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26 ジュ・アルズの表玄関
本来の目的を忘れるほど楽しかった旅も、終盤に近付いていく。
当初の見立て通り、約ひと月ほどでジュ・アルズの表玄関である港町に到着した。行き交う人々の大半は褐色の肌をしているが、時折ディーウィットと同様白に近い肌を持つ者も混じっている。
海沿いの大通りを人を掻き分けながら進んでいくと、やがて様々な大きさの船舶が停泊している港に到着した。貨物を揚げ下ろしている海の男たちの賑やかな掛け声が響き渡っている。非常に活気のある港だ。アーベラインの港よりも規模が大きい。
「とても栄えているんですね。想像以上で驚いています」
キョロキョロしながら、興奮気味に感想を述べる。キーニは微笑みながら、海風で目元に張り付いてしまったディーウィットの色彩の薄い金髪を指で掬い耳にかけてくれた。
ここまでの道中、不慣れなのと体力不足とで散々迷惑をかけたが、キーニは変わらず底抜けに優しい。
そのまま自然にディーウィットの頬からこめかみに手を添えるキーニの硬く逞しい手に、自分の情けないほど細く頼りない手を重ねた。スリ、と頬を擦り付ける。温かくて涙が出そうなほど安心する手だ。あまりの心地よさに、ディーウィットはうっとりと瞼を閉じた。
「……キーニの手はいつも温かいですね」
「ディトが冷えているだけだ」
キーニの親指が、愛おしそうにディーウィットの上唇を撫でる。
「いえ。キーニは心の温かい人ですから、だから手も特別温かいんですよ」
「ディトの心の方が温かいだろう」
咎めるような口調だが、ディーウィットを思ってのことなので只々嬉しく思えた。
海鳥が近くで啼く声がして、ディーウィットは静かに瞼を開く。すぐ視界に飛び込んできたのは、切れ長の黒い瞳がいつも通りまっすぐにディーウィットを見つめているところだった。
この視線の中に、自分がキーニに対して感じているものと同じ熱は込められているのだろうか。聞きたくても聞けないことを、この目を見る度に思ってしまう。
だがそれを知ったところで、キーニとの未来はない。自分は皇配となる身だ。もしくは皇帝を謀ろうとしたことで罰せられ罪人に落とされるとしても、いずれにせよこの先キーニの隣にいることはできない。
ならばもどかしくも、このまま互いに何も告げないまま輝く思い出としてこの胸に刻んでおいた方がいいのだ。
熱くて火傷しそうに感じる目線に、次第に耐えられなくなってきた。陽光を反射し煌めく水面に視線を移す。
「……それにしても、気温はこんなにも温かいのに、風は冷たいんですね」
「帝国から冷たい海流が流れ込んできているからかもな」
キーニの話によると、ここは帝国方面から流れてくる寒流とキーニの集落があるジュ・アルズの南部から流れてくる暖流がぶつかる潮目の部分にあたるのだそうだ。潮目は両方の海流に生息する魚が合流する、とてもいい漁場になる。その為、開港の話が出た際この地が選ばれたのだという。
ここから暫く北上すると、皇帝が支配下に置く帝国の領土に入る。正に帝国との交易の玄関口なのだ。
「潮目……そうなんですね、そこまでは知りませんでした」
新しい知識は楽しい。ディーウィットが目を輝かせていると、キーニが苦笑した。
風の冷たさにディーウィットがブルリと身体を震わすと、キーニが眉尻を下げディーウィットを腕の中に抱き込む。
「――ほら見たことか。だから港は冷えるぞと言ったんだ」
「ふふ、すみません。どうしても真っ先に見ておきたくて」
まずは宿を取り身体を休めてから船を探そうというキーニの提案を退け、港を見せてくれと強請ったのはディーウィットだった。ディーウィットが汗水垂らして広げたアーベラインの港との違いを、この目で確かめてみたかったのだ。
帝国が旗振りをして広げていった港には勝てるとは思っていなかったが、祖国を発展させる手助けとなる手がかりが何か掴めるのではないか。
見ただけでは分からないかもしれないが、それでも皇配として囚われる前に、アーベラインで頑張っているだろうアルフォンスに少しでも手助けができるような手紙を最後に送りたいと考えていた。これはまだ、キーニには伝えていなかったが。
「ディト、まずは換金した後、改めて港湾事務局に向かおうか。入出港を一元管理しているから、そこで帝都までの船に空きがあるかも確認できるぞ」
「換金! 売買の現場ですね!」
突然身を乗り出してきたディーウィットの勢いに、キーニが目を丸くした。
「それに入出港の一元管理? どうやっているんでしょう……!」
キーニの言葉を聞いた途端に目を輝かせるディーウィットを見て、キーニが口をおかしな角度に曲げる。
「……まあ、何かに夢中になっているディトが見られるのはいいが」
「え?」
「だが面白くはない。ほどほどにしておけ」
「キー……」
港に行き交う人々の視線などどうでもいいとばかりに、キーニは荒々しくディーウィットの唇を奪ったのだった。
