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後編
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伸びてきた手を叩きはらい、そう言って笑えば、メダキは目を見開き、アンリエッタの後ろにいる大人たちを見て、首を振る。
「なにを言っているんだ、君を助けるために手を伸ばしただけで……。」
「私が落ちたのは、何処からと仰いました?」
「え?」
水浸しの顔をあげたレズバの方に顔だけ向け、アンリエッタは問う。
「私が落ちたのはどこからだと、お父様達におっしゃいましたの?」
「そ、それは、湖の岸から、足を滑らせて……」
「魚が跳ねたって、喜んでいただろう? あの時……」
「いいえ!」
アンリエッタはにっこりと笑って大人たちの方を見た。
「私は湖に落ちたのではなく、落とされたのです。 それも、湖の真ん中まで続く桟橋からです。」
「違う! 僕はそんなことしていない!」
叫んだメダキに、青い顔をしたメダキの母であるワウヤイ子爵夫人が首を振ってアンリエッタに問う。
「ま、待って頂戴。 アレッタちゃん……メダキがそんなこと……あぁ、そうよ、アレッタちゃんは湖に落ちて、気が動転してるのね……。」
「……。 いいえ。」
にっこり笑って否定するが、夫であるワウヤイ子爵が頷く。
「そ、そうだ、アンリエッタ嬢は気が動転しているんだな。 はやくお医者様に見てもら……。」
「お父様。」
追従するように医師を呼ぶ様に再度手配しようとしたワウヤイ子爵の声を遮るように、アンリエッタは父親を見て微笑んだ。
「憲兵を連れて、湖の桟橋を調べてみてくださいな。 私が落とされた桟橋の上に水が飛び散った後がありますわ、それから私の帽子も浮かんでいるのではないか、と。」
「……アンリエッタ……本当なのか?」
「お父様。」
「……わかった。」
「待ってくれ! 何かの間違いだ、混乱しているんだ、そうだろう!? アンリエッタ嬢!?」
真っ青な顔をして叫ぶワウヤイ子爵に、アンリエッタは悲しそうに微笑み首を振った。
「間違いであったらどんなに嬉しいかと思います。 ですが、私は、メダキ様から突き落とされたのですわ。 湖の底からは私のワンピースも出てきますでしょう。 そうしたらわかるでしょう……私がどこから落ちて、何処から這い上がったか。」
「なにいってるの、アレッタ! そんなひどいことどうしていうの!?」
「なにを言っているの? 酷いことをしたのはどっちかしら?」
水だらけの顔をあげて叫ぶレズバに、悲しみを湛えた笑顔を向ける。
「大切な親友だと信じていたのに。 メダキ様と貴女は手と手を取り合って湖から屋敷まで歩いていたじゃない。 お屋敷の前で、口吸いまでしていたじゃない。 水だらけのハンカチで顔を濡らしてから、屋敷に飛び込んで行ったじゃない。」
アンリエッタはふふっと笑い、水草のついたままの濡れて冷たいままの手を、彼女の頬に近づける。
「私が湖の底に沈んでいくのを、あなたたち二人で笑って見ていたじゃない。 ……見ていたわよ、湖の底から……」
「嫌ぁぁぁぁぁぁあ!!」
ベしゃり、と、アンリエッタが湖の水が渇ききらない手で頬を触れば、レズバはアンリエッタを突き飛ばし、悲鳴をあげて隣にいたメダキに抱き着いた。
「ば、化物ね! 化け物! おじ様、おば様、彼女はアレッタじゃないわ! 化物よ!」
「あ、あぁ! そうだ! 化け物、化物だ!」
(……化物って……笑わせるわ。)
悲鳴のような声を上げる2人に、アンリエッタは微笑みながら態勢を整え、告げる。
「ばけ、もの? 私が? いいえ、貴女たちの方が、化物じゃない。 だって……」
にこやかに、二人を凝視して笑った。
「……二人で、私を、湖に突き落としたんだもの。」
ただ、それだけ。
だが、抱きしめあって叫ぶ2人は、冷水を浴びせられたような感覚に襲われた。
そして、叫んでしまった。
「化物はそっちだ! お前がここにいるはずがない! 一番水草の多いあの場所で落としたんだ! ちゃんと沈んだかも2人で確認したんだ、生きているはずがない!」
と。
その後、アンリエッタの父親によってワウヤイ子爵親子とレズバは一室に留め置かれ、すぐに憲兵によって湖の探索が行われた。
