【完結】悪役令嬢だった僕は、蛮族の国で拳で人生を切り拓く(予定)

緑虫

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11 『食う』男

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 学校の校庭くらいはありそうな広さの庭先で、エンジに突きの基本形の稽古をつけてもらう。

「セイッ! ヤアッ!」
「元はこんなへなちょこな突きなのにあの効果が得られるとは、魔力ってのは凄いもんなんだな」

 突きを繰り返す僕の横で、呆れ口調でぼやいたのはエンジだ。エンジが日に翳して興味深そうに眺めているのは、僕の腕にはまっていた『力の腕輪』。

 脱力している気怠げな姿すら格好いいんですけど!? 格好良さに免じて、さり気なくへなちょこって言われたのは聞かなかったことにしておく。

 エンジは、僕のヒョロい身体からどうやって熊男の巨体を吹き飛ばせるほどのパワーが生まれたのかについて、とても興味を持っていた。なのに酔った勢いで理想の漢について語りまくってしまったせいで、昨夜の内に話すのをすっかり失念していた。すみません、反省してます。

 ということで、『力の腕輪』という魔道具に魔力を込めて使用しているのだと改めて説明したところ、エンジは「魔力……?」と首を傾げてしまったんだ。生粋のゴウワン王国人だというエンジは、魔力とはなんぞやということもあやふやだったんだよね。

 僕が生まれ育ったヘルム王国では、魔力量が多ければ多いほどいいとされている。魔力量が多い者の血を貴族が積極的に取り込んでいった結果、貴族はほぼ全員が魔力持ちになった。

 魔力を持ってないと落ちこぼれ扱いされてしまうんだから、酷いもんだ。生まれつきなもんなのに文句言われたって仕方ないだろうにさ。

 ヘルム王国の貴族たちがゴウワン王国を「蛮族の国」と称して相手にすらしなかったのは、ゴウワン王国の人たちが魔力とは無縁だからだったんだろうな。

 尚、魔法は魔道具や魔法陣といった道具に魔力を注ぐことで発動する。だから前世の漫画やアニメで見かけたような「何もないところから火を出して攻撃する」とか「詠唱して敵を氷漬けにする」なんてことはできないんだよね。ちょっぴり残念。

 ちなみにヘルム王国では、平民でも魔力は持っている人が殆どだ。だけど貴族ほど保有魔力は多くない。生活に使う便利グッズが使える程度の少ない魔力を持っているのが一般的なんだとか。だから強い火力を出せる魔力を持つ料理人はどこの店からも引っ張りだこなんだ、とフィアから聞いたことがあった。

 ……一度でいいからヘルム王国の王都も散策してみたかったな。僕は僕が守っていた国民の日頃の暮らしすら目にしたことがなかったから。初の王都散策が他国っておかしくない? やっぱりおかしいよな?

 で、貴族令嬢なら守りの効果がある魔道具に魔力を込めて大切な相手に持たせたり、騎士なら魔道具が組み込まれた武器に魔力を注ぐことで炎を纏う剣として使ったりする。尚、お祖父様はその魔力保有量の多さから、炎と氷を纏う双剣で無双して騎士団長の位まで登り詰めたんだって。お祖父様格好いい。早く会いたい。

 対照的に、ゴウワン王国は力が正義の国だ。武術が発展したゴウワン王国では、道具に頼らず自力で何事も解決するのがいいとされているそうな。

 だから確かに、ゴウワン王国に入国して以降、魔道具の類は全く目にしなくなった。昨夜エンジが篝火から火をもらって室内のランプに火を灯していたのも、魔道具に慣れていた僕からしたら言い方はアレだけど原始的だなあという感想だ。でも、それが漢って感じで格好良さマシマシになっている。

 同じ大陸に住む人間なんだから、ゴウワン王国の人だってもしかしたら魔力自体は保有しているのかもしれない。だけどそれを表に出す魔道具が一切存在しなければ、自分に魔力が備わっているかどうかなんて分かりようがないもんな。

 ということで、エンジが「魔力ってそもそもなんだ?」状態になったって訳だ。

 ひと通り魔力について説明してみたけど、エンジはさっぱりって表情のままだった。首を傾げている様すら筋肉美! て感じで絵になるなあ。これだけで米が茶碗三杯はいけそう。まだ胃が小さいから気持ちだけだけど。

「ヘルム王国の人間はみんなお前のように魔法を扱えるのか?」
「ええと……実は僕の魔力量は物凄く多いらしくて――」

 どこまで話してもいいものかと考えながら、僕の背景をもう少し詳しく説明しようとしたその時。

「――あ、アーネスがいたわよ!」
「アーネス! 起きたらいなくて肝が冷えたんだぞ!」

 焦り顔の双子が僕たちの元に駆け込んできたかと思うと、へなへなと座り込んだ。

「ごめん! 二人ともよく寝てるから起こしちゃ悪いと思ってさ!」

 慌てて二人に駆け寄る。エンジが呆れ顔になった。

「お前らなあ。ここは屋敷の敷地内だぞ? そんな血相変えるほど――」

 すると突然ウキョウが勢いよく立ち上がって、エンジから隠すように僕を背に庇ったじゃないか。えっ? なに、どうしたんだ!?

