【完結】悪役令嬢だった僕は、蛮族の国で拳で人生を切り拓く(予定)

緑虫

文字の大きさ
67 / 69

67 父と息子

しおりを挟む
 僕に用意された例の部屋で、お父様と向かい合わせに座る。

 こうしてこの部屋で顔合わせをするのも、随分と久しぶりだ。お父様が苦虫を噛み潰したような顔なのはユリアーネ時代に僕に会いに来ていた頃と全く変わらないのが、懐かしさすら覚える。

 と、お父様が忌々しげに口を開いた。

「私もゴウワンに行こうと思ってたのに、とんだ誤算だ」
「え? あの、え? ゴウワンに行こうと思ってたって、どういう……」

 僕が戸惑うのは当然だと思う。だってずっと親愛の情なんて感じなかった相手だよ?

 僕の反応を見たお父様が、大仰に溜息を吐いた。

「……何を言っても言い訳にしかならないだろうが」

 そう言うとお父様は、ずっと僕に言わなかったことを教えてくれたんだ。

 若かりし頃、お母様と出会い押しに押されまくったお父様は、やがてお母様を愛するようになった。でも、お父様は子爵家の三男と身分が低い。当時騎士団長だったお祖父様に結婚を認めてもらう為に、必死で仕事を頑張って実績を積み上げていった。

 努力の末功績を認められて、無事結婚に至る。陛下から度々妻について聞かれることには不快感を覚えていたけど、鉄壁のガードでお母様を守っていたんだって。

 そんな幸せ絶頂の中、お母様が懐妊する。

 お母様は悪阻が酷くて、安定期がきてもちっとも収まらなかった。どんどん痩せていって、このままだと出産時に母体が保たないかもしれないと産婆に言われてしまうほどだった。

 心配したお祖父様は、自分の宝物である『治癒の首飾り』をお母様に渡して使うように言った。家系的に魔力量の多いお母様なら、これがあればきっと大丈夫。みんな、そう信じていた。

 でもお母様はちっとも良くならなかった。陣痛がきた時にはもうガリガリで、今にも命の灯火が消えてしまいそうに見えたんだって。

 だからお父様は聞いた。本当にちゃんと『治癒の首飾り』を使ったのかと。お母様は頷いた。「この子に全部注いだわ。だからこの子は大丈夫、元気に生まれてくるわよ」と。

 なんとお母様は、自分の回復にではなく、胎動が弱くて死産も危ぶまれていた僕にずっと『治癒の首飾り』を使っていたんだ。お父様は衝撃を受けたけど、だからと言って今更どうしようもない。

 お母様は命がけで僕を産み、そのまま儚く世を去った。

 お母様を目の前で失ったお父様は、半狂乱になってしまった。僕の性別すらも確認できないほど取り乱して、愛妻の亡骸に追い縋って泣いて泣いて泣き続けた。

 お母様の命を奪ったのは僕だと思ってしまったお父様は、怒り任せに僕を見せるなと産婆と乳母に怒鳴り追い払ってしまう。

 そんな最中さなか、何故か陛下がお父様を訪ねてきた。書類に署名しろと言われて、内容も確認せず殴り書きしてさっさと追い出した。亡骸だろうと、陛下に愛する妻の姿を見られるのは嫌だったんだ。

 お父様はどうしてもお母様の死を認められなくて、深く嘆き悲しんで、片時もお母様から離れようとしなかった。

 そして――無理やり起こされた。

 泣き疲れてお母様の遺体の前で気絶していたお父様を起こしたのは、お祖父様だった。赤ん坊はどこだ、今何がどうなっているんだと問い詰められても答えられない。

 日頃とは様子が全く違い役に立たない婿をその場に残し、お祖父様は使用人を問いただす。すると、「アントン殿下との婚約が決まったので王家で引き取る」と陛下が僕を連れ去っていた事実を知った。

