装のキーニと共に集落を後にした。

 別れの際、キーニの母親に「マタネ!」と抱きつかれながら言われてしまい、無下にできず「はい」と答えるしかなかったことが心苦しい。

 太陽の方角を確認しながら、キーニは緑が濃い道なき道を迷いなく進んでいく。二人の手はしっかりと繋がれたままだ。握り締める力強さが、未開の地に踏み入らねばならず否が応でも不安を掻き立てられていたディーウィットに、深い安堵を与えてくれていた。

 キーニには申し訳ないが、ついてきてくれて本当に助かった。自分ひとりだったら、こんな密林の中を方角を違うことなく進むのは不可能だっただろう。散々迷った挙げ句、野垂れ死んでしまう可能性の方が圧倒的に高かったのではないか。

 キーニがああも頑なに自分をひとりで行かせまいとしていた理由はこれかもしれないな、と今は頑丈でぶ厚めの布が覆う広い逞しい背中を見つめながら思った。

 キーニは小まめに振り返りつつ、ディーウィットの様子を尋ねてくれる。脆弱な相手を案ずるような表情に、自分がお荷物になっている事実を突きつけられ、凹んだ。

「ディト、決して無理はするな。辛かったらすぐに言え」
「はい、気をつけます」

 キーニには恩しかない。それも過分なものだ。そんなキーニに、これ以上の迷惑をかける訳にはいかなかった。ディーウィットは病み上がりで、体力的には決して本調子とは言えない。ここで無理を通して体調が悪化してしまえば、優しいキーニのことだ。ディーウィットをおぶるか、最悪は集落に戻ろうとすることも考えられた。だからこそ余計に、ディーウィットは無理をすることはできなかった。

 キーニの話では、ここからジュ・アルズの港まで、慣れた大人の足で半月ほどかかるらしい。だが、ディーウィットは歩きに関しては完全な素人で、かつ体力不足は否めない。となると、最低でもひと月はかかる計算になるそうだ。

 そこから帝国行きの直行便に乗ることができれば半月もかからないが、待たずに乗船できるものがすぐさま寄港するとは限らない。

 だが、アーベラインの定期船であればディーウィットは顔が利く為、確実に乗船できるだろう。船の運行状況にもよるが、待機日数も含め帝都到着まで二月ほどかかる計算でいた。

 そして肝心なのは、デアーグの到着予想時期である。ディーウィットの計算では、祖国にディーウィットの落水の情報が伝わるか皇帝からの問い合わせが入るのは、早くて次の定期船がアーベラインに到着する頃。ざっくりとだがあと十日ほどで帝都の港から定期船が出るとすると、そこからおおよそひと月が必要となる。

 王家で話し合いがなされてデアーグが向かうことになるとすると、定期船を使う場合は次の定期船の出発が半月後。そこからひと月で帝都に到着するとなると、今から三ヶ月ほど先の話になるのでまだ猶予は残されている。

 だが、デアーグを溺愛するあの国王が、庶民が乗船する定期船などに乗らせるだろうか。答えは否だ。

 そうすると、恐らくは船を所有する貴族に発破をかけ、豪華客船で帝都まで直行することになる。他の港に寄港しない場合、船の性能にもよるが、半月で海を渡れてしまう。つまり、最短でふた月で帝都に到着してしまう計算になるのだ。

 だからディーウィットは絶対に、引き返すことだけはできなかった。一日でいい。デアーグより早く皇帝に謁見し、謝罪する。祖国が吐いた嘘を全てディーウィットの責としてもらえば、たとえデアーグが遅れてやってきても、そのまま回れ右をして祖国に帰ることが叶うだろう。

 ディーウィットはそうやって、間接的に恩人たちに最後の恩返しをするのだ。その後はもうこの身がどうなろうといい。

 だが、と目の前の愛しい人の背を見て思う。キーニにだけは、どうやって恩に報いればいいのか全く分からなかった。ディーウィットが用意できるものの中で、キーニが最も喜ぶものはなんだろうか。

 ――それをこの旅の間に聞き出さなければ。

 決意も新たに、ディーウィットは着実に一歩前へと足を踏み出していった。

 ◇

 キーニとの旅は、想像していたものよりも遥かに心が弾むものだった。

 キーニは常にディーウィットのことを気遣ってくれた。これまでずっと王宮に閉じこもらざるを得なかったディーウィットにとって、目に映る何もかもが新鮮だった。

 見慣れぬ動植物を見ては目を輝かせ、木の上に登って見る広大な大地を赤く照らす夕焼けに感嘆の声を漏らす。キーニが採った鮮やかな色の果実を二人で分け合う際には、その甘さに心からの笑みが溢れた。

 大人らしからずはしゃぐディーウィットを見ても、キーニは馬鹿にしなかった。急かしたり冷たい言葉を投げつけることなど一度なく、逆にディーウィットが感じることにひとつひとつ反応を示し、共感してくれた。

 キーニの狩猟の腕も見事で、ディーウィットは驚かされっ放しだった。

 キーニの発達した上腕筋は、背中に担いだ弓矢により作られたものらしい。キーニは獲物を見つけると、にやりと笑いながら唇に人差し指を当て静かに待つようディーウィットに指示をする。腕の力瘤に血管が浮き出るほど引き絞られた弓で獲物は一撃で貫かれ、毎食二人の胃の中に収まった。

 夜になればキーニはディーウィットを片手に抱え上げ、木の上にスルスルと登り寝床を確保する。「ディトはここだ」と胡座の中に収めた上で、身体に巻き付けた分厚い布の中にディーウィットをすっぽりと包み込むのが常だった。

 寝る前に濃厚なキスも欠かさずある。

 こんなにも満ち足りた気持ちになったことは、これまでの人生で一度たりとない――。

 ディーウィットは毎晩、幸福感の中うっとりしながらキーニの熱烈なキスを受け入れていた。
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