結果、湖には3人が広げていたランチの跡がそのままに、跳ね上がった大量の水で濡れた桟橋と、その近くに浮く少女の帽子、水草がべったりと張り付き、手形などから誰か少女が這い上がったらしいと思われる跡、そして湖の中に沈んだ引き裂かれたワンピースが出てきた。
また、証人も出てきた。
突き落とした状況は見ていないものの、近くを牛の世話で通りかかった農夫の男が、水音がして駆け付けると、桟橋の上で覗き込むように湖を見、しばらくして微笑みあうと、手と手を取って森へ消えていった男女2人と、さらに湖から這い上がる少女を見たと言った。
少女を助けなかったのか、と憲兵に問われた彼は、湖から這い上がった後の少女の姿があまりに異質で、それらすべてが怖く、必死で憲兵詰め所に駆け込んだとのことだった。
本人たちの自白に、この証言が加わったことが決定打となり、メダキとレズバは貴族籍から抜かれ、それぞれの実家が立て替えたアンリエッタへの慰謝料と賠償金を支払うため、炭鉱に送られたという。
そんな両家も、婚約者を寝取り、殺害しようとするなんて、子をまともに育てられないのかと噂され、社交界には当分顔も出せないだろう。
ベッドの上で事件の詳細を聞かされたアンリエッタは、ようやく溜飲が下がった。
だって、辛く、苦しかったのだ。 溺れたこともそうだが、水から這い上がる時の苦労と言ったら、這い上がるのが難しく、何度も水に逆戻りしてしまい、やっぱり死ぬのかと何度も思った。
助かったのは、たった一本の木の根のお陰で、しがみついて生をつかみ取った後は、14歳の貴族令嬢にあるまじき、ずぶ濡れ下着姿という、大変破廉恥な姿で屋敷まで全力疾走をした。 彼らへの復讐心に加え、前世で社畜でヲタクだった気合と根性でなせた所業だが、その夜から発熱と全身の筋肉痛・関節痛で1週間は寝込んでしまった。
(しかしジャパニーズホラーな登場シーンと問い詰め方は、効果あったわね。)
そう、2人が屋敷の前でイチャイチャしているのに追いついた私は、濡れネズミのような惨めな姿のまま、一度そこで待機し、2人が動くのを待った。
そして、キングオブヤバイジャパニーズホラー映画を思い出し、登場の仕方や問い詰め方を演出したのだ。
(おかげであっさり自白してくれたもんね。)
悪いとは思っていない。 殺されかけたのだから、これくらい可愛いものだ。
(それよりも。)
問題はこれからだ。
転生したのか、魂が入ったのかわからないが、私はこの世界で、アンリエッタとして生きていくのだ。
しかしお貴族様的に、婚約者をその幼馴染に寝取られ? た上に殺されかけたという傷物令嬢のレッテルを張られたのはかなり厳しい。 お父様は気にしなくていいよと言ってくれたけれど、一週間前よりちょっと髪が薄くなっていたのは気のせいじゃないはずで……私はこの世界の元になった小説の続きを思い出す。
(あの物語だと、湖に飛び込んで私を助けてくれた人がいたはずよね? しかも記憶喪失になった私は、その人と2人の結婚式を見届けた後、結婚した事になってた……だっけ? すると、その農夫が、夫になるはずだった人よね? その人と結婚する……?)
う~ん、とすこし考えて、いや、ないなと頭を振る。
(お仕事や身分はともかく、池から這い上がった私にビビってるような人とは絶対に幸せになれない。)
じゃあどうするか、と考えて、私はベッドサイドの手鏡を手にした。
ふわふわでつやつや、毛先だけがふんわりと雪のように白い黒髪に、右はリンゴのように美しい赤、左は澄んだ翠のオッドアイ。
ちょっと厨二的だけど、それはそれは完璧な美少女がここにいる。
にこっと微笑んでみれば、脳内の審査員たちが、満場一致で100点満点を叩きだす。
「うん、わかった。 この笑顔と前世の知識で、悪名を吹っ飛ばして、良い縁談を持ってきてもらおうじゃない!」
そう、肉食系乙女ゲームヒロインのごとく、自分からガツガツ行くと、『ザマァ』とか『ヒドイン』とか、別の地雷を踏んでしまうかもしれない。 押して駄目なら引いてみな! じゃないけれど、今回の件で心の傷をおい、引っ込み思案になってしまった、守ってあげたい系儚げ令嬢となって、いい感じの相手から飛び込んできてもらおう。
「よし、頑張るぞ! 目指せ、私的ハッピーエンド!」
私はにっこり笑って、人生を覆していくのだ。
*****
以上! 息抜き作品にお付き合いくださりありがとうございます!