当初の見立て通り、約ひと月ほどでジュ・アルズの表玄関である港町に到着した。行き交う人々の大半は褐色の肌をしているが、時折ディーウィットと同様白に近い肌を持つ者も混じっている。
海沿いの大通りを人を掻き分けながら進んでいくと、やがて様々な大きさの船舶が停泊している港に到着した。貨物を揚げ下ろしている海の男たちの賑やかな掛け声が響き渡っている。非常に活気のある港だ。アーベラインの港よりも規模が大きい。
「とても栄えているんですね。想像以上で驚いています」
キョロキョロしながら、興奮気味に感想を述べる。キーニは微笑みながら、海風で目元に張り付いてしまったディーウィットの色彩の薄い金髪を指で掬い耳にかけてくれた。
ここまでの道中、不慣れなのと体力不足とで散々迷惑をかけたが、キーニは変わらず底抜けに優しい。
そのまま自然にディーウィットの頬からこめかみに手を添えるキーニの硬く逞しい手に、自分の情けないほど細く頼りない手を重ねた。スリ、と頬を擦り付ける。温かくて涙が出そうなほど安心する手だ。あまりの心地よさに、ディーウィットはうっとりと瞼を閉じた。
「……キーニの手はいつも温かいですね」
「ディトが冷えているだけだ」
キーニの親指が、愛おしそうにディーウィットの上唇を撫でる。
「いえ。キーニは心の温かい人ですから、だから手も特別温かいんですよ」
「ディトの心の方が温かいだろう」
咎めるような口調だが、ディーウィットを思ってのことなので只々嬉しく思えた。
海鳥が近くで啼く声がして、ディーウィットは静かに瞼を開く。すぐ視界に飛び込んできたのは、切れ長の黒い瞳がいつも通りまっすぐにディーウィットを見つめているところだった。
この視線の中に、自分がキーニに対して感じているものと同じ熱は込められているのだろうか。聞きたくても聞けないことを、この目を見る度に思ってしまう。
だがそれを知ったところで、キーニとの未来はない。自分は皇配となる身だ。もしくは皇帝を謀ろうとしたことで罰せられ罪人に落とされるとしても、いずれにせよこの先キーニの隣にいることはできない。
ならばもどかしくも、このまま互いに何も告げないまま輝く思い出としてこの胸に刻んでおいた方がいいのだ。
熱くて火傷しそうに感じる目線に、次第に耐えられなくなってきた。陽光を反射し煌めく水面に視線を移す。
「……それにしても、気温はこんなにも温かいのに、風は冷たいんですね」
「帝国から冷たい海流が流れ込んできているからかもな」
キーニの話によると、ここは帝国方面から流れてくる寒流とキーニの集落があるジュ・アルズの南部から流れてくる暖流がぶつかる潮目の部分にあたるのだそうだ。潮目は両方の海流に生息する魚が合流する、とてもいい漁場になる。その為、開港の話が出た際この地が選ばれたのだという。
ここから暫く北上すると、皇帝が支配下に置く帝国の領土に入る。正に帝国との交易の玄関口なのだ。
「潮目……そうなんですね、そこまでは知りませんでした」
新しい知識は楽しい。ディーウィットが目を輝かせていると、キーニが苦笑した。
風の冷たさにディーウィットがブルリと身体を震わすと、キーニが眉尻を下げディーウィットを腕の中に抱き込む。
「――ほら見たことか。だから港は冷えるぞと言ったんだ」
「ふふ、すみません。どうしても真っ先に見ておきたくて」
まずは宿を取り身体を休めてから船を探そうというキーニの提案を退け、港を見せてくれと強請ったのはディーウィットだった。ディーウィットが汗水垂らして広げたアーベラインの港との違いを、この目で確かめてみたかったのだ。
帝国が旗振りをして広げていった港には勝てるとは思っていなかったが、祖国を発展させる手助けとなる手がかりが何か掴めるのではないか。
見ただけでは分からないかもしれないが、それでも皇配として囚われる前に、アーベラインで頑張っているだろうアルフォンスに少しでも手助けができるような手紙を最後に送りたいと考えていた。これはまだ、キーニには伝えていなかったが。
「ディト、まずは換金した後、改めて港湾事務局に向かおうか。入出港を一元管理しているから、そこで帝都までの船に空きがあるかも確認できるぞ」
「換金! 売買の現場ですね!」
突然身を乗り出してきたディーウィットの勢いに、キーニが目を丸くした。
「それに入出港の一元管理? どうやっているんでしょう……!」
キーニの言葉を聞いた途端に目を輝かせるディーウィットを見て、キーニが口をおかしな角度に曲げる。
「……まあ、何かに夢中になっているディトが見られるのはいいが」
「え?」
「だが面白くはない。ほどほどにしておけ」
「キー……」
港に行き交う人々の視線などどうでもいいとばかりに、キーニは荒々しくディーウィットの唇を奪ったのだった。
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