 お祖父様はすぐさま王家に抗議を入れた。だけど会わせてもらえなかった。茫然自失としているお父様を慰めつつも叱責し、少しずつ現実に引き戻していく。

 魂が抜けたような状態だったお父様の尻を叩いて葬儀の準備を進めさせている間に、お祖父様は何度も王家に孫を返せと掛け合った。

 そこで見せられたのは、僕が成人しアントン殿下と結婚するまでの婚約期間中、王太子妃教育をする為王家で引き取ると書かれた誓約書だった。陛下とお父様の署名付きの。

 お祖父様は激怒した。でも、親であるお父様の署名がある以上、どうしようもない。

 こうして僕たち親子は切り離された。

 暫くして、お父様はようやくお母様の死を認められるようになった。そんなある日王家の使いがやってきて、「お嬢様の名前は何と申されますか」と聞いてきた。

 咄嗟に「ユリ……」と呟き、お母様と同じ名では駄目だとさすがに自分で気付き、「ユリアーネ……だ」と返す。ここで初めて、愛妻が産んだ我が子が女の子だと知った。そして、どう考えても王家がしゃしゃり出てくるのはおかしいと今更ながらに気付く。

 何かに嵌められたことは分かった。だけどそれが何かが分からない。赤ん坊の僕と時折面会することは許されたけど、その時は必ず王家の立会の元。腕に抱くことすら許されなかった。

 僕と一緒に城に連れて行かれた乳母は、国王夫妻に口止めされていた。お父様の前で、いつも何かを言いたそうにしては口籠っていたそうだ。余計なことを言ったら娘のフィアを殺すぞ、と脅されていたんだって。やっぱりあの陛下は……以下略。

 だけど彼女は悩んだ末、お父様に僕が男の子であることを話した。王妃が毎日やってきては僕をどこかに連れて行くけど、何をしているかは分からないことも。

 お父様は乳母に、余計な詮索はせずそのまま面倒を見て欲しいと頼んだ。僕の身柄が王家側にある以上、変な動きをするのは危険だと思ったんだ。

 お父様は、忙しい合間を縫っては僕に会いに行った。だけど、僕は段々お父様を見て怯える様子を見せ始める。これは国王夫妻に「お前の父親はお前を捨てたのだぞ、お前が憎くて仕方ないのだ! 可哀想になあ!」と笑いながら言われていたせいだけど、お父様はその事実を知らない。

 一瞬だけどお母様の死を僕のせいだと思ったことがあるお父様は、僕に好かれたいと思うことを烏滸がましいと考えてしまった。だけど、もうこれ以上は嫌われたくない。

 本当はもっと親子の会話だってしたい。でも簡単には会えない。だから舞踏会の着替えの時だけは屋敷に連れ戻せることが分かると、必ず新しいドレスを用意しては僕を呼び寄せた。少しでも距離を縮められたらと願って。

 でも、無理だった。僕の心は完全に閉ざされていて、どうすれば普通の会話を交わせるのか分からなかったんだ。

 ひとつだけ分かっていたのは、僕がアントン殿下に好意を寄せていたこと。ならば予定通りアントン殿下と一緒になればそれが僕の幸せなのだと、静観を選ぶしかなかった。僕が王家を盲信していることについては苦々しく思っていたけど、仕方ないのだと。

 そんな時、アントン殿下が婚約破棄の騒ぎを起こす。僕が逃走してお祖父様に協力を仰いだことを知ると、お父様はあえて情報を撹乱させ、王家が簡単に僕を追えないようにした。

 すぐに魔物の被害が出始めたから、ヘルム王国軍に僕を探させようと指示する王家に「今は魔物退治が先決です」と押し通すことができたのが幸いした。

 やがて追い詰められた王家が魔窟の存在を公表し、お祖父様がパトリシアの嘘を暴く。ここでお父様はようやく、何故僕が攫われるようにして引き取られたのかを知った。幸せなのだと思っていた僕が虐げられていたことも、全部。

 お父様は王家に失望し、完全に見放した。だからとことん王家の邪魔をすることにしたんだ。

 魔力を注げる人間がいれば、僕を探す必要はなくなる。お父様は即座に仕組みとシフトを組むと、「貴族籍を剥奪されたくなければ来い」と宰相を通じて通達した。

 実はお祖父様がヘルム王国を発つ前、お父様とお祖父様は会って話していた。お父様はお祖父様に「ユリアーネのことを頼みます」と頭を下げると、お祖父様は「……おぬしは馬鹿者じゃな」とだけ言って去っていったそうだ。

 だけど。

 男の姿に戻った僕が連れ戻されたと聞いて、遠くで僕の幸せを祈っていたお父様の怒髪が天を衝いた。王家の動向を見張っていたお父様は、アントン殿下が用意している催淫剤の存在を突き止める。