私のその他の作品も呼んでいただけると、本当に嬉しいです!
それでは、またお会いできることを祈りつつ……♪
猫石
「なにを言っているんだ、君を助けるために手を伸ばしただけで……。」
「私が落ちたのは、何処からと仰いました?」
「え?」
水浸しの顔をあげたレズバの方に顔だけ向け、アンリエッタは問う。
「私が落ちたのはどこからだと、お父様達におっしゃいましたの?」
「そ、それは、湖の岸から、足を滑らせて……」
「魚が跳ねたって、喜んでいただろう? あの時……」
「いいえ!」
アンリエッタはにっこりと笑って大人たちの方を見た。
「私は湖に落ちたのではなく、落とされたのです。 それも、湖の真ん中まで続く桟橋からです。」
「違う! 僕はそんなことしていない!」
叫んだメダキに、青い顔をしたメダキの母であるワウヤイ子爵夫人が首を振ってアンリエッタに問う。
「ま、待って頂戴。 アレッタちゃん……メダキがそんなこと……あぁ、そうよ、アレッタちゃんは湖に落ちて、気が動転してるのね……。」
「……。 いいえ。」
にっこり笑って否定するが、夫であるワウヤイ子爵が頷く。
「そ、そうだ、アンリエッタ嬢は気が動転しているんだな。 はやくお医者様に見てもら……。」
「お父様。」
追従するように医師を呼ぶ様に再度手配しようとしたワウヤイ子爵の声を遮るように、アンリエッタは父親を見て微笑んだ。
「憲兵を連れて、湖の桟橋を調べてみてくださいな。 私が落とされた桟橋の上に水が飛び散った後がありますわ、それから私の帽子も浮かんでいるのではないか、と。」
「……アンリエッタ……本当なのか?」
「お父様。」
「……わかった。」
「待ってくれ! 何かの間違いだ、混乱しているんだ、そうだろう!? アンリエッタ嬢!?」
真っ青な顔をして叫ぶワウヤイ子爵に、アンリエッタは悲しそうに微笑み首を振った。
「間違いであったらどんなに嬉しいかと思います。 ですが、私は、メダキ様から突き落とされたのですわ。 湖の底からは私のワンピースも出てきますでしょう。 そうしたらわかるでしょう……私がどこから落ちて、何処から這い上がったか。」
「なにいってるの、アレッタ! そんなひどいことどうしていうの!?」
「なにを言っているの? 酷いことをしたのはどっちかしら?」
水だらけの顔をあげて叫ぶレズバに、悲しみを湛えた笑顔を向ける。
「大切な親友だと信じていたのに。 メダキ様と貴女は手と手を取り合って湖から屋敷まで歩いていたじゃない。 お屋敷の前で、口吸いまでしていたじゃない。 水だらけのハンカチで顔を濡らしてから、屋敷に飛び込んで行ったじゃない。」
アンリエッタはふふっと笑い、水草のついたままの濡れて冷たいままの手を、彼女の頬に近づける。
「私が湖の底に沈んでいくのを、あなたたち二人で笑って見ていたじゃない。 ……見ていたわよ、湖の底から……」
「嫌ぁぁぁぁぁぁあ!!」
ベしゃり、と、アンリエッタが湖の水が渇ききらない手で頬を触れば、レズバはアンリエッタを突き飛ばし、悲鳴をあげて隣にいたメダキに抱き着いた。
「ば、化物ね! 化け物! おじ様、おば様、彼女はアレッタじゃないわ! 化物よ!」
「あ、あぁ! そうだ! 化け物、化物だ!」
(……化物って……笑わせるわ。)
悲鳴のような声を上げる2人に、アンリエッタは微笑みながら態勢を整え、告げる。
「ばけ、もの? 私が? いいえ、貴女たちの方が、化物じゃない。 だって……」
にこやかに、二人を凝視して笑った。
「……二人で、私を、湖に突き落としたんだもの。」
ただ、それだけ。
だが、抱きしめあって叫ぶ2人は、冷水を浴びせられたような感覚に襲われた。
そして、叫んでしまった。
「化物はそっちだ! お前がここにいるはずがない! 一番水草の多いあの場所で落としたんだ! ちゃんと沈んだかも2人で確認したんだ、生きているはずがない!」
と。
その後、アンリエッタの父親によってワウヤイ子爵親子とレズバは一室に留め置かれ、すぐに憲兵によって湖の探索が行われた。