「どうして貴方がそれを持っているんですかッ!」
「ん?」

 ウキョウが睨みつけているのは、エンジが手に持っている『力の腕輪』だった。

 エンジは片眉を上げると『力の腕輪』を見る。

「ああ、今丁度――」
「アーネスから『力の腕輪』を奪って、か弱くなったアーネスに何をするつもりだったんですか!?」
「はあっ!? ウキョウってば何言ってんの!?」

 突然のウキョウの剣幕に、とにかくこの場を収めようとウキョウを引っ張る。だけどウキョウの勢いは止まらなかった。

「エンジ様! 答えて下さい! 答え次第では、たとえ貴方様でも俺は……!」

 エンジはふてぶてしさを感じる笑みを浮かべながら、「ふうん? 俺がこれをアーネスから奪ったと?」と返している。どうしよう、ウキョウがおかしい!

「ウキョウ! 落ち着いてってば!」
「これが落ち着けるもんか! 俺の大事なアーネスを、こいつは……!」
「ウキョウ! 言葉に気を付けてってば!」

 サキョウもウキョウの元に駆け寄ってきて落ち着かせようとしているけど、頭に血が昇ってしまったのか、エンジに対する激しい敵意が剥き出しになっていた。本当にどうしちゃったんだよ!?

 ハ、ハ、と興奮したように肩で息をしているウキョウをなんとか収めようと、ウキョウの背中にぎゅっと抱きついて大声を出す。

「ウキョウ、本当に違うんだってば! 『力の腕輪』がどんなものかを説明していて、ちょっと見せていただけなんだよ!」

 ウキョウは振り向くと、噛みつかんばかりの勢いで返した。

「アーネスは知らねえんだよ! こいつは昔っから来るもの拒まずで男女問わず食いまくってる男なんだぞ!? 『力の腕輪』があればもしかして勝てても、取り上げられたアーネスなんて一瞬で食われちまうんだからな!」

 はあ!? ウキョウってば突然何を言い出したんだよ!?

「ちょっとウキョウ!? 食ってるとか食われるとか、何言ってんの!? 人を食べるなんてそんなこと、この人がする訳ないだろ!」
「ば……っ!」
「――ブッ!」

 と、次の瞬間、僕たちが言い争う様子を興味深げに眺めていたエンジが、腹を抱えて笑い始めたじゃないか。

「ふ、は、はは……っ、あっはっはっはっ! こりゃいい! はははっ、ぶっ、く、苦しい……っ!」
「……おい、何笑って……っ」

 ウキョウが戸惑った様子でエンジに食ってかかろうとしたけど、ヒイヒイ涙を流しながら笑っているエンジを見て、毒気を抜かれたみたいだ。

「ひ、人を食べる……っ! その発想は、な、なかった……っ! はは、あはははっ!」

 ……ん? これってもしかして、笑われてるの僕だったりする?

 エンジは手の甲で涙を吹きつつ、ヒクヒク言っている。かなりツボにハマっちゃったみたいだけど、何だかなあ。

「はは……っ、あのな、ミカゲのとこの坊主」
「……はい」

 不貞腐れた顔で、ウキョウが返答する。

 ようやく笑いが少し収まってきたのか、フー、と長い息を吐いたエンジが、腰に手を当てて楽しそうに言った。

「確かに以前の俺は来るもの拒まず誰でも抱……『食って』いたがな、さすがにそういうのはこの入れ墨を入れた後はきっぱりやめたぞ」
「え……っ」

 ウキョウが目を見開く。

 エンジは左の二の腕に大きく描かれた太陽をモチーフにしたような不可思議な入れ墨を横目で見た。ということは、あれって比較的最近彫ったものなのかな? 入れ墨を入れることに何やら意味があるみたいだけど、一体どういうものなんだろう。ヘルム王国では入れ墨を入れる習慣はなかったから、想像も付かない。

「元々俺から誘ったことは一度もねえよ。『食われ』たいって言うから『食って』やってただけだ。俺が受け付けなくなった途端、あいつらは他の奴のところに行ったしな」
「そ……そうだったんですか。それは失礼致しました……っ」

 気不味そうなウキョウが小さく頭を下げた。

 エンジが顎をしゃくる。

「まあ、アーネスがどうしてもって言うなら『食って』やることもやぶさかじゃねえが、こんな細っこいのは壊しちまいそうで怖いからなあ」
「アーネスはそんなこと絶対言いませんからっ!」

 ウキョウが噛みつくように反論すると、エンジが実に楽しそうにニヤリと笑った。

「にしても、随分と好き勝手言ってくれたもんだな? 坊主」
「く……っ」

 拙い! エンジはどうも偉い人っぽいから、生意気なことを言ったウキョウに罰なんて与えられちゃ困る!

「エンジ!」
「お?」

 僕はズイ! とエンジの前に飛び出ると、勢いよく頭を下げた。

「僕の護衛のウキョウが失礼をしました! 申し訳ありません! だからお詫びに――!」
「お詫び?」
「はい!」

 僕がお詫びの内容をエンジに伝えると、エンジは今度は手を叩いて笑い出し、「ああ、それで勘弁してやる」と許してくれたのだった。
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