 お祖父様の使い魔である白猫のユリちゃんを通じて事前にゴウワン王国軍の目的を知らされていたお父様は、自分を王家の言いなりになっていると思い込んでいた王家の慢心を利用し、城門を開け放った。

「エンジ王がお前の恋人だと聞いた時は腹が立ちすぎてどう殺してやろうかと思ったが、会ってみたら思ったより気の良い男だったので、殺すのはやめておいた」

 お父様、物騒なんだけど。

 お父様の厳しい眼差しが、ふ、と弱まる。

「……お前が幸せであればいいと思った。だけど幸せな姿を私も少しでもいいから見たいと思ってしまった」
「お父様……」
「だから仕事を辞めゴウワン王国で職を見つけて遠くから見守ろうと思っていたのに、あの馬鹿王子のせいで……っ」

 ん? どういうこと?

「お父様……なんで遠くから見守るつもりだったんです?」

 僕の問いに、お父様の眉毛がへにょりと下がった。

「……私は親失格だ。近くで見守る権利など」
「お父様はお父様なりに、僕の幸せを願ってくれていたじゃないですか」

 立ち上がり、お父様の横に立つ。お父様は怪訝そうな顔で僕を見上げた。

「お父様、時折会いにいきます。だからそれまでのお別れに……抱擁してくれませんか?」

 お父様の目が大きく見開かれる。じわりと瞳が潤んだお父様が急いで立ち上がり、僕の前に立った。

 震える手を伸ばす。

「……嫌われているから、触れてはいけないと思っていた」
「僕の方が嫌われていると思ってましたよ」

 ぼたた、とお父様の瞳から涙が溢れた。温かい腕に、僕の身体が包まれる。お父様の腕の中は、想像していたよりもずっと温かかった。

「ユリアーネ、すまない、すまなかった……! ずっと、ちゃんと愛していたんだ……!」
「お父様……!」

 こうして僕たちは暫しの別れを惜しみ、初めてとなる親子の抱擁を交わしたのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています

八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。 そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。

異世界で孵化したので全力で推しを守ります

のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

弟を溺愛していたら、破滅ルートを引き連れてくる攻めに溺愛されちゃった話

天宮叶
BL
腹違いの弟のフィーロが伯爵家へと引き取られた日、伯爵家長男であるゼンはフィーロを一目見て自身の転生した世界が前世でドハマりしていた小説の世界だと気がついた。 しかもフィーロは悪役令息として主人公たちに立ちはだかる悪役キャラ。 ゼンは可愛くて不憫な弟を悪役ルートから回避させて溺愛すると誓い、まずはじめに主人公──シャノンの恋のお相手であるルーカスと関わらせないようにしようと奮闘する。 しかし両親がルーカスとフィーロの婚約話を勝手に決めてきた。しかもフィーロはベータだというのにオメガだと偽って婚約させられそうになる。 ゼンはその婚約を阻止するべく、伯爵家の使用人として働いているシャノンを物語よりも早くルーカスと会わせようと試みる。 しかしなぜか、ルーカスがゼンを婚約の相手に指名してきて!? 弟loveな表向きはクール受けが、王子系攻めになぜか溺愛されちゃう、ドタバタほのぼのオメガバースBLです

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

婚約破棄された悪役令息は隣国の王子に持ち帰りされる

kouta
BL
婚約破棄された直後に前世の記憶を思い出したノア。 かつて遊んだことがある乙女ゲームの世界に転生したと察した彼は「あ、そういえば俺この後逆上して主人公に斬りかかった挙句にボコされて処刑されるんだったわ」と自分の運命を思い出す。 そしてメンタルがアラフォーとなった彼には最早婚約者は顔が良いだけの二股クズにしか見えず、あっさりと婚約破棄を快諾する。 「まぁ言うてこの年で婚約破棄されたとなると独身確定か……いっそのこと出家して、転生者らしくギルドなんか登録しちゃって俺TUEEE!でもやってみっか!」とポジティブに自分の身の振り方を考えていたノアだったが、それまでまるで接点のなかったキラキライケメンがグイグイ攻めてきて……「あれ? もしかして俺口説かれてます?」 おまけに婚約破棄したはずの二股男もなんかやたらと絡んでくるんですが……俺の冒険者ライフはいつ始まるんですか??(※始まりません)

処理中です...