結果、湖には3人が広げていたランチの跡がそのままに、跳ね上がった大量の水で濡れた桟橋と、その近くに浮く少女の帽子、水草がべったりと張り付き、手形などから誰か少女が這い上がったらしいと思われる跡、そして湖の中に沈んだ引き裂かれたワンピースが出てきた。
また、証人も出てきた。
突き落とした状況は見ていないものの、近くを牛の世話で通りかかった農夫の男が、水音がして駆け付けると、桟橋の上で覗き込むように湖を見、しばらくして微笑みあうと、手と手を取って森へ消えていった男女2人と、さらに湖から這い上がる少女を見たと言った。
少女を助けなかったのか、と憲兵に問われた彼は、湖から這い上がった後の少女の姿があまりに異質で、それらすべてが怖く、必死で憲兵詰め所に駆け込んだとのことだった。
本人たちの自白に、この証言が加わったことが決定打となり、メダキとレズバは貴族籍から抜かれ、それぞれの実家が立て替えたアンリエッタへの慰謝料と賠償金を支払うため、炭鉱に送られたという。
そんな両家も、婚約者を寝取り、殺害しようとするなんて、子をまともに育てられないのかと噂され、社交界には当分顔も出せないだろう。
ベッドの上で事件の詳細を聞かされたアンリエッタは、ようやく溜飲が下がった。
だって、辛く、苦しかったのだ。 溺れたこともそうだが、水から這い上がる時の苦労と言ったら、這い上がるのが難しく、何度も水に逆戻りしてしまい、やっぱり死ぬのかと何度も思った。
助かったのは、たった一本の木の根のお陰で、しがみついて生をつかみ取った後は、14歳の貴族令嬢にあるまじき、ずぶ濡れ下着姿という、大変破廉恥な姿で屋敷まで全力疾走をした。 彼らへの復讐心に加え、前世で社畜でヲタクだった気合と根性でなせた所業だが、その夜から発熱と全身の筋肉痛・関節痛で1週間は寝込んでしまった。
(しかしジャパニーズホラーな登場シーンと問い詰め方は、効果あったわね。)
そう、2人が屋敷の前でイチャイチャしているのに追いついた私は、濡れネズミのような惨めな姿のまま、一度そこで待機し、2人が動くのを待った。
そして、キングオブヤバイジャパニーズホラー映画を思い出し、登場の仕方や問い詰め方を演出したのだ。
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悪いとは思っていない。 殺されかけたのだから、これくらい可愛いものだ。
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転生したのか、魂が入ったのかわからないが、私はこの世界で、アンリエッタとして生きていくのだ。
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う~ん、とすこし考えて、いや、ないなと頭を振る。
(お仕事や身分はともかく、池から這い上がった私にビビってるような人とは絶対に幸せになれない。)
じゃあどうするか、と考えて、私はベッドサイドの手鏡を手にした。
ふわふわでつやつや、毛先だけがふんわりと雪のように白い黒髪に、右はリンゴのように美しい赤、左は澄んだ翠のオッドアイ。
ちょっと厨二的だけど、それはそれは完璧な美少女がここにいる。
にこっと微笑んでみれば、脳内の審査員たちが、満場一致で100点満点を叩きだす。
「うん、わかった。 この笑顔と前世の知識で、悪名を吹っ飛ばして、良い縁談を持ってきてもらおうじゃない!」
そう、肉食系乙女ゲームヒロインのごとく、自分からガツガツ行くと、『ザマァ』とか『ヒドイン』とか、別の地雷を踏んでしまうかもしれない。 押して駄目なら引いてみな! じゃないけれど、今回の件で心の傷をおい、引っ込み思案になってしまった、守ってあげたい系儚げ令嬢となって、いい感じの相手から飛び込んできてもらおう。
「よし、頑張るぞ! 目指せ、私的ハッピーエンド!」
私はにっこり笑って、人生を覆していくのだ。
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猫石
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